災害が起きたときのために作るものという認識では対応を間違ってしまう。
BCPを作るということは、いまの事業戦略がどうあるべきか、ということにまで検討が及ぶということなのだ。
このことをご理解いただくために、私のセミナーでは様々な事例を紹介しながら説明している。
今回は、新たな事例をご紹介しよう。
BCPでの事前対策として、「サプライヤーの複数化」ということがよく行われることだ。
重要な原材料を1社からしか仕入れていない場合、その1社から入らなくなったら、我が社は稼働できなくなってしまう。
そのためのリスク分散として、複数の業者から同じ原材料を仕入れるようにしよう、というのがサプライヤーの複数化だ。
さて、これをサプライヤーの側からみるとどういうことになるか。
従来は単独サプライヤーとして、取引の優位性が維持できていたが、取引先がサプライヤーを複数化してしまうと、我が社のライバルが登場するということになり、事業の優位性を失いかねない事態となる。
これはサプライヤーにとっては、ゆゆしき事態だ。
ある部品加工会社の事例。
ここは、大手企業の特定の部品加工を単独受注していた。
というのは、その部品は、通常の加工方法では不良の発生率があまりにも高く、歩留まりが非常に悪い。
受注業者は、簡単に納期遅れを起こし、無理に対応しても高コストを強いられることになる。
だが、その加工会社は、現場の試行錯誤により、不良率を劇的に減少させる技術を開発した。
それで、その部品加工だけは、その会社しか受注できない状況が続いていたのだ。
会社としては、その技術を特許申請しようかと検討したが、やめることにした。
というのは、特許申請するということは、その技術を公開することになり、それはライバルにヒントを与えることにもなりかねない。
それに、特許期間が過ぎたら、その技術は誰もが使い放題になる。
幸いにも、この技術はできあがった部品を見ただけでは、どのように作っているのかは分からないようになっている。
だったら、特許申請せず、我が社の秘匿技術として管理しようということになったのだ。
ある時、親会社から連絡があった。
親会社ではBCPに取り組んでおり、今回の役員会議で、すべての部品についてサプライヤーを複数化するという方針が決まったというのだ。
当然ながら、この特殊加工の部品も複数化の対象となる。
しかし、同じものを他社にやらせると、不良品だらけになってしまう。
そこで、親会社の担当者がこんなことを言ってきた。
「他社にも同じ部品を作らせたいので、不良のでない作り方を、ちょっと教えてあげてくれませんかね」
担当者は、簡単なことと思っていたのだろう。
特殊な加工といっても、特許技術を提供しろといっているわけでもなく、やり方をアドバイスするだけ。
親会社が頼めば簡単にやってもらえるとでも考えたのかもしれない。
これは、加工会社にとっては、とんでもない話だ。
この加工技術を開発するのに、どれほどの努力と時間とコストを費やしたことか。
それを簡単に他社に教えられるはずがない。
当然ながら、事情を説明してお断りする。
すると、担当者はこう言った。
「でも、サプライヤーの複数化は、うちの方針として決まっちゃったんですよ。
この部品加工の複数化ができないとなると、この部品を使っている製品を廃盤にするか、この部品を使わない仕様に設計変更するしかなくなります」
明らかに脅しだ。
加工会社に提示された選択肢は2つ。
1つは、親会社の言う通り、同業他社に技術ノウハウを提供して、同じように加工できるようにする。
1つは、提案を拒否し、親会社との取引終了を覚悟する。
同業他社に技術ノウハウを提供したらどうなるか。
とりあえず親会社との取引は継続できる。
だが、我が社の取引の優位性は失われる。
同業他社がシェア拡大を狙って値段競争を仕掛けてきたら、対抗手段はもはやない。
いま一番の稼ぎ頭を失うことになる。
親会社の提案を拒否したらどうなるか。
たぶん、親会社の心証を悪くし、長期的な取引の継続は危うくなる。
次の仕様変更のタイミングで、この部品は外されることになるだろう。
そこで、取引終了だ。
いずれの選択肢も、我が社にとって生き残れる道ではない。
そこで、加工会社は、3つ目の選択肢を逆提案することにした。
親会社がどうしてサプライヤーの複数化を行なうのかというと、重要部品のリスク分散をするためだ。
だったら、そのリスク分散を我が社の中で行なうことができれば、同じことではないか。
加工会社は、事業戦略を練った。
遠方の加工工場と提携し、そこでも同じ部品の加工を行う。
本社工場が停止した時には、遠方の工場から直ちに部品供給できる体制を構築。
我が社の中でリスク分散の対応をする計画をBCPに落とし込み、親会社に提示した。
担当者はびっくり。
でも、担当者の本音としては、何社にも同じ部品を発注し、それぞれ管理するのは面倒だったので、1社丸投げでリスク分散できるこの提案はありがたい話だった。
上層部に諮ったところ、これで我が社のリスク分散と同じ効果が見込めるとの判断になり、例外的に単独発注が認められることとなった。
この加工会社のBCPは、災害が起きたときどうするか、というところに目的はない。
現在のビジネスを守るためにどうしたらいいかというところに視点が置かれていることがお分かりいただけるだろう。
このように、BCPは単なる防災対策ではない。
現在の事業戦略のあり方を決める重要な取り組みなのだ。