2010年10月06日

出版業界を守るための電子化はいらない:日本の電子書籍

 電子書籍化の流れについて雑感。
 
 既にアメリカでは、電子書籍は当たり前に流通しているようだ。
 アマゾンでは、販売部数はとっくに印刷書籍を上回っているのだそうだ。
 iPadの参入で、この流れはさらに勢いづいている。
 今度のブームは本物だ。
 
 それに比べて、日本の電子化の遅いこと。
 iPadは発売されたものの、まともなコンテンツが提供されていない。
 仕方なく利用者が印刷書籍を裁断してスキャナで電子化している状態。
 アマゾンのキンドルも日本対応になったものの、日本語コンテンツが存在しない。
 実に歯がゆい。

 電子化の流れは進んでいないわけではない。
 出版社、取次、書店、印刷会社。
 それぞれが、いずれ訪れる電子書籍化の流れを見越して対応を急いでいる。
 ところが、それぞれが主導権を握ろうと独自の思惑で取り組むために、現在、どのような流れになっているのか、見当がつかない。
 人によっていうことが違う。
 
 一番の問題は、現在の出版業界の人たちが電子化の流れを考えていることだ。
 すると、どうなるか。
 いまの出版業界をそっくり電子の世界に置き換えるようなことしか考えなくなってしまう。
 というのは、自らの領域を狭めるようなシステムを作るはずがないからだ。
 本当は、電子化で劇的な流通の効率化が図れるはずが、従来と何も変わらない、ということが起きかねない。
 国会議員に議員数の半減や歳費の減額を実行できないのと同じように、出版業界の人間に出版業界の改革は無理だ。
 日本で書籍の電子化が始まっても、従来の印刷書籍が電子機器で読めるようになっただけではまったく意味がない。
 
 電子書籍は、従来の印刷書籍とはまったく別の媒体であるはず。
 まったく違うシステムを作らなければ、多様なコンテンツも生まれない。
 

 電子化の流れの中で革命的に起きそうなのが、著者と読者が直接つながること。
 著者自身が出版元になって電子書籍を出す。
 読者はできたての書籍を瞬時にダウンロードして読める。
 著者や読者の反応を直に確かめることができ、その反応を内容に反映させることができる。
 そこには、従来の出版とはまったく違った世界が展開する。
 書籍の概念も様変わりだ。



 アメリカで、アマゾンやアップルが電子書籍の主導権を握って推進しているのは、非常に好ましい。
 従来型の出版業界の会社ではないからこそすばらしい。
 もしも従来型の出版社や印刷会社や書店が主導権を握っていたら、今の日本のように、議論ばかりで少しも先に進まない状態になっていたに違いない。
 アマゾンは、電子化に向けて早くから取り組んでいた。
 一番すばらしいのは、どこにも頼らずに独自に展開を進めてきたことだ。
 読書端末キンドルを独自に開発して販売。
 電子書籍は、仕入値よりも安い価格で販売し、市場確率を目指した。
 みずからリスクをとって未開市場に乗り出す姿は好印象である。
 日本では、関係者が推進協議会のような団体をいくつか作ってみんなで利益を守りながらやっていこうとしている。
 いかにも日本らしい。
 みんなでやろうとすると、かならず頓挫する。
 電子化を進めようとしているのか、電子化に抵抗しているのかわからない。

 日本の電子書籍化も、是非、アマゾン、アップルの主導で進んでほしい。
 アメリカの会社に日本市場を独占されるのは悔しいが、しかたがない。
 日本の大手出版社や大手印刷会社が主導権を握って保守的な仕様を作ってしまう事態が起きたら、電子書籍の普及は更に遅れる。

 アメリカになくて日本にあるもの。
 それは、再販制度である。
 再販制度とは、書籍の販売価格を出版社の定めた価格で販売することを強制することができる制度だ。
 独占禁止法の特例として認められている。
 「価格競争を避け、出版文化を維持する」ことが目的となっているが、実質、業界擁護の法律だ。
 こんな甘ったれた業界に、革新的な電子化革命を実行できるわけがない。


 何のための電子化か。
 読者と著者のためであってもらいたい。
 決して、出版業界の利益を守るための電子化になってもらいたくない。






  

 
posted by 平野喜久 at 19:05| 愛知 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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