2016年02月26日

電子書籍の普及進まず

 MMD研究所のリリースによる。
 「2016年電子書籍および紙書籍に関する調査」
調査はインターネット調査で行われ、調査期間は2016年2月19日〜2月21日、有効回答数は2201人(20歳〜59歳の男女)。

「電子書籍の購読」についての質問では、現在利用している人は無料コンテンツで22.9%(昨年比0.5%アップ)、有料コンテンツでは16.5%(同0.7%ダウン)。
2015年と比べ、有料・無料問わずにほとんど普及が進んでいない。

「紙書籍での読書状況」については、紙書籍で読書している人は83.0%を記録。
また、紙と電子書籍の両方で読書している人に「紙と電子書籍の読書する割合」を聞いたところ、
紙書籍のほうが多いが54.0%、電子書籍のほうが多いが25.7%となった。

 数年前に、電子書籍元年と言われ、今後は読書環境に革命的な変化があるかもしれないと期待された。
 先行するアメリカの出版市場では、電子書籍の普及が進んでおり、日本もやがて追随するものと思われた。
 ところが、革命的な変化というほどのレベルには達していないのが実情だ。
 だが、無料コンテンツで22.9%、有料でも16.5%という普及率は、かなり高いという印象だ。
 インターネットによる調査で、対象にバイアスがかかっているのがその原因だろう。
 一般には、もっと普及率は低いということになる。
 
 私は、本を読もうとする場合は、まず電子書籍があるかどうかを確認する。
 あればすぐに購入、ダウンロード。
 ない場合は、やむを得ず、印刷書籍を購入ということになる。
 最近は、書店に出かけて、気になる本を見つけたら、その場でAmazonを検索。
 Kindle版があれば、そちらを購入し、ない場合は、やむを得ず書籍を購入するというパターンが多い。
 書店にしたら、迷惑な客だ。
 こういう客がいるから、出版社も電子書籍に本腰を入れられないのかもしれない。
 
 文庫本や新書は、電子書籍が売られているケースが増えてきた。
 印刷書籍よりも、少しだけ安いので、お得感がある。
 Kindle端末での読書に慣れたせいか、印刷書籍は却って扱いにくさを感じるようになってきた。
 印刷書籍は物理的な重さも邪魔くさい。
 持ち運びも面倒。
 保管も面倒。
 処分も面倒。
 それを考えるだけで本の購入をためらってしまう。
 
 印刷書籍の中には、わざと厚めの用紙に印刷してボリューム感を出しているものがある。
 ハードカバーで重厚感をだしているものも。
 無駄に重いし、無駄に場所を取って、いいところがない。
 資源の無駄遣いではないかとさえ思う。
 だが、印刷書籍は、この形や重さや見た目で売れ方が違うのだ。
 この重厚感を楽しみながら1枚ずつページをめくることに読書の喜びを感じる人もいるのかもしれない。

 私も現在、6冊の電子書籍をリリースしている。
 時々、お問い合わせをいただく。
「アマゾンであなたの電子書籍を見つけたが、本はどこで買えるのか」
 電子書籍を購入したことがない方がまだまだ多い。
 その場合は、「Amazonの電子書籍は、kindle端末がなくても、PCやスマホでもソフトをインストールすれば読むことができるんですよ」と丁寧に説明して差し上げる。
 先日は、こんな問い合わせも。
「あなたの本を会社で購入して社員に配りたいと思うが、どうしたらいいのか」
 ここに電子書籍の欠点があった。
 モノがないので、会社が一括購入して社員に配るということができないのだ。
 社員の方おひとりおひとりのスマホにダウンロードしていただくしかない旨をお伝えした。










 
 
posted by 平野喜久 at 18:42| 愛知 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 電子書籍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

添田孝史著『原発と大津波 警告を葬った人々』(岩波新書)

 久しぶりに読み応えのある電子書籍を読了。
 添田孝史著『原発と大津波 警告を葬った人々』(岩波新書)
 
 東日本大震災によって引き起こされた原発事故。
 1000年に1度の未曽有の大災害に襲われ、すべての被害が想定外と言われた。
 福島原発の被害も、津波想定が低すぎたために相応の備えができておらず、電源喪失を招いてしまった。
 稀に貞観地震の再来を警告する地震学者もいたが、多く専門家の支持を受けて定説に至っておらず、今回の事故はやむを得ぬ事態だった、というのがこれまでの印象だった。
 ところが、この本を読んでみると印象は全く違う。
 貞観地震の脅威は、いたるところで指摘され続けていたという印象だ。
 福島でも十数メートル級の津波の恐れあり、という情報は、様々な報告書の形ではっきり指摘されていた。
 ところが、それを東電や保安院らは、いろいろと難癖をつけてそれらの情報を排除し続けた。
 そして、自分らに都合のいい予測数値を重要視して、現状に問題がないことの根拠とした。
 この様子が細かく丁寧に描かれている。
 反原発の本は、ややもすると、当事者の非をあげつらい、一方的に糾弾するのが通例だ。
 だが、この本は違う。
 事実を丹念に積み上げ、自分自身もメディアに携わる立場でありながら、同じようにリスクに目をつぶってしまっていたという自戒を込めて語られている。
 最後に、「自分が東電や保安院の責任者だったら、どうしただろうか」と自らに問うている。
 もしかしたら、同じ過ちを犯していたかもしれない、と述べているのが印象的だ。
 非常に正直で謙虚な姿勢に好感が持てる。

 私も同じ思いに駆られた。
 なぜ、原発関係者らは、せっかく貞観地震レベルの津波予想があるにもかかわらず、対策を怠り続けたのか。
 それは、対策を行うより、無視したほうが簡単だからだ。
 原子炉の寿命が残り10年20年というところなのに、1000年に1度の津波のために、土地のかさ上げや防潮堤の建設を実行するのか。
 対策工事中の稼働はどうするのだ。 
 それだけのコスト負担を株主にどのように納得させるのだ。
 その津波リスクの存在を地域住民にどのように説明するのだ。
 考えただけでも気が遠くなる。
 いきおい、現状で問題ないことにしようという方に向かいたくなる。
 自分が責任者である数年間だけ何事もなければ、無事に職務をやり過ごせる。
 せっかく苦労して徹底した対策を施したとしても、何事も起きなければ、その成果が認められることはない。
 余計なことに時間とコストをかけただけという評価にしかならない。
 それよりも、すぐに効果が表れ実績が認められることに集中した方が評価が高くなる。
 このような状態で、自分の数年間を1000年に一度の津波対策のために費やそうとするはずがない。
 誰が担当者でも、同じ対応になってしまったのではないだろうか。
 
 原発事故が発生した時、現場の陣頭指揮を執った吉田所長。
 今では、彼は英雄扱いだが、この本を読むと、地震発生前は、貞観地震のリスクを無視する側にいたらしい。
 彼も東電の一社員であったのだ。
 著者は、このことをもって吉田氏を非難しているわけではない。
 むしろ、同情的な眼差しを向けている。

 原発事故から教訓を得るとしたら、神の視点で当事者を断罪することではありえない。
 このような地に足のついた情報発掘は貴重だ。 
 この本は、当事者の立場に立って「自分だったらどう判断し、行動しただろうか」という視点で読むことをお薦めしたい。
 
    
posted by 平野喜久 at 16:35| 愛知 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | リスクマネジメント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月24日

原発事故3日後にはメルトダウンを判断できた

NHKの報道による。
 福島第一原発のメルトダウンは、事故発生から3日後には判断できたことが明らかになった。
 福島第一原発の事故では1号機から3号機までの3基で原子炉の核燃料が溶け落ちるメルトダウン(炉心溶融)が起きた。
 だが、東京電力はメルトダウンとは明言せず、正式に認めたのは発生から2か月後の5月だった。
 これについて東京電力はこれまで、「メルトダウンを判断する根拠がなかった」と説明していたが、実際には、その根拠は十分確認されていたというのだ。
 東電社内のマニュアルには炉心損傷割合が5%を超えていれば炉心溶融と判定すると明記されていた。
 実際、事故発生から3日後の3月14日の朝にはセンサーが回復した結果、1号機で燃料損傷の割合が55%に達しており、この時点でメルトダウンが起きたと判断できたことになる。
 当時の東電社内では、「炉心溶融」という言葉を使わないようにしようという雰囲気があったという。
 1号機については、水位が燃料の半分ほどしかなかったため、上半分は燃料が完全に溶けているだろうと思われていた。
 ところが、騒動が大きくなることを恐れて、広報の場面では炉心溶融という言葉を使わないようにしていたのだ。

 福島原発事故では、当初から炉心溶融のうわさが絶えなかった。
 政府の官房長官は、「ただちに健康に被害はない」を繰り返し続けた。
 東電もメルトダウンを否定し続けた。
 保安院の報道担当者の中に「炉心溶融」を口走った人がいたが、すぐに交代させられ、不審がられていた。
 いま思うと、炉心溶融が分かっていながら、必死にそれを隠し続けていたのだ。
 このせいで、国民には正確な情報が提供されず、地域住民に的確な避難指示が出せなかった。
 SPEEDIによる放射性物質の拡散データも隠され続けたため、住民は間違った方向に避難してしまっていた。
 パニックになることを恐れたことによる情報隠蔽がいかに間違いであるかが分かる。





 
posted by 平野喜久 at 19:29| 愛知 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | リスクマネジメント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月01日

トヨタ全ライン停止:愛知製鋼爆発事故の影響

 トヨタ自動車は1日、8日から13日までの6日間、国内車両工場の全ラインの稼働を停止すると発表した。 1月8日に発生した愛知製鋼の爆発事故の影響。
 15日に稼働を再開する予定。

 愛知県内にある4つの自社車両工場と、グループの豊田自動織機、トヨタ自動車東日本(宮城県大衡村)、トヨタ自動車九州(福岡県宮若市)などグループや子会社の全12工場が稼働停止の対象。
 ダイハツ工業や日野自動車にトヨタが生産委託している工場も含む。
 海外の車両工場やエンジン工場などは通常通り稼働。

 トヨタは1月28日に、国内の全車両生産ラインで2月1〜5日の残業と6日に予定していた休日出勤を取りやめる計画を部品メーカー各社に伝達済み。
 サプライチェーン(供給網)の状況を見極め、8日以降の稼働体制を検討していた。
 愛知製鋼は、代替ラインで生産したり、神戸製鋼所などに生産委託したりしてきたが、特殊鋼はエンジン関連を中心にあらゆる部品に使う素材であり、トヨタ本体や下請けの部品メーカーへの影響が大きく、在庫の確保が難しい部品も生じていた。
 それで、トヨタは、やむなく生産ラインの完全停止に踏み切った。

 愛知製鋼は、復旧見込みを3月中と見ているという。
 事故発生当初は、詳しい報道がなく、大したことはないものだとばかり思っていた。
 だが、実は深刻なダメージを受けていたようだ。
 復旧までに3か月を要するということは、生産設備や工場建屋にかなりの損傷があったことが推測できる。
 今回の生産停止は、下請け1社の単独事故によるものだったが、それでも、これほどの影響があることに驚いた。
 素材メーカーの事故だったので、その影響が広範囲にわたってしまったらしい。
 愛知製鋼の復旧が3か月も要するのに、トヨタ生産ラインの停止が6日間で済むとしたら、これも驚異的だ。
 代替生産や代替調達が迅速に行われた結果だろう。
 トヨタ系列のパワーを感じさせる。

 このニュースに接した時、すぐに頭をよぎったのは「これが、もしも巨大地震であったら?」ということだ。
 壊滅的なダメージを受ける企業は、1社や2社では済まず、もっと深刻な事態に陥ることが予想される。
 トヨタ系例では、南海トラフ巨大地震を想定して、地震後30日で生産ライン再開を目指して準備を進めている。
 だが、これは現実には非常に厳しい目標であることが分かる。



posted by 平野喜久 at 12:03| 愛知 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする