8人もの若い命を失う重大な結果を招いた栃木県那須町の雪崩事故。
この事故の論点は2つ。
1つは、なぜ雪崩発生のリスクがあるのに雪山訓練を決行したのか。
もう1つは、なぜ事故発生の通報が遅れたのか。
登山講習会責任者が会見を開いた。
訓練決行の理由については、「絶対安全との認識があったため」と発言した。
前日の報道で雪崩発生の可能性を認識していたが、雪崩の発生しそうな場所は分かっているので、そこを避ければ安全であると判断したようだ。
「100%か」と問われ、「100%だ」と答えていた。
世の中に「絶対」とか「100%」などということはめったにあるものではないが、この責任者は安易にこの言葉を使う。
すべての間違いはこの「絶対安全」との認識から始まっている。
リスクを認知していなければ、それに対する備えをすることはなくなってしまう。
遭難時用のビーコンを生徒らに持たせなかったのも、遭難リスクを認知していなかったから。
本部で緊急事態に備えた心構えができていなかったのも、遭難リスクを認知していなかったから。
彼は、登山歴20年のベテランだ。
どうしてそのような人物が雪山リスクを正しく認知できなかったのか。
もしかしたら、自らの経験が判断を誤らせたのかもしれない。
経験豊かな人が判断を間違うということは往々にしてある。
むしろ、経験豊かだからこそ間違うということも起きる。
その経験が偶然の成功体験しかなかったら、その経験則は、間違った判断しかもたらさない。
彼は、同じ場所で過去に同じような訓練をした経験があるという。
そして、その時には何も問題は起きなかった。
この成功体験が判断を誤らせたのは間違いない。
当日、早朝、天候が悪いために、通常登山は無理と判断し、「ラッセル訓練」に切り替えたという。
前日の雪崩注意の報道、そして当日の荒天。
そのために、登山を避けるべきというリスク判断をした。
ここまではよかった。
だが、ラッセルなら絶対安全という認識に至る経緯が理解不能だ。
問題の2つ目は、通報が遅れたこと。
この理由は、よくわからない。
本部が遭難を知ったのは、最終班の教員が本部に駆けつけて通報したことによる。
そのために、雪崩発生から警察への通報に50分もかかることになった。
各班の教員は、それぞれ無線機を携帯し、何かあればただちに本部に連絡できる体制になっていた。
なのに、なぜ、雪崩に巻き込まれた先頭班の教員らは、ただちに無線連絡しなかったのか。
教員らも雪崩に巻き込まれ、無線連絡できる状態ではなかったとしても、2番班、3番班の教員たちは、ただちに無線連絡できたはず。
今回、最終班の教員が本部に駆けつけたので、緊急事態を知ることができたが、もし、それがなかったら、さらに救助が遅れたはずだ。
会見では、無線連絡がなかった理由はよくわからないとのことだった。
ただ、無線機を車の中において、他の作業をしていた時間帯が10分ほどあったことを明かしていた。
このあたりもあまりにも不自然な印象を受ける。
たぶん、雪崩発生を受けて現場の教員らは直ちに本部へ無線連絡を試みたに違いない。
雪崩に巻き込まれて、教員にそんな余裕がなかったとしても、離れた場所にいる教員は何が起きたかすぐにわかり、それをただちに無線連絡することは可能だ。
1班から5班までのすべての引率教員が無線連絡を失念していたなどということはあり得ない。
特に最終班の引率教員が本部に駆けつけて緊急事態を知らせたのは、無線が通じなかったからではないのか。
もしかしたら、本部ではまったく無線が通じない状態にあったことを疑わせる。
たとえば、無線機の近くに誰もいなかったとか、無線機の電源が切られていた、とか。
「絶対安全」との認識だったのだから、そうなっていたとしても不思議ではない。
すべての間違いは、責任者のリスク認識にあったと言わざるを得ない。
最終班の教員が本部に駆けつけたのはせめてもの救いだった。
この教員が、「どうせ誰かが本部に通報しているだろう」「無線が通じないのは既に本部で緊急対応が始まっているからだろう」などと憶測してしまっていたら、対応は更に遅れていた。
最後に、責任者の記者会見について。
たどたどしい語りだったが、まるで人ごとのように軽々しく話しているという印象を受けた。
たぶん、彼自身、ことの重大さをまともに受け止め切れていない感じだ。
「どうして、こんなことになってしまったのだろう」と訳が分かっていない様子に見えた。
最後、隣にいる人に促されて、立ち上がって頭を下げていた。
その姿が痛々しい。
2017年03月30日
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