2013年03月25日

一票の格差はそんなに深刻な問題か

 一票の格差問題で、また新たな判決が出た。
 広島高裁。
 広島1区・2区の選挙を違憲としたうえで、選挙を無効とする判決を言い渡した。
 選挙のやり直しを求める司法判断は初めて。
 原告の弁護士グループは、画期的な判決と大喜びだ。

 この一票の格差裁判は、各地で起こされていて、16カ所にも上るという。
 3月中に続々と判決が出て、そのたびにニュースになる。
 16カ所も裁判を起こせば、中には少々踏み込んだ判決を出す裁判官も出てくる。
 それを捉えて、弁護士グループは「画期的な判決」と声を上げる。
 今回は、選挙の無効を宣言した判決で、弁護士グループとしては飛び上がらんばかりの喜びようだ。
 ようやく当たりくじを引き当てた感じだ。

 だが、彼ら弁護士グループの喜びように比べて、私たち国民の冷めた気持ちは何だろうか。
 弁護士グループは、なぜ、一票の格差にこれほどこだわり、違憲判決に執念を燃やすのだろう。
 これが分からない。
 
 一票の格差は、国民が是正を訴えているのか。
 国民から是正を望む声が上がっているのに、国会議員がそれを無視し続け、行動を起こさないことに業を煮やして、弁護士グループは立ち上がったのか。
 とてもそうは見えない。
 一票の格差を重大な問題として不満に思っている国民がどれだけいるのだろう。
 国民の不満は、もっと別のところにありはしないか。

 一票の格差は憲法違反だという。
 しかし、憲法に「一票の格差があってはならない」ということが記述されているわけではない。
 第14条に「法の下の平等」が規定されているが、この条項に違反すると訴えているのだ。
 ここに「選挙における平等とは何か」、という解釈が加わっている。
 一票の格差は一番分かりやすい平等の基準ではあるが、あくまでも評価基準の1つに過ぎないのではないか。
 
 たとえば、地方では、実質的な候補者が2名しかいないという選挙区がある。
 すると、帯に短したすきに長しで、選びたい候補者がいない、ということが簡単に起きる。
 貴重な一票を行使したいと思っても、行使できないのだ。
 一方、人口の多い都会では、いろんな候補者が大量に立候補する。
 選択の幅は格段に大きい。
 選択の幅が大きければ、本当に自分の支持したい候補者を見つける可能性は高くなる。
 生きた一票が行使されることになる。
 こう考えると、一票の格差よりも、選択の幅が乏しく本当の民意が反映されないことの方が遙かに問題なのではないか。

 更に、完全に人口に比例した定数配分にするということは、都会の議員を増やし、地方の議員を減らすということだ。
 本当にこれでいいのか。
 単純に人口比例にすることは形式上の平等ではあるが、それは、地方軽視という別の不平等を生むのではないか。

 一票の格差を問題にする人々が弁護士グループだというのも、不思議なことだ。
 かつては、全国紙に派手な全面広告を打って、国民審査で一票の格差に理解を示さない裁判官に×印をつけよう、と呼びかけていた。
 この執念深さ。
 いったい、彼らの活動資金はどこから出ているのか。
 実に、気味が悪い。

 彼らは、何を求めているのだろう。
 本当に国民の平等を求めているのか。
 それとも、単に体制や権威を揺さぶることに快感を覚えているだけなのか。
 
 今回の選挙無効判決を受けて、原告団の中のひとりは報道インタビューでこう答えていた。
「身震いするような感激です」
 画期的な判決に、相当な快感を味わったようだ。


posted by 平野喜久 at 19:45| 愛知 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
彼らは一票の格差に性的な興奮を覚えているんだと思いますよ。
5.0や6.0だと特に平常時の大きさですが、これが3.4、2.9と3を割ったあたりからガッチガチになってます。インタビューに答えているときの弁護士のズボンにもっと注目してください。パンパンです


原告団の中のひとりは報道インタビューでこう答えていた。
「身震いするような感激です」
このときにはもう、果ててました。
LGBTの権利が叫ばれる昨今、こういった性的マイノリティへの接し方を考えるときなのかもしれませんね。

私はほっときますけど
Posted by at 2016年11月09日 08:28
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