注目の裁判に判決が出た。
東日本大震災の津波で児童74人と教職員10人が死亡・行方不明となった宮城県石巻市立大川小学校を巡り、児童23人の遺族が市と県を相手取り23億円の損害賠償を求めた訴訟。
仙台地裁は26日、市と県に約14億円の支払いを命じた。
裁判では、津波の襲来が予見できたかどうかが争われた。
学校側(県、市)は、もともとハザードマップでは大川小は津波浸水エリアに含まれていなかったことをもって、予見不可能を主張した。
だが、裁判所は、それでも今回の津波は予見可能であったとの判断を下した。
地震発生直後、大川小では児童らを校庭に並ばせ待機させていた。
その後、避難行動を開始するが、それまで50分間を無駄に過ごしてしまった。
この間、ラジオではしきりに津波の襲来を呼び掛けていた。
地域の広報車が津波非難を呼び掛けていた。
保護者の何人かは学校に直接子どもを迎えに来ていたが、その時、異口同音に津波の襲来を警告していた。
生き残った児童の証言によると、学校にやってきた保護者が、声高に迅速な避難を学校側に呼び掛けていたが、教員の方は、「まぁ、まぁ、落ち着いてください」と一生懸命になだめていたという。
児童の中にも騒ぎ出すものがおり、教員はそれを落ち着かせることに専心していたらしい。
生存者の証言の中には、「裏山に勝手に逃げ出す児童を教師が連れ戻して校庭に並ばせた」というものがあったという報道もある。
50分経過後、念のためにもう少し高台の方に移動しようということになって、児童らは行列を作って移動開始。
向かった先は校庭よりも高台だったが、川岸の方向だった。
川をさかのぼってきた津波が上流であふれ、高台の方から流れ下ってきた。
その流れに児童らと引率の教員らが飲み込まれたらしい。
中には、行列から離れ、とっさに近くの小山に駆け上がった児童もおり、彼らだけが助かったという。
難を逃れたのは、児童4人と、教員1人だ。
今回の判決は、学校側に非常に厳しいものとなった。
「ハザードマップでは浸水エリアではなかったから」「千年に一度の未曽有の大災害だったから」という言い訳が通用しないことをはっきりさせた判決でもある。
よく、このような津波訴訟を見て、「こんな裁判を起こしたって、亡き子は戻ってこないんだから、無駄だろう」という人がいる。
それは違う。
訴えた遺族らの気持ちは、賠償金がほしいわけでもないし、裁判で憂さ晴らしをしようとしているわけでもない。
「地震なんだから仕方ないよね」で終わってほしくない、という思いがある。
大川小の尊い犠牲を無駄にしないためにも、今後の教訓につなげなくてはいけない。
それをはっきりさせるために、裁判に訴えているのだ。
私たちは、この事例を貴重な教訓として受け継いでいかなくてはならないだろう。
2016年10月26日
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