2012年05月25日

10万ビュー突破:「東海地震が切迫している理由」

 弊社が制作しYouTubeにアップしている動画「東海地震が切迫している理由」。
 つに10万ビューを突破した。
http://youtu.be/qMwx2-zaHnw

 150人がお気に入りに登録。
 コメント数もいつのまにか32個になっていた。

 
posted by 平野喜久 at 17:33| 愛知 曇り| Comment(0) | TrackBack(1) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

太平洋プレートの沈み込み加速:根室沖の地震エネルギー蓄積

 読売新聞の報道によると、太平洋プレートの沈み込みスピードが加速しているらしい。
 太平洋プレートは、日本海溝で北米プレートにぶつかり、北海道や東北の下に潜り込んでいる。
 2003年以前は、毎年8〜10センチ程度の速さで沈み込んでいたが、東日本大震災後30センチぐらいになっているという。
 これは、大震災の時に、北米プレートのストッパーが外れたことで、太平洋プレートが一気に滑り出したというイメージで捉えると分かりやすい。
 このため、太平洋プレート内部では、引っ張られすぎによる正断層が発生し、これが次の巨大地震になるのではと心配されている。
 そして、もう一つ心配なのが、根室沖や三陸沖だ。
 大震災でストッパーが外れたためにプレートの沈み込みが加速しているとすると、ストッパーが外れていないところは、この加速で更にエネルギーの蓄積が進んでしまうことになる。
 すると、次の巨大地震を誘発する恐れがあるのだ。
 次の海溝型地震の可能性の高いところは、東海地震が注目されているが、もう1箇所、三陸沖から根室沖も忘れてはいけないだろう。



posted by 平野喜久 at 16:25| 愛知 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | リスクマネジメント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月23日

日本は地震の活動期にある

 東日本大震災を受け、東海連動型地震(南海トラフ連動型地震)や首都直下地震の被害想定の見直しが急ピッチで続いている。
 研究者から新しい知見が出るたびにマスコミで報道される。
 今年に入ってから、散発的に次の巨大地震の情報が出るようになったのはこういう理由だ。
 ここで、「また地震の話か」と不感症になってしまってはいけない。
 「今度はどんな発見があったのだろう」と、発表される地震関連情報に注目し、自分自身の知識を最新のものに更新しておくことが重要だ。

 さて、地震に関して、勘違いしている人がいる。
「東日本大震災のような1000年に1度の巨大地震が起きたあとだから、もうしばらくは大きな地震はないだろう」
 千年に一度だったら、次の巨大地震は千年後だろうと思ってしまうようだ。
 だが、専門家に言わせると、一度巨大地震が起きると、次の巨大地震が起きやすくなる、というのが常識なのだそうだ。
 
 日本の地震活動を長期の視点で見てみると、活動期と静穏期を繰り返しているのが分かる。
 活動期には集中的に地震が起き、静穏期には地震が起きなくなる。
 これが一定のパターンで繰り返しているらしい。

 幕末の19世紀前半は活動期にあったようだ。
 50年ぐらい内陸の地震が活発になったあと、海溝型の安政東南海南海地震が発生。
 その後、数年で静穏期に。
 次の活動期は、1891年の濃尾地震から。
 44年の東南海地震、46年の南海地震を経て、48年の福井地震で終了。
 50年ほどの静穏期が続いたあと、95年の阪神淡路大震災。
 ここで日本は再び地震の活動期に入ったのではないかと言われている。
 いまは、日本は地震活動期の真っ只中にあるということだ。

 日本が非常にラッキーだったのは、高度経済成長期に戦争に巻き込まれることもなく、巨大地震に見舞われることもなかったこと。
 だから、これほど経済が発達し、都市開発が進んだ。
 戦争に巻き込まれなかった理由はさておき、地震のダメージを受けずに済んだのは、たまたま静穏期にあたっていたからだ。
 これは幸運としか言いようがない。
 だが、高度成長期に作り上げてきたものが、地震活動期に入った今、大きなリスクになりつつある。
 首都圏の一極集中のリスク。
 高度成長期に作った橋梁や建築物の老朽化。
 原発問題が噴出して電力不足のリスクが急浮上しているのも、高度成長期のツケが回ってきていると見ることができる。
 今回、福島原発の事故で原発管理の杜撰さが発覚したが、地震活動期に入った今、福島で事故が起きなかったとしても、日本のどこかで同じような事故が起きた可能性は大きかっただろう。
 
 私たちは阪神淡路大震災を境に、地震活動期に入ったということ認識すべきではないか。
 いままでのパターンから推測すると、活動期は50年ぐらい続く。
 すると、あと30年ぐらいはどこで地震が起きても不思議ではないと考えるべきだろう。

 地震は発生を止めることはできない。
 だが、その被害を少なくすることはできる。
 私たちがやらなければいけないのは、むやみに怖がったり、諦めたりするのではなく、健全な危機感を持って地震に対する準備を進めることではないか。


posted by 平野喜久 at 12:30| 愛知 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | リスクマネジメント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「有名人になる」ということ:勝間和代著

 久しぶりの書評。
 『「有名人になる」ということ』(ディスカバー21)
 著者は、あの勝間和代氏。
 
 勝間氏は、一時、ものすごい勢いで本を出版し、マスメディアに出まくっていた印象があった。
 それが、最近、見かけなくなったなぁと思っていた矢先に、この本を発見。
 書名は、有名人の自慢話か、とイメージさせるが、実際に読んでみて、全く印象が違う。
 これは、有名人ビジネスを実践した人の、成功と失敗を綴った体験談だ。

 彼女は、なんかの拍子に偶然に有名になったわけではない。
 自らの意思で有名になる道を選んだのだそうだ。
 これは、プロジェクトであり、ビジネスだったのだ。
 有名になるためにはどうすればいいかを考え、実行し、試行錯誤を繰り返し、多くの成功と失敗を経験した。
 その過程で、様々な気づきを得た。
 自分の得た知見を、これから有名になろうとする人、有名になるかもしれない人たちに向かって語っている。
 単なる体験談で終わらない。
 彼女らしい分析力で、有名人ビジネスの本質を捉えようとしているところが秀逸だ。
 自分の体験をもとにしていながら、感情を抑え客観的な筆致を保っている。
 成功も失敗も、冷静に見つめて、そのまま目の前に見せている感じだ。
 鼻につくような自慢話は出てこない。
 言い訳がましい話も出てこない。
 成功談も非常に謙虚な物言いに抑えられているし、ブームが終わってしまったことも失敗と位置づけて冷静に語っている。
 落ち着いた語り口が非常に優しく、人柄を感じさせる。
 彼女は、今までは、「自信満々で上から目線」というのが1つのイメージとして出来上がっていたが、この本では、全く違う印象だ。
 長所もあり欠点もある等身大の姿を見るようで、非常に好感が持てる。
 何があっても常に前向きな姿勢は、読むものを元気づける。
 わたしも、次のプロジェクトに突き進むエネルギーをもらった。

 これも成功本の一種だろうか。
 世の中には、説教くさい成功本が溢れている中、これは、今までにないタイプ。
 まさに、勝間氏でなければ書けない本だ。



 
posted by 平野喜久 at 11:44| 愛知 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月22日

長周期地震動2〜5倍に:南海トラフ3連動地震

 東大の研究チームの発表。
 南海トラフの3連動地震が発生した場合、長周期地震動の強さが東日本大震災の2〜5倍になるという。
 超周期地震動とは、揺れの周期が数秒以上で、ゆっくりと長く揺れる地震動のこと。
 減衰しにくく、震源から遠くまで伝わり、高層建築を大きく揺らすのが特徴だ。

 東日本大震災の時も、新宿の高層ビル群が大きく揺れた。
 ガタガタという揺れではなく、大きくしなるように揺れる。
 ビルにはそれぞれ固有の周期があり、それに地震動が共振すると、特に揺れが大きくなる。
 だから、新宿のビル群でも、ビルによって揺れ方が違い、それぞれが勝手気ままに揺れているように見えたらしい。

 東大チームは南海トラフでマグニチュード8.7の3連動地震が起きたと仮定し、長周期地震動の強さを予測。
 周期6秒の地震動の場合、揺れの強さの指標となる速度が、大阪湾岸部で震災の5倍に当たる毎秒250センチになるという。
 周期6秒、毎秒250センチというのはどういう揺れかというと、揺れ幅が7.5メートルになるということ。
 そして、揺れ幅7.5メートルを片道3秒の速さで揺れるということだ。
 
 最近の高層建築であれば、耐震性は十分なので、地震で壊れることはない。
 だが、この長周期地震動の揺れはどうしようもない。
 建物全体を大男につかまれて振り回されている感覚になるという。
 地震が起きたときは、物が上から落ちてくるというのが普通の認識だが、高層ビルで長周期地震動に揺さぶられたときは、物が横から飛んでくるそうだ。
 コンピュータのモニターが何メートルも離れた場所に飛ばされることもある。
 キャスター付きのコピー機は、ものすごい勢いで室内を暴走する。
 机の下に隠れたとしても、モニターが横からぶつかってきたり、暴走コピー機が突進してきたりするのだ。
 「地震が起きたら机の下に」というマニュアルは、ここでは役に立たない。

 南海トラフ連動地震は、名古屋や大阪のような高層ビル群を直接襲う世界で初めてのケースになりそう。
posted by 平野喜久 at 09:04| 愛知 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | リスクマネジメント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月21日

金環日食:広い地域で観測

 世紀の天体ショー、金環日食。
 雲が広がりそうとの天気予報が気になったが、実際は、日本の広い範囲で金環日食が観測できたようだ。
 京都でも、7:30に予測通り金環日食になった。
 金環日食になると太陽光が弱まり、晴れているのに日差しが弱く、周りの景色も不思議な光景になった。
 地球から見たとき、太陽と月が見かけ上ほぼ同じ大きさに見えるという奇跡的な偶然が演出する天体ショー。
 宇宙の神秘を実感する瞬間だ。
 子供の頃、自分が住んでいるところで金環日食が見られるのは数十年も先だということを知って、がっかりした覚えがある。
 数十年が経過し、ようやく今日、その日を迎えることとなった。

 街中のあちこちで日食を見上げる人たちが。
 窓から、屋上に上がって、路上で立ち止まって。
 黒いシートや日食めがねを使って空を見上げている。
 歴史上、これほど多くの日本人が同時に太陽を見続けたことはなかっただろう。

 書店やホームセンター、スーパーで売られていた日食めがね。
 ずいぶん在庫があまりそうな雰囲気だったが、天気が良くなりそうとの予想から、前日の日曜日には多くの売り場で売り切れが続出していたようだ。
 マスコミで日食観測について頻繁に注意喚起していたことも、影響したのだろう。
 金環日食に関連した経済効果は、160億円にものぼるとの試算も。

 肉眼では、日食になっても太陽は眩しく輝いている。
 だが、日食メガネで見るとはっきりリング上になっていて驚く。
 金環はつながったと思ったら、数十秒程度で切れてしまった。
 また徐々に日差しが強くなり、やがて日常の光景に。
 何事も無かったかのように、いつもの月曜日が始まった。
「日食、見ました?」
 これが今日の挨拶になりそう。
 

posted by 平野喜久 at 10:55| 愛知 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月20日

停電テロ発言:お気楽なコメンテーター

 古賀茂明氏の「停電テロ」発言。
 古賀氏と言えば、改革派官僚として現役時代からマスコミに出演し、有名になった。
 官僚を辞めてからは、情報番組のコメンテーターとして活躍中。
 大阪府市統合本部特別顧問という奇妙な肩書きも持つ。
 今回の発言は、テレビ朝日「モーニングバード」の番組内でのもの。

「火力発電所でわざと事故を起こす、あるいは事故が起きたときにしばらく動かさないようにして、電力が大幅に足りないという状況を作り出してパニックをおこすことにより、原子力を再稼動させるしかないという、いわば停電テロという状態にもっていこうとしているとしか思えない」

 これが物議をかもしている。
 刺激的な発言で、ドキッとさせる。
 古賀氏は、どこかで裏情報をキャッチし、それを番組内でバラしてしまったのだろうか、と思った。
 ところが、古賀氏が特別な情報筋から確度の高い情報を得ていたわけではなさそう。
 独自に取材活動を行なっていたとか、重要人物と接触していたとかいうこともなさそうだ。
 ということは、この発言は何?
 もしかしたら、ただの個人的な妄想?
 マスコミで報道される情報に接して、勝手に想像しただけ?
 だとしたら、この発言は、問題が大きい。

 関西電力は、ウェブサイト上で、直ちにこの発言を否定した。
「当社として、そのような事を検討している事実は一切ありません」
 当たり前だろう。
 
 古賀氏は、常に、原発反対の立場から、コメントをしているようだ。
 関西電力が、夏場の電力不足が14%にもなると表明していることに、懐疑的なのだ。
 本当は、原発がなくても十分やっていけるのに、深刻な電力不足が起きるかのように人々に思わせ、大飯原発再開に世論誘導しようとしている、と疑っているらしい。

 原発再開への見込みが立たないまま、時間ばかりが過ぎ、本当に原発なしの夏を迎えそうな情勢だ。
 原発がなくても電力不足にはならない、と言い続けてきた古賀氏。
 もしも、このまま夏に突入して、本当に深刻な電力不足に陥って、停電ということにでもなったらどうするか、ということが、頭をかすめたのかもしれない。
 そうなると、電力不足にはならない、と主張してきた自分の立場を悪くする。
 それで、その時を想定して、勝手に言い訳をし始めたのかもしれない。
「本当に、停電が起きることになったとしても、それは、関電がわざとやったことに違いない」
 この発言は、事実に基づいた情報ではなく、自分の妄想の延長線上で、出てきたもののように見える。
 
 古賀氏の発想は、「原発がなくても電力不足は起きない」というのが大前提にある。
 では、この前提には、何か根拠があるのだろうか。
 確かなデータを掴んでいるのだろうか。
 もしかしたら、「福島原発の事故を起こした東電でさえ、電力不足は起きなかったのだから」というのが根拠なのだろうか。
 それとも、電力不足に陥ることの立証責任は関電にあり、そのデータを出せない以上、電力不足は嘘だ、という論理か。
 何の責任も負わないコメンテーターのお気楽な発言など、関電は無視してもいいところだが、この発言が、社員の士気を低下させる恐れがあるために、いそいで否定のコメントを発したのだろう。

 いま、関電としては非常に辛い立場にある。
 電力の供給責任がある以上、簡単に停電などということを起こすわけにはいかない。
 代替発電で少しでも供給量を増やし、利用者に最大限の節電をお願いし、最悪の事態は避けなくてはいけない。
 そして、苦労に苦労を重ねて、ぎりぎりのところで、ようやく夏のピークを乗り切ったとしよう。
 その苦労は、外部にはわからない。
 夏のピークに何も起きなかったことを持って、古賀氏のようなコメンテーターは得意顔で言うだろう。
「ほら、言ったとおり。原発がなくても大丈夫でしょ? 電力が不足するってのはウソだった」
 これは、必死で努力している関電社員のやる気を萎えさせる。 

 綱渡りのような電力供給を続けていれば、ちょっとしたトラブルが起きただけで、簡単に電力不足を引き起こしてしまうかもしれない。
 その時の古賀氏の発言も容易に想像がつく。
「国民への見せしめのために、わざと停電させたのだ」
 関電社員には、この発言は悪魔の言葉に聞こえるに違いない。

 
 
   
 
 


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2012年05月15日

当選無効の美人すぎる市議:安易な転職先としての議員職

 2月の埼玉県新座市議選で初当選したタレントの立川明日香氏。
 美人すぎる市議として注目されたが、「3カ月以上の居住実態」がなかったとして市選挙管理委員会が当選を無効とした。
 立川氏は14日、市選管の決定を不服として県選管に審査を申し立てた。

 「3カ月以上の居住実態」というのは、立候補の条件であり、当選の条件ではない。
 立候補の段階で、選管がしっかりチェックしていれば、このような不手際にはならなかった。
 当選後、市民から異議申し立てがあり、調査の結果、当選無効との判断になったらしい。

 立川氏は、居住実態はあったと強弁しているようだ。
「東京都内に住む夫と離婚を前提に別居中」と明かし、
「朝夕は長女を都内の保育園に送迎し、深夜に新座市に戻るという生活で、水道などの使用が少ないことも不合理ではない」と主張した。
 取材記者に、水道を使わない不自然を指摘されると、
「顔も洗わなかった」
「トイレはコンビニで済ませた」
 と、むちゃくちゃな答弁を繰り返す。

 水を使わない生活とは、つまり、自ら生活実態がなかったことを認めているのと同じなのではないか。
 ここでは、形式上の要件を満たしているかどうかが問題になっているのではない。
 市会議員としてふさわしいのか、ということが問われている。
 新座市にまともに生活したことのない人が、市議として一体なにをするのだろう。
  
 立川氏のイメージは、カンボジアに国籍を移してオリンピック出場を狙った猫ひろし氏とダブる。
 立川氏は、離婚調停に向けて、自分のステータスを確保するために、市議の道を選んだように見える。
 当選しやすい地方市の市議選に出て、「美人すぎる」をキャッチに使えば、当選できると踏んだ。
 そこで選ばれたのが新座市。
 変わり映えのしない候補者が居並ぶ中、立川氏の立候補はインパクトがあったようで、5位当選だったという。
 彼女の策略は見事的中。
 ここでも、議員がステータスと収入を得るための職業になってしまっている。
 モデルやタレントがオーデションを受けて仕事を得ようとすると、何百倍もの激戦を制さなければ勝ち残れない。
 ところが、地方の市議会選挙なら、これほど簡単に当選できる。
 だって、当選する人より落選する人の方が遥かに少ないんだから。
 そして、「美人すぎる市議」は話題性があり、マスコミの注目を浴びる。
 しかも、市議を務めるのに特別の資格や能力は必要ない。
 在籍するだけで、任期中のステータスと収入は保証される。
 転職先として、これほどおいしい職業はない。

 新座市民を舐めている立川氏が悪いのか、それとも、こんな候補者を当選させてしまう新座市民が悪いのか。
 

posted by 平野喜久 at 10:54| 愛知 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月14日

大阪市職員入れ墨調査:公務員の非常識な世界

 大阪市環境局の職員約3200人に入れ墨の調査をした。
 約50人が入れ墨をしていると回答。
 これに対し、橋下市長は、免職の可能性を指摘した。

 市職員の入れ墨調査、児童福祉施設の職員が子供に入れ墨を見せていたことが明るみに出たのがきっかけ。
 橋下市長は「公務員が遊び半分で入れ墨を入れるなんて何かが狂っている」と問題視したため、市長をトップとする服務規律刷新プロジェクトチームを発足が発足。
 それで、職員を対象に入れ墨調査となった。

 今回の入れ墨調査は、環境局の職員を対象。
 どうして環境局の職員?
 環境局だけ、刺青をしたがる組織風土にあるのか?
 入れ墨職員が50もいたということは確かに異常。
 民間の企業ではまず考えられない。

 職員に対して身体検査のようなことをするのは、抵抗が大きい。
 入れ墨は、ファッションの領域と考えると、個人の趣味趣向の問題であり、そこまで市長がコントロールするのは人権侵害だ、とする意見もある。
 マスコミでは、どこかの憲法学の大学教授のコメントが紹介される。
 だが、そのような意見は、ぼそぼそと聞こえる程度で、大きな世論となっていない。
 大方の世論は、橋下市長の感覚と一致しているのだろう。
 世論をバックにしている橋下氏だからこそ出来ることだ。
 いくら信念のある市長でも、一人で人権屋の圧力に耐えられる人はいない。
 公務員には手出しができず。
 それで、公務員の世界は、一般の常識とかけ離れた状態になってしまった。
 
 行政の世界に、民間の常識を持ち込んだ橋下市長の功績は大きい。
 いろんなところで、軋轢を産んでいるが、それだけ公務員の世界は異常だったということだ。
 
 教職員の国歌斉唱の問題もそう。
 思想信条の自由をおかしている、という批判がでるのは先刻承知で、それに対する理論武装は十二分に出来ている。

 MBSの女性記者との激しいやりとりがネット上に公開された。
 女性記者は、国歌斉唱の強制の問題点を指摘し、コメントを引き出そうとするが、橋下氏は簡単に土俵に乗らない。
 むしろ、質問者の認識不足を指摘し、質問意図のいかがわしさを明るみにしてしまった。
 記者は、橋下氏に嫌味な質問をぶつけて、言い訳がましい発言を引き出し、それをニュースソースとして使おうと計画したのに違いない。
 普通の政治家だったら、狙い通りコメントが取れる。
 だが、橋下氏は普通ではなかった。

 「公務員なんだから、大事な式典で国歌を歌うのは当然」
 「思想上の理由により国歌を歌いたくない? だったら、私立の教員になればいい」
 これが社会常識だ、というわけ。
 まことにその通り。
 こんな当たり前のことを、いままでの普通の市長は言えなかったということが異常だ。

 橋下市長と、女性記者とのやり取り。
 すべてを跳ね返されて突っ込みどころを失った記者は、最後にこう言い放った。

「今日は、これぐらいにしておきます」

 橋下氏は逃さない。

「これぐらいにしておきます? よしもとの芸人か」

 この場面、最高のコントになっていた。






 
  
 
 
posted by 平野喜久 at 17:00| 愛知 曇り| Comment(1) | TrackBack(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月12日

金環日食:21日は全国的に曇り?

 5月21日、金環日食の日が近づいてきた。
 今回は、日本列島の広い範囲で皆既日食が見られるということで話題が盛り上がっている。
 書店には、金環日食関連の書籍がヒラ積みで並んでいる。
 観測メガネも様々なものが売られている。
 500円〜2000円。
 詳しい解説本がついているものは高い。
 高いものは売れ行きが悪いらしい。
 世の中は天文ファンばかりではない。
 珍しい日食は見てみたいが、ほんの数分の観測のためにわざわざ高価なメガネを買おうとはしない。
 500円でも高い、と感じている人もいる。

 100円ショップには、「太陽観測下敷き」なるものが売られていた。
 日食を観測できる下敷きだ。
 日食を観測したあとは、捨ててしまうのではなく、そのまま下敷きとして使える。
 なんと画期的な商品だろう。
 本当は、これで十分なのだ。
 観測メガネは、なにもメガネの形をしている必要はない。
 下敷きのようなプラスチック板で十分。
 それをわざわざメガネのような形に加工して、高価なものにして売っている。
 観測が終わったあとは? 
 もしも、天気が悪く観測できなかったら?
 次の日食まで取っておく?
 たぶん、ゴミになる。
 その点、観測下敷きは無駄にならない。

 観測メガネは、有害な紫外線を遮断する機能がないとダメ。
 単に暗くなればいいのではない。
 写真フィルムの黒い部分で観測メガネの代用をしようとするのがいけないのはこのため。
 暗いので、瞳孔が開き、そこに紫外線が入るので、余計に眼を傷めることになるらしい。
 すると、100円ショップの下敷きは、ちゃんと紫外線対策ができているのかがあやしい。

 日食観測ツアーもあるようだ。
 日食を観測できない地域にいる人は、観測できる地域に宿泊し、ホテルから観測する。
 東側に窓のある部屋は、予約でいっぱい。

 月曜日の朝というのがやや難。
 午前7時半。
 通勤通学の時間帯に当たる。
 日曜日の朝だったら最高なのに。
 
 月食は、頻繁に起きるが、日食はめったに起きない。
 皆既日食となると、一生に1回、巡り合うかどうかというチャンス。
 心配なのが、天候。
 21日の東の空に雲のないことを願う。
 現時点での天気予報によると、その日は、日食と関係のない北海道や東北は晴れるが、その他の地域は曇りだという。
 曇りだったら、観測メガネや観測ツアーは無駄になる。
 1週間以上先の天気予報は、確度が低い。
 その日が近づくにつれて、予報が変わってくる。
 しばらくは、予報の変化によって一喜一憂する日が続きそう。







 
 
 
posted by 平野喜久 at 17:04| 愛知 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする