2016年07月01日

1人1票ではない選挙制度

 ただいま参議院選挙期間中。
 ここで、選挙制度について考えてみる。
 日本の選挙は、1人1票が原則となっている。
 私たちは、これが当たり前と思っているが、果たして1人1票が民主主義の唯一の基本原則なのだろうか。
 昔のように、納税額や性別で選挙権が制限されていた時代に比べれば、現在の1人1票の選挙制度は、格段に進歩したといえるが、これは、民主主義の到達地点ではない。
 より民意を正確に結果に反映させるにはどういう制度がいいのか。
 1人1票ではない選挙制度を考えてみよう。

1.定数と同じ人数を選べるようにする
 例えば、今回の参院選、東京選挙区では、定数6に対して31人が立候補している。
 この場合は、有権者は、31人の中から6人を選んで投票できるようにする。
 これで、当選者6人の構成バランスのあるべき姿を有権者が決められるようになる。
 31人の中から、たった1人を選ぶのは非常に難しい。
 一人ひとりの政見を比較検討して選ぶよりも、見た目の印象とか知名度で1人決めてしまえば、それ以上有権者が考える余地はなくなってしまう。
 ところが、定数と同じ人数を選べるとなると話は違う。
 6人の構成バランスを考えなくてはならなくなる。
 6人全員を保守系の候補者で選ぶ人がいるかもしれない。
 中には、2人を与党、2人を野党、2人を無所属で、バランスよく選ぶ人もいるかもしれない。
 その組み合わせは自由だ。

2.各候補者の評点投票にする
 有権者が候補者の中から1人を選ぶのではなく、すべての候補者に評点をつけて投票する制度。
 例えば、A候補は、政策も人柄も共感できる人物ということであれば、評点5を投票する。
 B候補は、人柄は好感が持てるが、政策が望ましくないと判断すれば、評点3を投票。
 C候補は、共感できるところが何もなく、政治家になってほしくないと判断すれば、評点マイナス5となる。
 その人物をよく知らないので、評価できない場合は、空欄で投票する。
 マークシート方式であれば、投票も集計も簡単だ。
 こうなると、有権者はすべての候補者を真剣に検討しなければならなくなるし、立候補者も、単に名前を連呼しているだけでは当選できなくなる。
 また、従来なら知名度が高ければそれだけで当選確実であったが、この方式では、有権者からマイナス評価が高いと当選圏内を外れてしまう。
 知名度の高い人ほど、強烈なファン層がある一方、極端に毛嫌いする人も多い。
 だから、知名度やパフォーマンスだけで当選しようという戦略は使えなくなる。
 アメリカの大統領選が、この方式で行われていたとすると、ヒラリー氏もトランプ氏も最終候補に残っていないだろう。

 ほかにも様々な選挙制度が考えられる。
 それらは、次回以降に。





 
 
posted by 平野喜久 at 10:55| 愛知 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする