2022年12月18日

菊澤研宗著『命令の不条理』:読後感

 菊澤研宗著『命令の不条理〜逆らう部下が組織を伸ばす〜』を読了。
 これは、2007年7月に光文社新書から『「命令違反」が組織を伸ばす』という書名で発刊されたが、今回、書名変更の上、中公文庫から新刊となった。
 菊澤氏の著作は、過去に何冊も読んでいた。
 彼の主張の特徴は、「組織の失敗は合理的な判断によってもたらされる」という点にある。
 これは、私たちの常識と違う。
 普通は、過去の失敗事例を見たときに、「リーダーが非合理的な判断をしたために失敗した」と解釈する。
 そして、リーダーのここがダメだった、ここが間違いだった、と論評する。
 ところが、菊澤氏は、「リーダーは合理的な判断をして失敗する」と解釈する。
 結果から過去を振り返ると、どうしてこんな非合理的な判断をしたんだろうと思ってしまうことも、との当時の当事者の立場に立ってみると、これが最善の策だと解釈して実行していたことがわかる。
 つまり、その時のリーダーが間抜けだったから失敗したのではなく、有能なリーダーであったのにもかかわらず失敗してしまったことが重要なのだ。
 私たちは、結果論から過去を断罪しがちだ。
 結果が分かってからなら何とでもいえる。
 しかし、ここからは、「リーダーは完全合理的であるべし」という教訓しか得られない。
 現実には、神のように完全合理的な判断ができる人間などこの世に存在しない。
 結果論による論評は、ありもしない理想像を求めてしまっていることになる。
 ここで、菊澤氏の「リーダーは合理的な判断をして失敗する」という主張には、考えさせられることが多い。
 
 さて、問題はここからだ。
 人は合理的な判断をして失敗してしまうとしたら、私たちは失敗しないためにはどうしたらいいのか。
 どんなに優秀な人でも失敗は避けられないのなら、あきらめるしかないのか。
 失敗を回避する方法が示されていない。
 菊澤理論への批判はここにあった。
 それに対する答えが本書『命令の不条理』だ。

 本書のテーマは、「部下の命令違反が組織を守る」という主張だ。
 またも逆説的な主張で、どういうことかと内容を読んでみたくなる。
 例によって、太平洋戦争の代表的な戦闘場面を取り上げ、検証を試みている。
 どうやら、命令違反にもいろんなタイプがあって、「よい命令違反」と「悪い命令違反」があるらしい。
 トップが間違った命令を出したとしても、部下がやむを得ず命令違反をすることで、組織を守ることができる。
 これが、よい命令違反。
 ペリリュー島での中川州男、ミッドウェー海戦での山口多聞のケースがこれにあたる。
 一方、トップが適切な命令を出しているのにもかかわらず、部下が勝手に命令違反をすることで、組織が崩壊する。
 これが、悪い命令違反。
 ノモンハン事件での辻政信、レイテ海戦での栗田健男のケースがこれにあたる。

 それぞれを、理論的な裏付けをもって緻密に分析している。
 どういう命令違反が「よい」になり、どういう命令違反が「悪い」になるのかが理論的に示されている。
 たしかに、菊澤氏の理論は筋が通っているし、欠陥は見当たらない。
 理論的にはその通りだと思う。
 だが、残念ながら、すっきりした納得感がない。
 自らの理論を過去事例に当てはめて、無理やり解釈しようとしているように見えるからだろうか。

 組織は合理的に失敗するということへの解決策が本書で示されているはずだが、これを読んでも、結局、私たちはどうしたらいいのかわからないままだ。

 
 

 


 
posted by 平野喜久 at 09:13| 愛知 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年12月16日

知られていない臨時情報の仕組み:南海トラフ巨大地震

 北海道・十勝沖後発地震注意情報の運用が始まった。
 想定震源域で中程度の地震が起きたときに、次の巨大地震の発生を注意するように呼び掛ける仕組みだ。
 南海トラフ地震でも同じような仕組みがあって、既に運用が始まっていることは、あまり知られていない。
 いや、運用が始まった時にマスコミでしきりに報道されたので、知らない人はいないはずだが、その後、話題にならないので、記憶が蒸発してしまっているのが実情だろう。

 かつては「東海地震警戒宣言」が出される仕組みがあった。
 東海地震は事前予知が可能であることを前提に、その時には総理大臣が警戒宣言を発出することになっていた。
 ところが、地震予知は不可能であることが分かってきたので、この仕組みは撤廃され、代わりに「南海トラフ地震臨時情報」が出される仕組みとなった。
 南海トラフ地震発生のリスクが高まったと判断されたときには、「警戒情報」か「注意情報」が発表される。
 「警戒情報」は、「リスクがかなり高まっているの警戒せよ」というメッセージ、「注意情報」は、「リスクが高まっているので注意せよ」というメッセージ。
 この情報が発表されたときには、各自治体はどのように対応するのかが求められる。
 いま、各自治体でその時の対応方法が作られ、住民に伝えられている。
 
 企業も同じように独自の対応が求められる。
 警戒情報が出たときにどうするか、注意情報の時にはどうするか。
 国や自治体は企業の面倒は見てくれない。
 BCPでは、地震発生後の行動を考えるのが通例だったが、これからは、臨時情報の発表があったときからの行動手順を準備する必要がある。
 
posted by 平野喜久 at 12:52| 愛知 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

後発地震注意情報の運用開始:北海道・三陸沖

 「北海道・三陸沖後発地震注意情報」の運用が本日正午から始まる。
 北海道から岩手県にかけての沖合にある「千島海溝」と「日本海溝」でマグニチュード7クラスの地震が起きた場合に、国がその後の巨大地震の発生に注意を呼びかける仕組みだ。
 情報が発表された場合、北海道から関東にかけての7道県182の市町村では、1週間程度は日常の生活を維持しつつ、揺れを感じたら直ちに避難できるよう備えておくことなどが求められる。
 
 千島海溝と日本海溝は、巨大地震の発生リスクが高まっている。
 日本の巨大地震というと、まず南海トラフと首都直下が取り上げられるが、千島海溝の地震リスクが見過ごされがちだ。
 それで、今回の注意情報の運用開始となった。

 これはどういう仕組みかというと、千島海溝と日本海溝の震源エリアのどこかでマグニチュード7程度の地震が起きたときに、続いて規模の大きい地震発生の可能性を知らせ、注意喚起するものだ。
 これは、過去の経験則から導き出された。
 東日本大震災は、2011年3月11日に起きたが、実はその2日前に、同じ場所でマグニチュード7程度の地震が起きていたのだ。
 後で振り返ると、これが巨大地震の前震だったのだということが分かるが、この時にはわからない。
 津波も起きず、揺れによる直接被害もほとんどなく終わってしまったために、次の巨大地震を警戒する人もなく、注意喚起の情報も発信されなかった。
 この時、次の巨大地震の可能性を少しでも意識した行動がとれていたら、被害を少しでも軽減できていたのではないかとの反省がある。
 このように、巨大地震の前に中程度の地震が起きるという現象は、過去に何度も記録されている。
 それで、想定震源域で中程度の地震が起きたときには、次の巨大地震発生の前震の可能性があることを国民に知らせようということになったわけだ。

 かつては、大きな地震が起きたときは、「今後1週間程度は余震の可能性があります」との呼びかけが行われていた。
 余震は、本震よりも一回り小さい規模の地震だ。
 この呼びかけが、「もうこれより大きい地震は起きない」という奇妙な安心感を与えてしまい、国民に誤った判断をさせることになる。
 2016年の熊本地震では、4月14日の地震発生後、余震への警戒が呼びかけられたが、2日後に最大震度7の地震が発生した。
 2回目の地震はとても余震と言えるものではなく、同程度の地震が2回連続したものだった。
 それで、最近は地震が発生した時は、「今後1週間は、同程度かそれ以上の地震が起きる可能性があります」という言い方に変更されるようになった。

 後発地震注意情報は、当たる可能性は低い。
 中程度の地震が必ず次の巨大地震の引き金になるとは限らないからだ。
 むしろ、次の巨大地震につながらない可能性の方が圧倒的に高い。
 確実性の低い情報を流すことで、不必要に国民に不安を与えることになるのではという意見もある。
 だが、巨大地震のリスクが高まっているのが分かっていながら、そのことを国民に隠しておくということがあっていいのか、という意見が強い。
 それで、リスクが高まっていることをありのままに国民に伝え、それをどう判断しどう行動するかは、国民自身にゆだねようということになったわけだ。
posted by 平野喜久 at 12:15| 愛知 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする