2017年06月28日

稲田防衛大臣の軽率発言

 稲田防衛大臣の発言が問題になっている。
 27日、東京都板橋区で開かれた都議選の自民党候補の集会で、「防衛省、自衛隊、防衛大臣、自民党としてもお願いしたい」と発言したのだという。
 自衛隊法では、選挙権の行使を除く自衛隊員の政治的行為は制限されている。
 発言は自衛隊が組織的に特定の候補を応援すると受け取られかねない。
 稲田氏は発言の撤回は拒否していたが、批判の強さに、夜になって発言を撤回した。

 もちろん、現実に自衛隊が特定の候補者を応援するなんてことはありえない。
 稲田氏のリップサービスに過ぎないのは明らか。
 候補者を力強く応援する中で、自分の防衛大臣としての肩書を最大限利用したというところだろう。
 だが、のちにこのような批判を招くのは明らかで、あまりにも軽率だった。
 防衛大臣が特定の候補者の応援に出かけることだけでも正当性が危なっかしいのだから、そこでの発言は更に慎重であるべきだった。
 たぶん、稲田氏は候補者のことをよく知らなかったのだろう。
 語るべき情報が何もないとき、何を強調するかといったら、「防衛大臣がわざわざ応援に来た」ということだけ。
 そこを強調しすぎたあまり、問題発言となってしまった。

 稲田氏は弁護士出身。
 言葉の重要性には人一倍敏感のはずだが、どうしたことか。
 防衛大臣としての働きも、評価は芳しくない。
 次の内閣改造では、まず、交代となる。
 将来の女性首相との呼び声もあった彼女だったが、どうやらその目はなさそうだ。




 
 
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アマゾン流出版界翻弄

 本日付読売新聞の解説記事による。
 ネット書店の大手アマゾンが出版社との直接取引を拡大させる動きを見せているらしい。
 通常は、出版社の本を取次を通して仕入れている。
 一般の書店と同じだ。
 だが、取次に在庫がないと、取り寄せということになる。
 取り寄せも取次を通して発注するので、納期は8日から2週間かかる。
 ネット書店の注文は、翌日か、遅くても3日以内のお届けが普通だ。
 スピードが命のネットビジネスにおいて、取り寄せに2週間もかかっているようでは、話にならない。
 消費者の購買意欲もそがれる。
 そこで、バックオーダー発注については、取次を通さず、直接出版社から取り寄せることを検討し始めたという。
 こうすれば、出版社にとっても販売機会を逃さずに済むし、消費者にとっても読みたい本が読みたいときに手に入る。
 
 この動きに取次は警戒している。
 あきらかに取次の中抜きの動きだからだ。
 もともとネットビジネスは中間業者の排除に直結するものだった。
 それは出版業界でも同じ。
 いままでは、取次のパワーが強かったので、この構図に揺らぎはなかったが、ネット書店の台頭で、その力関係が揺らいできた。
 
 いま、出版物の販売額は97年をピークに一貫して減少している。
 書店の売上が減少しているためだが、一方で、ネット書店の売上だけは上昇傾向にある。
 といっても、ネット書店の売上は全体の10%も満たない。
 まだ、全体に影響を及ぼすほどの勢力にはなっていない。
 出版社としても、リアル書店を無視できないのだ。
 リアル書店に本を流すには、取次を通さなくてはならない。
 出版社としては、取次を中抜きするような行動を取りにくい。

 しかし、弱小出版社にとっては、取次を通さない直接取引にはメリットが多い。
 弱小出版社の出す本は、専門性が高く、対象読者が少ない。
 ネット書店でピンポイントで検索されて注文されるケースが多い。
 もともと、取次には重要視されておらず、リアル書店への配本も期待できない。
 ならば、Amazonと直接取引できた方がありがたい。
 しかも、直接取引なら、取次を介するよりも有利な条件で取引可能だ。
 すでに一部の出版社とは直接取引が始まっていて、全体の3割に上っているという。
 この傾向は今後、ますます強まっていくだろう。
 
 出版業界は、長期低落傾向に入っており、明らかに構造不況業種になった。
 出版不況という構造的な問題に加え、ネット書店の攻勢という新たな脅威にさらされている。
 この流れは、当面、変わらない。
 出版業界は、Amazonの積極攻勢に防戦一方で、先回りして先手を打つことができていないように見える。
 
 


 
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2017年06月25日

官邸の危機管理の失敗:森友加計問題

 森友学園問題に続いて、加計学園問題が持ち上がり、沈静化しそうにない。
 いろんな内部文書が次々に外部流出し、その内容が実に思わせぶりなものばかりなので、憶測が憶測を呼んでいる。
 総理の不正な働きかけがあったことを確信させる情報はいまだに見つかっていない。
 なのに、なぜ、これほどこの問題が尾を引いているのか。
 それは、ひとえに官邸が危機管理に失敗したことによる。
 安倍政権は、過去に1度政権運営に失敗している。
 その経験から、ここまでは非常に慎重でうまい政権運営を行なってきた。
 少々問題が起きたとしても、先手先手で手を打つことで、初期消火に成功していた。
 例えば、大臣の不祥事が発覚しても、マスコミや野党がが騒ぎ出す前に先手を打って更迭した。
 初動の迅速さとメディアコントロールのうまさが際立っていた。
 この危機管理のうまさが、安倍政権の長期化をもたらした源泉になっている。
 
 ところが、今回は違う。
 明らかに初動を間違えた。
 森友学園問題が持ち上がった時、官邸は「取るに足らぬ問題」と簡単にはねのけるつもりだった。
 これが、その後、大火事になるなんて思っていなかったのだ
 総理も高圧的で強気の国会答弁に終始し、「関与があったら国会議員を辞める」とまで言い切ってしまった。
 これが、初動の失敗その1だ。
 組織の不祥事が発覚した時に犯してしまいがちな間違いは、「強気ではねのけて事態を強制終了させようとすること」だ。
 これは、事態を収拾させるどころか、さらに騒動を大きくさせる効果しかない。
 過去、企業不祥事においても同じミスで騒ぎを大きくし、のちに進退窮まって最悪の事態を迎えたケースは多い。

 総理の「関与があったら」の発言は、野党やマスコミの追及を勢いづかせ、官邸は、その追及をいちいち否定し続けなければならなくなった。
 ここで、厳しい追及から逃げ続ける官邸の姿だけがイメージされることとなった。

 森友問題に手詰まり感が出てきたところで、どこかからか加計学園問題が急浮上した。
 どうして、この問題が浮上したのかは不明。
 ただ、官僚の側から、野党やマスコミに情報がリークされ続けているのは確かだ。
 民進党のある議員のもとにも内部文書がリークされ、その内部文書に基づいて国会質問が展開した。
 その内部文書には「総理のご意向」という文言が入っていた。
 官房長官は、「出どころもはっきりしない怪文書だ」と全否定で切り捨てた。
 これが、失敗その2.
 この文書の内容は特に総理の不正を確定させるような情報は何もなかった。
 むしろ、総理が主導権を握って官僚側に働きかけ、規制緩和を進めていることを証明する内容だった。
 だが、官房長官が慌てて全否定したことで、却ってここに不都合な内容が含まれているのではを勘ぐらせることになった。
 文科省内でも調査を行なった結果、文科大臣が「そのような文書は確認できなかった」と言ってしまった。
 これが、前川前事務次官の記者会見につながり「あったものをなかったことにはできない」との発言を引き出した。
 文科大臣は再調査に追い込まれ、同内容の文書が存在したことを公表せざるを得なくなった。
 ここで公表された文書以外の関連文書がマスコミにリークされ、文科大臣は後追いでその存在を認めるという醜態を繰り返す。
 ここでは、文科大臣の力量不足が露呈している。
 大事な記者会見でも、準備されたペーパーを読んでいるだけ。
 主体的に取り組んでおらず、すべてが受け身。
 自分の果たすべき役割が分かっていないように見える。
 問題を明確にし早々に事態収拾に動けるはずの一番の当事者でありながら、その意志と能力が見られない。
 さらに文科副大臣までもが、国会答弁で官僚の用意したペーパーを朗読しているだけ。
 そのぶっきらぼうな答弁が批判の対象になったりした。
 文科省内部からリークが続くのは、トップの無能によるところが大きそうだ。 

 今回の官邸の危機管理は、常に後手の対応に追い込まれており、事態をコントロールできていない。
 森友も加計も冷静に問題の本質を眺めてみれば、これほど大騒ぎするほどの問題は存在していない。
 にもかかわらず一向に収束しないのは、官邸の対応のまずさによる。
 たぶん、この問題が持ち上がった時、官邸の側も何が問題なのか把握できていなかったのだろう。
 誰もこれが問題だと思っていなかった。
 総理自身も、自分が不正に何かを働きかけた覚えがないから、強く否定すれば終わる話だと思っていただろう。
 だが、絶好調の安倍政権への攻撃材料を失っていた野党にとっては、千載一遇の大チャンスだということを忘れていた。
 この大チャンスをみすみす逃すわけがない。
 簡単に消えないように、ちょっとした火種にひたすら風を送り続け、燃料を投下し続けた。
 それがいまや大火事にまで広がってしまった。

 今後、官邸ができることと言えば、内部リークの先手を打って情報公開をし、全容の説明責任を果たすことしかない。
 野党やマスコミに追及されてからそれに答えているだけでは、言い逃れに終始しているようなイメージしか醸成されない。
 野党やマスコミの行く手を先回りして、情報発信していくことができるかどうか。
 今回は、時が来れば沈静化することはない。
 野党がせっかくの火種を消すことはないからだ。
 内閣支持率の急降下をみて、野党もこのネタの効果を実感している。
 対応を誤ると、安倍政権に次はない。

 

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2017年06月24日

政治的メッセージを発信し続ける前川氏:2回目の記者会見

 加計学園の問題。
 前事務次官の前川氏が日本記者クラブで記者会見した。
 先月に続き、2回目の記者会見だ。
 何か新しい秘密の暴露があるのではと皆が注目したが、それはなかった。
 前回の記者会見の内容を繰り返し、言い足りなかったところを補強した程度だった。
 何のために今回の記者会見だったのか不明。
 逆に、彼にはこれ以上の情報はないのだということが分かった。

 会見の冒頭で、前川氏は断りをしている。
 「私は別に政治的意図をもって発言しているわけではない」「安倍政権を倒すなんて大それたことを考えているわけでもない」
 だが、彼の記者会見の内容は、事実の公表と言うより、政治的メッセージの方にウェイトが置かれているのはまるわかりだった。
 
 「官邸は理由をつけて真相解明から逃げようとしている。首相自ら説明責任を果たすべきだ」

 これは、事実の公表ではなく、前川氏の解釈であり意見だ。
 批判の矛先を首相に向けようという意図がある。
 これが政治的メッセージでなくてなんだろう。
 
 「岩盤規制に穴をあけたことは問題ない。問題は、加計学園に落ちるように条件設定が変えられ、行政がゆがめられたことだ」

 ここに強い違和感を覚える。
 途中で条件設定が変えられて対象が1つに絞り込まれていく過程は、いままでの情報である程度分かってきている。
 これまで明らかになってきた情報を彼なりに解釈して結論を出している印象だ。
 ここに何の新しい情報はない。
 まるで、日々の報道に接している私たちと同じ立場でものを見て、論評しているように見える。
 彼は、当事者ではなかったのか。
 途中で条件が変わっていき、加計学園に絞り込まれていく過程に文科省もしっかりかかわっている。
 その文科省の事務次官が自分であったのではないのか。
 本当に目の前で行政がゆがめられていくのを見ていたのだったら、その場でなぜ補正しなかったのか。
 「総理の意向」などと書かれた曖昧な内部文書の存在だけで、なぜ、納得し処理を進めてしまったのか。
 官邸に人事権を握られており、抵抗できなかったから?
 彼の発言からは、抵抗しようとした形跡が見当たらない。
 問題の「総理の意向」がどの程度のものなのかを直接官邸に確認する行為すらしていない。
 彼の発言には、不思議と当事者意識が感じられない。
 
 前川氏は、会見でメディア批判も展開している。
 NHKと読売新聞。
 NHKについては、単独インタビューに最初に対応したのにもかかわらず、それが報道されなかったと指摘。
 このことを不審に思っているらしい。
 間違った報道がされたことに抗議しているわけではない。
 報道されなかったことを問題にしているのだ。
 自分へのインタビュー取材は、必ず報道されるはずと思い込んでいるところが救いがたい。
 これは、ただインタビュー内容に報道の価値なしと判断されただけだろう。
 今回の記者会見の内容を見れば、新規性はまったくなく、同じ内容の繰り返しと念押しだけ。
 NHKインタビューも同じようなものだったのに違いない。

 読売新聞については、「官邸からの関与があった」と解釈している。
 なぜ、そう考えるかと言うと、彼が出会い系バーに出入りしている事実を官邸が知っていたから、だそうだ。
 彼は現職の時に、官邸に呼び出され、この事実を指摘され叱責を受けているらしい。
 このことから、読売新聞に情報をリークし記事を書かせたのは官邸の働きかけによるものだと類推しているようだ。
 これらは、すべて前川氏の類推の域を出ていない。
 その類推も、「官邸が知っていたから、それを読売新聞に書かせたのだろう」と単純極まりない。
 出会い系バーの情報を官邸がつかんでいたとして、その情報はどこから入っていたのか。
 まさか、官邸の人間がこっそり前川氏の素行調査をして事実をつかんだのではないだろう。
 警察側も出会い系バーの実態調査をしている中で、前川氏の存在を把握していたという。
 その情報はメディアにも流れており、同じ情報が官邸にも流れていたということではないのか。
 前川氏は「今の国家権力とメディアの関係について非常に不安を覚える」と述べているが、自分の思うように展開しないことをすべて官邸のせいにしているだけという印象が強い。
 
 今回の記者会見は、いままでに明らかになった情報について、自分なりに整理し分かりやすく解釈しなおして結論を提示したというところだろう。
 反政府メディアや野党に利用されることを狙った記者会見だった。
 彼は、国会証人喚問に応じる覚悟があるという。
 いままでの記者会見を見ると、証人喚問に応じるほどの情報を持っていない。
 官邸により行政がゆがめられたことを立証できる事実は何も提示できない。
 本当に証人喚問に応じたら、彼の発言の多くは類推によるものであることが明らかになるだけなのではないか。
 そして、厳然たる事実は彼のバー通いだけということになりかねない。





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2017年06月23日

豊田真由子氏の暴言暴行:音声のインパクト

 自民党の豊田真由子衆議院議員の暴言暴行問題。
 テレビでその音声が流されたことから、その強烈なインパクトが人々の関心を集めている。
 これは、週刊誌記事だけでは分からない。
 この音声は、元秘書から週刊誌側に持ち込まれ、そこから各マスコミに提供されたのか。
 音声は、聴き所だけを編集してあるので、会話全体の流れは分からない。
 とにかく、豊田氏が激高して、大声で喚き散らしながら運転中の秘書をぼこぼこ叩いている様子が分かる。
 喚き散らすのに疲れると、今度は歌うように節をつけて、なじり始める。
 誰もがこの音声を聴いて、「まともではない」と感じただろう。
 彼女自身、かなりのストレスをため込んでいて、それを弱いものに一気にぶつけているという印象だ。
 どうして彼女がこれほどのストレスをため込んでいたのかは分からない。
 どうやら、彼女自身が激高しやすい性質だったようだ。
 
 元秘書は、普段からの暴言暴行に耐えかねて、今回、ICレコーダーで録音した。
 そして、その音声を週刊誌に持ち込んだのだ。
 もはや秘書を続ける気はなく、自分が辞職するだけでは納得できず、彼女の政治生命をも引きずり落してやろうという意思が見える。
 普通は、警察に被害届を出すが、そうではなく、まずマスコミに流したのがあざとい。
 しかも、週刊新潮。
 ここに流せば、記事で取り上げられるだけではなく、テレビメディアにも音声をばらまいてくれることが見えていたのだろう。
 豊田氏は自民党を離党することとなった。
 次回の衆院選では、立候補は無理だ。
 無理に立候補したとしても、無所属で戦うしかなく、党の基盤のない彼女に勝ち目はない。
 元秘書にとって思惑通りの展開となった。

 ところで、隠し撮りした音声を勝手にマスコミに流すことは、問題はないのだろうか。
 今回は、このことを非難する人はいないだろう。
 豊田氏のインパクトが大きすぎるからだ。
 豊田氏も、このことに問題があると思っても、指摘できる立場ではない。

 だが、隠し撮り音声を勝手に外部に流出させる行為は、いつも正当化されるわけではない。
 例えば、社内で話し合われた大事な話を、隠し撮りし、勝手に外部に流したら、機密情報の漏洩になる。
 機密文書を流出させたのと同じことだからだ。
 社内で話し合われたのが不正行為の話だったら、それをマスコミに流すのは、公益通報ということになる。
 この線引きは難しい。


 
 
posted by 平野喜久 at 10:30| 愛知 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月16日

ロンドン高層マンション火災:原因は外壁材の可燃性

 ロンドンの高層マンションが火災に見舞われ、事後処理が進んでいる。
 これまでに17人の死亡が確認されているが、捜索が難航し、最終的な犠牲者は100人を超えるのではと予想されている。
 24階建て127戸の高層マンション。
 どれだけの住民が住んでいたのか、よくわからないらしい。
 現場の捜索をしようにも、建物の損傷が激しく、立ち入ることすらできないようだ。

 1970年代の建物で、スプリンクラーや防火壁など防火設備も不十分だったという。
 最近、外壁のリフォームを行なっており、その外壁が可燃性のものであったため、今回、一気にビル全体が炎に包まれることとなったというのが真相だ。
 
 住民が逃げ遅れた理由は、真夜中の出火だったこと、火の回りが早かったこと、そして、マニュアルが「室内に留まる」となっていたこと。
 この「室内に留まる」というマニュアルが奇妙だ。
 このマニュアルはビル内にも掲示されていたのだという。
 なぜ、このようなマニュアルになっていたのか。
 それは、ビル内の全住民が一斉に非難を始めると、1か所しかない階段に人々が殺到し、火元に近い本当に避難しなければいけない人が避難できなくなる恐れがある。
 それで、火災の直接の影響を受けていない人は、自室に閉じこもって助けを待った方が安全という判断となったらしい。
 これは、ロンドンの大型集合住宅では普通のマニュアルなのだという。
 
 確かに、このマニュアルにも一理ある。
 高層住宅の場合、住民の数が多いので、大勢が一斉に動き始めることで混乱が増幅される。
 その混乱が2次災害を引き起こしかねない。
 それを防止するには、混乱を起こさない工夫がいる。
 それが、このマニュアルだったのだ。
 だが、今回の火災は、あまりにも火の回りが早かった。
 出火が真夜中だったこともあり、気づいた時には既に逃げ遅れの状態にあった人も多かったに違いない。
 第1の原因は、外壁材が可燃性であったこと。
 イギリスは消防法が緩すぎる。
 本当にこれが先進国かと疑いたくなる。



 
ロンドン西部の公営住宅で14日未明、24階建て127戸の「グレンフェル・タワー」から出火し、大勢が死傷する大火災となった。管理側は住民に、自室や直近の廊下などで出火したのでなければ、火事の際は室内に留まるよう指示していた。これはなぜなのか。

グレンフェル・タワー内に掲示されていた火災時行動マニュアルは、自室で発生した、もしくは自室に影響を与えている火事でなければ、室内に留まるよう住民に勧告している。住民へのニュースレターでは、「別段の指示がない限り、長年の『その場にいて』方針が適用されます。これはつまり、自室や自室外の廊下で出火したのでない限り、自室内にいるべきだという意味です」と書いている。

これは大型集合住宅において比較的スタンダードな勧告だ。

ロンドン消防局は一般的な火災対策として、集合住宅で火災が発生した場合、炎や煙に直接影響を受けていない箇所の人たちは、自室に留まった方が「安全な場合が多い」と説明している。

元消防士で防火対策専門家のエルフィン・エドワーズさんは、「自室に留まる」方針は、火事に直接影響を受けない住民が不要に避難して通路をふさがないようにするためだと話す。
posted by 平野喜久 at 17:43| 愛知 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

テロ等準備罪法案:本来の目的が審議されていない

 共謀罪の構成要件を厳格化した「テロ等準備罪」を新設する改正組織犯罪処罰法が成立した。
 与党側は「テロ等準備罪法案」といい、野党側は「共謀罪法案」という。
 読売新聞、産経新聞は「テロ等準備罪法案」、朝日新聞、毎日新聞は「共謀罪法案」となる。
 各紙は世論調査もしているが、どのような表現で質問するかによって数字が違うようだ。
 「テロ等準備罪」と表現している世論調査は賛成が多くなり、「共謀罪」と表現すると逆になる。
 
 参院での十分な審議が行われないまま投票が行われ成立となった。
 衆院でも参院でも委員会での野党側の質問は、些末な内容に終始した。
 「一般人が捜査の対象になる」「総監視社会の到来」「プライバシーの侵害」「表現の自由が制限」
 国民の不安感を煽るような批判のための批判だった。
 政府側の答弁は、ひたすら「一般の国民が捜査の対象になることはない」と繰り返すしかなかった。
 同じ答弁に業を煮やした民進党の議員は「一般人がヤクザと一緒に犯罪を犯しても処罰対象じゃないのか!」と詰め寄る始末。
 小学生の屁理屈か。
 この議員は民主党政権時代に法務大臣だったというのだから、愕然とする。

 この法案の本来の目的、テロの未然防止という観点での議論はついに行われずじまい。
 「本当にこれでテロを防げるのか」「ローンウルフ型テロにはどう対応するのか」といった議論にならなかった。
 審議の最中、まさにイギリスでテロが続発した。
 それでも、テロ防止の議論にならなかったのはどういうことか。

 テロを防止することを目的とした法案として見たとき、この法律は穴だらけで、欠陥があちこちにある。
 野党側に配慮した結果、不必要な制約が設けられ、いざという時の運用が限定的になってしまったところも。
 本来は、この点こそ徹底的に議論すべきではなかったのか。
 本当に国民を守ろうと思ったら、「総監視社会の到来」の心配よりも、「これでテロが防げるのか」という議論の方が重要なのは明らか。

 審議不十分のまま法案成立となったというのはその通りだ。
 だが、その審議不十分と言うのは、野党の言う審議とは違う。
 テロの未然防止という議論がまったく行われないまま終わってしまった。
 本来の目的がどこまで達成できるか分からないまま、中途半端な法案が成立してしまったのではないかと心配する。
 
 


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2017年06月14日

そっくり表紙の料理本:小学館の広報戦略

 そっくりな表紙の料理本が話題になった。
 話題になったというより、小学館が話題にした、と言った方がいいかもしれない。

 小学館は12日、同社ムック「やせるおかず 作りおき」に、新星出版社「やせるおかずの作りおき かんたんレシピ177」のタイトル、表紙カバーデザインが酷似しているとし、新星出版社に対して販売中止などを求める申し入れをしたらしい。
 それを公式サイトで発表したため、一般に知られるところとなり、メディアでも取り上げられるようになった。

 小学館の料理本は『やせるおかず 作りおき』。
 新星出版社の料理本は『やせるおかずの作りおき』。
 カバーデザインについても、写真素材、文字の置き方、色使い、レイアウトなど、よく似ている。
 だが、料理本のカバーデザインは、どれも似てしまうのは仕方ないのではないか。
 他にも料理本は山ほど出版されているが、イメージはよく似ているという印象を受ける。
 題名も、「やせるおかず」も「作りおき」も一般名詞で、オリジナリティを主張できるほどのものではない。
 そもそも、書籍の題名には著作権は存在しないというのが常識だ。
 小学館では同じ著者による「やせるおかず」シリーズを出しており、この流れに便乗しようとする動きを牽制したいとの思いがあるのだろう。
 しかし、「やせるおかず」「つくりおき」という言葉を書籍の題名で最初に使ったのは小学館ではない。
 それ以前から、同種の料理本は存在したのだ。
 小学館に他社の物まねを非難するほどのオリジナリティはない。
 
 それに、似ているのは題名とカバーデザインだけ。
 内容は当然ながら全く違う。
 料理レシピにまで、そっくりな部分があれば、もっと騒動は大きくなっただろうが、そのような気配はない。

 小学館の「やせおかシリーズ」の売れ行き好調を見て、新星出版社が自社でも売れ筋の出版企画を立ち上げたのは間違いないだろう。
 その意味で、他社の売れ筋商品をまねた、ということは言える。
 だが、こんなことはどこの業界でも当たり前にあること。
 
 小学館も、賠償請求しているわけでも裁判に訴えたわけでもない。
 新星出版社に出版停止を申し入れをし、それをウェブサイト上で公開しただけだ。
 (ついでに、マスコミ向けのプレスリリースもしただろう)
 今回の件が、著作権や商標権の侵害に問えるとは思っていないし、これで相手が販売を取りやめるとも思っていない。
 ただ、世間の話題になってくれれば目的は達成されたことになる。
 結果として、いろんなメディアがこの話題を取り上げ、この本に世間の注目を集めることに成功した。
 いま、Amazonのランキング11位を得ている。
 これも、1つの広報戦略かもしれない。
posted by 平野喜久 at 09:24| 愛知 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月12日

ミサイル想定の避難訓練と朝日新聞の報道姿勢

 朝日新聞の報道による。
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 北朝鮮の弾道ミサイル発射が相次ぐ中、全国の自治体で避難訓練や注意喚起の動きが広がる。号令をかける内閣官房は「国民の不安感が今までになく高まっている」と必要性を訴えるが、「かえって不安をあおる」と戸惑う声も上がる。
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 各地でミサイル想定の避難訓練や注意喚起の動きが広がっているのは、結構なことだ。
 北朝鮮のミサイルリスクは、現実のものになりつつあり、そのリスクに対する備えはあって当たり前と言える。
 日本では、避難訓練と言ったら、火災や地震を想定するのが一般的だったが、その中に、ミサイルも追加されることとなった。
 北朝鮮のミサイルは、発射から着弾まで10分以内と言われており、その間に、避難行動がとれるかどうかがカポイントとなる。
 10分以内という時間は、大げさな行動をする余裕はないが、最低限の安全行動を取るだけの時間は十分ある。
 その限られた時間で、自分は何をすればいいのか、何をしなければいけないのか、何ができるのか、について事前に考えておくのは非常に重要だ。
 いままで、日本人でミサイル想定の避難訓練をやったことのある人はほとんどいない。
 それだけに、訓練をやっておくことの価値は高い。

 だが、朝日新聞の記事に、気になる言葉が紛れ込んでいるのにお気づきだろう。
  「『かえって不安をあおる』と戸惑う声も上がる」
 これは、このような声があちこちから出ているというよりも、朝日新聞特有の当てこすり記事だろう。
 福島原発周辺では、事故前に避難訓練が行われることは1度もなかったという。
 事故を想定した準備もシミュレーションも、何もなかった。
 なぜか。
 住民の不安をあおるからだ。
 そのために、住民も行政も東電も事故のことを考えることがなくなった。
 考えなければ対策が行われるはずもなく、何の備えもないまま最悪の事故を迎えることとなった。
 今回の朝日新聞の「かえって不安をあおる」という当てこすり記事も同じだ。
 人々の意識を北朝鮮のリスクからそらせようとする目的しか感じられない。

 朝日新聞の記事では、次のように締めくくられていた。
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 ただ、訓練を実施した自治体はまだ少数派。近畿のある自治体の担当者は「どんな訓練が効果的か分からないのに、やみくもに動いても仕方ない。情報収集の段階だ」と語った。
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 近畿のある自治体とはどこなのだろう。
 どこかの職員が何の行動も起こしていないことの言い訳をこんな風に語っていたのかもしれないが、朝日新聞が都合のいいコメントを恣意的に選んでいるようにしか見えない。
 朝日新聞は、ひたすら北朝鮮リスクを過小評価しようという意図だけが透けて見える。

 「どのような訓練が効果的か分からないので訓練しない」というのは言い訳になっていない。
 実際にミサイル攻撃を受けたことがある人はいないので、どのような訓練が効果的か誰も分からない。
 すると、どこかにミサイルが落ちて、どのような訓練が効果的かが分かってから行動を起こすということか。
 だが、それが分かったときには、手遅れであることは明らかだ。
 原発事故が起きてから訓練をやっても意味がないのと同じだ。

 ミサイル訓練の目的は、まずは、そこにリスクがあることを人々に意識してもらうことにある。
 朝日新聞の姿勢は、逆に人々の意識をそこから遠ざけようとするものであり、意図的であるとすれば、罪は重い。
 一方、テロ等準備罪法案については、共謀罪法案と呼び方を変え、「国民のプライバシーが暴かれ総監視社会になる」と不安をあおる。
 意識すべきリスクから目を背けさせ、ありもしない不安を掻き立てているように見える。






   

posted by 平野喜久 at 14:49| 愛知 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月09日

上皇陛下は京都御所にお戻りいただこう

 天皇陛下の退位に向けた特例法が参議院本会議で採決が行われ、全会一致で可決、成立した。
 今上陛下は、退位後、上皇陛下になり、東宮御所に移られるという。
 200年ぶりの退位が行われるという歴史的な出来事が行われようとしているのに、何のサプライズもなく、面白みがまったくない。
 「上皇陛下には京都にお戻りいただこう」という声が上がらないのが不思議だ。
 退位後は、公務から離れるのだから、東京にお住まいになる理由はない。
 この際、本来の居場所である京都にお戻りいただくのがあるべき姿ではないのか。

 明治になり、首都が京都から東京に移った。
 しかし、この東京遷都は根拠が曖昧のまま、なし崩し的に実現したものだ。
 いま、世界中の人が日本の首都は東京だと思っているが、東京遷都は正式に決議されたことも、法律で規定されたこともなく、そこには何の根拠もない。
 明治天皇が東京に移られたのも、正式の引っ越しではない。
 明治になって、天皇はいろんな所へ行幸されたが、「次は東京の政治状況を見に行かれる」と東京への行幸に出発したまま帰らなかった、というのが実態らしい。
 つまり、京都の側からみると、天皇は東京に出かけたまま、帰ってきていないだけなのだ。

 京都御所も当時のまま残っている。
 上皇陛下は京都御所に戻られたらいかがか。
 ついでに、秋篠宮殿下も京都にお戻りになっていい。
 秋篠宮殿下も、東京にいなければならない理由はない。
 天皇に即位したとき、東京の皇居にお移りいただくというシステムにしたらどうだろう。
 そして、宮内庁も京都に移転する。

 さらに、天皇も京都にお住まいいただいてもいい。
 首都も京都に戻す。
 皇室の本拠地は京都。
 天皇は、公務のために東京出張という扱いだ。
 いま、京都市はリニア新幹線の駅誘致に一生懸命だが、天皇陛下を京都にお戻しすることで、リニアを京都に通す名目が立つ。
 
 皇室の京都移転は、首都機能の地方分散が課題となる中、その第一歩の象徴的なイベントになるだろう。
  
posted by 平野喜久 at 21:56| 愛知 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Amazonの問い合わせ対応はレベルが高い

 Amazonには、著者セントラルというサービスがある。
 著者がAmazonのウェブサイト上に独自のページを設け、著者が読者に情報を伝えたり、書籍のプロモーションを行うことができるサービスだ。
 著者ページの情報は、著者自ら更新することができる。
 作品一覧の更新、著者紹介文や写真の追加、表紙画像のアップロードなど、著者ページのコンテンツを著者ご自身でアップデートできる。
 Amazonのウェブサイト上で、自己PRができるわけで、これは著書を持っている人の特権だ。
 
 さて、私の著者ページには今まで出版した書籍が一覧で表示されている。
 ところが、ここに表示されているのは、日本語の書籍だけで、英語バージョンの書籍は表示されていない。
 「本の追加」の手続きをしても、著者名が違うと拒否される。
 英語バージョンは著者名が「Yoshihisa Hirano」となっているので、「平野 喜久」と一致しないと判断されたようだ。
 やむを得ず、Amazonに問い合わせメールを送信。
 すると、翌日の午前中には回答があった。
 そのメールの文面は、非常に丁寧で、的確な内容だった。
 問題がどこにあるのかをちゃんと調べ、原因を特定し、解決策を見つけ出し、それを簡潔に伝えてきた。
 結局、Amazon側で、英語バージョンの書籍を日本語書籍と一緒に表示されるように処理してくれた。
 そして、今後も本の追加ができない場合は、連絡をくれるようにとの案内が添えてあった。
 問題は一発で解決し、非常に心地いい。

 そのメールの末尾には、これで問題が解決したかどうかを問うアンケートがついている。
 そして、今回の対応はどうだったかを評価させる質問が続く。
 選択肢にチェックを入れて送信するようになっている。
 この選択肢の並びも変わっている。
 選択肢の最初は「非常に悪い」から始まり、「悪い」「普通」「良い」「非常に良い」というように、悪い順に並んでいるのだ。
 これは普通の常識と逆だろう。
 わざと「非常に良い」が簡単にクリックできないようになっている。
 客の評価がストレートに返ってくるので、担当者の対応も当然丁寧になるのだろう。
 中途半端な回答でやり過ごそうとすると、1回で問題解決せず、その後、客と何度もやり取りをしなければなくなる。
 最終的に問題解決に至ったとしても、客の評価は下がってしまう。
 それで、1発で問題解消を目指すようになる。
 そのために、問題を徹底的に調べ、決定的な解決策を提示するようになるという仕掛けだ。
  
 世の中には、いろんなお客様の相談窓口がある。
 だが、多くはただのクレーム処理対応になってしまっているケースが多い。
 客と一緒になって問題を解決しようという姿勢にならず、とりあえず客を黙らせるというところに目的がある。
 客が諦めてくれればそれで任務完了。
 問題は残ったまま。
 その問題は、根本的な解決ができていないために、同じような問題が他の客で繰り返し発生する。
 そのたびに、「よくある話」の1つとして、口先だけの対応で客を黙らせることで対応し続ける。
 客の不満は解消されず、問題は永遠に残る。
 これが、問い合わせ窓口の普通の姿だ。
 実は、Amazonへの問い合わせも同じような対応をされるのではと、あまり期待していなかった。
 通り一遍の解決策を紹介してくるか、担当窓口が違うとたらい回しにされるか、「それは難しいです」と解決をあきらめさせるような内容が返ってくるのではと思っていた。
 だが、予想に反して、対応レベルの高さに驚いた。


posted by 平野喜久 at 12:22| 愛知 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月08日

加計学園問題は、かつてのNHK番組改変問題と酷似

 いま、国会で騒がしい「加計学園問題」。
 問題の構図が、かつてのNHK番組改編疑惑とそっくりなことに気づく。
 NHK番組改編疑惑とは、次のような事例だった。

 2005年、NHK番組制作局の長井チーフプロデューサーが内部告発を行なった。
 内容は、「安倍氏と中川氏から上層部に圧力がかかり、番組の改変を強いられた」というもの。
 その番組というのは、民衆法廷である日本軍性奴隷制を裁く女性国際戦犯法廷を取り上げた番組。
 このイベント自体が強烈な政治的偏向意図を持った主催者によるプロパガンダで、慰安婦など日本軍の戦時犯罪の責任は昭和天皇および日本国家にあるというのが主張の趣旨だ。
 その番組は実際に放送され、その内容のひどさに一般の視聴者は驚いたが、それでも、内容の過激さを緩和するような改変が行われたものだったらしい。
 チーフプロデューサーは、内容改変させられたことを不満に思い、政治家の介入があったと内部告発をぶち上げたという次第。
 このプロデューサーは、記者会見まで開き、その場で涙まで流し、捨て身の姿勢でやむに已まれず内部告発に踏み切ったかのように語り、見る者の情に訴えようとした。

 例によって、この情報に最初に飛びついたのは、安倍つぶしが社是となっている朝日新聞。
 安倍氏と中川氏が政治的圧力で、番組の内容を無理やり変更させた、と報じた。
 これに対して、NHK側はそのような政治介入はなかったと主張。
 安倍氏と中川氏も当然ながら、そんなことはしていないと反論した。
 安倍氏がNHKと接触したのは、放送前日。
 放送前日には番組の改変は終わっており、安倍氏が会ったのはそのあとだった。
 中川氏に至っては、NHKと接触したのは、番組放送後だった。
 番組改変が行われたのは事実だが、それはNHK内部の事前チェックで、あまりにも偏向がひどい内容であることが分かったので、さすがにこのまま放送することはできず、反対の立場の意見も紹介し、少しでもバランスが取れるようにせよとの指示だった。
 放送法に則ったNHKの内部チェックがしっかり利いていたことが分かる。

 「安倍氏によって公正であるべき番組が改変させられた」というのは、いまの加計学園問題で、前川氏が「安倍総理によって公平公正であるべき行政がゆがめられた」というのと被る。
 どちらも、内部関係者による捨て身の告発という形をとっているのも、同じだ。
 そして、朝日新聞が騒ぎを煽っているのも同じ。

 ただ違うのは、前回は、NHKが朝日新聞と対立したこと。
 NHKとしても、簡単に政治介入を許すような体制になっていたと認めるわけにいかず、訴訟も辞さずとの強硬姿勢に出た。
 結局、朝日新聞が折れる形で、この騒動は収束する。

 プロデューサーの内部告発も番組放送から4年もたってからで、あまりにも不自然だった。
 それも、政治家の介入があったという勝手な推測を問題の根拠に置くというずさんなものだった。
 だが、彼としては、「安倍氏と中川氏にやられた」と言えば、朝日新聞が食いつくということは先刻承知だったのだ。
 彼の意図が何だったのかはよくわからない。
 番組改変を強制した上司への恨みか。
 さらにその上層部への意趣返しか。
 このあたりも、ますます今回の加計学園問題とそっくりな構図だ。
 

posted by 平野喜久 at 22:27| 愛知 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする