2016年10月27日

遺族の疑問は解消していない:大川小津波訴訟

 大川小の津波訴訟。
 14億円の賠償命令が出された。
 地震直後に適切な情報収集を怠ったこと、津波の襲来を知ってからの避難行動が不適切だったことにより、学校側の責任が厳しく判断された。
 遺族側は勝訴したが、これでもまだ納得できるところまでいっていないだろう。
 「なぜ?」という疑問が解消されていないからだ。

 なぜ、50分間も何もせずに校庭で待機していたのか。
 なぜ、裏山に逃げようとする児童を引き戻したのか。
 なぜ、川岸の方向に避難しようとしたのか。

 大川小周辺にもいろんな小中学校がある。
 大川中、橋浦小、北上中、吉浜小。
 これらの学校の生徒児童は適切に避難し、犠牲者はゼロだ。
(在校生の中に犠牲者のいる学校もあるが、いずれも帰宅後に津波に襲われたケースばかりだ)
 大川小の犠牲だけが際立っている。
 だから、その理由をみんなが知りたがっているのだ。

 学校側の行なった検証も遺族を納得させるものではなかった。
 検証委員会を立ち上げて調査もしたが、学校側の免責を主張するための調査になっていて、まったく客観的な検証になっていない。
 裏山に登ろうとしていた児童を引き戻したという話については、事実確認ができないとして、検証報告書からは外された。
 そのかわり、裏山は崩壊の危険があるという地元民の指摘があったとか、川岸への移動は地元住民の先導で行われたとかいうあいまいな証言を採用して検証結果に盛り込んでいる。
 ただ、学校側に非がないことをでっちあげるための検証だった。
 これに遺族が怒って、訴訟を起こしたのだ。
 実態はどうだったのか、ということを解明してほしい。
 どうして、こんなことになったのかを明らかにしてほしい。
 遺族の思いはここにある。

 一番の問題は、唯一生き残った教員が、何の証言も残していないことだ。
 教師になりたての新米教員だ。
 過去に1度だけ、遺族への説明会に顔を出したことがあったらしいが、その後は姿を見せていないという。
 今回の裁判でも証言を拒否した。
 学校側から止められているのかもしれない。
 この教員自身も、PTSDを患い、思い出すのもつらい日々を送っているのに違いない。
 当時の状況を唯一正確に伝えられる人物だけに、彼に課せられた責任は重い。
 犠牲になった児童らのためにも、そして、後世に残すべき教訓のためにも、勇気ある証言を期待したい。




 
 
 
posted by 平野喜久 at 09:50| 愛知 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | リスクマネジメント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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