2013年05月22日

「ケーススタディ『八甲田山死の彷徨』」:リーダーシップ研修

 キンドル版電子ブック第2弾「ケーススタディ『八甲田山死の彷徨』」。
 販売開始、約2週間が経過した。
 販売実績レポートを見ると、日に日にカウント数が増えていく。
 順調な滑り出し。
 やはり、アマゾンの販促効果は大きい。
 このコンテンツは、古くなる題材ではないので、一時のベストセラーよりも、末永く利用されるロングセラーを目指したい。
 ロングセラーを目指せるのも、コスト負担のない電子ブックの強みだろう。

 このケーススタディの最大の特徴は、後知恵の講釈を排除したこと。
 八甲田山遭難事件については、いままでも社員研修のテーマとして取り上げられることがあった。
 ところが、この事件を取り上げるときに陥ってしまいがちな罠がある。
 それは、結果のすべてを知っている神の視点から当時の人びとの言動を評価してしまうことだ。
 たとえば、成功したリーダーは、「あれがよかった」「ここが優れていた」と、あらゆる言動がプラス評価される。
 一方、失敗したリーダーは、「あれがダメだった」「ここが間違っていた」と、あらゆる言動がマイナス評価だ。
 結果を知っている立場から過去を振り返れば、簡単に評価を下すことができる。
 これで、事例研究ができたつもりでいる人が多い。
 安直な研修講師が陥りがちな罠だ。

 だが、問題と答えを確認するだけの受験勉強のようなやり方では、本当の教訓は得られないだろう。
 なぜなら、事例に登場する人物たちを神の視点から見下ろすことになるので、すべて他人事のように見えてしまうからだ。
 だから、どんな失敗事例を見せられても、「バカな奴がいたもんだなぁ」という感想を持つだけで終わってしまう。
 これでは、本当の教訓を学ぶことはできない。

 成功事例を検証する場合は、次の点に注意しなければいけない。
1.どの時点の何が良かったのか
2.どうしてその正しい判断をすることができたのか
3.たまたま好条件が重なって失敗しなかっただけではないのか

 失敗事例を検証する場合は、次の点に注意しなければいけない。
1.どの時点で何がまちがっていたのか
2.間違わないためにはどう判断すれば良かったのか
3.その時、正しい意思決定ができる状態だったのか

 このような検証をすると、従来、単純に「これが間違い」「これが正解」と決めつけていたことが、必ずしもそうではないことに気づかされる。

 この八甲田山事件をリーダーシップの研修教材として扱うとき、後知恵による解説がいかに多いことか。
 私たちが神のような完璧な人間ではないのと同じように、当時の人びとも、不完全な人間だった。
 過去の事例を検証するときは、このとこに配慮しなければいけないだろう。
 「私たちが、当時の人びとと同じ立場に置かれていたら、正しく判断し、正しく行動できたか」
 ここに焦点を当てて検証しなければ、過去のせっかくの教訓が、教訓として活かされない。

 このケーススタディでは、この後知恵の講釈を排除することを第1とした。
 だから、今までによくある評論とはまったく違う内容になっている。
 山田少佐は必ずしも間違ってばかりではないし、神田大尉も無能な指揮官ではなかった。
 むしろ、私たちが同じ立場に置かれていたら、彼らと同じ行動を取っていたかもしれない。
 読者は、至る所で新たな発見と気づきを得ることになるだろう。

 八甲田山遭難事件が、100年前の軍隊という別世界の話ではなく、私たちの身近に起こり得る話として実感されたとしたら、このケーススタディの目的は達成されたことになる。

 
posted by 平野喜久 at 08:26| 愛知 | Comment(0) | TrackBack(0) | 電子書籍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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