「社長にもしものことがあったら大変だから」
こう言われると、心配になって契約書に判を押したくなる。
保険はリスクを外部に移転する装置である。
では、どんなリスクを移転しているのか。
会社が社長に生命保険をかけるのは、死亡時に保険金を受け取るためだ。
ということは、社長が死亡すると、会社としては多額の資金が必要になるというリスクが存在することになる。
はたして、どういう資金が必要ななるのかというと、保険屋の説明だとこうなる。
1.1年以内に返済の必要な借入金(の2倍)相当額の資金
2.半年間の運転資金
3.社長の死亡退職金
モデルケースの試算では、総額2億円という数字が出ていたりする。
1は、社長の死亡によって、金融機関が資金の引き上げを始めるかもしれないから、というのが理由だ。
受け取った保険金は益金算入され、借入金の返済は経費処理できないので、納税資金も確保するために、念のために返済額の2倍を用意する。
2は、社長死亡によって、取引先の業務取引が減少したり、従業員の退職が続くと、運転資金の不足が生じるかもしれない、というのが理由だ。
3は、社長の遺族が安心して暮らせる保障がいる、というのが理由だ。
さて、ここで、変だと気づく人もいるはず。
社長死亡によって、信用が低下し、金融機関の貸しはがしや業務取引の減少が起きるということは、充分ありうることだ。
しかし、それは、信用が低下した結果であって、社長死亡は、そのきっかけにすぎない。
社長が死亡しなくても、別の事件で会社の信用が失墜すれば、同じ現象が起きる。
このリスクには生命保険では対処できない。
たしかに、社長の信用が、そのまま会社の信用のすべてというケースもよくある。
その場合は、社長が死亡しなくても、脳溢血で倒れ業務復帰が難しくなっただけでも、同じ現象が起きてしまうだろう。
この場合も、死亡保険金は利用できない。
手を打たなければいけないのは、会社の信用失墜を避けることであり、社長死亡時の保険をかけることではない。
まず、すべきは、後継者を育て、社長がいなくても会社運営ができるだけの体制を作っておくことだろう。
これができていれば、社長にもしものことがあったとしても、金融機関が資金を引き上げることもないし、取引先や従業員が離れることもない。
これこそが、リスクマネジメントというものだ。
社長が死亡しても会社の信用に影響しないように対策が取れているのなら、もう1と2のリスクは存在しない。
残るは、3のリスク。
遺族のリスクは確かに存在するが、これは、会社のリスクではない。
(事業承継対策、相続税対策で生命保険を利用する方法があるが、これについては、別の機会に)
こうなると、リスクは存在しなくなってしまう。
いったい保険でどんなリスクを移転しようというのだろう
保険屋は、都合のいい状況設定で、まずリスクを作り出す。
そして、すべてのリスクを、保険で対応しようとする。
保険で対応できないものは、無視するか投げ出す。
そのために、リスク対策が対策になっていないのだ。
保険は、リスク対策の中でも、最終段階の手段だということを認識しなければいけない。
(このブログで、「保険屋」とは、契約者の利益を考えず、保険を売りつけて自分が稼ぐことしか眼中にないような保険営業員、保険代理店、保険ブローカーを軽蔑して表現したもの。すべての保険関係者を軽蔑したものではないので、念のため)