2019年06月07日

知財「下請けいじめ」

 読売新聞の報道による。
 公取委の調査によると、大企業が優位な立場を使って中小企業の知的財産を不当に吸い上げている実態が明らかになったという。
 製造業者3万社を対象に調査し、約半数から回答があったが、730件の問題事例が報告されたらしい。

・設計図やデータなど、契約にない知財やノウハウを無償で提供させられた・・・250件
・共同研究の成果が、相手に一方的に帰属する契約を強いられた・・・130件
・自社のノウハウが含まれる設計図などを一方的に低い価格で提供させられた・・・120件
・門外不出のノウハウや製造手法の開示を一方的に義務付けられた・・・110件
・特許などを出願する際に、相手の許可を得なければならない取引条件になっていた・・・100件

 中小企業が持つ特許は画期的な大発明であることはほとんどなく、多くは改良特許だ。
 改良特許とは、より効率が上がる製造法とか、より歩留まり率が高まる方法とか、従来の方法よりもより良い製造方法をいう。
 これは製造現場の日々の工夫と試行錯誤の積み重ねの中で獲得する技術で、中小企業の最も得意とするところでもある。
 このとっておきのノウハウを大企業に不当に吸い上げられてしまうケースが起きているという問題提起だ。

 これは、今に始まった話ではなく、昔からある日本の製造業の宿命みたいなものだ。
 中小企業は独自技術を自社1社で秘匿し続けることは不可能だ。
 それは、技術はあっても生産能力が不足しているからだ。

 その会社の特殊技術でしか作れない部品があったとしよう。
 その会社は、この部品の製造を独占できるので、同業他社に対して圧倒的な競争力を持つことになる。
 この部品の受注を一手に引き受け、好業績を維持できる。
 ここまでは、理想的なシナリオだ。
 だが、現実は中小企業1社に利益を独占させるほど甘くはない。

 取引先から見ると様子が変わってくる。
 この部品は特殊技術を持っているその会社にしか発注できない。
 月に100万個の部品が必要なのでその会社に発注したとしても、それだけの生産能力がないとどうなるか。
 月に50万個が限界ですということになると、取引先の生産計画は変わってしまう。
 つまり、取引先の生産計画は下請けの中小企業1社の生産能力に制約を受けてしまうことになる。
 下請け1社の生産能力に合わせて生産計画を立てていたら、必要量を確保できず、製品の市場投入がままならず、市場競争でライバルに後れをとることになる。
 こんなことが許されるはずがない。
 そこで、その下請けが持っている技術を同業他社にも使わせるようにして、同じ技術レベルで同じ部品を大量に作れる体制を確保しようとする。
 下請けが技術の提供を拒んだらどうなるか。
 その場合は、親会社内部で製品の市場投入が不可能との判断が行なわれ、その製品の開発を断念するか、その部品を使用しない設計変更をするか、どちらかになる。
 そうなれば、その下請けの独自技術を生かす場はなくなり、親会社としてはその会社と取引をすべき理由まで失う。
 下請けにとって技術の提供拒否は、そのまま取引の消滅に直結してしまうのだ。
 それで、気前よく技術を提供し、取引先にとって必要な会社との位置づけを獲得したほうが得策となる。
 こうして、独自技術やノウハウを無償提供するのが当たり前の状況ができあがる。

 本来なら、下請けの独自技術やノウハウを尊重し、その会社の生産力に不足がある場合は、技術やノウハウの使用契約を結んで有償で他社展開するという方法をとるべきだ。
 そのことで下請けの技術開発のモチベーションを維持し、結果として系列企業全体の技術力を向上させることができる。
 ところが、これは親会社の担当者としては煩わしい。
 技術使用契約を締結し・・・などという話になると上層部に諮り、経営トップの承認を得ないと話が進まなくなる。
 担当者レベルで処理したいと思えば、「なんとかお願いしますよ。その代わりお宅への発注はどこよりも優先しますから」という言葉で下請け社長を説得したほうが簡単だ。
 この口約束は、担当者が異動になるとうやむやになる。
   
 「うちにしかない独自技術を持とう」というのが中小企業の戦略としてよく言われることだが、独自技術を持ってしまうことはいいことばかりではない。
 
posted by 平野喜久 at 09:59| 愛知 ☁| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする