2010年05月04日

運の善し悪しで格差はどんどん開く:逆正弦の法則

 逆正弦の法則。
 運の善し悪しで格差はどんどん開くことを数学的に証明した定理だ。
 
 いま日本は格差社会だと言われる。
 富める者はますます富み、貧しい者はますます貧しさの中に沈んでいく。
 一度、落ちてしまうと、なかなか這いあがれない社会。
 格差が固定化してしまって、それが次世代にも連鎖していく。

 自由競争の世の中になったために、能力の有無によって、この格差が広がってきたと一般に思われている。
 自分に自信のある人は実力がものをいう社会を歓迎し、貧困層は本人の努力や能力が足りないせいだと突き放される。
 
 さて、ここでは日本が本当に格差社会なのかどうかを論じない。
 
 ここで問題にするのは、能力だけがものをいう社会だったら、格差が広がるのかということだ。
 一般社会に能力の高い人がいれば、低い人もいる。
 これは当たり前のことだ。
 だが、能力が高い人と低い人とに二極分化してしまうということがあるだろうか。
 普通、学力テストの結果を得点別に人数分布をグラフ表示すると、平均点付近が一番人数が多く、左右に行くほどなだらかに下がっていく富士山型を示す。
 得点の高い人から低い人に広く分散しているのが分かる。
 しかし、一番人数が多いのは中間層だ。
 どんな能力試験をしても同じようになる。
 高得点と低得点に二極分化することは特別な事情がない限りあり得ない。
 これが、人の能力というものだ。
 本当に世の中が完全に能力次第だとしたら、所得の格差もこの程度だということになる。

 さて、世の中の所得格差に運の善し悪しが影響しているとしたらどうだろうか。
 そこで、今度は、運だけが支配する世の中を想定してみる。
 コイントスをして表が出たら1万円をもらう。
 裏が出たら1万円を払う。
 これをみんなが繰り返したら、どんな世の中が出現するだろうか。

 表が出るか裏が出るかは1/2の確率だ。
 それはみんな同じだから、ある意味これほど公平なシステムはない。
 一見、この公平なシステムを実行すれば、公平な世の中が実現しそうに見える。
 そこそこ儲かったりそこそこ損をしたりを繰り返しながら、みんなが同じような結果になるのではないか、と思ってしまう。
 だが、結果は大違いなのだ。

 結論から言う。
 この完全に運任せの世の中では、格差が極端に開いてしまうのである。
 グラフで表すと、富士山型ではなく、両端が極端に高く中間が低い「バスタブ型」になる。
gyakuseigen.jpg
 横軸は、ゲーム中、その人の収支がプラスになっている割合を表す。
 つまり、一番右端は、ゲーム中ずっとプラスだったことを表し、一番左端は、ゲーム中ずっとマイナスだったこと。
 中間は、プラスだったりマイナスだったりが半々だったということだ。
 縦軸はそれぞれの人数の多さを表している。
 これを見ると、両端が極端に高く、中間が低くなっているのが分かる。
(なぜ、こんな結果が出るのかについての解説は省略)

 まさに富める者はますます富み、貧しきものはますます貧しくなる世の中だ。
 一度、富裕層に上昇した人は、少々運の悪いことがあってもマイナスに転落することはめったにない。
 逆に、一度、貧困の底に沈んでしまうと、少しばかり幸運が続いても、2度と這いあがれなくなってしまう。
 これで格差がどんどん開いていってしまうのである。

 これは、完全運任せというゲームの世界の話だが、現実社会にこれと同じような現象が見られる。
 運の良し悪しによって、結果に大きな違いが出てしまうとしたら、これは恐ろしいことだ。

 私たちは、結果を見てその人物の能力を評価してしまう。
 しかし、もっと私たちは謙虚になったほうがいい。
 勝っておごらず負けて腐らず、とはよく言ったものだ。


 

  
 
 
 
posted by 平野喜久 at 15:22| 🌁| Comment(1) | TrackBack(0) | リスクマネジメント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
非常に面白いトピックでしたので、思わずコメントします。

本当にその通りだと思います。
これが現実に起きていると思わずにはいられません。

だからこそ、「もっと私たちは謙虚になったほうがいい。勝っておごらず負けて腐らず」は大切だと思いました。
Posted by 通りすがり at 2018年03月23日 12:03
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