2008年03月12日

破綻懸念先:新銀行東京

 新銀行東京が、破綻の危機に瀕している。
 設立当初から、うまくいくはずがないと言われてきた。
 大方の予想は裏切られるのが普通だが、今回は、まったく予想通りの展開だろう。
 いや、これほど早くに行き詰るとは予想外だったかもしれない。

 多くの金融関係者は、「それ見た事か」の思いだろう。

 貸し渋りや貸しはがしに苦しんでいる中小企業を救うという理念は立派であった。
 しかし、公的な救済業務と、銀行経営とは全く別物である。
 銀行は、不良企業の更生機関ではない。
 
 この銀行のやっていたことは、ずさんな融資であった。
 苦しんでいる企業を救うと言えば聞こえがいいが、結局は、普通の民間銀行が相手にしない企業に融資をするということだ。
 普通の銀行が相手にしない企業というのは、融資しても回収の見込みがない企業ということ。
 そのような企業にばかり気前よく融資を続ければ、銀行側が破綻するのは当たり前だ。

 中には、食品偽装がばれて経営不振に陥った企業に対しても融資が行われていたらしい。
 これなど、反社会的行為を援助しているようなものだ。
 ずさんな融資は、モラルハザードを引き起こす。

 実質的に、不良企業にカネをばらまいただけで終わってしまった。
 砂漠に水をまくように、無駄に資金を吸い取られた。

 これなら、はじめからカネを中小企業にばらまいた方がよかった。
 既に、政府系金融機関があるのに、あらたに新銀行を立ち上げる意味が不明だった。
 
 資金調達に苦しんでいる中小企業がいるのは確かだ。
 しかし、その中小企業が苦しいのは、資金が不足しているからではない。
 資金不足は結果であって、原因ではない。
 販路、技術、競合他社、コスト高など、原因はもっと他にある。
 それらがどうにもならないのに、資金だけを注ぎ込めば、穴のあいたバケツに水を注ぐようなもの。
 新銀行の融資の多くが不良債権となったのはそのため。
 資金の注入は一時のカンフル剤にはなっても、破綻を少しだけ先延ばしする効果しかない。

 むしろ、無節操な資金のばらまきは、傷を深くする恐れがある。
 それは、破綻すべき企業を無駄に延命させてしまうからだ。
 根本的な問題解決ができていない場合、その企業は、近い将来にさらに大きな負債を抱え込んで破綻することになる。
 その企業との取引のあった企業もそのあおりを受け、大きなダメージを受ける。
 無節操な資金注入が却って地域経済に大きな後遺症となってかえってくる。

 新銀行が破綻の危機にある。
 しかし、この銀行はここで破綻させるべきではないか。
 そうでないと、この銀行を存続させるために、今後、どれだけの資金を注入し続けることになるか分からない。
posted by 平野喜久 at 13:11| 🌁| Comment(0) | TrackBack(2) | リスクマネジメント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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