2016年06月23日

東電の「炉心溶融」隠蔽

 産経新聞の報道による。
 福島原発事故で、炉心溶融の公表が遅れた問題。
 21日に東電社長広瀬氏が記者会見を開き、隠蔽を認め謝罪した。

 16日に東電の第三者検証委員会が報告書を公表。
 その中に、当時の清水社長から「溶融という言葉を使うな」という指示があったこと分かった。
 それを受けて、今回の広瀬社長の謝罪会見となった。
 広瀬社長と原発担当の姉川常務の減給処分も公表した。

 5年もたって、ようやく隠蔽を認めた。
 深刻な事故であればあるほど、その危険性をいち早く住民に伝える必要があるにもかかわらず、それを隠し続けた罪は重い。
 炉心溶融に気づかずに公表が遅れたのではなく、その事実をつかんでいながら隠蔽していたことが問題だ。
 当時としては、「とにかく騒ぎが大きくならないように」ということが優先され、「情報は過少に、被害は軽微に」が情報公開の基本理念となっていた。
 政府、東電、保安院など、様々な組織がかかわっていたが、いずれも全責任を負う覚悟の者がいないために、事故の本質的な対応ではなく、表面的な騒ぎの鎮静化に焦点が当たってしまった結果だ。
 炉心溶融の公表が遅れたために、放射性物質の拡散の情報も公開されず、そのために、住民の適切な避難指示も出ないまま。
 このために、不必要な放射線被爆のリスクにさらされ続けることになった。
 事故の初動対応としては、まことにお粗末であった。
 福島原発事故については、様々なステップで対応の誤りが指摘されており、私たちが学ぶべき教訓がそこかしこに存在している。
 誰が悪かったという犯人捜しを目的にするのではなく、今後の教訓を得るための検証を徹底して行なってもらいたい。

 さて、この件で気になる問題がもう1つある。
 第三者委員会による検証報告書の中に、気になる記述があった。
 清水社長の隠蔽指示は「官邸側から要請を受けたと推認される」と指摘されている。
 第三者委員会としては、当時の官邸側に裏付け取材はしていないために、推認という表現にとどめているが、少なくとも、東電としては官邸に指示されたという認識であることは間違いない。
 当時の首相だった菅直人氏、当時の官房長官だった枝野幸雄氏は、直ちに反論。
 そのような事実はなかったとして、「党の信用を毀損する」と、法的措置も辞さない構えを見せた。
 参院選直前にこんな話が出てはダメージが大きすぎることから、過剰に反発した印象だ。
 これまで、各種の検証委員会による当事者へのインタビューが行われているが、菅氏の姿勢はひたすら「自分は悪くない」に終始しているように見える。
 原発事故という未曽有の大事故について、きっちり検証をして、後世への戒めを残さなければいけない立場にある。
 その時の当事者でなければ分からないことはたくさんあり、だからこそ自らの行いを謙虚に振り返り、そこから得られる教訓を示すべきだろう。
 にもかかわらず、その使命を放棄し、ひたすら自分の名誉を守ることだけに専念している。
 後世に伝えるべき貴重な経験があいまいなまま風化してしまいそうなのが心配だ。
 




 
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2016年06月21日

HOYA熊本工場閉鎖へ

 HOYAは2016年6月20日、同年4月の熊本地震で被災していた熊本工場(熊本県菊池郡大津町)を閉鎖すると発表。
 工場の復帰に向けて検討を進めてきたが、クリーンルームや精密機器などの設備が莫大な被害を受け、生産再開を断念。
 今後、液晶パネル用フォトマスクの生産は、台湾と韓国へと移管する。

 HOYAは、熊本地震の発生を受けて、4月14日の地震を受けて、15日から工場の操業を停止していた。
 16日の本震で工場内に原因不明の火災が発生。
 設備、装置等の被害が大きく、簡単には復旧できないだろうとみられていた。
 当面は、台湾、韓国、八王子での振替製造に切り替えて急場をしのぐこととなった。
 熊本はその後も断続的な余震で復旧活動がままならず、その被害の大きさから、最終的に再開を断念したものと思われる。

 地震発生後2か月での工場閉鎖の決断は、迅速な意思決定だった。
 熊本工場を再開させるには、あまりにもコスト負担が大きすぎると判断されたのだろう。
 もともと、生産拠点を海外にも分散させており、ある拠点がやられた場合は、ただちにほかの拠点に主力を移行するという基本戦略ができていたのかもしれない。
 これは、工場閉鎖に追い込まれたとみるより、戦略的な撤退とみるのが妥当だ。
 大企業は、1つの拠点がやられても、ほかにスイッチングすることで直ちに立ち上がることができる。

 だが、有名企業の工場閉鎖は、地域経済にとって、これから復旧復興に向けて力強く立ち上がろうとするときに、ムードを冷え込ませかねない。
 
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2016年06月19日

大震法を南海トラフ巨大地震に拡大

1978年に制定された大震法(大規模地震対策特別措置法)の対策強化地域を東海地震から、南海トラフ巨大地震へと拡大する方向で検討が進んでいる。
 大震法は、東海地震の発生に備えて制定された。
 というのは、1944年、46年に東南海地震、南海地震が起きたのに、東海地震だけ起きなかったことから、東海地域だけ歪みが蓄積したまま解放されていないと判断され、東海地震が切迫しているとの予想から制定された法律だ。
 ところが、その後の地震研究で様々な知見が明らかとなり、法律の内容が古いものとなっていた。
 特に東日本大震災以降は、東海地震という言葉は死語となり、南海トラフ巨大地震という言葉に置き換わって、東海から紀伊半島沖、四国沖、九州沖にまで広く連動するM9クラスの超巨大地震を想定して国は対策を行い始めた。
 大震法と現実との乖離を修正すべく、ようやく法改正の検討に入ったということだ。

 大震法では、東海地震は事前予知ができることを前提とした仕組みができている。
 これも、いまや絵に描いた餅となりそうだ。
 事前予知ができない可能性が高いこと、予知できたとしても事前警告できるかどうか分からないことなど、問題が大きいことがかねてから指摘されていた。
 事前予知の研究は地道に進めていくにしても、予知ができないことを前提に、不意打ちを覚悟した事前対策のほうに軸足を移した内容に重点を置くべきだろう。

 このニュースは、時代錯誤の法律を現実に即した内容に作り替えようという取り組みに過ぎない。



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2016年06月15日

JTB顧客情報漏洩

 大手旅行会社JTBの顧客情報漏洩事件。
 標的メールにてコンピュータがウィルス感染し、外部からの不正アクセスにより700万人分の個人情報が流出した恐れがあるという。
 不審な添付ファイルを開いてしまったミス、不正アクセスの感知から完全遮断までの遅滞、管理している個人情報を暗号処理していなかった不手際など、JTB側の反省点も多い。
 実際にどれだけの情報が流出したのかは不明で、今後、実被害が出始めると、その賠償責任がJTBに降りかかってくることになる。

 発端は、不審なメールの添付ファイルを開いてしまったことによる。
 なんという単純なミス。
 だが、このメールは、実在する航空会社のメールアドレスが表示されており、件名やメール文面も通常業務であり得る内容だったという。
 1日に膨大な量のメールを処理している担当者は、当然、変なメールは警戒しているだろうが、本物によく似たメールにまで神経を尖らせて警戒せよというのは酷だ。
 当然、不審メールは安易に開かないというルールは厳格に守るとしても、それでも、うっかり標的型メールに引っかかってしまう恐れは常にある。
 その場合は、ウィルス感染してしまったことを想定した対応策も用意しておかなくてはならない。
 感染しても、外部からの不正アクセスを遮断できるように。
 外部からの不正アクセスを許してしまったとしても、重要情報へのアクセスは防げるように。
 重要情報をコピーされても、解読されないように。
 多段階的に最悪の事態を阻止するバリアを用意しておくべきだった。

 利用者としては、JTB程の大手旅行会社が、顧客情報の管理がこれほど緩かったとは驚きだろう。
 今回は、初動に反省点があったが、その後の対応は迅速で申し分ない。
 いまのところ、実害は確認されておらず、事態は最小レベルで抑えることができている。
 今後は、実態の把握と、原因の追究、そして、再発の防止に取り組むことになる。
 会社の信用は、情報を透明化し、利用者への十分な説明責任を果たすことができるかどうかにかかわっている。
 
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自ら傷を広げ続けた舛添氏

 舛添氏の政治資金騒動。
 ようやく辞任ということで決着となりそうだ。
 週刊誌による報道後、定例の記者会見で弁明を迫られ続けた。
 当初は、強気で突っぱねていたが、第2第3のネタが毎週のように報道され、そのたびに弁明をする羽目になった。
 不透明な政治資金の使途が次々に発覚し、いちいち弁明をするのも追いつかないほど。
 そこで、彼がとった策略が、第三者なる弁護士を立てて、すべての案件を一気に決着つけようということだった。
 その調査報告書があまりにもずさんで、とても第三者による厳しい調査には見えないことから、批判の声は一気に最大値に膨れ上がった。
 一気に決着がつくどころか、疑惑の目がさらに細かいところに向かうこととなり、答弁の矛盾点が至る所にみられるようになる。
 都議会の集中審議で、「リオオリンピックが終わるまで、今しばらく猶予を」と必死の懇願を行なったが、頼みの自民公明の辞任やむなしとの判断により万事休すとなる。
 一時は、都議会の不信任案可決を受けて、議会解散の暴挙に出るのではとの憶測も流れたが、さすがにそこまでは理性を失ってはいなかったようだ。

 今回の政治資金騒動は、舛添氏辞任の方向でしか決着しないことは誰の目にも明らかだった。
 それなのに、彼の執念を感じさせるような粘り腰に、「なぜ?」という疑問が常にあった。
 冷静な判断ができなくなっているのでは?
 意固地になっているのでは?
 リオオリンピックの閉会式に出たいから?
 いろんな憶測があるが、本心はわからない。

 リスクマネジメントの視点で今回の騒動をとらえると、舛添氏の対応は最悪のケースとなった。
 彼にとって最悪の事態は、辞任に追い込まれることだが、その最悪の事態を避けるための行動が、自らを追い込むことになってしまった。
 最悪の事態を避けているつもりが、さらに悪い状況を招いてしまう。
 彼としては、最悪の事態を最悪の状況で迎えることとなった。

 潮目が変わったのは、第三者による調査報告が公表された時点だ。
 彼としては問題を先送りするうまい戦術だったが、役者が悪すぎた。
 元検事の弁護士の態度が不遜で一般の人々を見下すような物言いで、反感を買った。
 厳しい第三者による調査どころか、雇われ弁護士が依頼人の言い分を代弁しているだけだった。
 都議会の審議では、細かい事実関係の検証が行われた。
 細かい事実の確認になればなるほど、舛添氏の答弁はあいまいになった。
 このことが、疑惑を深めた。
 肝心のところは、何もわからないままだ。
 正月の家族旅行の宿泊先で、出版社社長と政治的会合を行なったということすら、事実を証明できなかった。
 出版社社長は実在しないのでは?
 実在したとしても、正月に会っていないのでは?
 単なる家族旅行の経費を政治資金でまかなっただけでは?
 疑惑が最大限に膨らんだ状態での辞任となった。

 スキャンダル発覚初期に潔く辞任していれば、細かい疑惑までほじくり返されずに済んだ。
 政治家としてのダメージも最小限にとどまり、場合によっては再挑戦の機会も得られたかもしれない。
 ところが、ここまで傷が深くなると、辞任したぐらいでは収まらなくなってしまっている。
 一連の疑惑をきっちり解明しないことには都民が納得しない。
 政治資金報告書の不実記載、領収書の偽造などということになると、明確な刑事事件に発展するからだ。
 実際、それが疑わしい案件がそこかしこに見つかっている。

 舛添氏のいまの心境は分からないでもない。
 ほんの数万円程度の政治資金処理の問題で辞任させられることの悔しさ。
 都知事として何の実績も残せないまま終わることの未練。
 猪瀬知事の辞任を受けて、絶好のタイミングでつかんだ都知事の座をこんな無様な形で手放すことの無念。
 いろんなところに恨みを残したままの辞任だろう。
 
 振り返ったとき、辞任して事態を収拾できる最後のチャンスは、第三者による調査結果を公表する段階だった。
 そこで、違法は一件もなかったことを明確に示したうえで、「不適切な処理があったことを認め、責任を取って辞任する」と表明すれば、道義的な責任を取ったということで決着できたはずだった。
 その後の、細かい事実関係までほじくり返されずに済んだ。
 それまでの過熱したマスコミ報道では、すべてが疑惑まみれで真っ黒という印象だったが、それが、真っ黒は1つもないことを明確にできただけでも高得点。
 この時が、傷をもっとも浅く済ませることができた最後で最大のチャンスだったと言える。
 だが、彼はそのチャンスを捨て、多くを望みすぎ、破滅した。

 彼に政治家としての再起の目はない。
 テレビタレントとしての再起の目も失っているだろう。
 最悪の状況を迎えての幕引きとなった。






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2016年06月14日

都議会の集中審議:攻め手の力不足がひどい

 都議会で、舛添知事の政治資金問題について集中審議が始まった。
 各会派の議員から一問一答形式の厳しい追及が行われるということで、注目された。
 ところが、期待に反して、大した成果が出ずに終わったようだ。

 理由は、攻め手の力不足に尽きる。
 質問者の議員は、非常に辛辣な言葉で追及し続けていたが、用意してきた文章を読み上げているだけ。
 その文章の読み上げすら、緊張からか読み間違いや読み飛ばしを繰り返す始末だ。
 知事の答弁の弱点を突いて、さらに畳みかけるような質問をするわけでもなく、用意してきた質問を一通り読み上げて終わったという印象が強い。
 事前準備を怠らないのは結構なことだが、本当に追及するのであれば、相手の目と表情を見ながら、その時の言葉の勢いでぶつからなくてはならないはず。
 中には、質問をするのではなく、知事たるものはどうあるべきかという説教臭い持論を展開する質問者があり、とても追及になっていない。
 答弁者に語らせなければいけないのに、質問者が語ってしまっている。
 身構えて臨んだ舛添氏としては拍子抜けだったのではないか。
 たぶん、都議会議員らは、追及型の質問に慣れていないのだろう。
 通常の議会でも、準備してきた質問を読み上げ、用意された答弁をいただいて終わり、ということをやってきて、それが習慣になっているのかもしれない。

 ただ、自民党の鈴木議員の質問の中に、きらりと光る部分があった。
 それは、一連の政治資金疑惑に終始するのではなく、不自然な都市外交と、遊休地の韓国学校への貸与の問題を取り上げたことだ。
 国の外交を飛び越えて勝手に韓国の朴大統領に会いに行ったり、地元民の意向を無視して韓国学校の誘致を進めたりと、都政をないがしろにする政治姿勢を問いただした。
 そもそも、都民の舛添都知事への不信感の始まりはここにあった。
 資金問題は騒ぎを大きくするきっかけに過ぎない。
 鈴木議員は、舛添都知事への都民の不信感は、基本的な政治姿勢にあることを把握していたのだろう。
 今回の審議で、舛添氏から「遊休地の利用については、地元民の意向を無視して進めることはない」と言質を取ることに成功した。
 この部分は、近隣諸国に関連する話なので、マスコミは黙殺している。



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2016年06月13日

発生確率が低いところこそ警戒せよ:全国地震動予測地図2016年版

 6月10日、地震調査研究推進本部地震調査委員会は、確率論的地震動予測地図の2016年版を公表した。
 この地震動予測地図は、1,2年ごとに新たな研究データが出るたびに最新のものに更新している。
 前回は、2014年12月だったが、1年半ぶりの更新だ。
 2016年1月時点での確率を表示しているので、熊本地震の影響は考慮されていない。
 
 2014年版と2016年版とを見比べても、はっきりした変化は見られない。
 よく見ると、関東から四国にかけての太平洋側で、少しずつ確率が上昇しているのがわがる。
 あと、内陸では長野県の一部で確率の上昇している部分が見られる。

 それよりも、今回の予測地図の意味は、熊本地震直前の地震発生確率が分かるところにある。
 九州は全体に発生確率の低いことが一目でわかる。
 ピンポイントで確率を調べてみると、熊本は7.6%だった。
 千葉市が85%、横浜市が81%と表示される一方、熊本市の7.6%はいかにも確率が低い印象だ。
 2014年版では、熊本市の確率は7.8%だったので、むしろ2016年版では確率は小さくなっている。
 ほかの地域では少しずつ確率を上昇させているところが多い中、確率が下がっているのは珍しい。
 これが、熊本地震前に公表されていたら、熊本の人たちを油断させる効果しかなかっただろう。

 今回の地震動予測地図の公表の目的は、ここにあったのではないだろうか。
 つまり、地震発生確率は、あくまでも計算上の数値であり、次に発生する地震を予想するものでもないし、地震の起きない地域を特定するものでもない、ということだ。
 本来、この地図は、地震発生の確率の高い地域に警戒を呼び掛けるのが目的だったが、一方で、発生確率の低い地域に油断させるような影響を及ぼしてきた。
 近年起きた大きな地震はいずれも、発生確率が低く見積もられていた地域ばかり。
 阪神淡路、新潟中越、能登半島、東北地方太平洋、そして、熊本。
 発生確率が低くみられている地域は、準備が不十分なために、実際に地震が起きた時には、被害が大きくなる傾向がある。
 地震発生前、熊本県のウェブサイトでは、地震発生の少なさをアピールして企業誘致を呼び掛けていた。
 日本地図を表示して、余震の続く東北地方を「危険地帯」、過去120年間地震のない熊本を「安全地帯」と説明する念の入れようだった。
 行政がこのような認識だったので、当然ながら、地震への備えはまともにできているはずがない。
 
 日本列島に住んでいる以上、地震の起きないところはない。
 どこにいても、地震発生の恐れは常にある。
 「地震の起きないところはどこ?」という発想自体がナンセンスだと心得るべきだ。

 この予測地図の活用の仕方はこうだ。
 発生確率の高い地域は、大地震の発生は避けられないので、準備を確実に進める。
 発生確率の低い地域は、不意打ちの地震に見舞われる恐れがあるので、準備を怠らない。
 怖いのは、油断しきっている地域を襲う不意打ちの地震ではないだろうか。
  
 
posted by 平野喜久 at 10:23| 愛知 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | リスクマネジメント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月12日

舛添氏への不信感は政治資金が発端ではない

 舛添都知事の問題がまだ継続している。
 都議会が始まったが、審議内容のほとんどは知事の政治資金の問題ばかり。
 都政の停滞は著しい。
 連日のように厳しい口調で追及され、罵声を浴びながらもなお現在の地位にしがみつく姿は、私たちの理解を超えている。
 辞任すれば簡単に楽になるのに、なぜこれほど頑張るのか。
 私利私欲で少しでも報酬がほしいからか。
 辞めたくても辞められない裏の圧力があるのか。
 よくわからない。

 さて、今回の舛添氏の政治資金騒動は、おカネの話が発端ではない。
 おカネの話は、騒動に火が付くきっかけに過ぎず、本質は、舛添氏の政治姿勢への不信感にあった。
 最初の不信感は、彼の外遊の多さだ。
 都市外交という言葉で表現される政治活動だが、これが不信感の始まりだった。
 都政の取り組みより、外へ出て行って外国の要人と会っている方が、華々しい活躍ができているようで、本人も楽しいのだろう。
 語学が堪能な彼は、外国の要人と会っている時の方が、生き生きとしているように見える。
 だが、都民の不信感はぬぐえない。
 外交は知事の主要任務ではない。
 「もっと他にやることがあるだろう」というのが不信感の始まりだった。
 そこで指摘されたのが、外遊にかかる経費の多さだった。
 1回の外遊に数千万円もの経費が掛かる。
 随行者を大勢従え、自分自身は、飛行機はファーストクラス、ホテルは高額なスイートルームに泊まる。
 このことが、「贅沢すぎる」と指摘されたのだ。

 舛添氏への不信感は、これだけではなかった。
 新宿区にある旧都立市ヶ谷商業の跡地を韓国政府に有償で貸し出すことを決めた。
 この時は、国会でも待機児童の問題が大きく取り上げられている時期でもあり、「まずは保育所を作るべきでは」との声が上がった。
 舛添氏は、安倍総理が訪韓できない中で、いち早くソウルに出向き、朴大統領と面会を果たした。
 その成果が遊休土地の韓国政府への貸出し措置だったというわけだ。
 「舛添氏は、どちらに向いて仕事をしているのか」との不信感はさらに高まった。
 
 その他、オリンピック関連では、競技場の問題、エンブレムの問題など、一連の問題では、「私の責任ではない」「都の担当ではない」という姿勢を取り続け、目の前の問題を傍観するばかりだった。
 オリンピックの主催都市として、主体的に取り組む姿勢は皆無だった。
 エンブレム問題が炎上し、このまま収まる気配がない中、早々と関連グッズの製作発注を許可してしまい、それがのちに全部無駄になる。
 「オリンピック委員会に、問題ないので進めてくれと言われたから」と逃げの姿勢に終始した。
 オリンピック委員会は、既成事実をどんどん積み上げて、このまま突き進むつもりだった。
 スポンサー企業からもエンブレムに関する問い合わせが殺到したが、すべて「問題ないので進めて結構」と答えている。
 ところが、さすがにエンブレム騒動の大きさを見て、多くのスポンサーは対応を保留していた。
 その中にあって、東京都だけが先走って問題のエンブレムを印刷した関連グッズを作り始めていた。
 オリンピック委員会にいいように使われただけだった。
 この段階で、彼は目の前の問題を主体的に解決していこうという意思も能力もないのがはっきりしてきた。

 その一方で、韓国の平昌五輪への協力を表明し、東京五輪への協力を要請したりしている。
 都の問題には主体的に取り組めない舛添氏は、外交面で積極的に動く。
 彼が本当にやりたいことは、都政ではないのだろう。
 都知事の立場を利用して、自分のやりたいことを勝手にやっているという印象が強い。

 一連の彼への不信感は、揮発性ガスとして充満し続けた。
 そこに、政治資金問題が発火点として登場し、一気に燃え上がったということになる。
 だから、今回の騒動は、政治資金問題はトリガーではあるが、問題の本質ではない。
 いくら、政治資金の問題を説明しつくしたとしても、彼への不信感は消えることはない。
 政治資金問題の案件は、1つ1つは数万円程度の小さい話ばかりだ。
 都民は、こんな小さい話を問題にしているわけではない。
 「彼が都知事としての役割を果たしていない」ということへのダメ出しなのだ。



 
 
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2016年06月07日

舛添都知事:なかなか投了しない不思議

 舛添都知事の政治資金疑惑がいまだに尾を引いている。
 尾を引いているというより、ますます深みにはまりこんでいるという印象が強い。

 疑惑の発端は、外遊時のホテル代の不必要な豪華さから始まった。
 はじめのうちは本人も強気に突っぱねていたが、週刊誌は次々にネタを投入してきた。
 毎週末に公用車で湯河原の別荘への通いが問題となった。
 過去の政治資金の使い方に公私混同が疑われる事案がいくつも見つかった。
 毎週のように週刊誌のスクープ記事が話題となり、ついに、いちいち突っぱねることもできなくなった。
 ここで、普通なら万事休すとなって、白旗を挙げるところだが、舛添氏は違った。
 第三者による検証というステップを設けることで、時間稼ぎができることを思いついた。
 
 週刊誌の扇動が発端で始まった今回の騒ぎは、1つ言い訳をすれば、それに倍する突っ込みを招き、騒ぎを大きくしかねない。
 膨大な疑惑について1つ1つ弁明をすることは無限の時間を必要とし、十分な弁明をする前に行き詰まる。
 それで思いついたのが、第三者による検証というテクニックだった。
 マスコミに検証させるのではなく、弁護士に検証させて、その結論だけをいっぺんに公表すれば、一気に片付く。
 個別の事案について、本人はいちいち弁明をする必要がなくなるというわけだ。
 実に、うまい方法を思いついたものだ。
 誰の入れ知恵だろう。
 
 第三者の弁護士に厳正で公正な調査を依頼するということをしきりに強調していたが、これは、現状のマスコミのスクープでは、厳正で公正な報道が行われていないという不満の表れだ。
 
 昨日、その第三者による調査結果が公表された。
 案の定、すべての案件で違法性なしとの結論が出た。
 舛添氏は、これがほしかったのだろう。
 ただ、違法ではないものの、不適切との判断も含まれていた。
 そして、適切との判断もあった。
 この適切との判断も舛添氏が期待したものだろう。
 結論、クロは一つもない。
 グレーがほとんどだが、中にはシロも見つかった。
 第三者の調査がなかったら、マスコミによってすべて真っ黒にされかねないところだった。
 舛添氏が第三者に調査させた成果はこれで、十分だろう。

 第三者による厳正な調査というが、この調査がどのレベルで行われたのかは判然としない。
 元検事という肩書は、素人の目くらましに使われている。
 元検事だからと言って、特別に強制捜査ができるわけではない。
 できることは、一般の弁護士と変わらない。
 ただ、依頼主である舛添氏の言い分を十分聞いて、その内容を分かりやすく整理して報告しているだけというのが実態だ。
 決して、舛添氏の証言の裏を取ったり、多方面から事実の確認をしたりということはしていないようだ。
 記者がその部分を弁護士に質問したら、年配の弁護士は色を成して突っぱねていた。
 事実確認の調査はまったくできていないのがばれた瞬間だ。
 結局、今回の弁護士による調査は、第三者による厳正な調査ではなく、舛添氏に雇われた顧問弁護士が依頼主の言い分を代わりに代弁したという、ごく普通の代理人行為に過ぎなかったのだ。

 2名の弁護士が担当していたが、この2名は同じ弁護士事務所に所属しているらしい。
 何のことはない、弁護士事務所に依頼して、そこの上司と部下の2人組でこの事案を担当したというだけのことだった。
 舛添氏は、複数の弁護士に依頼していると言っていたので、当然、立場の違う弁護士を何人か選ぶものと思われたが、ふたを開ければこんなことだ。

 弁護士による調査結果を受けて、事態は沈静化に向かうどころか、さらに不信感を増幅させている。
 リスクマネジメントの視点で今回の事件を捉えてみると、舛添氏は対応をことごとく誤り、事態を悪化させ続けているように見える。
 だが、舛添氏は、最悪の事態を回避し続けていると捉えているのではないだろうか。
 不祥事が発覚した時点で、直ちに辞任していたら、騒ぎは大きくならなかった。
 だが、辞任した時点で、彼としては最悪の事態が確定してしまう。
 それで、最悪の事態を避けるためのギリギリの方策として、第三者を持ち出して延命を試みている。
 舛添氏としては、いまのところ最悪の事態を回避し続けているという点で、うまくことを運んでいるということかもしれない。
 都民の信頼を完全に失ってもなお逃げ回る都知事。
 この粘り強さは何だろう。
 彼の心臓の強さか。
 それとも、やめたくてもやめられない裏の事情があるのか。

 リオのオリンピックで次期開催地の代表としてオリンピック旗の引継ぎに舛添氏が出かける。
 満面の笑みで旗を受け取る舛添氏の姿が世界に流れる。 
 都民としては、これほど見苦しい光景はないだろう。 
 東京オリンピックはいろんなところでケチが付き続けているが、また1つケチがつくことになる。
 
 
posted by 平野喜久 at 20:02| 愛知 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | リスクマネジメント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする