2017年02月25日

情けない繊維統計不正操作:経産省

 経産省の奇妙な不正が発覚した。
 繊維製品の在庫量などを調べる「繊維流通統計調査」で長年、実態と異なる数値を記載していたという。
 40超の品目ほぼ全てで改ざんがみられ、10年以上前の数値がそのまま記載され続け、実際の数値と最大で10倍程度の差が生じた例も。
 経産省から業務を請け負う業者の告発があり、不正が発覚した。

 なぜ、こんな不正が行われていたのかというと、統計データが十分集まらなかったため、適当に作ってしまったというのが実態らしい。
 調査は行われていたようだ。
 だが、調査票を配っても有効な回答数が限られ、統計として発表するほどのボリュームにならない。
 そこで、前年の数値をそのまま流用するというような操作が行われた。
 中には、10年以上も同じ数値で推移している項目もあるという。
 前年データの流用を繰り返すうちに、実態とかけ離れた統計データが毎年発表されるという事態に至った。
 あまりにも実態と乖離しすぎたことに担当者も気づいていたらしく、統計数値を毎年修正しながら、実態に近づけていく操作も行われていたという。
 突然、数値が激変すると、その部分が目立ってしまい、理由を問われるからだろう。
 ただただ、問題が表面化しないようにごまかし続けようという痕跡だけが見える。

 このデータ操作の不正が奇妙なのは、動機があまりにも低次元だからだ。
 データ不正は、いままでもいろんなケースが発覚した。
 自動車の燃費偽装、耐震ゴムの性能偽装、医薬品の臨床データ偽装など。
 だが、これらはすべて民間企業による不正であり、その目的は、自社製品の性能を実態よりもよく見せようとする偽装であった。
 ところが、経産省の統計データの偽装には、そのような目的は存在しない。
 統計データを実態よりよりよく見せる必要はまったくないからだ。
 ならば、なぜデータ不正が行われたのか。
 それは、ちゃんとデータ収集できなかったことをごまかすため、だ。
 本来なら、まともなデータ収集ができないことを問題として取り組まなくてはいけないはず。
 調査方法が悪いのか、それとも、繊維業者が減少傾向にあり統計データを収集する規模でなくなっているのか。
 この問題を解決しようとすると、さらに大きな課題を背負い込むことになり、経産省の役人としては、触りたくなかったのかもしれない。
 意味のない統計だったら、廃止すればいいが、それにも正当な理由付けが必要であり、役人としてはエネルギーがいる。
 一番楽なのは、前例踏襲。
 それは、前年のデータを流用し続けて、目先をやり過ごすというやり方だった。
 担当者は、数年ごとに配置転換になる。
 誰も、自分の任期中に面倒なことをしたくない。
 問題があると分かっていても、それを先送りした方が、自分としてはコストが少ない。
 それで、このような奇妙なデータ不正が起き、それが継続する。
 いったい、これにかかわった役人らは、何のために働いているのだろう。
 役人の情けない実態を垣間見るような不正事件であり、脱力することこの上ない。

 経産省は、データ操作にかかわった職員計7人に対する処分を決めた。
 課長級を含む管理職4人は内規で最も重い「訓告」。
 4人のほかに業務を担当していた職員3人が口頭で「厳重注意」を受けた。
 これでも、役人の処分としては、最大級の重い処罰なのだという。



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2017年02月22日

アスクル倉庫火災:社会的責任

アスクルの物流倉庫火災。
 6日たった今朝、ようやく鎮火となった。
 延べ床面積およそ7万2000平方メートルのうち、これまでに東京ドームとほぼ同じ広さの4万5000平方メートルが焼けたという。
 窓のほとんどない倉庫で、消火活動がままならず、壁の一部を壊しながらの放水だったが、効果は限定的だった。
 倉庫内の物資が燃え尽きたところでようやく鎮火に至ったといった印象がある。
 周辺住民へは避難勧告が出されており、それもようやく解除されることになる。

 今回の火災事故には疑問点がいくつかある。
1.なぜ出火したのか。
2.なぜ初期消火できなかったのか。
3.なぜ鎮火まで長期化してしまったのか。

 今回の火災は、アスクルの通販業務に影響を及ぼしたが、それよりも、長期化したことにより地域社会への影響が大きかった。
 社会的責任を果たすためにも、原因の究明と再発の防止が求められる。
 アスクルは本日午後に記者会見を開くらしい。
 疑問点に対して明確な回答ができるかどうかが注目される。




 
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2017年02月21日

レジリエンス認証の取得と目指すメリット

 内閣官房のウェブサイトに、レジリエンス認証を取得した企業が公開されている。

国土強靱化貢献団体認証 認証取得団体一覧表
http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/kokudo_kyoujinka/ninshou_dantaiichiran.html

 レジリエンス認証を取得した企業は、正式には「国土強靭化貢献団体」として認証されている。
 国の推し進めている「国土強靭化政策」に貢献している団体という位置づけだ。
 内閣官房のウェブサイトは、日本国内で最もページランクが高い。
 つまり、検索エンジンにとって、サイトの信頼性が最も高いと評価されているページだ。
 その内閣官房のウェブサイト上で、企業名が公表されているのは、企業PRの点で、非常に価値が高い。

 一覧表を見ると、あまりにも東京都に偏りすぎているきらいがある。
 第1回、第2回、合わせて現在までに64社の登録があるが、そのうち、愛知県の企業は、たった4社だ。
 愛知県はBCPの取り組みが進んでいる地域ではあるが、その割にレジリエンス認証の広がりが遅い。
 私が顧問をしている企業(愛知県)には、私からこの認証制度を紹介し、社長がその意義をご理解いただいたので、認証取得できたが、まだ一般にはなかなか知られていない。
 本年度に始まったばかりの制度であることもあり、まだ、認知度が低いのかもしれない。
 しかし、国は、この制度を積極的に推し進めようとしており、初年度は100件ぐらいを目指し、今後は加速度的に認証団体を増やしていく意向だ。
 首都直下地震や南海トラフ巨大地震は目前に迫っており、国を挙げて災害への備えが求められる状況にあるからだ。

 従来は、災害対策と言ったら、行政が取り組むべきことという認識だった。
 だが、行政だけの努力でどうにかなるものではないことがあきらかなので、住民の自助も呼びかけかれるようになった。
 現実には、これだけではだめで、民間企業の果たす役割が大きいことが認識されるようになってきた。
 地域経済が復旧しなければ、住民の生活基盤が失われてしまい、地域の復興は成功しない。
 地域経済を守るのは、行政でも住民でもなく、民間企業なのだ。
 いざというときに民間企業が生き残り、いち早く復旧することが、その街の再生に欠かせない。
 それで、国が本腰を入れて「レジリエンス認証」を推し進めようとしているのだ。

 この二勝制度は、今後は、国の強力なバックアップで、ますます認知度が高まっていくだろう。
 BCPの取り組みは、いまやどの企業でも避けて通れない重要課題となりつつあり、このレジリエンス認証は、まずは最低限クリアすべき目標として非常に使い勝手がいい。
 いままでは、BCPは各社が勝手なやり方で勝手なレベルで対策していたが、それに、ある程度客観的な基準ができたことになる。
 「レジリエンス認証」がその企業の信頼性を証明する指標になりうる。
 ISOのようなその企業の信頼性を表す指標として位置付けられれば、一気に広がっていくことが予想される。
 業界によっては、爆発的な広がりになっていくだろう。
 取り組むとしたら、いまが、トップランナーに加わる絶好のチャンスといえる。

 レジリエンス認証は、地道にBCPに取り組んでいる企業であれば容易に取得できる。
 しかし、今日取り組めば、明日には取得できるというほどいい加減なものではない。
 実質的な活動が行われているかどうかは厳しく審査される。
 それだけに、認証取得できたということは、中身のある取り組みが行われている証明でもある。
 逆に言うと、このレジリエンス認証の審査に合格するぐらいでなければ、そのBCPの取り組みは意味がないともいえる。
 まじめにBCPに取り組んできた企業、または、これから本格的にBCPに取り組もうとする企業は、ぜひ、このレジリエンス認証に挑戦してほしい。
 この認証には挑戦するだけの価値がある。



 
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2017年01月26日

韓国の寺に所有権:韓国地方裁判所

 韓国の大田地方裁判所が不思議な判決を下した。
 長崎県の対馬市の観音寺から、韓国の窃盗団によって盗まれた仏像「観世音菩薩坐像」について、韓国の寺に所有権があることを認め、韓国政府に対して仏像を引き渡すように命じた。

 この仏像は、韓国の窃盗団が2012年に対馬から盗み出し、韓国に持ち込んだ。
 窃盗団は韓国で捕まったものの、この窃盗団が「日本が盗んだものを取り返しただけだ」と言ったことから韓国世論が沸騰。
 窃盗行為を正当化し、窃盗団を英雄視する声が出始めた。
 日本政府の返還要求で、2体のうちの1体は返還された。
 だが、もう1体がそのまま韓国政府預かりになり、日本に返還されないままになっていた。
 そうこうしているうち、韓国の地裁から、日本の観音寺が仏像を正当に取得したことが証明されるまで、日本側への返還を差し止める仮処分が出て、身動きが取れなくなっていた。
 膠着状態の中、韓国の浮石寺が新たに提訴。
 韓国政府に対して、早期引き渡しを要求し、裁判所がそれを認める判決を出したという次第。

 浮石寺の所有権を認める理由は、「仏像は贈与や売買など正常な方法ではなく、盗難や略奪で(対馬市の観音寺に)運ばれたとみるのが妥当だ」とのこと。
 なぜ、盗難や略奪によると判断されるかというと、14世紀の朝鮮半島では倭寇という海賊が略奪行為を繰り返していたから。
 仏像に焼け焦げた跡があるのも、倭寇による略奪の証拠らしい。
 また、仏像に贈与や売買の記録がないことも判断材料となったという。

 まことに不思議な判決だ。
 何かの冗談か。
 韓国の裁判所は、いつもこの程度の判決を下しているのか。
 それとも、日本に関係することになると冷静な判断ができなくなるのか。
 今の窃盗事件を、14世紀の海賊行為に比肩して正当化するとは、まともではない。
 対馬から盗まれた仏像であることは明確である以上、まずは、対馬の観音寺に戻すのが常識的な判断だろう。
 韓国から日本へ仏像が渡った経緯に問題があり、韓国へ戻すべきだと主張するのなら、仏像を対馬に戻したうえで、改めて日韓政府間で交渉するというステップになる。
 だが、韓国で作られたものが日本にあるというだけで、反日感情に火が付き、冷静な議論は吹き飛んでしまう。
 裁判所は、いろいろ根拠を挙げているが、この程度の根拠で、所有権は浮石寺にありと判定する理屈が理解不能だ。
 法と根拠による冷静な判決というより、韓国世論の反発を受けないように、無理やり理屈を作ったという感じだ。
 地裁レベルでは、強力な世論に抗うパワーはなく、上級審へ丸投げして逃げたのだろうか。

 今回の判決は、韓国政府が敗訴した形だが、はたして政府が控訴するかどうか。
 控訴すれば、韓国世論の反発が激しい。
 かといって、このまま放置すると、判決が確定してしまう。
 そうすると、外国から盗んだ仏像を韓国の寺の所有物にするという非常識極まりないことを韓国政府が認めることになる。
 これには国際世論がびっくりだろう。
 韓国政府は、常に、国内世論と国際世論の板挟みにあって苦しんでいるように見える。



 
 
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2017年01月25日

なんでも鑑定団の内容に異論:曜変天目茶碗

 テレビ東京の看板番組『開運!なんでも鑑定団』。
 20年以上も続く人気長寿番組だが、それに騒動が持ち上がった。
 昨年12月20日の放送で、「曜変天目茶碗」が出品され、それが本物と鑑定され、2500万円の値段が付いた。
 ところが、放送直後から、あちこちから疑問の声が上がることになる。
 世界に3点しか見つかっていない曜変天目茶碗の4点目が見つかったのであれば、国宝級であり、その価値がたったの2500万円なんて安いはずがない。
 既に国宝指定されている他の曜変手目茶碗に比べると、まったく似ていない。
 そもそも、これは本物なのか。

 専門家も黙っていない。
 曜変天目を長年研究してきた陶芸家からは、「どう見ても中国の商店街に売られているまがい物にしか見えない」と厳しい指摘。
 中国陶磁器の研究をしている大学教授も、「本物である可能性は低い」とにべもない。
 この騒動は、海外へも飛び火し、中国からも異論が出ているという。

 「開運!なんでも鑑定団」は、ただの娯楽番組に過ぎない。
 一般の人が、自慢のお宝を持ち寄って、鑑定士に値段をつけてもらい、思いのほか高値がついてびっくりしたり、まったくの偽物との鑑定で大笑いになったり。
 その場の、たわいもない喜怒哀楽を楽しむのが目的。
 その内容に、専門家がむきになって反論するほどのものではない。
 
 だが、今回はただの笑い話では終わらなくなった経緯がある。
 それは、番組の放送前に、テレビ局がプレスリリースを流していたのだ。
 「番組始まって以来の最大のお宝発見!」
 国宝級のお宝が出るということで、番組放送前から注目が集まっていた。
 専門家も関心を寄せるのは当たり前だ。
 そうなれば、さまざまなところからいろんな意見が出るのは予測できたこと。
 その結果、専門家からも厳しい異論が噴出することとなった。
 これは、テレビ局側が招いた騒動だといえる。

 だが、テレビ局側は、今回の騒動については書面での回答で終わっている。
「鑑定結果は番組独自の見解によるものです。番組の制作過程を含め、この件について特にお答えすることはありません」
 番組内で鑑定した中島氏もコメントを出していない。
 プレスリリースでは、「国宝級の発見」と煽っておいて、問題が起きると「ただの娯楽番組」というところに逃げ込もうとしているように見える。
 
 お宝を出品した所有者のところには、心無い誹謗中傷が押し寄せているという。
 このままでは、出品者が被害者になってしまいそうだ。
 テレビ局が無責任な対応をしているために、出品者が批判の矢面に立たされてしまっている。
 このままうやむやでは済まない状況。
 出品者を守るためにも、番組の信用を取り戻すためにも、きっちりした対応をすべきだろう。




 
posted by 平野喜久 at 10:54| 愛知 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | リスクマネジメント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月13日

国が禁煙強化案:施設内の全面禁煙へ

 厚労省は、飲食店やホテルなどの施設内を原則禁止にする方針を検討しているという。
 3年後の東京五輪を念頭に置いているらしい。
 禁煙対策はここまで来たかという印象だ。
 街中でタバコが吸える場所はどんどん減っている。
 愛煙家にとっては禁煙ファシズムともいえる一方的な強行に不満も大きいだろう。

 高度成長期の1960年代、日本の成人男性の喫煙率は85%もあった。
 健康な成人男性だったら、タバコを吸っていて当たり前と思われていた時代があったのだ。
 電車の客席には灰皿がついていた。
 窓の開けられない新幹線にはいつも煙が漂っていた。
 バスにもタクシーにも灰皿があったのだ。

 会社の会議室に、灰皿は必須の備品だった。
 会議はタバコを吸いながらするものというのが常識で、長引く会議室は常に煙が充満していた。
 応接室には、大理石の灰皿と煙草盆が用意してあった。
 その煙草盆には上等なシガレットと舶来の葉巻が入っている。
 上客が訪れたときは、応接室に招き入れ、お茶を出す前に、まず、「一服どうぞ」と煙草盆の蓋を取ってタバコをすすめるのがビジネスマナーとされた。
 客がタバコに手を出したときは、すかさず火をつけて差し上げる。
 このために、タバコを吸わない人でもライターを持ち歩く必要があった。
 このライターは、男性のステータスを表すグッズになっていた。
 自分のライターで火をつけた場合は、すぐにポケットにしまうのではなく、そのままテーブルの上に置く。
 その場に居合わせた男性のライターがテーブルの上に並ぶことになり、貧弱なライターを持っているものは肩身の狭い思いをする。

 街中での歩きタバコは当たり前。
 小さい子どもを連れ歩く親は、タバコの火が子どもの顔に当たるのではとひやひやした。
 歩きタバコの場合は、吸い殻は地面に捨て、足で揉み消すのが普通だった。
 路上にはあちこちに吸い殻が落ちていた。
 レストランでの喫煙も当たり前。
 タバコの煙が漂っていたのでは、せっかくの食材の香りや風味は台無しだが、喫煙者にとって食後の喫煙こそ至福の時であり、それを禁じるというのは思いにもよらないことだった。

 こんな状況が、80年代まで続いていたのだ。
 それが、いま施設内も全面禁煙を目指すところまで来た。
 この厚労省の方針に対して、外食産業の業界が反発している。
 これでは廃業に追い込まれる、と。
 たしかに、タバコが吸えることを売りにしている喫茶店もあり、そういうところは差別化が難しくなる。
 だが、施設内の禁煙はどんどん進んでおり、多くのレストランは分煙が当たり前になっている。
 高級レストランでは禁煙が当たり前だ。
 施設内が全面禁煙になったとしても、影響は少なそうだ。
 原則は全面禁煙とし、一部の飲食店舗だけ、認可制で喫煙可にすれば対応可能ではないだろうか。

 中国人の投稿動画で、電車の扉が開いた時に、自分の子どもに電車の中からホームに向かって放尿させている親の姿が話題になったことがある。
 日本では考えられない光景だ。
 オシッコをしたくなったら、必ずトイレを探してそこに行くというのが常識だからだ。
 今後、タバコはオシッコと同じになる。
 オシッコをしたくなったからと言って、所かまわずできるわけではない。
 同じように、タバコを吸いたくなったら、喫煙室を見つけ、そこに行くというのが常識になってくるだろう。





 
 

 


 
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2017年01月11日

日韓併合前夜はこんな雰囲気だったのか:韓国政府が責任放棄

 今回の慰安婦像の設置は、民間団体が勝手にやっていることで、韓国政府が関与しているわけではない。
 しかし、総領事館前の公共の場所に民間団体が勝手な像を設置するという違法行為を放置しているとすれば、それは政府の責任となり、日韓合意違反となる。
 昨年末に総領事館前に慰安婦像が設置されたとき、一旦、行政措置として強制撤去された。
 ところが、市民団体からの猛烈な抗議に行政側が耐え切れず、一転、設置を黙認することになった。
 この市民団体の猛抗議で政治や行政の対応が動いてしまうところが韓国の実情だ。

 韓国政府は、「当該機関で判断すべき問題」として釜山市に責任を丸投げした。
 釜山市もだんまりを決め込んだため、世論の批判は釜山市東区長に集中した。
 釜山市東区長は、「慰安婦像の撤去は課長がかってにやったことで、私は一度も設置を拒否していない」と釈明した。
 東区長の釈明インタビューの場面が報道されているが、市民団体からの猛烈な抗議に怯えきっている様子が見える。
 政府が外交問題として責任ある対応をすることができず、地方行政に責任を丸投げ。
 釜山市長も東区長も責任を受け止めることができず、結果として、名も知らぬ課長の責任を押し付けるというところまで落ちてしまった。
 誰も責任を受け止める覚悟がないまま、重要案件が漂流し続けている。
 日本側の抗議と毅然とした報復措置によって、韓国政府も何らかの対応をせざるを得ないところに追い込まれている。
 大統領代行を務めるファン首相がようやく政府としての公式見解を発した。
「日韓両政府だけでなく、すべての当事者が、合意の精神を尊重して、関係発展のために努力することが必要だ」
 ほとんど効力のあるメッセージ性はないが、これが、韓国政府として意思表示できる限界のようだ。
 韓国外交部は、釜山市東区に慰安婦像を撤去するように働きかけているらしく、それに対して区長は反発をしている。
「いままで、責任を丸投げしておいて、いまになって撤去せよとは納得できない。撤去するなら自分でやってくれ」
 国内世論と日本との板挟みにあって、責任を押し付けあう姿が見える。
 10日には、韓国政府内で、少女像を設置した市民団体と日本政府が話し合って妥協点を模索することを求める声が出始めたという。
 もう韓国政府としては対処不能と投げ出した格好だ。
 日本政府が直接韓国世論に働きかけ、対処してもらうしか方法がないということだ。
 これは、日本政府に韓国の委任統治を願い出ているようなもので、事態は深刻だ。

 歴史を振り返ると、日韓併合前夜はこんな雰囲気だったのかと思わせる。
 日韓併合は、日本が無理やり韓国を植民地化したと思われがちだが、実態は、韓国側の要請と国際世論の後押しで日本が合邦に踏み切ったというのが実態らしい。
 この日韓併合は、当時の国際社会でも東アジアの安定に資すると受け入れられた。
 ちょうど、今と同じ状況だ。
 韓国政府が日本政府に韓国世論への対処を願い出る。
 アメリカが日本に対応を求め、日本政府が韓国の市民団体と協議の場を持つようなことがあれば、あの日韓併合の再来だ。
 日本は同じ轍を踏むことはないだろう。
 だが、韓国政府は同じ間違いに踏み込もうとしてしまっている。
 あの日韓併合は屈辱の歴史ではなかったのか。
 韓国内の市民団体との話し合いを日本政府に求めるなどというのは、屈辱以外の何物でもないはず。
 ここにこそ、韓国世論は猛反発しなければいけないのではないか。
 
 
 
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2016年12月29日

不正競争防止法違反:コメダ珈琲のそっくり店舗

 「コメダ珈琲」にそっくりの店舗でコーヒー店を経営していたマサキ珈琲店。
 コメダ側が店舗の使用差し止めの仮処分を求めたのに対し、東京地裁は申し立てを認める決定をした。
 マサキ珈琲は、当初、コメダへフランチャイズ加盟を求めたらしいが、それがかなわず、酷似した店舗を建設したようだ。

 マサキ珈琲店の店舗は、外観が一見コメダ珈琲店とそっくりな作りになっている。
 外観だけではなく、内装もそっくりで、更に、メニューの内容までよく似ているという。
 これは、誰が見ても意図的にまねたと判断できるレベルだ。
 消費者の誤認を招く恐れ十分で、不正競争防止法に違反するとして、使用差し止めの決定となった。

 この外観がよく似ていることをもって使用差し止めになるケースは珍しい。
 コメダ店舗が特別に特徴的な外観をしているわけではない。
 外観が意匠登録されているわけでもない。
 レンガ造りの店構えにすれば、外観のイメージはよく似たものになるのは当たり前。
 屋根の形だって、入口の形状だって、バリエーションが無限にあるわけでもなく、結果として似たものになったとしても不思議ではない。
 それに、よく似ているという判断も非常に主観的なもので、線引きが難しい。
 それで、たいていは、外観が似ている程度ではなかなか使用差し止めまではいかなかった。 
 ところが、今回は、フランチャイズ契約がならなかったことで、わざとそっくりな店づくりをしたという判断が加わったことが、最後の一押しになったようだ。
 たまたま似てしまったということではなく、「意図的に店舗イメージをパクった」と判断されたわけだ。

 それにしても、マサキ珈琲店の物まねぶりは常識を超えている。
 フランチャイズ契約を拒否された腹いせに嫌がらせをしているかのようだ。
 何の知恵も工夫もない。
 プライドがあれば、敢えてコメダに対抗できるイメージ戦略で、ビジネスにおいて勝負をかけるところだ。
 コメダ側としても、こんなタチの悪い者に絡まれて余計な労力を費やすことになり、いい迷惑だろう。






 

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将棋連盟の対応ミス:三浦九段の不正なし

 プロ棋士の三浦弘行九段が対局中に将棋ソフトを不正使用した疑い。
 日本将棋連盟が設置した第三者調査委員会は
「三浦九段が不正行為に及んでいたと認めるに足る証拠はないと判断した」
 と発表。
 一方、連盟が年内の公式戦への出場停止処分を下したことは「やむを得なかった」とした。

 今回の不正疑惑は、7月下旬からくすぶり始めていた。
 三浦九段が対局中に頻繁に離席し、時にその離席が長時間に及ぶことがあり、その不自然さから不正行為の疑いがもたれ始めた。
 8月には連盟が、不必要な離席を控えるように通達。
 10月には、対局場への電子機器の持ち込みを禁止する措置を決定した。
 ところが、三浦九段が竜王戦の挑戦者に決定したことから、対戦相手の渡辺竜王から連盟に問題提起が出された。
 渡辺竜王の問題提起は、週刊誌に取り上げられるところとなり、その発行を目前に連盟側は三浦九段の出場停止処分を決定。
 同時に、竜王戦の挑戦者を別に差し替えた。
 その後、第三者委員会を設置し、一か月にわたって調査をしたところ、三浦九段の不正を疑わせる根拠がないことが判明した。
 
 第三者委員会の調査によると、主に3点が指摘された。
1、30分に及ぶ離席はなかったこと
2.所有するスマホ等に将棋ソフトが存在しないこと。
3.将棋ソフトの手との一致率もそれほど高くないこと。

 映像解析から、小刻みな離席は確かにあったが、30分にも及ぶ離席はなかったという。
 30分の離席は、対戦相手から訴えられていたものだが、そもそも、疑いのきっかけと思われていた事実から違っていた。
 それに、将棋ソフトの手と不自然なほど一致していることも指摘されていたが、実際にはばらつきがあり、一致率が高いと言っても、他の棋士でもソフトと手が一致するケースはよくあることと判断された。
 特に、終盤になると勝ち筋は一本道になるので、実力のある棋士であれば将棋ソフトの手と一致するのはむしろ当たり前と言える。
 不正を疑う者の中には、人間では考えられない手を打っており、この不自然さはプロでなければわからない、と言っているものもあった。
 だが、これはかなり乱暴な見解だ。
 「実力のある自分が見て不自然な手は不正によるもの」という決めつけは、あまりにも傲慢だ。
 
 ここで問題は、対戦相手の渡辺竜王が三浦九段の不正を決めつけ、連盟に直訴したことではない。
 直訴を受けた連盟側の対応に問題がある。
 きっちりした調査もしないまま、三浦九段の出場停止を決めてしまったことだ。
 なぜ、これほど処分を急いだのか。
 それは、週刊誌報道が目前に迫っていることを知ったからだ。
 竜王戦の開幕後に週刊誌が発行されると、大問題になり、竜王戦の中止に追い込まれるかもしれない。
 それを恐れた連盟が、急いで挑戦者の差し替えを行い、竜王戦の無事な開催を優先させたのだ。
 週刊誌は、騒動が大きくなることを目的として、竜王戦開幕後の記事発表を仕掛ける。
 その記事発表は事前にリークし、騒ぎを大きくしておき、記事への注目度を最大に高めたところで週刊誌の売り上げ拡大を狙う。
 連盟は、その週刊誌の策略に乗せられてしまった格好だ。
 連盟は、自らの保身のために、三浦九段の棋士生命を犠牲にしたことになる。
 
 連盟がこれほど神経質な対応になっている背景には、将棋ソフトの実力がプロ棋士をしのぐほどになってきたことがある。
 人間では思いつかない手を打つと「これはソフトを使って不正を行なった結果だ」との疑惑が同じプロ棋士から上がる。
 これは、プロ棋士事態が、自らのプロ将棋の世界を貶めているように見える。
 いったいプロ棋士とは何か、というところが揺らぎ始めているのだ。
 今回の将棋連盟の杜撰な対応は、連盟自体の信用度を下げたが、同時にプロ将棋の世界のイメージダウンももたらした。
 将棋の公式戦はスポンサーの支えがあって、維持できる。
 スポンサーの支えは、国民世論の動向次第。
 国民の理解の得られないイベントはスポンサー離れを起こす。
 

 第三者委員会は、出場停止処分はやむを得なかったとの判断をつけたしている。
 これは、調査委員会としては言い過ぎだ。
 調査委員会は不正の有無の調査を依頼されているだけで、連盟側の処分の是非まで問われていない。
 
 、
 
posted by 平野喜久 at 12:18| 愛知 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月28日

第2回認証団体公表:レジリエンス認証

 内閣官房「国土強靭化貢献団体の認証に関するガイドライン」にもとづく第2回レジリエンス認証取得団体が公表された。
 今回の認証団体は。20団体。
 第1回が44団体だったから、半分以下に減っている。
 製造業7社、建設業3社、卸小売3社など、業界は多岐にわたる。
 団体名を見てみると、有名な大企業が目につく。
 第1回の時と同じだ。
 これは、申請企業が大企業に偏っているためだろう。
 認証団体が半数以下に減少したのも気にかかる。
 レジリエンス認証の認知度が低く、申請件数が減っているからか。
 それとも、申請数は増えていても、認証レベルの団体が少なくなっているためか。

 私が顧問をしている企業も今回のレジリエンス認証に申請し、無事に認証取得にい成功した。
 従業員数100名に満たない中小企業だが、社長のBCPへの取り組み意欲が高く、社内を挙げて取り組んでいる。
 せっかくの取り組みを形に表すため、この成果をレジリエンス認証に挑戦したらどうかと提案した。
 申請書類の作成や、第2次審査の社長ヒアリングの対策などお手伝いをさせていただいた。
 取り組みの実態をありのままに見ていただくという方針のもと、審査に臨んだが、特に厳しい指摘や質問を受けることもなくクリアできたようだ。
 このレジリエンス認証は、厳しく審査して落とすことを目的としたものではなく、BCPの普及のために、まじめに取り組んでいる企業は積極的に応援していこうというところに主眼がある。
 だから、中小企業の実態にあった審査が行われ、地道な活動実績が認められ認証取得となったものと思われる。
 
 実は、第1回の認証団体を見ると、東京の大企業ばかりが名を連ねているので、少し不安になっていた。
 もしかしたら、大企業の先進的な取り組みしか認めないのではないか。
 大企業と同じ基準で中小企業も審査しているのではないか。
 だが、それは全くの杞憂だった。

 レジリエンス認証は、BCPにまじめに取り組んでいることを第三者の目で認めてもらう制度だ。
 BCPに取り組んでいる企業は増えてきたが、それがまともな内容なのかどうかは、よくわからない。
 取り組んでいる当事者もこれでいいのか分からないし、ましてや、取引先など社外の人間には、その会社のBCPがまともなものかどうか確かめようがなかった。
 それが、この認証取得に挑戦することで、BCPに取り組む場合の目指すべきレベルがはっきりわかるし、客観的にもその会社のBCPがどのレベルにあるのかが分かるようになった。
 第1回のレジリエンス認証取得団体に認定されたある中小企業は、この認証マークをさっそく会社のPRに使っている。
 名刺、パンフレット、ウェブサイトなど、あらゆるところに掲示し、我が社のBCPをアピールしている。
 別途、印刷冊子を用意し、問い合わせがあれば、直ちにそれを渡せるように準備しているという。

 このレジリエンス認証は、特別に難しいことを求めていない。
 まじめにBCPに取り組んでいる企業であれば、十分認証取得できる。
 ただし、そこには明確な審査基準が設けられており、その基準に満たないものは厳しく排除されるようだ。
 審査基準は単純だ。
 防災とBCPの違いを理解していること。
 BCPの内容を経営トップが理解し、率先して推進していること。
 事前対策、教育訓練、見直し改善が行なわれているか。
 このあたりが重点的にチェックされる。
 まじめに取り組んでいる企業にとっては、何も難しいことはない。
 ありのままを見てもらえれば、簡単にクリアできる。

 しかし、取り組み方が間違っている企業はクリアは難しい。
 例えば、防災とBCPを混同して取り組んでいるケース。
 部下に丸投げで、社長がBCPを理解していないケース。
 とりあえずBCP文書は作ったが、これに基づいた活動実績がないケース。
 これらの場合は、書類審査の段階で厳しい指摘を受けることになる。

 この認証制度の目的や意義を理解しないままの申請して認証取得にいたるのは難しい。
 この認証には様々な項目に分けて細かく情報提供が要求されており、それぞれの要求項目が何を求めているのかを理解するのが難しいのだ。
 中小企業の場合は、専門家の支援があった方が認証取得はしやすいだろう。

 
 
 
 
posted by 平野喜久 at 17:16| 愛知 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | リスクマネジメント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする