2017年07月20日

蓮舫氏の国籍記者会見:マスコミの甘やかしが民進党弱体化の原因

 18日、民進党党首の蓮舫氏が記者会見を開き、自身の国籍問題について説明をした。
 与党批判では舌鋒鋭く追及することを得意とする彼女らしからぬ生ぬるい会見だった。
 会見の内容については、目新しい情報は何もない。
 戸籍を開示するのしないのと大騒ぎだったが、去年の10月に国籍選択が行われたことが確認されただけだで、そんなことはみんな知っていたことだ。
 会見のポイントは、3つ。
1.現在は日本国籍単独であること。
2.去年10月までは二重国籍だったが、自分は18歳以降ずっと日本国籍単独と思っていた。
3.国籍公開は差別主義・排外主義に通じるもので、あってはならない。

 国民の聞きたいことに答えていない。
 一番のポイントは、二重国籍のまま立候補し政治家になっており、選挙公報の経歴に「帰化」とあるのは経歴詐称に当たるのではないかとの疑いが指摘されているのだ。
 ところが、自分はずっと日本国籍単独と思っており、結果として二重国籍だったとしても、故意ではない、ということで免責である、との主張だ。
 与党批判に厳しい蓮舫氏にしては、自分自身には信じられないほど「甘い」と言わざるを得ない。
 過去のマスコミインタビューでは、自分自身が二重国籍であったり、台湾籍であったり、中国籍であったりと、堂々と答えている。
 多国籍であることをアピールして、国際人であるかのようなキャラを売りにしていたのだ。
 ところが、記者会見でこのことを指摘された蓮舫氏は、「浅はかだった」と簡単に返した。
 つまり、自分は日本国籍単独であると思っていたが、キャラ立てのためにあえてあのような物言いをしていたのだという。
 去年は、過去のインタビュー内容は、「雑誌社の編集間違い」と言っていた。
 それが、いまや、過去インタビューは自分自身がわざとついた嘘だったと堂々と言っているのだ。

 ところが、去年まで二重国籍だったことが明確になったことから、結果として過去のインタビュー発言は正しかったことになる。
 普通に考えれば、国際人タレントとして売るためには、多重国籍の方がキャラ立てしやすいので、敢えてそれを放置し利用していた、と解釈できる。
 となると、嘘を言っているのは過去インタビューではなく、いまの記者会見ではないのか。
 
 過去インタビューでは、「中国籍」という言葉も出てくることから、台湾籍だけでなく、中国籍も含めた三重国籍だったのではないか、との憶測まで飛び出す始末だ。
 
 国籍公開は私で最後にしてもらいたい、とまるで自身が風評被害の被害者であるかのような物言いも気になる。
 風評の源は、すべて自分自身の発言に端を発している。
 安倍総理に対して、「ますます疑惑は深まった」「きっちり説明責任を果たせ」と迫っている蓮舫氏だが、同じ言葉がそのまま自身に跳ね返ってくる。

 実は、今回の記者会見で、いきなり代表辞任を発表するのではないかと思っていた。
 知りませんでしたで押し通すには無理があることは明らかなので、過ちを認め、謝罪し、その責任を取る形で、代表を辞任すると言えば、筋が通った。
 過去に二重国籍のまま3度の選挙に立候補していることから、公職選挙法違反の疑いも払拭できない。
 それを踏まえると、議員辞職まで踏み込めれば、最善の策だった。
 彼女の知名度なら、議員辞職したところで、次の衆院選で当選は間違いない。
 そうすれば、禊ぎと衆議院への鞍替えが同時にできて、申し分ないではないか。
 なぜ、党首にとどまってしまったのだろう。
 民進党は党勢回復のチャンスをみすみす失ったように見える。

 どうして民進党はここまで弱体化してしまったのか。
 それは、マスコミに甘やかされすぎたからだ。
 政権についていた時もマスコミには甘やかされていた。
 政権を失った後も、同じ。
 そのために、なぜ政権を失うことになったのかという厳しい反省が行われずに来てしまった。
 そのことが、党勢浮揚のきっかけを得られない元凶ではないだろうか。
 野党の中で、政権担当経験あり、というのは何物にもましてアドバンテージがあるはず。
 民進党議員の中には、元国務大臣がたくさんいる。
 このメリットがまったく生かせてない。
 
 蓮舫氏は代表になるときに、「政策提言のできる政党になる」と宣言した。
 この言葉に期待した。
 だが、やっていることは、共産党と共闘して安倍政権の足を引っ張ることだけ。
 マスコミもこれに同調する。
 マスコミ受けを狙ったら、「政策提言」よりも、「安倍やめろ」の方が手っ取り早い。
 それで、民進党は政権批判しかできない政党になってしまった。
 今回の二重国籍問題で、蓮舫氏がこの程度の記者会見で済まし、党首続投を宣言できるのも、マスコミの甘やかしによって、厳しく問われることもなく、このまま幕引きにしてくれることが分かっているからだ。
 マスコミは野党批判は与党を利することになるので、控えてしまう。
 だが、この甘やかしが野党をますます弱体化させ、結果として、政権交代不能にしてしまっていることに気づいているか。
 

 
 
 
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2017年07月15日

蓮舫代表の二重国籍問題:問題の根は深い

 民進党の蓮舫代表の国籍問題が再浮上している。
 都議選で自民党が歴史的な大敗を喫した。
 ところが、もう1つ大敗した政党があった。
 民進党だ。
 5議席と3分の1に激減。
 さらに、各メディアの世論調査では、自民党の支持率は急落しているが、同時に民進党の支持率も下落し続けているのだ。
 自民党のマイナスが民進党のプラスにつながっていない。
 このことに危機感を覚えた民進党議員から蓮舫代表に対する不満が噴出することとなったようだ。
 党内から「二重国籍問題が尾を引いている」との声が上がり、戸籍公開へと動き始めた。
 ところが、この戸籍公開についても、党内に異論がある。
 このことが、差別主義、排外主義の扇動に乗せられることになり、悪しき前例になることを恐れているらしい。
 蓮舫氏自身も記者会見で、次のように発言。
「特に我が国では、戸籍はすぐれて個人のプライバシーに属するものであり、これまで私も言ってきたが、積極的に、あるいは差別主義者・排外主義者の方に言われてそれを公開するようなことが絶対にあってはいけないと、今なお思っている」
 学者の中にも同調する者がある。
 「出自を明らかにしなければ、公的な言動ができなくなるのは恐ろしい全体主義だ」
 いつの間にか、問題の論点がずれてしまっている。
 18日に蓮舫氏は既に二重国籍が解消されていることを証明する証拠資料とともに説明をする予定だという。
 蓮舫氏の貴重な記者会見が、「差別主義、排外主義には屈しない」との意見表明の場で終わってしまったら、この問題は手が付けられなくなる。
 なぜなら、この問題の本質は、そこにはないからだ。

 この問題は、民進党の代表選の最中に出てきた。
 ある評論家が彼女の国籍に疑問を持ち、問題提起をしたことが発端。
 ネット上や週刊誌で取り上げられ、一部で話題になったものの、大手メディアを巻き込んでの大騒動にはならなかった。
 代表選の間にも記者から何度も質問を受けるが、常にあいまいな説明に終始した。
 途中から言っていることが変化しており、実際にどうなっているのか分からない状況だった。
 そのうち、ネット上では、彼女の過去のインタビュー記事などが発掘され、そこに、「台湾籍を持っている」「私は二重国籍なんです」という発言が次々と見つかり、自分自身、国籍の二重性を承知しており、むしろそれを売りにしていたことが分かってきた。
 代表選の終盤になって、ようやく台湾籍が残っていたことを認め、「台湾籍の除籍手続きを行ないましたので、これでこの問題は終了です」と勝手な幕引きをしてしまった。
 その後、投票が行われ、蓮舫氏が圧勝。
 民進党党首に選出された。
 ところが、その後、民進党の勢力は回復の兆しを見せることなく、むしろ最近は凋落の傾向を見せ始めたことから、党内で危機感が広がってきたといったところだろう。

 なぜ、彼女の国籍がこれほど問題になるのか。
 彼女の出自が問題なのではない。
 彼女の国籍がいままでかなりの異動があり、それがはっきりしないので、問題になっているのだ。

 問題の本質は、国会議員になった時、彼女の国籍はどうなっていたのかだ。
 その時、すでに日本国籍を取得済みで、同時に国籍選択も終わっており、さらに台湾籍の除籍も済んでいれば、何の問題も存在しない。
 だが、以下のケースで問題が生じる。

1.台湾籍の除籍手続きだけができていなかった
 日本国籍を取得し、国籍選択はできていても、それを台湾当局に連絡し、除籍申請をしなければ、台湾籍が残ってしまう。
 除籍申請したのが最近だとすると、その間、ずっと二重国籍のまま国会議員を務め、大臣までなっていたことになる。
 ただ、この場合は、日本国籍を持っているし、日本国籍を選択しているので、単に台湾籍除籍の手続きを怠けていた、という程度の話で終わってしまう。
 「うっかりしてました」ということで終わる。

2.国会議員立候補時点で、国籍選択ができていなかった
 このケースは問題がある。
 二重国籍のまま、どちらを選択するかの宣言が行われていないので、形式上、どちらの国籍でもないことになってしまう。
 彼女の選挙公報には、「85年に帰化」と明示してあったので、この経歴が嘘ということになる。

3.台湾籍の権利行使の事実が見つかった場合
 このケースが最悪の事態となる。
 日本国籍を取得したものの、国籍選択の意思表示をしなかったとしても、その後、台湾籍の権利行使を行なってしまうと、その時点で、台湾籍選択の意思表示をしたものとみなされ、自動的に日本国籍は消滅となる。
 この事実が判明した時点で、過去にさかのぼって、日本国籍の事実が取り消されることになる。
 この台湾籍の権利行使は国会議員以前でも同じ。
 この場合は、日本国籍を持たないものが国会議員になり、大臣職を務めていたということになり、国家レベルの一大事となる。
 過去に彼女が国務大臣としてかかわった公文書もすべて無効ということになってしまい、一議員の不祥事では済まなくなる。
 日本国籍取得後に、台湾パスポートを使ったとか、北京留学時に台湾人として優遇措置を受けていたとかいった事実が出てくると始末が悪い。

 
  
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2017年07月08日

NHKのネット配信にブレーキ:総務大臣の見解

 朝日新聞の報道による。
 高市早苗総務相は7日、テレビ番組のネット同時配信が実現した場合、NHKがネットだけで視聴する世帯からも受信料を取ることについて「多岐にわたる問題がある」と述べ、否定的な見解を示した。
 受信料の対象を広げようとするNHKの姿勢には、民放からも異論が相次いでいる。

 NHK会長の諮問機関が、テレビ番組のインターネットでの「常時同時配信」を実施すべきだとする答申案をまとめた。
 これが発端だ。
 このネット同時配信の話は以前からあったが、それが本格的に動き出しそうな気配を見せ始めた。

 テレビ番組のネット配信。
 これだけなら、何の問題もないように見える。
 テレビだけでなく、ネットでも番組が見られるようになるのなら視聴者にとっても結構なこと。
 だが、受信料の話が絡んでくると、問題の本質が変わってくる。
 現在の受信料は、受信設備を設置した者にNHKとの契約の義務が課されている。
 受信設備とはテレビのこと。
 テレビを持たなければ契約の必要はない。
 ところが、最近、テレビを持たない世帯が出てきた。
 単身の学生などは、スマホがあれば、テレビがなくても困らない。
 それで、テレビがないことを理由に契約を拒否する世帯が増えてきた。
 それでもNHKは引き下がらない。
 スマホでワンセグが見られるなら受信契約の必要あり、と勝手な解釈で、契約を迫るようになってきた。
 これについては、裁判でも争われるようになり、最終決着がついていない。
 このスマホを受信設備と解釈するかどうかという微妙な判断が問われている。
 一般常識では、スマホをテレビと同じ放送受信設備とみなすのには無理がある。
 
 そこで、出てきたのが、放送のネット配信だ。
 ネット配信を受信できるのであれば、受信契約の義務あり、ということにすれば、不透明な部分はなくなる。
 すべての世帯から受信料を徴収できるというわけだ。

 ネット受信については、受信料を通常よりも安価に設定してはどうか、という意見も出たらしいが、「そんなことをすると、ネット受信に切り替えようとする者が続出するからだめだ」と反対意見が出たという。
 もうこうなると、誰のための受信制度なのか分からない。
 少しでも国民から搾り取らなければ損だ、といった感覚だ。
 競争の存在しない特異な収入体系に胡坐をかいてきた組織の醜悪な姿勢しか見えない。

 いままで、NHKの勝手な解釈には及び腰だった総務省だったが、さすがに今回は大臣から異論が出た。
 高市大臣は閣議後会見で「放送法上、放送と通信(ネット)は全く別の概念。受信料を求める法律上の位置づけはない」と指摘。
 NHKがテレビを持たない世帯からも受信料やそれに近い費用負担を得るため、ネット配信を受信料で行う「本来業務」の一部と位置づけようとしていることに釘を刺した。
 NHKの目的は、ネット配信によるサービスの充実にあるのではなく、受信料の更なる徴収のために、ネット配信を行なおうとしていることが見抜かれているのだ。
 さすがに、これでは国民の理解が得られない。

 フジ・メディア・ホールディングス(HD)の金光修専務は7日の定例会見で「放送法の枠外のサービスを(受信料で行う)業務と規定するのは議論がずれている」と批判。
 TBSHDの武田信二社長も5日の定例会見で「大変違和感がある」と述べた。

 NHKの受信制度については、不透明なところが多すぎる。
 いままでは、NHK側の勝手な解釈がまかり通り、国民が疑問に思っても抵抗する手段を持たなかった。
 放送法自体が時代に合わなくなっている。
 受信制度の見直しから、根本的に議論されるべきだ。

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2017年07月06日

「こんな人たち」は誰のことか:安倍総理の街頭演説

 都議選での安倍総理の街頭演説。
 その中の一言が物議を広げている。
 演説の中で、「こんな人たちに負けるわけにはいかない」という発言があり、これが問題だというのだ。
 なぜ、問題かというと、自分と意見の違う人たちを見下し、敵とみなして打ち負かそうとする姿勢がよろしくないというのだ。
 共産党の小池書記局長は記者会見で「民主主義の根本を否定するもので、言語道断だ」と批判。
 朝日新聞は、「多様な世論に耳を傾け、意見をまとめ上げる立場の最高権力者が、有権者を敵と味方に分けるかのような発言」と決めつけた。
 民進党の蓮舫代表は、「看過しがたい。訂正、謝罪を求めていく」と述べた。
 テレビのコメンテーターは、「国民を2分して対立をことさら煽るような姿勢は問題」と難癖をつけた。

 安倍総理の街頭演説を映像で見たが、彼の発言のどこに問題があるのかまったく分からない。
 発言の中にある「こんな人たち」というのは、有権者のことを言っているのでもないし、自分の主張に反対する人たちのことを言っているのでもない。
 それは、彼の演説を聞けばはっきりわかる。
 「こんな人たち」の前に、彼はこんな発言をしていた。

「皆さん、あのように、人の主張の、訴える場所に来て、演説を邪魔するような行為を私たち自民党は絶対にしません!」
 
 この時、秋葉原の演説会場には、大勢の人たちが集まっていたが、その中に、「安倍やめろ」という大幕を広げて、大声で騒いでいる連中がいた。
 騒ぎはどんどん大きくなっていき、安倍総理の演説をかき消さんばかりだった。
 それにたまりかねた安倍総理が、演説を邪魔する人々を軽蔑して、「こんな人たちに負けるわけにはいかない」と言ったのだった。
 これは、彼の演説を聞いていれば、自然に理解できることだ。
 民主主義の根本を否定しようとしているのは、安倍総理ではなく、安倍総理の演説を大騒ぎで邪魔しようとする人たちの方ではないのか。

 ところが、安倍総理の「こんな人」というところだけ切り出し、問題発言化しようとした人がいる。
 それに乗っかって、批判の火の手を上げようとする人がいる。
 さらに風を送って大火災にまで広げようとする人がいる。
 とにかく、安倍総理のイメージダウンだけを狙ったような動きに嫌悪感を催す。
 
 安倍総理は、演説を邪魔する人たちを批判した後、こんなことも言っていた。
 「私たちはしっかりと政策を真面目に訴えていきたいんです!憎悪からは、何も生まれない。相手を誹謗中傷したって、皆さん、何も生まれないんです」
 ここに対立をことさら煽るような言動がどこにあるというのだろう。
 曲解もいいところだ。

 不思議なのは、その場にいて彼の演説をすべて聞いていたはずのマスコミまで、安倍総理の発言を一部だけ切り取り、同じ論調で批判していることだ。
 安倍総理の発言に、有権者を2分して敵対させるような意図はまったくないことは、その場にいた人たちなら分かっていたはず。
 分かっていながら、わざと誤解を拡散させるような報道を続けているように見える。
 事実を客観的に報道するという最低限の役割すら放棄している。



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2017年06月28日

稲田防衛大臣の軽率発言

 稲田防衛大臣の発言が問題になっている。
 27日、東京都板橋区で開かれた都議選の自民党候補の集会で、「防衛省、自衛隊、防衛大臣、自民党としてもお願いしたい」と発言したのだという。
 自衛隊法では、選挙権の行使を除く自衛隊員の政治的行為は制限されている。
 発言は自衛隊が組織的に特定の候補を応援すると受け取られかねない。
 稲田氏は発言の撤回は拒否していたが、批判の強さに、夜になって発言を撤回した。

 もちろん、現実に自衛隊が特定の候補者を応援するなんてことはありえない。
 稲田氏のリップサービスに過ぎないのは明らか。
 候補者を力強く応援する中で、自分の防衛大臣としての肩書を最大限利用したというところだろう。
 だが、のちにこのような批判を招くのは明らかで、あまりにも軽率だった。
 防衛大臣が特定の候補者の応援に出かけることだけでも正当性が危なっかしいのだから、そこでの発言は更に慎重であるべきだった。
 たぶん、稲田氏は候補者のことをよく知らなかったのだろう。
 語るべき情報が何もないとき、何を強調するかといったら、「防衛大臣がわざわざ応援に来た」ということだけ。
 そこを強調しすぎたあまり、問題発言となってしまった。

 稲田氏は弁護士出身。
 言葉の重要性には人一倍敏感のはずだが、どうしたことか。
 防衛大臣としての働きも、評価は芳しくない。
 次の内閣改造では、まず、交代となる。
 将来の女性首相との呼び声もあった彼女だったが、どうやらその目はなさそうだ。




 
 
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アマゾン流出版界翻弄

 本日付読売新聞の解説記事による。
 ネット書店の大手アマゾンが出版社との直接取引を拡大させる動きを見せているらしい。
 通常は、出版社の本を取次を通して仕入れている。
 一般の書店と同じだ。
 だが、取次に在庫がないと、取り寄せということになる。
 取り寄せも取次を通して発注するので、納期は8日から2週間かかる。
 ネット書店の注文は、翌日か、遅くても3日以内のお届けが普通だ。
 スピードが命のネットビジネスにおいて、取り寄せに2週間もかかっているようでは、話にならない。
 消費者の購買意欲もそがれる。
 そこで、バックオーダー発注については、取次を通さず、直接出版社から取り寄せることを検討し始めたという。
 こうすれば、出版社にとっても販売機会を逃さずに済むし、消費者にとっても読みたい本が読みたいときに手に入る。
 
 この動きに取次は警戒している。
 あきらかに取次の中抜きの動きだからだ。
 もともとネットビジネスは中間業者の排除に直結するものだった。
 それは出版業界でも同じ。
 いままでは、取次のパワーが強かったので、この構図に揺らぎはなかったが、ネット書店の台頭で、その力関係が揺らいできた。
 
 いま、出版物の販売額は97年をピークに一貫して減少している。
 書店の売上が減少しているためだが、一方で、ネット書店の売上だけは上昇傾向にある。
 といっても、ネット書店の売上は全体の10%も満たない。
 まだ、全体に影響を及ぼすほどの勢力にはなっていない。
 出版社としても、リアル書店を無視できないのだ。
 リアル書店に本を流すには、取次を通さなくてはならない。
 出版社としては、取次を中抜きするような行動を取りにくい。

 しかし、弱小出版社にとっては、取次を通さない直接取引にはメリットが多い。
 弱小出版社の出す本は、専門性が高く、対象読者が少ない。
 ネット書店でピンポイントで検索されて注文されるケースが多い。
 もともと、取次には重要視されておらず、リアル書店への配本も期待できない。
 ならば、Amazonと直接取引できた方がありがたい。
 しかも、直接取引なら、取次を介するよりも有利な条件で取引可能だ。
 すでに一部の出版社とは直接取引が始まっていて、全体の3割に上っているという。
 この傾向は今後、ますます強まっていくだろう。
 
 出版業界は、長期低落傾向に入っており、明らかに構造不況業種になった。
 出版不況という構造的な問題に加え、ネット書店の攻勢という新たな脅威にさらされている。
 この流れは、当面、変わらない。
 出版業界は、Amazonの積極攻勢に防戦一方で、先回りして先手を打つことができていないように見える。
 
 


 
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2017年06月25日

官邸の危機管理の失敗:森友加計問題

 森友学園問題に続いて、加計学園問題が持ち上がり、沈静化しそうにない。
 いろんな内部文書が次々に外部流出し、その内容が実に思わせぶりなものばかりなので、憶測が憶測を呼んでいる。
 総理の不正な働きかけがあったことを確信させる情報はいまだに見つかっていない。
 なのに、なぜ、これほどこの問題が尾を引いているのか。
 それは、ひとえに官邸が危機管理に失敗したことによる。
 安倍政権は、過去に1度政権運営に失敗している。
 その経験から、ここまでは非常に慎重でうまい政権運営を行なってきた。
 少々問題が起きたとしても、先手先手で手を打つことで、初期消火に成功していた。
 例えば、大臣の不祥事が発覚しても、マスコミや野党がが騒ぎ出す前に先手を打って更迭した。
 初動の迅速さとメディアコントロールのうまさが際立っていた。
 この危機管理のうまさが、安倍政権の長期化をもたらした源泉になっている。
 
 ところが、今回は違う。
 明らかに初動を間違えた。
 森友学園問題が持ち上がった時、官邸は「取るに足らぬ問題」と簡単にはねのけるつもりだった。
 これが、その後、大火事になるなんて思っていなかったのだ
 総理も高圧的で強気の国会答弁に終始し、「関与があったら国会議員を辞める」とまで言い切ってしまった。
 これが、初動の失敗その1だ。
 組織の不祥事が発覚した時に犯してしまいがちな間違いは、「強気ではねのけて事態を強制終了させようとすること」だ。
 これは、事態を収拾させるどころか、さらに騒動を大きくさせる効果しかない。
 過去、企業不祥事においても同じミスで騒ぎを大きくし、のちに進退窮まって最悪の事態を迎えたケースは多い。

 総理の「関与があったら」の発言は、野党やマスコミの追及を勢いづかせ、官邸は、その追及をいちいち否定し続けなければならなくなった。
 ここで、厳しい追及から逃げ続ける官邸の姿だけがイメージされることとなった。

 森友問題に手詰まり感が出てきたところで、どこかからか加計学園問題が急浮上した。
 どうして、この問題が浮上したのかは不明。
 ただ、官僚の側から、野党やマスコミに情報がリークされ続けているのは確かだ。
 民進党のある議員のもとにも内部文書がリークされ、その内部文書に基づいて国会質問が展開した。
 その内部文書には「総理のご意向」という文言が入っていた。
 官房長官は、「出どころもはっきりしない怪文書だ」と全否定で切り捨てた。
 これが、失敗その2.
 この文書の内容は特に総理の不正を確定させるような情報は何もなかった。
 むしろ、総理が主導権を握って官僚側に働きかけ、規制緩和を進めていることを証明する内容だった。
 だが、官房長官が慌てて全否定したことで、却ってここに不都合な内容が含まれているのではを勘ぐらせることになった。
 文科省内でも調査を行なった結果、文科大臣が「そのような文書は確認できなかった」と言ってしまった。
 これが、前川前事務次官の記者会見につながり「あったものをなかったことにはできない」との発言を引き出した。
 文科大臣は再調査に追い込まれ、同内容の文書が存在したことを公表せざるを得なくなった。
 ここで公表された文書以外の関連文書がマスコミにリークされ、文科大臣は後追いでその存在を認めるという醜態を繰り返す。
 ここでは、文科大臣の力量不足が露呈している。
 大事な記者会見でも、準備されたペーパーを読んでいるだけ。
 主体的に取り組んでおらず、すべてが受け身。
 自分の果たすべき役割が分かっていないように見える。
 問題を明確にし早々に事態収拾に動けるはずの一番の当事者でありながら、その意志と能力が見られない。
 さらに文科副大臣までもが、国会答弁で官僚の用意したペーパーを朗読しているだけ。
 そのぶっきらぼうな答弁が批判の対象になったりした。
 文科省内部からリークが続くのは、トップの無能によるところが大きそうだ。 

 今回の官邸の危機管理は、常に後手の対応に追い込まれており、事態をコントロールできていない。
 森友も加計も冷静に問題の本質を眺めてみれば、これほど大騒ぎするほどの問題は存在していない。
 にもかかわらず一向に収束しないのは、官邸の対応のまずさによる。
 たぶん、この問題が持ち上がった時、官邸の側も何が問題なのか把握できていなかったのだろう。
 誰もこれが問題だと思っていなかった。
 総理自身も、自分が不正に何かを働きかけた覚えがないから、強く否定すれば終わる話だと思っていただろう。
 だが、絶好調の安倍政権への攻撃材料を失っていた野党にとっては、千載一遇の大チャンスだということを忘れていた。
 この大チャンスをみすみす逃すわけがない。
 簡単に消えないように、ちょっとした火種にひたすら風を送り続け、燃料を投下し続けた。
 それがいまや大火事にまで広がってしまった。

 今後、官邸ができることと言えば、内部リークの先手を打って情報公開をし、全容の説明責任を果たすことしかない。
 野党やマスコミに追及されてからそれに答えているだけでは、言い逃れに終始しているようなイメージしか醸成されない。
 野党やマスコミの行く手を先回りして、情報発信していくことができるかどうか。
 今回は、時が来れば沈静化することはない。
 野党がせっかくの火種を消すことはないからだ。
 内閣支持率の急降下をみて、野党もこのネタの効果を実感している。
 対応を誤ると、安倍政権に次はない。

 

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2017年06月24日

政治的メッセージを発信し続ける前川氏:2回目の記者会見

 加計学園の問題。
 前事務次官の前川氏が日本記者クラブで記者会見した。
 先月に続き、2回目の記者会見だ。
 何か新しい秘密の暴露があるのではと皆が注目したが、それはなかった。
 前回の記者会見の内容を繰り返し、言い足りなかったところを補強した程度だった。
 何のために今回の記者会見だったのか不明。
 逆に、彼にはこれ以上の情報はないのだということが分かった。

 会見の冒頭で、前川氏は断りをしている。
 「私は別に政治的意図をもって発言しているわけではない」「安倍政権を倒すなんて大それたことを考えているわけでもない」
 だが、彼の記者会見の内容は、事実の公表と言うより、政治的メッセージの方にウェイトが置かれているのはまるわかりだった。
 
 「官邸は理由をつけて真相解明から逃げようとしている。首相自ら説明責任を果たすべきだ」

 これは、事実の公表ではなく、前川氏の解釈であり意見だ。
 批判の矛先を首相に向けようという意図がある。
 これが政治的メッセージでなくてなんだろう。
 
 「岩盤規制に穴をあけたことは問題ない。問題は、加計学園に落ちるように条件設定が変えられ、行政がゆがめられたことだ」

 ここに強い違和感を覚える。
 途中で条件設定が変えられて対象が1つに絞り込まれていく過程は、いままでの情報である程度分かってきている。
 これまで明らかになってきた情報を彼なりに解釈して結論を出している印象だ。
 ここに何の新しい情報はない。
 まるで、日々の報道に接している私たちと同じ立場でものを見て、論評しているように見える。
 彼は、当事者ではなかったのか。
 途中で条件が変わっていき、加計学園に絞り込まれていく過程に文科省もしっかりかかわっている。
 その文科省の事務次官が自分であったのではないのか。
 本当に目の前で行政がゆがめられていくのを見ていたのだったら、その場でなぜ補正しなかったのか。
 「総理の意向」などと書かれた曖昧な内部文書の存在だけで、なぜ、納得し処理を進めてしまったのか。
 官邸に人事権を握られており、抵抗できなかったから?
 彼の発言からは、抵抗しようとした形跡が見当たらない。
 問題の「総理の意向」がどの程度のものなのかを直接官邸に確認する行為すらしていない。
 彼の発言には、不思議と当事者意識が感じられない。
 
 前川氏は、会見でメディア批判も展開している。
 NHKと読売新聞。
 NHKについては、単独インタビューに最初に対応したのにもかかわらず、それが報道されなかったと指摘。
 このことを不審に思っているらしい。
 間違った報道がされたことに抗議しているわけではない。
 報道されなかったことを問題にしているのだ。
 自分へのインタビュー取材は、必ず報道されるはずと思い込んでいるところが救いがたい。
 これは、ただインタビュー内容に報道の価値なしと判断されただけだろう。
 今回の記者会見の内容を見れば、新規性はまったくなく、同じ内容の繰り返しと念押しだけ。
 NHKインタビューも同じようなものだったのに違いない。

 読売新聞については、「官邸からの関与があった」と解釈している。
 なぜ、そう考えるかと言うと、彼が出会い系バーに出入りしている事実を官邸が知っていたから、だそうだ。
 彼は現職の時に、官邸に呼び出され、この事実を指摘され叱責を受けているらしい。
 このことから、読売新聞に情報をリークし記事を書かせたのは官邸の働きかけによるものだと類推しているようだ。
 これらは、すべて前川氏の類推の域を出ていない。
 その類推も、「官邸が知っていたから、それを読売新聞に書かせたのだろう」と単純極まりない。
 出会い系バーの情報を官邸がつかんでいたとして、その情報はどこから入っていたのか。
 まさか、官邸の人間がこっそり前川氏の素行調査をして事実をつかんだのではないだろう。
 警察側も出会い系バーの実態調査をしている中で、前川氏の存在を把握していたという。
 その情報はメディアにも流れており、同じ情報が官邸にも流れていたということではないのか。
 前川氏は「今の国家権力とメディアの関係について非常に不安を覚える」と述べているが、自分の思うように展開しないことをすべて官邸のせいにしているだけという印象が強い。
 
 今回の記者会見は、いままでに明らかになった情報について、自分なりに整理し分かりやすく解釈しなおして結論を提示したというところだろう。
 反政府メディアや野党に利用されることを狙った記者会見だった。
 彼は、国会証人喚問に応じる覚悟があるという。
 いままでの記者会見を見ると、証人喚問に応じるほどの情報を持っていない。
 官邸により行政がゆがめられたことを立証できる事実は何も提示できない。
 本当に証人喚問に応じたら、彼の発言の多くは類推によるものであることが明らかになるだけなのではないか。
 そして、厳然たる事実は彼のバー通いだけということになりかねない。





posted by 平野喜久 at 10:43| 愛知 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月23日

豊田真由子氏の暴言暴行:音声のインパクト

 自民党の豊田真由子衆議院議員の暴言暴行問題。
 テレビでその音声が流されたことから、その強烈なインパクトが人々の関心を集めている。
 これは、週刊誌記事だけでは分からない。
 この音声は、元秘書から週刊誌側に持ち込まれ、そこから各マスコミに提供されたのか。
 音声は、聴き所だけを編集してあるので、会話全体の流れは分からない。
 とにかく、豊田氏が激高して、大声で喚き散らしながら運転中の秘書をぼこぼこ叩いている様子が分かる。
 喚き散らすのに疲れると、今度は歌うように節をつけて、なじり始める。
 誰もがこの音声を聴いて、「まともではない」と感じただろう。
 彼女自身、かなりのストレスをため込んでいて、それを弱いものに一気にぶつけているという印象だ。
 どうして彼女がこれほどのストレスをため込んでいたのかは分からない。
 どうやら、彼女自身が激高しやすい性質だったようだ。
 
 元秘書は、普段からの暴言暴行に耐えかねて、今回、ICレコーダーで録音した。
 そして、その音声を週刊誌に持ち込んだのだ。
 もはや秘書を続ける気はなく、自分が辞職するだけでは納得できず、彼女の政治生命をも引きずり落してやろうという意思が見える。
 普通は、警察に被害届を出すが、そうではなく、まずマスコミに流したのがあざとい。
 しかも、週刊新潮。
 ここに流せば、記事で取り上げられるだけではなく、テレビメディアにも音声をばらまいてくれることが見えていたのだろう。
 豊田氏は自民党を離党することとなった。
 次回の衆院選では、立候補は無理だ。
 無理に立候補したとしても、無所属で戦うしかなく、党の基盤のない彼女に勝ち目はない。
 元秘書にとって思惑通りの展開となった。

 ところで、隠し撮りした音声を勝手にマスコミに流すことは、問題はないのだろうか。
 今回は、このことを非難する人はいないだろう。
 豊田氏のインパクトが大きすぎるからだ。
 豊田氏も、このことに問題があると思っても、指摘できる立場ではない。

 だが、隠し撮り音声を勝手に外部に流出させる行為は、いつも正当化されるわけではない。
 例えば、社内で話し合われた大事な話を、隠し撮りし、勝手に外部に流したら、機密情報の漏洩になる。
 機密文書を流出させたのと同じことだからだ。
 社内で話し合われたのが不正行為の話だったら、それをマスコミに流すのは、公益通報ということになる。
 この線引きは難しい。


 
 
posted by 平野喜久 at 10:30| 愛知 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月16日

ロンドン高層マンション火災:原因は外壁材の可燃性

 ロンドンの高層マンションが火災に見舞われ、事後処理が進んでいる。
 これまでに17人の死亡が確認されているが、捜索が難航し、最終的な犠牲者は100人を超えるのではと予想されている。
 24階建て127戸の高層マンション。
 どれだけの住民が住んでいたのか、よくわからないらしい。
 現場の捜索をしようにも、建物の損傷が激しく、立ち入ることすらできないようだ。

 1970年代の建物で、スプリンクラーや防火壁など防火設備も不十分だったという。
 最近、外壁のリフォームを行なっており、その外壁が可燃性のものであったため、今回、一気にビル全体が炎に包まれることとなったというのが真相だ。
 
 住民が逃げ遅れた理由は、真夜中の出火だったこと、火の回りが早かったこと、そして、マニュアルが「室内に留まる」となっていたこと。
 この「室内に留まる」というマニュアルが奇妙だ。
 このマニュアルはビル内にも掲示されていたのだという。
 なぜ、このようなマニュアルになっていたのか。
 それは、ビル内の全住民が一斉に非難を始めると、1か所しかない階段に人々が殺到し、火元に近い本当に避難しなければいけない人が避難できなくなる恐れがある。
 それで、火災の直接の影響を受けていない人は、自室に閉じこもって助けを待った方が安全という判断となったらしい。
 これは、ロンドンの大型集合住宅では普通のマニュアルなのだという。
 
 確かに、このマニュアルにも一理ある。
 高層住宅の場合、住民の数が多いので、大勢が一斉に動き始めることで混乱が増幅される。
 その混乱が2次災害を引き起こしかねない。
 それを防止するには、混乱を起こさない工夫がいる。
 それが、このマニュアルだったのだ。
 だが、今回の火災は、あまりにも火の回りが早かった。
 出火が真夜中だったこともあり、気づいた時には既に逃げ遅れの状態にあった人も多かったに違いない。
 第1の原因は、外壁材が可燃性であったこと。
 イギリスは消防法が緩すぎる。
 本当にこれが先進国かと疑いたくなる。



 
ロンドン西部の公営住宅で14日未明、24階建て127戸の「グレンフェル・タワー」から出火し、大勢が死傷する大火災となった。管理側は住民に、自室や直近の廊下などで出火したのでなければ、火事の際は室内に留まるよう指示していた。これはなぜなのか。

グレンフェル・タワー内に掲示されていた火災時行動マニュアルは、自室で発生した、もしくは自室に影響を与えている火事でなければ、室内に留まるよう住民に勧告している。住民へのニュースレターでは、「別段の指示がない限り、長年の『その場にいて』方針が適用されます。これはつまり、自室や自室外の廊下で出火したのでない限り、自室内にいるべきだという意味です」と書いている。

これは大型集合住宅において比較的スタンダードな勧告だ。

ロンドン消防局は一般的な火災対策として、集合住宅で火災が発生した場合、炎や煙に直接影響を受けていない箇所の人たちは、自室に留まった方が「安全な場合が多い」と説明している。

元消防士で防火対策専門家のエルフィン・エドワーズさんは、「自室に留まる」方針は、火事に直接影響を受けない住民が不要に避難して通路をふさがないようにするためだと話す。
posted by 平野喜久 at 17:43| 愛知 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする