2019年06月07日

知財「下請けいじめ」

 読売新聞の報道による。
 公取委の調査によると、大企業が優位な立場を使って中小企業の知的財産を不当に吸い上げている実態が明らかになったという。
 製造業者3万社を対象に調査し、約半数から回答があったが、730件の問題事例が報告されたらしい。

・設計図やデータなど、契約にない知財やノウハウを無償で提供させられた・・・250件
・共同研究の成果が、相手に一方的に帰属する契約を強いられた・・・130件
・自社のノウハウが含まれる設計図などを一方的に低い価格で提供させられた・・・120件
・門外不出のノウハウや製造手法の開示を一方的に義務付けられた・・・110件
・特許などを出願する際に、相手の許可を得なければならない取引条件になっていた・・・100件

 中小企業が持つ特許は画期的な大発明であることはほとんどなく、多くは改良特許だ。
 改良特許とは、より効率が上がる製造法とか、より歩留まり率が高まる方法とか、従来の方法よりもより良い製造方法をいう。
 これは製造現場の日々の工夫と試行錯誤の積み重ねの中で獲得する技術で、中小企業の最も得意とするところでもある。
 このとっておきのノウハウを大企業に不当に吸い上げられてしまうケースが起きているという問題提起だ。

 これは、今に始まった話ではなく、昔からある日本の製造業の宿命みたいなものだ。
 中小企業は独自技術を自社1社で秘匿し続けることは不可能だ。
 それは、技術はあっても生産能力が不足しているからだ。

 その会社の特殊技術でしか作れない部品があったとしよう。
 その会社は、この部品の製造を独占できるので、同業他社に対して圧倒的な競争力を持つことになる。
 この部品の受注を一手に引き受け、好業績を維持できる。
 ここまでは、理想的なシナリオだ。
 だが、現実は中小企業1社に利益を独占させるほど甘くはない。

 取引先から見ると様子が変わってくる。
 この部品は特殊技術を持っているその会社にしか発注できない。
 月に100万個の部品が必要なのでその会社に発注したとしても、それだけの生産能力がないとどうなるか。
 月に50万個が限界ですということになると、取引先の生産計画は変わってしまう。
 つまり、取引先の生産計画は下請けの中小企業1社の生産能力に制約を受けてしまうことになる。
 下請け1社の生産能力に合わせて生産計画を立てていたら、必要量を確保できず、製品の市場投入がままならず、市場競争でライバルに後れをとることになる。
 こんなことが許されるはずがない。
 そこで、その下請けが持っている技術を同業他社にも使わせるようにして、同じ技術レベルで同じ部品を大量に作れる体制を確保しようとする。
 下請けが技術の提供を拒んだらどうなるか。
 その場合は、親会社内部で製品の市場投入が不可能との判断が行なわれ、その製品の開発を断念するか、その部品を使用しない設計変更をするか、どちらかになる。
 そうなれば、その下請けの独自技術を生かす場はなくなり、親会社としてはその会社と取引をすべき理由まで失う。
 下請けにとって技術の提供拒否は、そのまま取引の消滅に直結してしまうのだ。
 それで、気前よく技術を提供し、取引先にとって必要な会社との位置づけを獲得したほうが得策となる。
 こうして、独自技術やノウハウを無償提供するのが当たり前の状況ができあがる。

 本来なら、下請けの独自技術やノウハウを尊重し、その会社の生産力に不足がある場合は、技術やノウハウの使用契約を結んで有償で他社展開するという方法をとるべきだ。
 そのことで下請けの技術開発のモチベーションを維持し、結果として系列企業全体の技術力を向上させることができる。
 ところが、これは親会社の担当者としては煩わしい。
 技術使用契約を締結し・・・などという話になると上層部に諮り、経営トップの承認を得ないと話が進まなくなる。
 担当者レベルで処理したいと思えば、「なんとかお願いしますよ。その代わりお宅への発注はどこよりも優先しますから」という言葉で下請け社長を説得したほうが簡単だ。
 この口約束は、担当者が異動になるとうやむやになる。
   
 「うちにしかない独自技術を持とう」というのが中小企業の戦略としてよく言われることだが、独自技術を持ってしまうことはいいことばかりではない。
 
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2019年04月24日

コンビニ24時間営業:公取委

 朝日新聞の報道による。
 ようやく公取委が動き出した。
 コンビニのオーナーが24時間営業の見直しを求め、それを本部が一方的に拒否しオーナーに不利益を与えた場合、独占禁止法の適用対象とする方向で検討に入ったという。
 まだ「検討に入る」という観測気球的な情報発信が行われているだけ。
 具体的にどのようなケースを対象にどのような規制をかけようとしているのかは不明。
 まずは、脅しをかけてコンビニ本部の自主対応を求めているというところか。

 近年の人件費の上昇で、深夜営業のコスト負担が増えている。
 個別店舗の商圏特性を無視して、全国一律の24時間営業の強制をすると、赤字が常態化してしまう店舗が出てくる。
 深夜におにぎり1個を売るためにバイトを夜通し雇わなくてはいけないということが簡単に起きるからだ。
 オーナー側に確実な不利益が明らかでありながら、契約を盾に24時間営業を強制するのは、「優越的地位の濫用」にあたる。
 これを規制していこうというのが公取委の狙い。

 コンビニシステムについては、本部とオーナーという圧倒的な地位落差の大きい契約関係から、その内容には問題が多い。
 24時間営業の強制もその1つ。
 形式上は独立事業者同士の契約であり、本部はその契約内容の履行を求めているだけであり、そこに違法性は何もない。
 ところが、その契約内容自体が、独立事業者としての権限も裁量も認めないようなもので、形式と実態が乖離しているのは明らか。
 そこにようやく公的なメスが入ろうとしている。

 
 
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2019年04月22日

ようやく経営変革が始まったコンビニチェーン


 コンビニチェーンの経営変革がようやく始まろうとしている。
 一部店舗で試験的に24時間営業をやめ、深夜は閉店する方法を試みている。
 新規出店も見直し、店舗数の増加を抑える方向で方針が発表されるようになった。

 この背景には、コンビニチェーン本部の経営拡大の一方で、店舗オーナー側の疲弊がクローズアップされてきたことがある。
 きっかけは、あるコンビニオーナーの反乱だった。
 24時間営業はもう限界だとして、勝手に深夜時間帯の閉店を強行した。
 当然ながら本部は勝手な時間短縮を認めない。
 24時間営業が契約に明示されており、時間短縮は契約違反。
 違約金1700万円の支払いを迫るなどの強硬姿勢で対応した。
 ところが、マスコミに報じられたことで様子が変わった。
 横暴なコンビニ本部と気の毒なコンビニオーナーという図式に世論は敏感に反応した。

 報道でこのコンビニオーナーの実態が浮かび上がる。
 いまは人材不足で、バイトを確保するのが大変。
 バイト代はうなぎのぼり。
 このバイトの確保はオーナーの責任。
 バイト代が経営に重い負担となってのしかかる。
 更に多店舗出店で近隣に同じ看板のコンビニが乱立し売り上げが激減。
 バイトを雇う余裕がなくなり、オーナー家族で24時間を回さざるを得なくなる。
 夫婦だけでなく、高校生の息子2人もレジ打ちを手伝う。
 長男は大学進学を断念し、コンビニ手伝いに専念。
 廃棄用の弁当を食べながら家族でなんとか24時間営業を続ける。
 そんな中、長男が自死。
 絶望感の中、オーナーは短縮営業の強行に出た。

 初めのうちは契約を盾に24時間営業を迫っていた本部も、世論を敵に回すことを恐れ、ここへきて柔軟な姿勢を見せ始めた。
 
 コンビニ経営の過酷さは以前から知られていた。
 コンビニのシステムは実によくできていて、何があってもコンビニ本部には傷がつかず、オーナーにだけリスクがかかるようになっていた。
 「コンビニ会計」という会計処理はその典型だ。
 コンビニの売上は全部一旦本部に納められ、その中から仕入れ代金とロイヤルティを引かれて、残金がオーナー口座に振り込まれる仕組み。
 その残金から、バイト代や光熱費など店舗運営の経費を払う。
 廃棄ロスがあっても、それはオーナー負担となる。
 時々チェーン全体で安売りキャンペーンが行われるが、安売りの分が仕入れ値が下げられていればいいが、そうなっていない。
 その一方、本部では安売りキャンペーンを行うからと言って、納入業者には値引きを迫っていたりする。
 キャンペーン商品は、本部からの一方的な納品で押し付けられる。
 売れ残ったら、すべてオーナー側の負担だ。
 本部にはリスクがない。
 うまい仕組みだ。
 オーナー側は、本部でどのような会計処理が行われているのか分からない。
 分からなければチェックのしようがなし、日々多忙な中、そのようなことをこまごまと調べているような余裕がない。
 それに、会計処理の不合理を指摘したところで、本部側が折れて修正処理をしてくれる可能性は皆無だ。

 コンビニシステムの不合理さは、マスコミに取り上げられることはほとんどなかった。
 テレビや新聞などの大手メディアで取り上げられるコンビニの話題は、常に本部側の提供する情報に限られていた。
 まれに、コンビニオーナーの悲惨な実態が経済雑誌に取り上げられることがあったが、次号の記事で、本部側の反論や順調に経営を行なっているオーナーのコメントが紹介されていた。
 その経済雑誌には、その後、コンビニ関連の記事が出なくなる。
 コンビニチェーンはマスコミにとって巨大なスポンサーであり、敵に回せないのだろう。

 しかし、今回は違った。
 あるコンビニオーナーの時短営業の強行がマスコミに取り上げられたのだ。
 これは、オーナー側にうまい広報戦略があったのかもしれない。
 オーナー家族の悲劇的なストーリーも人の心を動かしやすかった。

 コンビニの24時間営業は簡単にはなくならないだろう。
 時短営業は確実に本部の売上を減らすからだ。
 それに、我がチェーンだけ時短すれば、ライバルチェーンを利するだけ。
 そんなことを本部が率先して行うはずがない。

 ドミナント出店といって、ある地域に集中的に同じコンビニチェーンを出店する戦略がある。
 これは、その地域のコンビニ需要を独占するとともに、物流の効率化を狙った本部側の戦略だ。
 ところが、これはオーナー側にとっては、カニバリを起こし、売上激減をもたらす。
 本部としては、おにぎり1個でも売れれば必ず売上増につながる。
 正確には、そのおにぎりが売れなかったとしても本部に損はない。
 店舗におにぎりを納入できた時点で売り上げが立つ。
 店舗を増やせば増やすほど本部の売上は着実に増加していく。
 しかし、オーナーにとって、そのおにぎり1個を売るためにどれだけのコストを負担するかが経営を左右する。
 本部とオーナーとで戦略的な利害が一致しないところに、このビジネスモデルのいびつさがある。
 
  
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2019年04月11日

ベテランの初入閣議員はリスクが大きい

 桜田五輪大臣が更迭となった。
 「復興以上に政治家が大事」との失言を受けての処分だった。
 10日、高橋衆議院議員のパーティーでのスピーチの中で問題発言があった。
 その2時間後には更迭処分が決定。
 問題を拡大させないスピード対応だった。

 今回の失言、スピーチ全体を見ると、特に問題だと感じない。
 スピーチの冒頭、災害復興の話で前振りを始め、本題である高橋議員の話に切り替えるときに、つなぎの言葉として「復興以上に大事なのは高橋さんだ」と言ってしまった。
 このパーティは高橋議員を応援するための集まりであり、当座でスピーチを聞いている人には、自然な流れで特に違和感を覚えなかったのではないか。
 だが、記者は聞き逃さなかった。
 つなぎの言葉の部分だけを抜き出し、「復興以上に政治家が大事」と表現が加工され大きくクローズアップされた。
 ここだけを報道で聞かされると、とんでもない問題発言に見える。
 桜田氏にとっては、そんな意味で言ったのではないと抗弁したい気持ちでいっぱいだっただろうが、余計な抗弁は、騒ぎを大きくするだけなのは明らか。
 それで、桜田氏に言い訳する余裕を与えずに、即更迭の処分となった。

 桜田氏は、これまでに不安定な国会答弁やぶら下がり取材での危なっかしい発言が問題視されていた。
 一つ一つは致命的なものではなかったが、あまりにもイエローカードの累積が多すぎた。
 それで、今回は一発退場となったのだろう。

 彼は、当選7回のベテラン。
 入閣待機組の一人として今回初入閣になった。
 だが、ベテランの初入閣は、失言リスクが大きい。
 それは、議員としてはベテランでも、閣僚としては初心者だからだ。
 支持者を前にしてのスピーチは得意でも、閣僚としての公式発言は未経験。
 スピーチ慣れしてしまっているために、気を許して、これまでと同じ調子で受けを狙って喋り捲ると、問題発言の連発となる。
 マスコミもそこが分かっているから、ベテランの初入閣者には、わざと失言を誘うような質問をぶつけたりする。
 条件反射的にその場の雰囲気でしゃべってしまうと、無意識のうちに問題発言をしゃべらされている。
 
 特に、桜田氏の不安定さは新たな失言を予感させるものがあり、マスコミも張り付いてチャンスをうかがっていたのだろう。
 そこに、今回の発言が飛び出し、マスコミが飛びついた。
 桜田氏の真意がどこにあったかはどうでもいい。
 問題を指摘できる表現が見つかればOK。
 今回、マスコミの張る網の中に不用意に飛び込んでしまったという印象だ。
 ひとえに、桜田氏の甘さとしか言いようがない。

 報道によれば、桜田氏は、特別に大臣秘書官を2人態勢にしていたそうだ。
 国会答弁が非常に不安定で危なっかしかったからだ。
 途中からは、答弁原稿を読み上げるだけのスタイルになった。
 あらゆる質問を想定し、答弁原稿を用意していたらしい。
 野党側の質問に合わせて原稿を差し出し、桜田大臣がそれを読み上げるというスタイルになった。
 ところが、それでも原稿の読み間違いを起こす。
 「1500億円」を「1500円」と誤読し、失笑を買った。
 「石巻市」を「いしまきし」と何度も誤読し、秘書官に耳打ちされて初めて気づき、周りをあきれさせた。
 桜田氏の大臣としての資質以前に、基本的な能力の欠落を感じさせる。
 派閥領袖の要請でやむなく一番任務の軽そうな大臣職につけたはずが、それさえまともにこなせなかった。
 このような人物をいつまでも大臣職にとどめたのは危機管理のミスだ。

 国会答弁は秘書官のコントロールで危なっかしいながらも乗り切りつつあった。
 しかし、議員応援のパーティーでのスピーチは無防備で、そこに落とし穴があった。
 次の失言予備軍としてマスコミに狙われているのは明らかなのだから、もっと慎重になるべきだった。
 気を付けたとしても、自分のスピーチスタイルは長年の習慣でしみついてしまったものであり、今更変えようがなかったのだろうか。
 ならば、周りがもっと配慮すべきだった。
 応援スピーチは辞退するか、その場の思い付きで自由にしゃべるのではなく、スピーチ原稿を用意し、その場では読み上げるだけ、ぐらいの対応でちょうどよかったのではないか。

 危機管理の事例として見たとき、考えさせる要素が多い。

posted by 平野喜久 at 10:18| 愛知 ☁| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月22日

韓国との協議打ち切り:レーダー照射問題

 防衛省が、レーダーの探知音を公開するとともに、最終見解を発表した。
 探知音は、レーダー波を音声に変換したデータで、ビーという持続した音だ。
 探索レーダーであれば「ビ、ビ、ビ・・・」というパルス的な音声になる。
 だが、公開された音声は持続型のレーダーであり、これは火器管制レーダーがロックオンしたことの証拠となる。
 これは、韓国側が今月18日になって、「韓国の警備救難艦が捜索レーダーを発しており、それを日本側が誤認したのでは」と言い始めたため、それへの反証として公開されたものだ。
 日本の哨戒機が受信したのは、捜索レーダーではなく、明らかに火器管制レーダーであることが、素人でもはっきりわかる。

 ところが、韓国側はこの音声を「実態の分からない機械音」としてはねのけた。
 この音声を公開したことの意味をまったく理解していない。
 それとも、理解していないふりをしているのか。

 防衛省は、同時に最終見解として文書を公開した。
 その文書を読むと、いままでの協議の経緯と、韓国側がまったく真相解明に協力的ではないこと、それどころか主張が二転三転し、論点をずらし続け、とても話し合いで問題が解決できる状態ではないことが分かる。

 ここには、協議の様子を印象付ける文言が盛り込まれている。
 協議で韓国側が「脅威を受けたものが脅威と感じれば、それは脅威だ」とまったく客観性に欠ける主張を繰り返している、というくだりだ。
 協議に臨む日本側の担当者の脱力感が伝わってくるようだ。
 協議打ち切りもやむなし、との判断は実感として理解できる。

 今回公表された最終見解は、非常に冷静で論理的な文章で、分かりやすく納得感が高い。
 ところが、不安がある。
 このような客観的で理性的なメッセージは韓国国民には届かない。
 これは、韓国国民へではなく、日本人と世界世論へのメッセージなのだろう。

 韓国側の対応には終始驚かされどおしだ。
 国家機関が信じられない反応をし続けている。
 だが、これが韓国流のケンカの手法なのかもしれない。
 口論で勝つには、いかに相手を黙らせるかがポイントとなる。
 そこでは、事実であるかどうかや論理的であるかどうかは関係ない。
 黙ってしまうと負けを認めたことになるので、とにかく言い返す。
 さらに、相手のトーンよりも上を行く口調で攻撃をする。
 言い返す言葉を失った方が負けということになる。
 今回の韓国側の反応は、まさにこのパターンを再現しているかのようだ。
 特に、レーダー照射問題を、哨戒機の異常接近問題にすり替え、逆に日本に謝罪を要求するあたりは、韓国流クチゲンカの定石なのではないか。

 日本人としては、韓国流のクチゲンカは対応しにくい。
 論点が次々に拡散し、手が付けられなくなる。
 1つ1つは出鱈目な主張なので反論するのは簡単なのだが、それにいちいち反論していると、際限がなく本質からどんどん離されて行ってしまう。
 防衛省の最終見解も、哨戒機の異常接近の話、無線の問いかけの話など、本質と関係ないところに字数をかけている。
 そのために、文章が異常に長くなり、相対的にレーダー照射のウェイトが小さくなってしまっている。
 第三者がざっと目を通すと、日本側は細かい理屈をくどくどと言い訳しているような印象を持たれかねない状況だ。
 韓国流クチゲンカの定石に見事にはまってしまったか。
 日本を黙らせたということで、韓国側の圧勝ということになるのかもしれない。

 事件、事故が起きたとき、やるべきことは「事実の確認」「原因の究明」「再発の防止」。
 日本側が求めたのは、再発の防止だったが、韓国は最初の「事実の確認」から先に進めなかった。
 今回のレーダー照射はどうして起きてしまったのか、二度と起きないためにはどうしたらいいのか。
 韓国の軍組織に問題があるとすれば、それを至急取り除く絶好の機会だったはずだが、検証されることもなく、問題を温存したまま存続する。
 韓国軍の組織は本当に大丈夫か。
 

 
 
 
 

 
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2019年01月14日

韓国大統領の記者会見:がっかりは日本人だけではなさそう

 10日に韓国大統領の年頭記者会見が行われた。
 その中で、日韓問題について「日本政府はもっと謙虚な態度をとるべき」と発言したことが報じられ、日本の世論に火が付いた。
 大統領の発言のすべてに突っ込みを入れたくなるほどの無責任な発言に終始していた。
 普段は韓国の立場を配慮した言説を心がけている朝日新聞や毎日新聞までが批判的な社説を掲載。
 大手マスコミの論調が一致するのは珍しい。
 それほど、大統領の発言は擁護のしようがないほどの無責任なものだった。

 日韓問題への言及は、年頭の所信表明では一切触れられず、その後の記者会見でも、韓国の記者からは一切質問がなかった。
 その場に居合わせたNHK記者は、その雰囲気に違和感を覚えたという。
 このままでは、日韓問題への言及はないまま終わってしまう。
 大統領の指名する指先が自分に向いたと思った瞬間、直ちに立ち上がり、徴用工問題についての質問をぶつけた。
 この質問への回答で、あの問題発言が飛び出したのだ。
 この時、大統領はNHK記者を指名したつもりではなかったようだ。
 後ろの記者を指名したつもりが、NHK記者が質問を始めてしまったらしい。
 日韓問題はこじれにこじれており、できれば言及を避けたかったのかもしれない。

 日韓問題に対する大統領の発言を聞くと、問題を我がこととしてしっかり受け止め、自らの責任で解決していこうという姿勢はまったく見られない。
 ひたすら責任逃れをしようとしているようにしか見えない。
 これは、日韓問題だからこうして逃げ回るしかないのだろうと思ったが、どうやら、今回の記者会見全体がこのような雰囲気だったらしい。

 韓国人記者から日韓問題に関する質問が一切出なかった。
 これは、日韓問題に触れなくない大統領に配慮したためではない。
 韓国人記者には、もっと他に聞かなくてはならない重大な問題が山ほどあったのだ。
 現在、韓国経済は冷え込んでおり、若者の失業率は10%を超えている。
 年齢層を限れば、4人に1人が職に就けないような状況だという。
 ポスト半導体、ポストサムスンの見通しが見えず、先行きの不安ばかりが増幅している。
 これに韓国国民は危機感を抱いている。
 この経済問題に対する大統領の明確な答えを聞きたがっているのだ。

 ある韓国記者は厳しく大統領に詰め寄った。
「現在の経済が凍り付いている。それでも、経済政策を変えようとしたいのはなぜか。その自信はどこからくるのか」
 大統領の回答は、とても国民を納得させられるようなものではなかった。
「先ほどの年頭所感で30分も述べており、これ以上新しい答えは不要だ」と突っぱねるような回答だった。
 具体的な経済政策としてはっきりしているのは、最低賃金の引き上げと労働時間の短縮。
 これ以上のものは何も出てこなかった。
 たぶん、経済浮揚策も具体的なものが何もないということだろう。

 文大統領は、北朝鮮問題については、実に行動的だった。
 これだったら、自分が積極的に進められる。
 行動を起こすたびに世界の注目を浴び、世論の喝采を受ける。
 今年のノーベル平和賞かと噂されたことも。
 これほど気持ちのいいことはない。
 北朝鮮問題にかまけている間、経済と日韓関係は悪化し続けた。
 もはや国内経済や日韓問題を真正面から受けとめ、責任をもってドライブするだけの意思も力量もなさそうだ。

 この北朝鮮問題も、いろいろは政治イベントは行なわれたものの、実質は何も進展していない。

 いま、日本は文大統領に絶望している。
 同じように、韓国国民も彼が大統領のうちは経済好転の可能性はないと絶望しているのではないか。


 
posted by 平野喜久 at 10:44| 愛知 ☀| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月06日

日本国民は密室での協議を望んでいない:韓国レーダー照射問題

 韓国国防省の公開した映像。
 日本人から見ると、一方的な主張を述べただけで、何の説得力もない。
 ところが、これが韓国世論への情報発信という視点で見ると、別の見方ができる。
 このような働きかけでないと韓国世論は動かないのだ。

 日本の防衛省が公開した動画は、自らの主張は控え、客観的な事実を淡々と提示しただけで、その解釈を視聴者にゆだねている。。
 一方、韓国国防省の動画は、客観的な事実よりも自らの主張を前面に押し出したものになっている。
 だから、動画に含まれるメッセージはすべて、主観的な表現で飾り立てられている。
 例えば、動画中に出てくる字幕には、こんなメッセージがあった。

「人道主義的な救助作戦中の艦艇に非紳士的な偵察活動を継続し、広開土大王艦の人道的救助作戦を妨害する、深刻な威脅行為を行いました」

 ここに客観的な情報は1つもない。
 事実を提示する前に、結論を先取りした主観的な表現だけで構成されている。
 全編がこんな感じなのだ。 
 だが、韓国国民が見たとき、納得感が高いのは、韓国国防省の動画の方かもしれない。

 日本防衛省の動画は、ぼーっと見ているだけでは何を言おうとしているのか分からない。
 ただ、機内から撮影した映像と機内での会話が延々と続いているだけだ。
 13分もの間、この動画を集中して見続けるのは辛い。
 更に、いったいこれで何が分かるのかは自分で考える必要がある。

 一方、韓国国防省の動画は分かりやすい。
 4分という集中力を途切れさせない短さ。
 そして、結論をはっきり提示してくれる。
 この問題をどうとらえるべきかは、すべて動画の中に提示されている。
 視聴者は余計なことを考える必要はない。
 
 韓国世論は論理よりも感情による感応度が高い。
 だから、韓国の政治家やメディアに登場する有識者は、主観表現だらけの感情に働きかける言説が多いのだ。
 過去に何度も繰り返された歴史問題もすべて同じ構図だろう。
 慰安婦、徴用工、旭日旗、靖国神社・・・。
 日本側が、「強制連行の事実はない」「20万人などあり得ない」と客観的なデータで説明しても受け入れられる素地がない。
 きめ細かい説明で事実を証明しようとすればするほど、伝わらなくなる。
 あの防衛省の動画が韓国国民に伝わらないのと同じだ。
 
 韓国国防省は今回のレーダー問題を実務者協議に舞台を移そうとしている。
 密室における話し合いなら、日本側をうまく抱き込めるからだ。
 これで過去に日本側は何度も失敗し、問題をこじらせ続けることになった。
 今回の問題を密室で決着させたらどうなるかは、手に取るように見える。
 決着したあと韓国側は次のようなメッセージを国民に発するだろう。

「韓国国防省の毅然とした対処で、日本の悪辣な策謀をはねのけた」

 そして、韓国側のレーダー照射の事実はなく、日本側が低空飛行で救助活動を妨害してきたということだけが事実として書き込まれる。

 日本国民は密室でのあいまいな決着を望んでいない。
 事実はどうだったのか。
 原因は何だったのか。
 再発しないためにどうするのか。
 これらを明確にしてもらいたい。
 
 
posted by 平野喜久 at 11:41| 愛知 ☁| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月05日

日本は韓国国民への説得を試みたらどうか:レーダー照射問題

 日本の自衛隊の哨戒機が韓国の駆逐艦から火器管制レーダーを照射された事件。
 韓国側の対応がぐずぐずで決着の糸口が見えない。
 韓国国防省の対応は、不祥事を起こした企業のダメな対応ぶりをそのまま再現したかのような様相を呈しており、事態はますます悪化している。

 問題が発覚した時は、「事実の把握」「原因の究明」「再発の防止」とステップを踏んでいかなくてはいけない。
 だが、最初の事実の把握の段階で、行き詰まっている。
 韓国国防省が、日本防衛省の主張をことごとくはねのけており、そこから先に進まない。

 日本防衛省が最初に火器管制レーダーの照射を発表したとき、韓国側の言い分は「レーダーの照射はしていない」だった。
 そこから、韓国の主張は、防衛省の反論を受けるたびに、二転三転し続けた。
 「遭難船探索のレーダーは照射したが、管制レーダーは照射していない」
 「荒天だったため、管制レーダーを含めあらゆるレーダーを総動員して探索した」
 「たまたま、管制レーダーの照射範囲に自衛隊の哨戒機が入り込んだ」
 「日本哨戒機が異常接近したため、警告のためレーダー照射した」
 「日本哨戒機からの無線は、受信状態が悪く他船への呼びかけだと思った」
 「日本哨戒機が韓国駆逐艦に威嚇行動をとったが、わが軍はレーダー照射は行なわなかった」
 「日本哨戒機からの無線は、受信状態が悪い上に、英語の発音がひどく聞き取り不能だった」

 いったいどこに韓国側の最終回答があるのか不明だ。
 反論する側としても、次々に繰り出す言いがかりに、どこから反論すればいいのか戸惑う。
 
 4日になって、韓国側の反論動画がネット上にアップされた。
 それを見た多くの人は驚いただろう。
 新しいデータの開示も確定的な証拠の提示もなく、これまでの自分らの主張を稚拙な動画にまとめているだけだったからだ。
 全4分の動画のうち、韓国側が撮影したとされる現場の映像はわずかに11秒だけ。
 あとは、自衛隊が撮影した現場映像と意味不明な民間の旅客機が空港に着陸するシーンが編集されている。
 バックにはBGMが流れ、字幕が躍動的に表示される。
 安っぽい演出は、バラエティ番組でよくあるUFO目撃談の再現映像を見るようだ。
 本当にこれは韓国国防省が正式に発表したものだろうか、といぶかしく思っていると、最後に「韓国国防省」のロゴマークが表示され、背筋が寒くなるような驚きを覚える。

 一体、これで韓国国防省はなにを証明しようとしているのか。
 一説には、この動画は防衛省や軍事専門家に向けた情報発信ではなく、韓国一般国民への言い訳動画であるらしい。
 日本に言われっぱなしで、何の反論もできない国防省は国民世論が許さない。
 その国民世論に応えるために、今回の動画公開となったようだ。
 だから、その内容に客観的なデータや決定的な証拠は不要。
 力強く日本側の主張をはねのけている姿勢を見せられればOKというわけだ。

 不思議なのは、韓国の一般国民は今回の騒動をどう見ているのか、ということだ。
 これが、まったく逆の立場で同じことが起きていたらどうなっていたかを考えてみよう。
 自衛隊の言い訳が二転三転し、あんな無様な動画を公開してぐずぐずの対応を続けていたら、日本国民は黙っていない。
 自衛隊は国民の信頼を失い、その批判は政府にまで及び、安倍政権は吹っ飛ぶだろう。
 韓国でそうならないのが不思議でならない。

 もしかしたら、国民には正確な情報が届いていないのではないか。
 日本の防衛省が説得を試みるのは、韓国国防省ではない。
 韓国国民ではないのか。
 韓国は国民情緒が何よりも優先する国だという。
 だとしたら、日本が相手にすべきは韓国政府ではなく、韓国国民だろう。
 大臣や官房長官が記者会見で日本語のコメントを発表しただけでは、韓国国民には伝わらない。
 韓国のマスコミによって情報がゆがめられ、大事なニュアンスはすべてそぎ落とされてしまうからだ。
 防衛省の反論も、韓国語で韓国国民に直接届けられるような工夫がいる。




 
 


 


 
posted by 平野喜久 at 13:18| 愛知 ☔| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月13日

「半割れ」避難:南海トラフ巨大地震

 政府の中央防災会議の有識者会合が、「半割れ」の時の一斉非難を呼び掛ける内容を示した。
 「半割れ」とは何かというと、南海トラフ巨大地震が発生した時、想定される震源域全体が一度に破壊されるとは限らず、部分的な破壊から始まり、時間差をもって残りが破壊するというケースがある。
 今回は、この時間差で破壊が起きた時を想定した緊急時対応のことを言っている。

 過去に時間差の破壊が起きたケースは、1854年と1944年〜45年だ。
 1854年の場合は、32時間後。1944年の場合は、2年後に残りが破壊している。
 時間差で連続して破壊が起きるとしても、どのくらいの時間差になるか不明だ。
 数時間かもしれないし、数日、数か月、数年かもしれない。
 ただ、過去の事例から、想定震源域の半分が破壊しながら、残りが破壊せずに済んだケースはないので、一部でプレートの破壊が起きれば、残りは間もなくと考えるのが妥当だ。
 それで、今回は、一部の破壊が始まった時は、残りの地域も避難を開始した方がいいという指針を示したことになる。

 これには戸惑いの声も多い。
 残り地域の避難は、地震が起きる前に行動を起こす必要がある。
 これがまず大変なこと。
 風水害避難でも、大雨暴風が目の前で激しくなってきているのを目の当たりにしていながら、避難の呼びかけに反応せず、逃げ遅れる人がいる。
 何も起きていない地域の人々を避難させるのは、並大抵ではない。

 そして、必要な人が全員避難したとしても、問題はある。
 時間差で地震が起きるとしても、どのぐらい後で起きるかは分からない。
 避難完了したタイミングに合わせるように次の地震が起きてくれればいいが、そんな都合のいいことはないだろう。
 いまのところ、1週間ほどの避難を想定しているらしいが、1週間たっても何もなかった時、そのまま帰らせるのか。
 その直後に地震がきたら?
 1週間も避難生活をしている間に、少しでも自宅の地震対策や荷物の整理などをしておいた方がよかった、となりかねない。

 さらに、1週間も公的避難所に避難するとして、それだけの備蓄があるのか。
 福祉施設や医療機関の場合は、入所者や患者が移動するだけでは足らず、スタッフや医療機器も同時に移動しなければならず、その負担は膨大になる。
 具体的に考えれば考えるほど、非現実的な事態が想定され、とても対応不能に見える。
 
 だが、今回の呼びかけは、国民に対する問題提起だと捉えるべきだろう。
 こういうことが起こり得るとして、さて私たちはその時どうしたらいいのか、ということを一人一人が考える時期がきている。
 だれかが答えを教えてくれる、だれかが指示を出してくれる、という人任せの姿勢に対する戒めにもなっている。
 簡単に答えが出せる問題ではない。
 だからこそ、私たち一人ひとりが真剣に考え始めなければいけない。

 新聞報道では、戸惑う自治体の声が取り上げられている。
 ある市の担当者は、「国や県の指針ができていない段階で、市の防災対策を検討するのは難しい」と言っている。
 これは、「国や県が指針を示したら、それを見ながら考えます」ということで、まさに人任せの姿勢に陥っている。
 地域の防災は、国や県よりもまず市がその責任を負う。
 第一の責任者として、市が対応を検討し始めるべきだろう。
 市の担当者も、自分らだけですべての行動計画を明確にしなければいけないと思うから気後れし、その責任を国や県に求めたくなる。
 そうではなく、まずは、現状の問題のありのままに住民に伝え、住民自らに考えてもらうチャンスを与えてあげるべきではないか。

 住民は、すべて公的避難所に頼らなければならない人ばかりではない。
 中には、親戚や知人宅に身を寄せることができる人がいる。
 「いざという時には、あの人のところにお世話になろう」と考えれば、事前に話をしておくこともできる。
 自宅にこもってその時を迎えようと覚悟を決める人もいるだろう。
 その人は、屋内の安全対策や食料の備蓄を真剣に考えるはず。
 こういうことを検討するチャンスを与えるべきだ。

 この話は、企業におけるBCPでも重要となる。
 「半割れ」で避難勧告、避難指示が出たときに、会社の操業をどうするのか。
 直ちに行動計画の確定までは難しいが、具体的な想定に基づいて、イメージトレーニングをし始める時期にある。




 
 
 
 
posted by 平野喜久 at 13:02| 愛知 ☀| Comment(0) | リスクマネジメント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月25日

ゴーン氏解任は日産の自己防衛か

 ゴーン氏の逮捕は、誰も予想しておらず衝撃をもって受け取られた。
 直接の容疑は、有価証券報告書の虚偽記載というものだが、ゴーン氏の報酬をめぐる不透明な部分が次々に明るみになるにつれて、底なしの様子を見せている。
 ゴーン氏の報酬を実際より少なく報告書に記載していただけではなく、退任後に残りの報酬を受け取る契約にしてあったという。
 株主総会では常にゴーン氏の高額報酬が問題にされており、その批判を回避するのが目的のようだ。
 さらに、ゴーン氏の親族の高級住宅を日産に提供させたり、ヨットを600万円で購入し、その名義をゴーン氏に書き換えたりということも発覚している。
 ゴーン氏の姉をアドバイザー契約を結ばせ、活動実態のないまま報酬を払うようにしていたとも。
 ゴーン氏の家族旅行や食事代まで日産に負担させていたという情報まで漏れ出ている。
 守銭奴ゴーン氏の姿が浮かび上がってくる。
 自分はもっと高額報酬をもらってしかるべきなのに、株主批判でそれがやりにくい。
 それで、少しでも日産から搾り取る方法をあれこれ仕組んでいるように見える。
 別に、手元資金がなくて住宅やヨットが買えないわけではない。
 ゴーン氏にとって、600万円のヨットなど、釣銭でついで買いするような買い物だろう。
 しかし、グローバル企業のトップとしては不当に安い報酬しかもらっていないという意識が先に立ち、このようなことに無感覚になっているのかもしれない。

 今回の不正発覚は、日産の内部告発によるという。
 どの部署の誰による告発かは不明。
 だが、有価証券報告書の作成には多くの人物がかかわっており、長年の不正の実態は内部では広く知られていたはず。
 それが、いままで不問に付されていたことの方が不思議だ。

 さて、今回の逮捕劇は、単なる不正発覚という単純な話ではなさそうだ。
 ことはフランス政府も絡んでおり、もっと大きな構図が背景にあるらしい。
 
 日産の無資格審査が発覚し問題になった時、ゴーン氏は一切表に出てこなかった。
 三菱自動車との提携の時には、全面的に出てきてアピールしていたのとは対照的だ。
 無資格審査の問題で記者会見を開いたのは、西川社長。
 当然ながら、記者からゴーン会長の責任を追及する質問が相次いだが、ゴーン氏に責任が及ばないように防戦一方だった。
 役員が報酬を自主返納しているということを明らかにしたが、その詳細は公表されなかった。
 ゴーン氏は報酬を返納したのかとの質問には、「あくまで自主返納なので内容は差し控える」と答弁を逃げている。
 実際には、ゴーン氏は自主返納をするどころか、非公表の報酬をもらい続けていたことが今回の事件発覚で分かった。

 この時、日産の経営陣は必至でゴーン氏の身を守ることに汲々としている様子が見える。
 それが、一転、ゴーン氏の不正を暴露し、日産のイメージダウンを覚悟してまでゴーン氏の追い出しに向かったのはなぜだろう。
 そこに、フランス政府の動きがあるらしい。
 フランス政府はルノーの筆頭株主であり、現在のマクロン大統領は経済産業相の時代から、ルノーと日産の合併を働きかけていたという。
 業績好調の日産を取り込み、フランス国内の生産拠点の維持や雇用の拡大を狙っていた。
 ところが、それに強力に抵抗していたのがゴーン氏だったのだ。
 そんなことをすれば、日産側の抵抗が激しいことが分かり切っていたからだ。
 日産側にとって、この時点のゴーン氏はフランス政府の圧力をはねのけてくれる守護神であった。
 ところが、その後、フランスの大手新聞に、ゴーン氏退任の観測記事が出始めた。
 フランス政府がゴーン氏を追い出し、別の役員をルノーから日産に送り込んで、一気に合併を進めようとしているとの観測だ。
 ゴーン氏は18年の6月をもって会長職を退任との具体的な情報まで流れ始めた。
 この段階で、ゴーン氏を追い出したがっていたのはフランス政府であり、それを阻止しようとしていたのが日産側であった。

 それが、今回の逮捕劇では、立場が逆転している。
 日産側がゴーン氏を追い出し、それをフランス政府が批判している。
 もしかしたら、その後の働きかけで、フランス政府はゴーン氏の取り込みに成功していたのか。
 日産側は、ゴーン氏の変身を察知し、会社を守るために追い出しにかかったのかもしれない。

 いずれにしても、長年にわたりゴーン氏に頼りすぎた日産側の自業自得との印象をぬぐえない。
 ゴーン氏による大改革で経営が立ち直った時点で、ゴーン氏の役割は終わっていたはず。
 それを、ゴーン氏に任せておけば間違いないとばかりに、ずるずると経営を任せきりにし、フランス政府のつけ入るすきを作ってしまっていた。
 西川社長もゴーン氏に抜擢されたイエスマンであったはずだが、ギリギリのところで踏みとどまったということか。



 



 
posted by 平野喜久 at 13:29| 愛知 ☀| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする