2016年02月24日

原発事故3日後にはメルトダウンを判断できた

NHKの報道による。
 福島第一原発のメルトダウンは、事故発生から3日後には判断できたことが明らかになった。
 福島第一原発の事故では1号機から3号機までの3基で原子炉の核燃料が溶け落ちるメルトダウン(炉心溶融)が起きた。
 だが、東京電力はメルトダウンとは明言せず、正式に認めたのは発生から2か月後の5月だった。
 これについて東京電力はこれまで、「メルトダウンを判断する根拠がなかった」と説明していたが、実際には、その根拠は十分確認されていたというのだ。
 東電社内のマニュアルには炉心損傷割合が5%を超えていれば炉心溶融と判定すると明記されていた。
 実際、事故発生から3日後の3月14日の朝にはセンサーが回復した結果、1号機で燃料損傷の割合が55%に達しており、この時点でメルトダウンが起きたと判断できたことになる。
 当時の東電社内では、「炉心溶融」という言葉を使わないようにしようという雰囲気があったという。
 1号機については、水位が燃料の半分ほどしかなかったため、上半分は燃料が完全に溶けているだろうと思われていた。
 ところが、騒動が大きくなることを恐れて、広報の場面では炉心溶融という言葉を使わないようにしていたのだ。

 福島原発事故では、当初から炉心溶融のうわさが絶えなかった。
 政府の官房長官は、「ただちに健康に被害はない」を繰り返し続けた。
 東電もメルトダウンを否定し続けた。
 保安院の報道担当者の中に「炉心溶融」を口走った人がいたが、すぐに交代させられ、不審がられていた。
 いま思うと、炉心溶融が分かっていながら、必死にそれを隠し続けていたのだ。
 このせいで、国民には正確な情報が提供されず、地域住民に的確な避難指示が出せなかった。
 SPEEDIによる放射性物質の拡散データも隠され続けたため、住民は間違った方向に避難してしまっていた。
 パニックになることを恐れたことによる情報隠蔽がいかに間違いであるかが分かる。





 
posted by 平野喜久 at 19:29| 愛知 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | リスクマネジメント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック