2008年12月10日

内定取り消しに100万円:これは妥当か?

 日本綜合地所、内定を取り消した学生53人に対し1人あたり100万円を支払うことを決定した。
 内定取り消しが相次ぐ中、社会的批判に配慮した結果だろう。
 問題を金で解決するという姿勢は、違和感が強い。
 しかし、誠意を見せるという意味では、これしか方法がなかったのかもしれない。

 不思議なのは、学生側の態度だ。
 マスコミの取材に対して、学生らは会社の姿勢に不満を漏らしていた。
 何が不満なのかというと、
 「100万円の金額の中に、学費は含まれているけれど、
生活費の方は保証しないという発言があった」ことだそうだ。
 どうやら、内定を取り消されたことで、もう1年間を学生として暮らし、来年に新卒として就職活動をするつもりらしい。
 そのための学費と生活費を会社側に要求しているらしいのだ。
 これでは、相手の弱みに付け込んで、要求金額を吊り上げる、やくざのたかりと同じだ。

 本当に、会社側に、就職もしていない学生らの生活保障をする必要があるのか。

 交渉にあたった学生らは、立派なスーツとコートを身につけていた。
 たぶん、親が買い与えたものだろう。
 学生の一人は、こんなことも言っていた。
 「両親の気持ちを、期待を裏切ると言ったら変ですけど、迷惑をかけちゃったなというのが第一で。」
 まったく自立できていないのが分かる。
 こんな「おこちゃま」を甘やかす必要はあるのか。
 
 内定を突然取り消されたことは同情するが、そんな業績不振な会社に就職せずに済んだだけでも、ラッキーと思うべきところだ。
 そんな会社に無理に入社しても、先は知れている。
 行く先は、リストラか、会社の倒産。
 それに比べれば、内定の段階で方向転換できるだけでも恵まれている。
 内定取り消しの会社に掛け合って、補償金の増額を要求しているひまがあったら、ほかの就職先を探すのが先決だろう。
 簡単にほかの就職先が見つからなかったとしても、それは、経済情勢と本人の能力によるものであり、そこまで会社側の責任にすべきかどうか。

 今の情勢下で、不動産会社を就職先に選ぶということは、このようなリスクを先刻承知の上ではなかったのか。
 まったく思いもよらなかったとしたら、その不見識のほうが問題だ。

 そもそも、会社に面倒を見てもらうという発想そのものが間違いではないのか。
 自分の人生を会社に任せすぎだ。
 昔の終身雇用の時代ならともかく、今の時代に、会社に頼ろうとする学生の発想がいかにも甘い。

 もっと、考えの甘い市長がいた。
 京都府京田辺市の石井明三市長は8日の市議会で、就職の内定取り消しなど雇用環境の悪化を踏まえ、来春卒業予定の大学生らを対象に市職員を追加募集することを明らかにした。
 地方行政の財政難で、コストカットが至上命題の折、何をやっているのか。
 内定取り消しの学生が気の毒なら、ほかの支援をすべきであって、市の職員に抱え込んでしまうのは、全くの筋違い。
 公務員として採用すると、一時の救済に終わらず、その先、その人員を定年まで抱え込むことになる。
 長期的な財政負担は大きい。
 必要以上の職員を採用し、結局、人を余らせて財政を悪化させるという最悪の判断というべき。


 
posted by 平野喜久 at 00:02| 愛知 霧| Comment(2) | TrackBack(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ニュースを聞いて、まったく同じ感想を持ちました。
Posted by み at 2008年12月10日 09:13
予想された通りに?日本綜合地所が倒産しましたね。
融資を切られて、誠意のつもりが負債増やしただけとは。
Posted by かわかみ at 2009年02月06日 17:45
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