これは、2007年7月に光文社新書から『「命令違反」が組織を伸ばす』という書名で発刊されたが、今回、書名変更の上、中公文庫から新刊となった。
菊澤氏の著作は、過去に何冊も読んでいた。
彼の主張の特徴は、「組織の失敗は合理的な判断によってもたらされる」という点にある。
これは、私たちの常識と違う。
普通は、過去の失敗事例を見たときに、「リーダーが非合理的な判断をしたために失敗した」と解釈する。
そして、リーダーのここがダメだった、ここが間違いだった、と論評する。
ところが、菊澤氏は、「リーダーは合理的な判断をして失敗する」と解釈する。
結果から過去を振り返ると、どうしてこんな非合理的な判断をしたんだろうと思ってしまうことも、との当時の当事者の立場に立ってみると、これが最善の策だと解釈して実行していたことがわかる。
つまり、その時のリーダーが間抜けだったから失敗したのではなく、有能なリーダーであったのにもかかわらず失敗してしまったことが重要なのだ。
私たちは、結果論から過去を断罪しがちだ。
結果が分かってからなら何とでもいえる。
しかし、ここからは、「リーダーは完全合理的であるべし」という教訓しか得られない。
現実には、神のように完全合理的な判断ができる人間などこの世に存在しない。
結果論による論評は、ありもしない理想像を求めてしまっていることになる。
ここで、菊澤氏の「リーダーは合理的な判断をして失敗する」という主張には、考えさせられることが多い。
さて、問題はここからだ。
人は合理的な判断をして失敗してしまうとしたら、私たちは失敗しないためにはどうしたらいいのか。
どんなに優秀な人でも失敗は避けられないのなら、あきらめるしかないのか。
失敗を回避する方法が示されていない。
菊澤理論への批判はここにあった。
それに対する答えが本書『命令の不条理』だ。
本書のテーマは、「部下の命令違反が組織を守る」という主張だ。
またも逆説的な主張で、どういうことかと内容を読んでみたくなる。
例によって、太平洋戦争の代表的な戦闘場面を取り上げ、検証を試みている。
どうやら、命令違反にもいろんなタイプがあって、「よい命令違反」と「悪い命令違反」があるらしい。
トップが間違った命令を出したとしても、部下がやむを得ず命令違反をすることで、組織を守ることができる。
これが、よい命令違反。
ペリリュー島での中川州男、ミッドウェー海戦での山口多聞のケースがこれにあたる。
一方、トップが適切な命令を出しているのにもかかわらず、部下が勝手に命令違反をすることで、組織が崩壊する。
これが、悪い命令違反。
ノモンハン事件での辻政信、レイテ海戦での栗田健男のケースがこれにあたる。
それぞれを、理論的な裏付けをもって緻密に分析している。
どういう命令違反が「よい」になり、どういう命令違反が「悪い」になるのかが理論的に示されている。
たしかに、菊澤氏の理論は筋が通っているし、欠陥は見当たらない。
理論的にはその通りだと思う。
だが、残念ながら、すっきりした納得感がない。
自らの理論を過去事例に当てはめて、無理やり解釈しようとしているように見えるからだろうか。
組織は合理的に失敗するということへの解決策が本書で示されているはずだが、これを読んでも、結局、私たちはどうしたらいいのかわからないままだ。