2018年01月13日

JR信越線立ち往生:緊急時の判断の難しさ

 信越線普通電車が15時間半も立ち往生する事故が発生した。
 乗客は430人。
 満員状態で、立っている人も多かったという。
 満員電車の中で15時間半も閉じ込められるのは異常事態としかいいようがない。
 
 どうしてこのようなことになったのか。
 どうやら、現場判断がことごとく裏目に出た結果らしい。
 電車は午後6時55分、東光寺駅を発車。
 しかし発車して300メートル、1分もたたないうちに電車の前にたまった雪で停止。
 ここから判断の迷走が始まる。
 駅を出たばかりなので、東光寺駅に戻ることも検討した。
 だが、そこは無人駅でホームに雪が積もっており乗客を避難させるのは困難なので戻っても意味がないと判断。
 さらに停止位置は踏切近くで警報機が鳴り出しており、この警報機は、鳴り始めてから後退すると、再整備が必要になる。
 このことも列車後退をためらわせる要因になった。
 これで東光寺駅に戻る選択肢は消え、次の約2.3キロ先の帯織駅を目指すことになる。
 近隣駅から応援を得て人力での雪かきを始める。
 この時点では、雪国ではよくある積雪による立ち往生で、特に深刻には考えていなかったのかもしれない。

 しかし、雪かきを上回る速さで雪が積もり、運転再開を断念せざるを得なくなる。
 次の選択肢は代替輸送。
 バスやタクシーの手配を検討するが、周囲は細い農道で、近くまでバスを寄せるのは不可能と判断。
 午後7時半ごろには、長岡、新潟両市内に待機していた除雪車を出動させる準備に入った。
 だが、積雪量が多く、現場到着は翌朝にずれ込んだ。

 この間、運転再開の見通しも立たず、救援体制のめども立たないまま、430名の乗客は車内に放置された。
 今後の見通しも立たないので、乗客は詳しい情報提供も行われず、不安の中でひたすら待つしかなかった。
 日付が変わる午前0時前後から体調不良を訴える乗客が出始め、救急搬送。
 水や食料の配布も午前2時40分ごろから。

 乗客の家族が自動車で近辺に迎えに集まりだす。
 JRは「ふぶいているうえに真っ暗な中、線路を歩くのは危ない」との判断から乗客が車外に出ることを認めなかった。
 だが、周辺に迎えの車が列をなすようになり、午前4時半ごろから迎えの車が来た乗客に限り降車を認めたという。

 乗客の不安と苦痛もさることながら、現場のJR職員らの混乱と奮闘ぶりも目に浮かぶようだ。
 結果として対応に問題があったのは間違いないが、どの時点でどうするのが適切だったのかについては、まだよくわからない。
 「東光寺駅を発車させたのがそもそもの間違い」
 「進行不可能を判断した時点でただちに引き返せばよかった」
 「バスを横付けできないとしても、タクシーでピストン輸送すれば対応できた」
 いろいろなアイデアが思いつくが、あくまでも現場の実態を知らない者の思い付きに過ぎない。

 今回の事故の検証が行われるはずだが、その時に、個人の責任追及にならないようにしたい。
 まずは、何が起きていたのかを正確に知ること。
 そして、どうしてそうなったのかを確かめること。
 最後に、そうならないためにはどうすればよかったのかを検討すること。
 これが事故検証で求められる重要ポイントだ。


posted by 平野喜久 at 09:58| 愛知 ☀| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月31日

TBS「陸王」:ビジネスドラマの傑作

 TBSドラマ「陸王」。
 最終回の視聴率は20%を超えたという。
 池井戸潤の作品は、これまで何度もドラマ化されてきた。
 「半沢直樹」「ルーズベルトゲーム」「下町ロケット」
 今回の舞台は、地方の零細業者。
 足袋製造という時代の流れに取り残されたような事業者が、新規事業に挑戦し、世界的大企業と互角に渡り合い、成功を収めていく。
 ドラマが始まった時点でストーリーが見るような成功物語。
 だが、筋書きが見えてしまっても、それを見たいと思わせる魅力があった。
 
 単なるビジネスドラマに終わらせず、マラソンというスポーツの成功物語も絡めたところが秀逸なアイデアだった。
 この作品は、初めから映像化を想定して書かれたそうだ。
 ビジネスドラマだけだと、理屈っぽい会話だけの展開になってしまいがちだが、それをマラソン選手の成功と重ねることで視覚的な表現効果を可能とした。
 視聴者は、こはぜ屋の社員になった気持ちで見入ってしまうが、同時に、茂木選手に感情移入して応援してしまう。
 見事なストーリー構成だと言うほかない。

 もちろん、本当のマラソン選手が見れば、おかしいところはいろいろあるだろう。
 また、ビジネスの現場を知っている人が見れば、こはぜ屋のおかしなところはいろいろ見つかる。
 しかし、それを差し引いてもドラマとしての完成度は非常に高かった。

 主役の役所広司の力量が光っていた。
 最近のドラマは、人気の若手俳優が主役を務め、ベテランが脇を固めるケースが多いが、「陸王」は、ベテラン俳優を堂々と主役に置いたおかげで、周りの俳優を巻き込み、ドラマ全体が生き生きと動いていたという印象だ。
 本当に「こはぜ屋」という老舗の足袋業者が存在し、いまでもどこかで宮沢社長以下の社員らが奮闘しているような感覚になる。

 衆院議員選挙の影響で放送回数が1回減ったらしい。
 その分、他の回の放送時間を長くし、場面もかなりカットしたようだ。
 最終回は、無駄がなく、感動の名場面の連続だった。
 普通なら、最終回だけで2〜3回分の内容だ。
 なんという贅沢なドラマだろう。
 
 こはぜ屋の宮沢社長に敵対的または否定的な人が何人も出てくる。
 銀行の支店長、融資担当者、フェリックス社長、金庫番のゲンさん、息子の大地、ダイワ食品監督など。
 いずれも、最後は宮沢社長の理解者となり応援者になる。
 ただ、アトランティスの小原部長だけは、最後まで悪役のまま屈辱の敗北に打ちひしがれていた。
 小原部長役のピエール瀧が、もっと憎々し気なヒール役に徹することができていれば、最後の爽快感は大きかっただろう。
 だが、小原部長も社命を負って最善を尽くそうと奮闘していたサラリーマンだったことを考えると、最後にアメリカ本社から切り捨てられる場面で同情したくなる。

 続編を期待する声も多いそうだ。
 その後のこはぜ屋を見てみたい。
 陸王は本当にランニングシューズとしての地位を確立できるのか。
 茂木選手は世界レベルで活躍できるようになるのか。
 大地はメトロ電業でどれだけ成長して戻ってくるのか。
 フェリックスからの融資は無事返済できるのか。

 2時間のスペシャルドラマでもいい。
 期待したい。

 
posted by 平野喜久 at 11:19| 愛知 ☁| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月24日

ブルーレイオーディオでハイレゾを楽しむ難しさ

 ハイレゾ音楽を楽しむメディアとして、ブルーレイオーディオがある。
 24bit,96kHzで音声が記録されており、高解像度のピュアな音質を堪能できる。
 CDが16bit,44.1kHzなので、それよりもはるかに解像度が高い。
 CDでも十分高音質だと思っていたが、ハイレゾはその上を行く。
 その音質の良さを実感したのは、CD店の視聴コーナーだった。
 カラヤンの「惑星」。
 1970年のアナログ録音。
 この演奏は既にCDを持っているし、何度も聴いている。
 だが、その音楽の透明感に驚いた。
 ハイレゾを追い求める取り組みが始まったのは、この時だ。

 ブルーレイプレーヤーに入れて、音声をアンプに入力して、ハイレゾ対応のヘッドホンで鑑賞する。
 確かに、CDよりも高音質だが、視聴コーナーで実感した音質と違う。
 ヘッドホンは、視聴コーナーで使われていたものよりも格段に高級なものだ。
 ならば、プレーヤーがだめなのか、アンプが貧弱なのか。
 光デジタルで音声情報をアンプに入力できれば、音質の劣化が防げるはず。
 早速、光デジタル入力のついたものに買い替え。
 だが、ぱっとしない。
 音質は悪くはないが、抜けるような透明感というところまでいかない。
 ふと見ると、アンプの液晶の表示に「PCM48kHz」とある。
 なんと、96kHzの音源であるはずが、アンプには48kHzしか送られていなかったのだ。
 ブルーレイプレーヤーの問題に違いない。
 新しいブルーレイプレーヤーを購入。
 この新しいプレーヤーのカタログには、96kHz,192kHzにも対応とある。
 今度こそ本来のハイレゾが味わえるはず。
 だが、このプレーヤーでも「PCM48kHz」との表示。
 どうなっているのか。
 取説をよく読むと、「著作権保護の作品は48kHzに変換して出力します」と書いてある。
 ということは、一般に売られているブルーレイ作品は、ハイレゾで出力できないということではないか。
 では、ブルーレイオーディオはどのように楽しめばいいのだろう。
 調べてみると、光デジタル出力では著作権保護のために制限がかけられるが、HDMIの方には、本来のハイレゾ音声がそのまま送られているのだという。
 ならば、HDMIに送られた音声情報を抜き出すことができれば、問題は解決する。
 その方法が見つかった。
 HDMI切替器を使えば、映像情報と音声情報を分離して、取り出せそうだ。
 HDMI切替器は様々な機種があってどれが目的を果たせるものか分からない。
 とにかく、一番高価なものを選んで購入。
 この切替器を通して分離した音声を光デジタルでアンプに入力した。
 すると、表示が「PCM96kHz」となった。
 プレーヤーにブルーレイを入れ、プレーボタンを押す。
 すると、あの透明感のあるハイレゾ音声が再生された。
 これほどややこしい仕掛けをしないと、ハイレゾを楽しめないとは……。

 ブルーレイ―には96kHzとは別に、192kHzの音声も収録されている。
 そちらに切り替えて再生すると、アンプ側は「PCM192kHz」の表示に。
 ところが、この場合は、音がプチプチ途切れてうまく再生されない。
 たぶん、データ量が大きすぎて光ケーブルでは転送速度が追い付かないのだろう。
 この方法にも限界があったのだ。
 もう1つ限界が見つかった。
 PCM音声は正常に再生されるが、DTSやドルビー音声はアンプの側が非対応になってしまう。
 ブルーレイオーディオにもいろんな種類がある。
 PCM音声があれば再生可能だが、DTS音声しか収録されていない場合は、再生できなくなる。
 私が持っている「ドボルザーク交響曲全集」「シベリウス交響曲全集」は再生不可。
 1枚のブルーレイに長時間の音声を記録するために、圧縮率の高いDTSしか収録できなかったのだろう。

 課題は残ったが、ひとまずハイレゾ音楽を楽しめる環境ができた。
 ブルーレイオーディオは、需要が少ないためにソフトも限られている。
 新しいディスクも開発されていないようだ。
 現在売られているディスクが売り切れ次第、廃盤となりそうな気配だ。
 アマゾンでは、ブルーレイオーディオが大幅ディスカウントで売られている。
 最後の在庫一掃セールをやっているかのようだ。
 中には売り切れ作品もちらほら。
 慌てて、残りのブルーレイを買いあさる。

 これからは、ディスクを購入するのではなく、音声ファイルをダウンロードするスタイルが普通になるのか。
 
 
 
 
posted by 平野喜久 at 18:59| 愛知 ☁| Comment(0) | クラシック音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月22日

北海道沖に予想される超巨大地震

 政府の地震調査委員会が、北海道東部沖の太平洋でM9クラスの超巨大地震の発生が切迫している可能性が高いとの予測を公表した。
 道東沖では、340〜380年間隔で超巨大地震が起きている。
 最後に起きたのが約400年前であるため、次の超巨大地震が切迫しているという判断だ。
 超巨大地震が今後30年間に起きる確率は7〜40%と推計。
 この地域は、過去の地震の記録が少なく、地盤調査も進んでいないことから、シナリオによって確率に幅がある。
 震源域は、道南東沖から北東に延びる千島海溝沿いに想定されている。
 一回り小さなM8クラスの巨大地震になると、もう少し細かい確率が公表されている。
 今後30年間の確率は、十勝沖で7%、根室沖で70%、色丹島沖・択捉島沖で60%。
 この千島海溝は南にいくと日本海溝につながっているため、青森県沖まで震源域が広がった場合は、さらに巨大化する恐れがある。
 千島海溝を震源域とする巨大地震は、以前から指摘されてきたが、首都直下地震や南海トラフ巨大地震の陰に隠れて、忘れがちだった。
 今回、そのリスクに改めてスポットを当て、警戒を呼び掛けている。

 もう1つ、忘れがちなのが、中央構造線断層帯のリスクだ。
 紀伊半島から四国にかけて貫いているが、それが伊予灘を超え、九州内陸にまで達していることが分かってきた。
 これが動いた時の被害も甚大になることが予想される。
 四国内陸部で活断層によるM6.8以上の地震が起きる確率は、30年間で9〜15%と公表された。
 
 ちなみに、M7クラスの地震を「大地震」、M8クラスを「巨大地震」、M9クラスを「超巨大地震」という言い方になる。
 「大地震」の読み方は「おおじしん」が標準だ。

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2017年12月20日

のぞみ台車判断寸前:JR西日本の危機管理ミス

 新幹線のぞみの台車に亀裂が見つかった問題。
 運輸安全委員会は、脱線の恐れがあった重大インシデントであったと認定。
 世界一安全な高速鉄道と言われた新幹線としては異例の事態だ。

 事故には至らなかったものの、台車枠に亀裂が入り、もう少しで破断というところまで来ていた。
 問題個所の写真が報道されたが、素人が見ても明らかに破断寸前であったことが分かる。
 時速300キロで走行中に破断したら、重大事故を起こした可能性は十分あり、恐ろしい。
 この車両に乗っていた人は、後で肝を冷やしたことだろう。

 今回の問題は、台車枠に亀裂が起きたことよりも、異常に気付きながら、確認を怠り、3時間以上も運行を続けていたことにある。
 11日の13:33に博多駅を出発したのぞみ34号は、小倉駅で既に異常が発生していた。
 最初に異常に気付いたのは、社内販売員。
 「焦げたような臭い」との通報があり、車掌が社内点検し、東京指令所に報告。
 指令員が岡山支所に車両保守担当社員の出動を指示。
 13号車の乗客から「社内に靄がかかっている」との通報を受け、車掌が指令員に報告。
 15:16に岡山駅から保守担当が乗車。
 13〜14号車間でうなり音を確認し、指令員に伝達。
 指令員が走行に支障なしと判断。
 運転継続。
 16:01新大阪で保守担当が降車。
 ここから、乗員がJR西日本からJR東海に引き継がれる。
 17:03名古屋駅で、JR東海の保守担当が床下を点検。
 13号車の歯車箱付近に油漏れを確認。
 運転取りやめ。

 不思議なのは、早くから異常に気付きながら、具体的な手を打っていないことだ。
 やったことといえば、通常運行を続けながら、東京の指令所に報告していたことだけ。
 異常を感知した時は、指令所に報告し、指示を仰ぐルールになっていたのか。
 その東京の指令所としても、できることは保守担当社員を乗り込ませることしかない。
 その保守担当も異音を確認して指令所に報告しただけで、何もやっていない。
 JR西日本の保守担当は、新大阪に着いたところで、自分の管轄エリアは終わったとして、そのまま降車してしまったようだ。

 新幹線の安全管理には定評があったはず。
 少しでも異常に気付けば、念のために点検を行い、そのために運行の遅れが出ることもしばしば。
 異常がなくても、大雨が降ったり大風が吹いただけで、徐行運転や運行停止が行われる。
 それほど、最近のJRは慎重な運行をしているのだと思われた。
 ところが、今回のJR西日本の対応は、慎重な安全運行とは程遠い。
 異常を感知した後、それに対して責任ある対応をした者が誰もいない。
 報告はするがそのあとは指令所の指示を待つだけ。
 報告した時点で、自分の責任は果たしたという心理に陥っていたのだろうか。
 指令所も、現場の報告を聞いているだけなので、差し迫ったリスクを実感できず、適切な指示をだせていない。
 東京の指令所は、指示を出したとしても、重大インシデントに責任を負って対処しているという感覚ではなく、現場の問い合わせに対して、アドバイスをしている程度の意識だったのかもしれない。

 ポイントは、新大阪駅だ。
 そこで、JR西日本からJR東海に引き継がれる。
 JR東海に引き渡したJR西日本の乗員や保守担当者は、すべての責任まで引き渡してお役御免という感じか。
 JR東海に引き継がれたおかげで、床下の点検が行われ、事なきを得た。
 JR東海の関係者は「なぜ新大阪までの間に、床下点検をしなかったのか」と不思議がる。

 福知山線脱線事故を引き起こしたのはJR西日本だった。
 もしかしたら、危機管理意識の低さは、JR西日本の体質か。

 
 
 

 
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2017年12月14日

伊方3号機差し止め:ゼロリスクを求める高裁判断

 伊方3号機について、広島高裁は差し止めを命じる決定をした。
 その判断の根拠は、阿蘇山が噴火した場合、火砕流が原発に到達するかもしれないというもの。
 9万年前に阿蘇山が巨大噴火を起こしたときに、160キロ先まで火砕流が到達しているらしく、その時、火砕流が佐田岬半島まで到達していたかもしれないというのだ。
 佐田岬半島まで火砕流が届いていた痕跡が見つかったというのではない。
 「火砕流が到達していないと判断するのは困難」という裁判所の見解だ。
 電力会社側は、四国まで火砕流が到達した痕跡はないと主張していたが、裁判所は、「9万年の経過で痕跡が残存していない可能性がある」と反論した。
 火砕流の痕跡がないからといって、それが火砕流がなかったことの証拠にはならないというのだ。
 阿蘇山の破局的噴火も、具体的にその可能性が確認されているというわけではない。
 「阿蘇山が1万年に1回とされる噴火をした場合、火砕流が原発に到達する可能性がないとはいえない」
 つまり、リスクがゼロであることが確認できない以上、原発再稼働は認めないということだ。
 まるで、原発差し止めという結論が先にあり、そこに結びつけるために、阿蘇山の破局的噴火というリスクを見つけ、無理やりねじ込んだという印象が強い。 

 本当に佐田岬半島が火砕流で覆われるような巨大噴火が起きたら、原発が被害を受けるどころの話では済まない。
 九州が壊滅するのはもちろんだが、北海道までほぼ日本国土すべてが厚い火山灰に覆われ、社会機能は停止する。
 原発の有無にかかわらず、日本国土はヒトの住める土地ではなくなってしまう。
 そのような破局的な事態を想定し、原発リスクだけを取り除いたところで、どれだけの意味があるのだろう。
 



 
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2017年12月11日

NHK受信制度の問題点が浮き彫りに:最高裁判決

 NHK受信料支払い訴訟。
 最高裁まで争われ、12月6日に判決が出た。
 報道の見出しは、「NHK受信制度は合憲」というもので、NHK全面勝訴のようなイメージで伝えられているが、判決文をよく読むと、様子はまったく違う。
 この訴訟は、そもそも違憲か合憲かで争われたものではない。
 未契約者がNHKから訴訟を起こされ、その抗弁の中に「契約強制は契約の自由に反し違憲だ」という主張があったため、その点がクローズアップされたものだ。
 今回の最高裁判決が出る前に、総務省からも法務省からも意見書が提出されたらしい。
 現在の受信制度に問題はないという趣旨の内容だ。
 最高裁で受信制度が違憲との判決が出てしまうと、社会的な混乱が避けられないことから、念のためにくぎを刺しておいたということだろう。
 だから、今回の最高裁判決で、合憲との判断が示されるのは見えていた。
 今回の訴訟の本質は、こんなところにはない。
 NHKの受信制度のあり方そのものが問われていたというべきだろう。

 判決文の冒頭には主文が書かれている。
「主文:本件各上告を棄却する。各上告費用は各上告人の負担とする」
 この上告人とはNHKのことだ。
 これでNHKの訴えが退けられたことが分かる。
 NHKの訴えは何だったのか。
「NHKが未契約者に契約を申し込んだ時点で受信契約が成立する」というものだった。
 これに対して判決では、「NHKが未契約者を相手取って裁判を起こし、勝訴判決が確定した時点で契約が成立する」という判断を示した。
 NHKとしては、未契約者に契約要請の案内を送れば自動的に契約成立にしたい。
 その判断を最高裁に求めて上告していたのだ。
 だが、これはさすがにNHKの身勝手すぎた。
 さらに判決では、「受信料は、テレビ設置時にさかのぼって請求できる」とし、契約前の債務については、5年という時効は適用されないとした。
 内容としては、いままでと違う見解が示されたわけでもなく、受信制度の運用に影響を及ぼす点はほとんどない。
 ただ、今回最高裁で初めて判断が示されたことで、報道でもトップニュースとして扱われ、NHKの受信制度のあり方について国民の関心をもたらすことになった点は大きい。

 この判決文で読むべきは、後半に出てくる木内裁判官の反対意見だ。
 ここには、様々な問題提起がなされており、NHK受信制度の不備を的確に指摘している。
 
1.意思表示の内容
 判決は、NHKが訴訟を起こし判決が確定した時に契約が成立すると判断したが、木内裁判官は「判決で意思表示を債務者に命ずることはできない」としている。
 成立する契約の内容が特定しないまま、承諾だけが強制されることはあり得ない。
 NHKとしては、結果として契約しなければいけないのだから、内容がどうであれ、契約の承諾だけを裁判所が強制してくれればOKとしたいところだが、内容が決まっていないのに債務者の意思表示を判決が代行できるはずがない。
 
2.契約義務者の特定
 同一住居に何人住んでいても、1契約になるが、いったい誰に契約義務があるか不明。
 戸籍上の世帯主か。
 一番収入の多い人か。
 テレビを買って設置した人か。
 それとも、たまたまその場に居合わせ契約書にサインした人か。
 これは法律にも規約にも書かれていない。
 これも裁判で確定させるのか。
 そもそも、NHKが未契約者を相手に裁判を起こすとしても、誰を対象にするのだろうか。
 裁判してみないと義務を負うものが誰か分からないような制度で、契約の義務を求めるのは酷だ。

3.契約の成立と支払い義務の始点
 裁判所の判決で契約の成立が決まるが、テレビ設置の時点までさかのぼって契約成立することはない。
 支払いの義務は契約の成立をもって生じるものであり、契約が成立していない時期の分まで支払い義務が生じることはあり得ない。
 過去の一定期間に存在すべきであった受信契約の承諾を命じるというのは、過去に存在しなかった契約を後から判決が創作するに等しく、到底、なし得ることではない。

4.公平性と支払い義務
 今回の判決文では、テレビ設置時点から受信料債権が発生する理由として、受信料負担の公平性に求めている。
 しかし、放送法では、受信契約の義務を定めてはいるが、受信料の支払い義務については定めがない。
 裁判所は契約承諾の意思表示を命じることができたとしても、契約の存在しなかった過去の受信料支払いまで命ずることはできない。

5.時効消滅
 判決文では、契約者の時効は5年だが、未契約者については時効消滅する余地がないとの判断だ。
 理論上は、50年間の未契約だった場合でも、裁判に勝訴すれば、全期間の受信料を徴収できることになる。
 だが、通常の、不法行為による損害賠償義務でも20年、不当利得による返還義務でも10年の経過で消滅する。
 受信料支払いだけ、時効消滅することのない債務負担を強いる理由はない。
 

 昭和25年に成立した放送法をそのまま現代に通用させようとすること自体に無理がある。
 全世帯に多大な負担をかけ地デジに移行したのは何のためだったのか。
 NHKのスクランブル化で、受信料負担の不公平感は一気に解消する。
 NHKの集金人が戸別訪問して契約促進にかけているコストが年間700億円を超える。
 なんと受信料収入の10%を集金コストにかけてしまっているのだ。
 スクランブル化で、このコストはいっぺんに不要になる。
 テレビを持たないものがしつこい集金人の訪問に不愉快な思いをすることもなくなる。

 スクランブル化は、技術的にはなんら問題はなく、コストもかからない。
 スクランブル化の声は国民から上がっているが、政治のステージにまで届いていない。
 マスコミもあまり踏み込まない。
 一度、NHKの受信制度について世論調査をしたらどうか。
 スクランブル化に反対する国民はいないだろう。
 
 電気料金の支払いが滞ったら、文書で事前通達の後、指定期日に容赦なく供給が遮断される。
 現代社会で電力供給が絶たれるのは、最低限の生活維持すら不可能になるぐらいの強制措置だ。
 場合によっては命の危険さえ伴うかもしれない。
 しかし、この電力会社の措置が問題視されたことはない。
 みんなが納得しているからだ。
 NHK受信料も、これと同じでいいのではないか。
 未契約や不払いについては、スクランブルで受信不能にする。
 こうすることで、受信制度に対する国民の信頼度は格段に上がる。
 NHKの存在意義を理解している人ほど、このスクランブル化を支持するのではないだろうか。
 NHKはスクランブル化を拒否し、ひたすら現状維持を求めている。

 個人を相手に大組織のNHKが裁判を仕掛け、勝訴の実績作りに精を出す。
 集金人も最後の捨て台詞は「そんなことだと裁判になるぞ」だそうだ。
 国民に恐怖感を抱かせ契約を迫る。
 それほどまでして、現状を維持したいNHK。
 いったい、何を恐れているのだろう。







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2017年12月06日

東レ子会社データ改竄問題:経営者の感覚のズレ

 東レ子会社の品質データ改ざん問題。
 東レ社長は、16年10月に不正を把握していたが、発表が1年以上遅れた。
 神戸製鋼、三菱マテリアルなど、素材メーカーによる品質偽装が次々に発覚する中、11月3日にネット掲示板に、次のような書き込みが行われた。

「東レのタイヤコード、産業用コードを生産するグループ会社にて顧客に提出する検査データを改ざんしていた。

 顧客と取り決めていた規格値に対して、実際には規格を満たしていないにも関わらず検査データを改ざんし、規格を満たしているかのように偽り、顧客へ納入していた。

 不正は10年前から行われており、品質保証部門の管理職が主導して改ざんに関わり組織的に不正を行っていた。」

 匿名の投稿であり、情報源も定かではない。
 普通なら、よくある「釣り」と言われるフェイクニュースとして立ち消えになってしまうような情報だった。
 ところが、これについて実際に東レに問い合わせた株主がいたらしい。
 それで、ネット上に不正情報が拡散し始めていることを知る。
 あらぬ噂が広がる前に、正確な情報を公表した方がよいと判断し、このたびの謝罪会見となった。
 一見、フェイクニュースと思われたネット上の書き込みが、図星だったわけだ。

 当初は、この不正を公表するつもりはなかったと、東レ社長は会見で言い切った。
 法令違反があるわけでもない。
 安全上の問題があるわけでもない。
 顧客も了承の範囲であり何ら問題はない、との判断だ。
 つまり、東レ社長の言い分は、「確かにデータの書き換えは行なわれていたが、それは形式上の問題であり、実質的な問題は何も起きていない」ということなのだろう。

 ところが、実態は、顧客の了承は取り付けていなかった。
 当初は、基準値を下回る製品については、「トクサイ」として顧客に説明を事前了承を得たうえで納品していた。
 それが慣例化し、いつのまにか、いちいち説明をしなくても、了承を得なくても、基準値以下の製品をそのまま納品するようになってしまった。
 その時、データ表示を基準値をクリアしているかのように書き換えていたというのだ。

 東レ社長の認識と、私たち一般が感じる認識との間に大きな隔たりを感じる。
 データ改竄は、単に書類上の数字が違っていただけの手続き上のミスで、実質的な影響は何もない、というのが東レ社長の認識。
 わざわざ公表して、自分から騒ぎを持ち掛けるほどの話ではないと感じているようだ。
 だが、少し基準に満たない製品を納品してました、という単純な問題ではない。
 基準を満たしていないにもかかわらず、満たしているかのようにデータを偽装するという行為は、明らかに一線を越えた不正の領域だ。
 ここが不正行為として問題視されているのだ。

 もともと基準値が不必要にハイレベルで、それを守っていたら過剰品質に無駄なコストをかけるだけという問題があったのなら、その基準値の見直しを優先して取り組むべきところだ。
 顧客との話し合いで、現実的な安全基準について話し合い、妥当なレベルまで落とせばいい。
 それを行なわずに、自社の都合で「ここまでだったら大丈夫」と勝手な安全レベルを設定していたとすると、問題は大きい。
 これは、品質基準を形骸化させる行為だからだ。
 しかも、データをこっそり書き換えるというのは、騙そう、ごまかそうという行為であり、これはどんな言い訳でも正当化できない、明らかな不正行為だ。
 とても、これでは取引先と信頼関係を維持できない。

 今回の不正で、取引先がどう受け止めているかは不明だ。
 実質的な損害や不具合が発生していない以上、この問題が賠償責任や取引停止にまで発展する可能性は低い。
 
 かつて、日本のモノ作りは品質の高さが信頼の証だった。
 製品検査でも、現実にはあり得ないような過酷な条件下で何度もチェックを繰り返し、少しでも不安のあるものは出荷しないという姿勢を貫くことで、信頼を得てきた。
 世界の製造業関係者が日本のモノづくりの強さの秘密を知ろうと現地視察に訪れたとき、過剰なまでの品質へのこだわりに舌を巻いて「これではかなわないはずだ」と納得して帰っていった。
 それが、いまやどうだ。
 コスト重視、効率重視が最優先になり、品質の日本ブランドは崩壊寸前だ。

 このような品質データの改竄は、いまやどの製造現場でも習慣として常態化してしまっているのではないか。
 かつて、あるレストランにおける食材の偽装表示が発覚した時、その他の高級レストランや高級料亭でも同様の偽装が見つかり、次々と謝罪に追い込まれたことがある。
 素材メーカーの品質偽装は、しばらく発覚が続くのかもしれない。
 
posted by 平野喜久 at 14:05| 愛知 ☀| Comment(0) | リスクマネジメント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月05日

TBSドラマ「陸王」

 TBSのドラマ「陸王」が高視聴率で続いているらしい。
 「半沢直樹」で大当たりとなった池井戸潤氏の作品。
 「ルーズベルトゲーム」「下町ロケット」に続き、同じようなビジネスドラマだ。
 非常に硬派なストーリーで、ビジネスの成功物語だけに焦点を当てている。
 零細企業の経営者のストーリーで、一般の人には感情移入しにくい面があるが、流れを単純にし、ロマンスなど余計な要素を排除して、分かりやすくしている。
 連続ドラマは、登場人物を複雑に絡ませたり、複数のストーリーを同時進行させて幅を広げたり、謎の人物を登場させて先を読みにくくしたりと、いろいろな仕掛けを作るのが通例だ。
 だが、池井戸ドラマは、全くコンセプトが違う。
 むしろ、ストーリーが単純すぎるために先が見える。
 その見えている先の展開を期待させるような仕掛けになっている。
 視聴者は、最後の零細業者の大成功を期待している。
 ちょうど、主人公の経営者と同じ夢を見ながら視聴することになる。
 基本的に男の世界の物語。
 女性も登場するが、すべて補助的な役割しか担うことがない。
 これも、最近のドラマにしては珍しい。
 
 キャスティングも秀逸。
 主人公の足袋製造会社社長の宮沢役:役所広司。
 さすがにベテランの演技力で、見るものを引き付ける。
 本物の零細企業の社長に見える。
 寺尾聡は重要特許を持つ元経営者の役だが、従来とは声色まで変えて、武骨な職人気質を見事に演じている。
 ヒール役として登場するピエール瀧。
 いままでの役柄とは違う憎々し気な表情作りに苦労している様子。
 その他、お笑い芸人が多数出演しているのも特徴。
 普段はおちゃらけイメージの芸人を、敢えてシリアスな役どころに充てているようだ。
 歌舞伎役者、スポーツキャスタ、エッセイストも役者として登場する。
 全キャストが同じストーリーの流れの中に乗っているので、違和感を覚える間もない。

 ストーリーは、いつもの池井戸作品のように、経営の視点で見たときにいたるところに違和感がある。
 この「こはぜ屋」という会社、まったくまともな経営ができていない。
 すべてが、社長の思い付きと行き当たりばったりで進んでいる印象。
 昔ながらの稼業レベルの経営しかできておらず、とてもランニングシューズで新規事業に進出できる体制ができているように見えない。
 銀行が融資を渋るのも当然だ。
 第7話では、アッパー素材のメーカーの裏切り、シルクレイ製造機の火災で窮地に陥る。
 こんなことで窮地に陥ってしまうようなビジネスをしているようでは、経営者失格。
 そんな重要な機械に保険をかけていなかったのか。
 横山顧問が作った機械は試作機のようなもので、これで量産体制に対応するのはもともと無理があったはず。
 既に「足軽大将」というシルクレイを使った地下足袋の製造販売が始まっていたが、それをこんな試作機一台ですべて賄うのは不可能。
 足軽大将の製造の段階で、まず設備投資が必要になったはず。
 現実には、「こはぜ屋」の戦略としては、商品開発と品質管理に特化し、量産品の製造は外部委託の形をとるの通例だ。
 
 次回以降では、フェリックスという外資系企業から買収の話が舞い込むらしい。
 これがどのように展開していくのか注目だ。


posted by 平野喜久 at 11:13| 愛知 ☀| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月18日

初動対応のミス:完成車両検査不正問題:日産自動車

 日産自動車は17日、資格のない従業員に完成車両の検査をさせていた問題で、不正の実態や再発防止策をまとめた調査報告書を国土交通省に提出。
 同日、西川社長が会見を開き、「日産に対する信頼を裏切り、改めて深くお詫びしたい」と謝罪した。

 この検査不正の問題は、9月18日に国交省の立ち入り検査で発覚した。
 29日に日産が不正を発表。
 10月2日に西川社長が会見。
 6日に116万台のリコールを国交省に届け出。
 このような初動だった。

 ところが、問題が大きくなったのは、この後だ。
 10月11日になって、社内で無資格検査を続行していたことが発覚したのだ。
 2日の社長会見では、はっきりと「検査員による正式な検査体制に切り替えた」と述べていた。
 だが、それは社長の口先だけの言葉でしかなく、現場はまったく変わっていなかった。
 ここで、経営トップと現場との断絶が露呈した。
 これを受けて、国内全6工場での出荷停止に追い込まれた。
 11月7日に順次、生産と出荷を再開したが、業績の下方修正は免れない。
 弁護士を中心とする調査委員会による報告書の提出を機に、西川社長の謝罪会見となった。

 今回の日産自動車の不正問題。
 初動対応にミスがあった。
 当初、この問題は内部告発により国交省が動き出したらしい。
 国交省の立ち入り検査の際に、関係書類を削除したり無資格検査員を現場から遠ざけたり、隠蔽工作をしていたという。
 国交省による立ち入り検査から日産が不正発表まで、11日も時間がたっていた。
 社内調査に手間取ったというより、この問題をいかに穏便にやり過ごすかというところで逡巡していたというのが実態だろう。
 9月29日、日産が初めて不正を発表した会見に臨んだのは、「グローバルコミュ二ケーション本部ジャパンコミュニケーション部長」「企画・管理部エキスパートリーダー」という肩書の人物だった。
 社長でも幹部役員でもなく単なる部長クラスだったのだ。
 現場の一部で問題があった程度の話で終わらせようとしていたことが分かる。

 10月2日になってようやく社長の会見となったが、これは謝罪会見ではなかった。
 もちろん、「お詫び申し上げます」という言葉はあったが、役員そろって深々と頭を下げる姿を見せることはなかった。
 そもそも、この会見は社長単独で臨んでいた。
 社長の簡単な受け答えで対応可能とみていたようだ。
 さらに、不正は認めたものの、「検査そのものは確実に行われていた。安心して使ってもらえないことは全くない」ということを強調していた。
 つまり、この不正は、資格があるかないかという単なる形式上の問題で、実態はしっかり検査は行われていたのだから大した問題ではないという認識だったのだ。
 だから、正式な謝罪をしなかったのだろう。
 新聞でも、「お詫び申し上げると陳謝した」と報道された。
 そう、謝罪ではなく、陳謝だったのだ。
 企業不祥事の会見で、陳謝で済んだ例は存在しない。

 かつて、食品偽装で問題が発覚した時、同じ言い訳でやり過ごそうとした企業があった。
 「表示は違っていたが、中身は同等の上質な食材を使っている」「おいしさや安全に問題はない」
 ただ原材料表示にミスがあっただけということで済まそうとした。
 だが、これは手前勝手な理屈であり、この姿勢がますます消費者の反感を買うことになった。

 日産では、10月2日の社長会見以降でも、現場では無資格者による検査が行われていることが発覚し、騒ぎを大きくした。
 社長は現場の実態を知らず、口先だけでこの問題をやり過ごそうとしていたことがばれてしまったのだ。
 ここでようやく経営トップがことの深刻さに気付き、問題に真剣に向き合い始めた。
 10月19日に社長会見。
 全工場での生産出荷停止を決断。
 問題発覚から1か月が経過していた。

 調査結果の報告を兼ねた今回の社長会見は、明らかな謝罪会見だった。
 記者の前で他の幹部とともに深々と頭を下げた。
 問題発覚から2か月が経過していた。

 企業の不祥事発覚で、一番大事なのは初動対応だ。
 ここで、きっちり対応できるかどうかで、その後のダメージの大きさが決まる。
 日産自動車は、これら過去の企業不祥事の失敗事例に学ばなかったのか。
 これほどの大企業になれば、それなりの危機管理アドバイザーがついているはずだが、彼らはいったい何をしていたのか。

 
 
posted by 平野喜久 at 12:42| 愛知 ☔| Comment(0) | リスクマネジメント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする