2021年08月23日

ブレイクスルー感染:ワクチンは感染まで防げない

 ワクチン接種したのにもかかわらず新型コロナウィルスに感染してしまうケースがある。
 ワクチンでできたはずの免疫の壁をぶち破ってしまうことからブレイクスルー感染と言われる。
 今回のコロナワクチン、ファイザー製、モデルナ製のワクチンは、3つの効果が期待されている。
 1.感染防止、2.発症防止、3.重症化防止
 これらのワクチンは、95%という高い有効性があると言われ、接種の進んだ国でその効果が確認されている。
 だが、確認されているのは、発症防止と重症化防止であって、感染防止はどの程度の効果があるのかははっきり確認できていなかった。
 特に、今回の新型コロナは、もともと感染しても無症候のケースが多いウィルスであり、感染者は症状がないうちからウィルスを広げることが知られていた。

 イスラエルは世界でも最もワクチン接種の進んだ国の1つだ。
 6月にはほとんど感染者をなくすことができたために、ここで一気に行動制限を解除し、マスクの義務も外した。
 ところが、その直後から感染の再拡大が起きたのだ。
 今では1日の感染者数は6000人を超え、かつてのピーク時と同程度の感染状況に至ってしまっている。
 政府は慌てて、マスクを再義務化し、行動制限を呼び掛ける事態となった。

 現在、日本における重症患者のうち、ワクチン未接種の人の割合は99%だという。
 大阪府に限ると、その割合は100%らしい。
 いかに有効性の高いワクチンであるかが分かる。

 今回のワクチンは、発症や重症化を抑える効果は期待できるが、感染防止までは十分効果がないと見て対応せざるを得ないことが分かる。
 「ワクチンを打っても、マスクや手洗い消毒は欠かさないで」という呼びかけが行われている理由はここにある。
posted by 平野喜久 at 16:52| 愛知 ☁| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

菅総理の口下手

 菅内閣の支持率が低下し続けている。
 30%を下回る世論調査も出始めた。
 コロナが始まってから、感染状況と内閣支持率は逆相関になることが多い。
 感染が拡大すると支持率が下がり、感染が縮小すると支持率が上がる。
 いまは、感染拡大が止まらない状況にあり、支持率の低下も収まらない。

 与党内には、東京オリンピックが始まれば人々の気持ちも好転し、支持率も上がるだろうとの希望的観測があったらしいが、目算が外れた。
 
 支持率を下げている要因の一つが、総理のプレゼン能力だ。
 緊急事態宣言の発出の際は必ず記者会見を開き、総理自ら事情を説明し国民に理解と協力を仰ぐ。
 この記者会見がまことに評判が悪い。
 言っていることに間違いはないし、必要なことは簡潔に伝えている。
 話し方も、適度なスピードと声量で、つかえたり言いよどんだりということもなく滑らかだ。
 プロンプターを使っているので、手元の原稿を読んでいるだけという印象でもない。
 しかし、その言葉が一向に国民の心に響かないのだ。
 記者からの質問に対してもよどみなく答えているが、納得感のある回答になっていたためしがない。 
 質問にストレートに答えるのではなく、用意してきた問答集の中から近い文章を選んで読み上げているだけ。
 なので、常に内容がずれており、滑らかに答えているが、結果として何も回答していないことが多い。

 菅総理の口下手はもどかしいほどだ。
 彼自身もそれは自覚しているようだ。
 だから、彼なりに一生懸命国民に対して説明しようと努力している姿は見える。
 「これだけ丁寧に説明しているのに、どうして?」との思いかもしれない。

 菅氏は、7年間の長きにわたって官房長官を務めてきたが、その間、ノーミスで記者会見をやりこなす鉄壁のスポークスマンだった。
 だが、そのままのスタイルでは緊急時のリーダーは務まらない。
 彼は明らかに有事のリーダーには向いていない。

 有事における情報発信は、リスクコミュニケーションと呼ばれることもある。
 このリスクコミュニケーションは、必要な情報を淡々と語っているだけでは足らない。
 受け手の心をつかみ、信頼を得ることができるかどうかにポイントがある。
 そこには、理屈だけでは済まない感情の部分がある。

 プレゼン能力の低さは、何も菅総理に限ったことではなく、歴代総理を振り返った時に、いずれも同じようなレベルだったことに気づく。
 たぶん、プレゼン能力以外のところで人材の選抜が行われてきたせいだろう。

 大平正芳は、菅総理以上に口下手だった。
 言葉が滑らかに出てこない上に、我慢して最後まで聴いても何も印象に残らない。
 竹下登は、「言語明瞭、意味不明」と揶揄されていた。
 言葉ははっきり話すが、何を言おうとしているか分からないのだ。
 宮澤喜一は、分かりやすい言葉で国民に語り掛けることができない政治家だった。
 上から目線の物言いが国民との距離を感じさせた。
 その中にあって、田中角栄だけは突然変異的にプレゼン能力の高い政治家だった。
 彼は聴き手の心を鷲掴みにするのがうまかった。

 アメリカ大統領の選挙活動を見ると、候補者選考の段階から常に討論や意見表明の場があり、その姿が国民の選別に目にさらされ続ける。
 厳しい選抜に勝ち残ったものが大統領に上り詰める。
 アメリカの場合は、大統領はもちろん、主要なポジションを占める政治家は、たいていプレゼン能力も高いという印象を受ける。
 たぶん、口下手では政治家になれないのだろう。
 
 自民党の総裁選が近い。
 しばらくはコロナ禍の非常事態が続くことを前提に、リスクコミュニケーションの取れるリーダーの選出を願う。
posted by 平野喜久 at 14:11| 愛知 ☁| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年08月22日

今回の感染爆発がオリンピック開催と関係がない理由 その4

 私たちは日本の新型コロナにばかり注目しているが、これは日本だけの問題ではなく、世界中で起きていることだ。
 では、他の国々ではどんな状況なのだろうか。

 次の画像はロイターのウェブサイトにある世界各国の感染状況を表したページだ。

kansenkakudai4.png

 国名の隣に赤い三角印がついているのが感染拡大にある国を表している。
(緑の三角は減少傾向にあることを表す)
 太字の国名になっているところは、過去最大の感染規模になっているところを示している。

 全体を一目見て分かるのは、世界は圧倒的に感染拡大している国の方が多いということだ。
 特にアジア地域は、過去最大の感染規模になっている国が多い。
 当然、日本もその1つだ。
 新型コロナが流行し始めたころは、アジア地域はヨーロッパに比べて感染状況は落ち着いていた。
 これはアジア人特有の特性があるせいではないかと言われたが、いま流行しているウィルスはアジアでも容赦なく感染拡大していることが分かる。
 
 これから分かるのは、今の感染拡大は、日本特有の現象ではないということだ。
 いま世界各国で起きている感染拡大も、東京オリンピックを開催したために、世界中の人がお祭り気分で浮かれてしまったためとでもいうのか。
 そんなことはありえない。
 本当にオリンピックによって感染拡大が起きたのであれば、それは日本にだけ特徴的に表れる現象でなければおかしい。
 しかし、実態はそうではない。
 ということは、今回の感染拡大は、オリンピック以外の原因によって引き起こされていると考えるのが妥当だろう。

 では、その原因はなんなのか、ということになるが、それについては、また別の機会に。





posted by 平野喜久 at 17:44| 愛知 ☁| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今回の感染爆発がオリンピック開催と関係がない理由 その3

 オリンピックが今回の感染爆発に何らかの影響を及ぼしたのではないか、との主張の論拠はどこにあるのか。
 それは、オリンピックを開催することで、世の中にお祭り気分が広がり、人びとの警戒心が緩み、行動自粛をすることなく勝手に出歩く人が増え、そのことが感染拡大につながった、という筋立てになっている。
 では、オリンピック開催中に街の人出はどれぐらい増えていたのだろうか。

 次のグラフは、渋谷のスクランブル交差点の人出の推移を表したもの。

kansenkakudai2.png

 グラフの中に赤い水平ラインがあるが、これはコロナ前の土日祝日の人出平均値だ。
 (青い水平ラインは平日の平均値。)
 これを見てまず気づくのは、渋谷では既にコロナ前の半分以下に人出は減っているということだ。
 緊急事態宣言に人々が慣れっこになって、だれも自粛しなくなったと言われるが、実態はかなり自主的な行動制限が起きており、その状態が維持継続している。
 お願いレベルの行動自粛を呼び掛けているだけの日本で、これほど人出の減少が起きているのは、欧米の先進各国から見れば、驚異的だろう。

 さて、肝心のオリンピックによって人出がどのように変化したかを確認しよう。
 枠で囲った部分がオリンピックの開催期間だ。
 開催期間中、人出は劇的に増えたか。
 増えていない。
 オリンピックの影響はまったくないといった方がいい。
 むしろ増えるどころか、緊急事態宣言が出てから微減傾向にあるように見える。

 念のために、別の場所も見てみよう。
 これは横浜駅の人出のグラフだ。

kansenkakudai3.png

 この横浜駅でも、オリンピック開催中だからといって人出が劇的に増加している様子はない。
 むしろ減少傾向にあることがはっきり見て取れる。

 以上から分かることは、オリンピックの開催期間中に街の人出は増えておらず、むしろ減少傾向にあった、ということだ。
 オリンピックで世の中がお祭り気分になり、そのことで人々の警戒心が緩み、不用意な外出を招いて感染拡大につながったという仮説は否定される。

 以上で証明は十分だと思うが、念のために別の側面からもデータを確認してみよう。
 それは次回に。


 so
posted by 平野喜久 at 17:24| 愛知 ☁| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今回の感染爆発がオリンピック開催とは関係ない理由 その2

 新規陽性者数の推移とオリンピック開催期間との関係を見てみよう。

 kansenkakudai1.png

 枠で囲った部分がオリンピック開催期間。
 これを見ると、オリンピック開催と同時に感染拡大が始まっているように見える。
 やはり、ここには何らかの影響があったと見るのが妥当なのでは?
 いや違う。
 私たちは1年以上のコロナとの付き合いの中で、いろんなことを学んできた。
 それは、陽性者数の増減にはタイムラグがあるということだった。
 たとえば、長期連休があり人出が増えたとしても、それが陽性者数の増加として現れるのは2週間後だ。
 行動制限をかけて人出を減らしたとしても、その効果が表れるのは2週間後。
 つねにこのタイムラグの中で考えなくてはいけないはずだった。

 すると、陽性者数とオリンピックとの関係はどうだろう。
 本当にオリンピックが感染拡大に影響を及ぼしているのであれば、陽性者数の増加は2週間遅れでないとおかしい。
 このグラフを見る限り、開催と同時に感染拡大が起きており、このことはすなわち「感染拡大はオリンピックが引き起こしたのではない」ことを示していると言える。
 ということは、今回の感染拡大は、オリンピック以外に原因があると判断せざるを得ない。

 しかし、感染拡大のすべてがオリンピックに原因があるとは言えないにしても、オリンピックが感染拡大を加速させたことはあり得る。
 次回では、それについて検証してみよう。
posted by 平野喜久 at 16:59| 愛知 ☁| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今回の感染爆発がオリンピック開催とは関係ない理由 その1

 日本では過去最高の陽性者数を記録し続けており、収束の見通しが立っていない。
 この原因を論評するときに東京オリンピックの影響を指摘する人がいる。
 
「あれほどオリンピックは危ないと言ったのに、強行したために感染爆発になってしまった」
「総理は自らのメンツのために国民の命を犠牲にした」
「感染拡大がすべてオリンピックのせいとは言えないにしても、オリンピック開催が何らかの影響を及ぼしたのは間違いない」

 感染拡大はオリンピックのせいだと決めつけ、その責任を政府に求める。
 特徴的なのは、これらの主張をしている人が具体的なデータに基づいて議論しようとしていないことだ。 
 感染拡大とオリンピック開催が重なったことから、そこに因果関係を類推し、勝手に結論付けているだけだ。
 だから、今回の感染爆発の原因がオリンピックではない証拠を示せと言われれば、まずは「感染爆発がオリンピックが原因であることの根拠を示せている人がいない」ということで十分だろう。
 
 一般に「〜でないことを証明する」ことは難しい。
 考えられるあらゆるケースをすべて検証し尽くさないと証明できないからだ。
 逆に「〜であることを証明する」ことは容易だ。
 たった1例でも該当するケースを示せれば終わりだからだ。
 国会で野党議員が五輪担当大臣に対して「オリンピックが感染爆発に関係ない理由を示せ」と質問していたが、もともと証明しようのないことを証明させようとしている。
 野党議員がこんな質問をしているということは、オリンピックが感染拡大につながった明確な証拠が見つかっていないことを意味する。
 明確な根拠が見つかっていれば、それを元に責任追及をしているはずだからだ。
 このことだけでも、オリンピックが感染拡大の原因ではないと判断できる。
 
 しかし、今回の感染拡大が、オリンピックとまったく無縁というのも証明できないので、そこには何らかの影響があったのではと考えたくなる。
 では、実際のデータで、オリンピックが感染拡大に及ぼした影響の片鱗でもどこかに見つけることができないだろうか。
 それを次回以降で検証してみよう。

posted by 平野喜久 at 16:40| 愛知 ☁| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年06月19日

みずほ銀行システム障害調査報告書

 15日に、みずほ銀行のシステム障害に関する調査報告書が公表された。
 このシステム障害は、今年の2月28日から3月12日にかけて4回にわたって起きたATMをめぐるトラブルだ。
 みずほ銀行は過去にもシステム障害を起こしており、「またか」との印象が強い。
 過去のトラブルは、合併の際に複数の銀行系システムを統合する際のやむを得ぬ不具合があったのではと思われたが、今回のシステム障害は、過去の教訓を生かせず意識改革や事前対策がまったく進んでいなかった組織的な欠陥を露呈したようだ。

 今回のシステム障害のポイントは2つある。
 1つは、直接の原因であるシステムに不具合が起きたこと。
 もう1つは、システム障害による顧客への影響が多大であったこと。
 特に顧客への影響が広範で長時間にわたってしまったことが深刻な問題とされた。

 顧客への影響は次の3つ。
1.ATMの稼働停止
2.通帳やカードの取り込み
3.一部の取引不能

 この中で、深刻なのは通帳・カードの取り込みだ。
 ATMに通帳やカードを差し込むと、取り込んだままエラー状態になり動かなくなってしまう。
 利用客はここで困る。
 そのうち担当者が駆けつけてくれて復旧してくれるだろうと思って待つが、その様子がない。
 不用意にその場を離れ、その間にいきなり機械が動き出して、通帳やカードを排出したら、それを誰かに取られてしまう恐れがある。
 これで、ATMも前で待ち続ける客が続出することになる。
 みずほ銀のATM4300台で同じ現象が起きており、この通帳・カードの取り込み事案は5200件起きていた。
 被害客にとって、その日の行動計画はすべて台無し。
 中には7時間もの間、待ち続けた人もいたという。

 なぜこれほどまでの影響が起きてしまったのかというと、それはみずほ銀の顧客対応の遅れによる。
 初動から顧客対応の視点が完全に欠落しており、有効な対応が何もとれていなかった。
 被害客に対しては、いち早く状況説明を行ない、「取り込まれた通帳やカードは後日に責任をもって返却すること」「今日は現場を離れても構わないこと」を伝えなくてはいけない。
 だが、ウェブサイト上にメッセージが公開されたのが、障害発生から6時間たった午後4時。
 7時間も待ち続ける人が出てしまったのはこういう事情だ。
 
 なぜこのような緩慢な対応になってしまったのかについて、調査報告書では詳細に分析されていて、読みごたえがある。
 この種の調査報告書は、依頼主への忖度から、「落ち度はあるものの、やむを得ない面もあった」という分析でお茶を濁すケースが多いが、この報告書は違う。
 実態が弁護の余地のないほどの失態であるために、このような厳しい報告になったのだろう。

 この報告書を読んで感じたことは、銀行にとってATMを利用するような一般客は、主要顧客ではないのではないか、ということだ。
 いまや大規模都銀にとって、一般客は収益の源泉ではない。
 特にATMサービスは、コストばかりかかって利益を生み出さない余分な業務だ。
 金融機関の社会的責任としてやむを得ずサービス提供しているに過ぎない。
 いわばボランティア。
 ATMトラブルに迅速に対応し、一般客への影響を最小限に抑えようという意識がそもそも欠落しているように見える。
 「いつでもお金が出し入れできるサービスがあるだけでもありがたいと思え」というのが本音かもしれない。

 これが、システム障害の復旧が1分遅れるごとに数億円の損失が累積するのであれば、経営層は必死で対応するだろう。
 ところが、システム障害による経営への影響は、ほとんどない。
 現に、みずほ銀行の決算は絶好調で、前年比20.5%の増益だ。
 システム障害の影響はどこにもないどころか、V字回復で躍進中。
 システム障害の客対応が緩慢に失した背景は、ここにある。
 
 
posted by 平野喜久 at 10:25| 愛知 ☔| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年06月09日

コロナ終息はいつか

 世界中でワクチン接種が急ピッチで進められており、その効果が出始めている。
 ワクチン接種が順調に進んでいるのはイギリスだが、日によっては陽性者がゼロになるケースも出るレベルまで感染状況は落ち着いてきた。
 ワクチン効果の高さがうかがえる。
 それでも、1回のワクチン接種がようやく6割程度まで来たところで、集団免疫には道遠い。
 BBCのニュースによると、インド由来の変異株の感染拡大がイギリスの一部地域で起きており、予断を許さない状況だという。

 アメリカもワクチン接種のおかげで、感染状況はかなり落ち着いてきた。
 ところが、感染状況の落ち着きとともに、人びとの警戒が緩み、なし崩し的に感染防止策がうやむやになりつつあるようだ。
 既に人々はマスクを着けず、手洗い消毒も行わず、飲食店は通常営業、コンサートホールでは今までの遅れを取り戻そうと連日イベントのラッシュだそうだ。
 ワクチン接種も途中までは順調に進んだが、今ではワクチン接種しようという人がいなくなってしまった。
 やむなく、ご褒美を上げたり、ビールを飲ませたり、宝くじで大金が当たると誘って、ワクチン接種を無理やり進めている状況だ。
 もともと、アメリカでは政府の政策に反抗する勢力が常に存在しており、行動自粛の呼びかけもマスク着用の呼びかけも無視するような一定層がいた。
 ワクチン接種にも信念をもって拒否をする人々もある程度のボリュームで存在するのだそうだ。
 アメリカでは1日に何十万人もの陽性者が出ていたころに比べるとかなり落ち着いてきたが、それでも、1日に2万人もの陽性者が出ており、これ以上減る様子がない。
 アメリカは、完全終息は見込めず、今の状況が常態化するのかもしれない。

 さて、日本はどうか。
 先進国中では最もワクチン接種が立ち遅れている。
 だが、これは、先進国中で最も感染状況が小さいことの裏返しでもある。
 ワクチンも既に全人口を賄える分量を手配済みだが、これも、オリンピック開催を理由付けにした粘り強い交渉の成果であって、これほど感染状況が小さい国に優先的にワクチンを回すということは常識ではありえない話だ。
 医療従事者についてはほぼすべての人に1回目のワクチン接種が行われ、いま高齢者のワクチン接種が盛んにおこなわれている。
 この高齢者向けのワクチン接種も、開始当初は、希望者が殺到し、予約システムのトラブルや会場のオペレーションの不備が問題になることもあったが、軌道に乗り始め、いまでは大規模接種会場では予約枠が余るほどになってきた。
 意外に早く余裕が出始めたので、企業や大学向けの集団接種も今月中には開始することになった。
 企業単位の集団接種であれば、組織的な対応が可能で、混乱なくスムーズに進みそうだ。
 働いている人は職場で接種し、それ以外の人が地元の自治体の接種会場で、というようにすみわけをすることで、混乱と集中を避けることができる。
 中小企業の場合は、地域の商工会議所が主体となって集団接種を進めていくことになる。
 いままでは自治体のオペレーション能力が問われていたが、今後は、各企業の対応力が問われる段階になる。
 ワクチン接種は、誰から順番に進めるのか。
 社長からか、現場の作業員からか。
 今から検討しておくべきだ。
 また、同じ職場の従業員を同日に一斉に接種させてしまうと、翌日には職場が倦怠感を覚える人だらけになってしまう。
 副反応は、若い人ほど強く出やすい。
 このあたりも考慮しながら接種の順番を決めていくことになる。

 3月にイギリスの研究所が出した各国の集団免疫に達する予想時期を見ると、日本は来年の4月8日、となっていた。
 それほど日本のワクチン接種は遅れに遅れると予想していたのだ。
 ところが、ワクチンの集団接種のような単純なオペレーションは日本人の最も得意とするところだ。
 一度効率のいいシステムができれば、そのあとは猛スピードで進んでいくだろう。
 もしかしたら、秋口にはワクチン接種の効果が表れ始め、次の冬にはかなり感染状況が抑え込めるのではないだろうか。
 
 今後の課題は、3つ。
1.変異株の動向
2.ワクチンの有効性
3.日常復帰のタイミング

 コロナ終息はまだまだ先だが、状況は最終局面に差し掛かっている。
 私たちは、次を見据えた準備を進めていく段階にある。
posted by 平野喜久 at 11:14| 愛知 ☁| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年05月21日

ワクチン予約システムは欠陥ではない:マスコミのレベルの低さ

 東京、大阪で自衛隊によるワクチンの大規模接種が始まろうとしている。
 それに先駆け、ウェブによる事前予約が始まったが、その予約システムに欠陥があったとの報道で話題が盛り上がった。
 AERA.dot、毎日新聞の記者が、この予約システムにデタラメの氏名や接種番号などを入力したところ、予約ができてしまったことを確認し、それを「予約システムに致命的な欠陥あり」と報道したことがきっかけ。

 国のやっていることの杜撰さや記者の業務妨害的な取材手法などが話題になったが、その前に、指摘されている点は、予約システムの欠陥ではないのではないか、との問題提起をしたい。
 というのは、防衛省は厚労省や自治体とのデータベースの共有や照合ができておらず、入力段階で入力情報の適否を判断できるようにはなっていない・・・このことは初めから分かっていたことで、それを前提にシステムも作られていたからだ。

 何も、誰も気づいていない重大な欠陥が記者によって発見されたわけではない。
 政府がひた隠しにしていた重大な欠陥が記者によって暴かれたわけでもない。
 防衛省も、当初からデータベースの共有ができていないため、自治体への予約と大規模会場への予約を同時に行うと、2重になってしまうので、どちらか一方に限定するように呼び掛けていた。
 誤って2重の予約をしてしまった場合は、必ずどちらかをキャンセルするようにお願いしていた。
 このような不便なことになっていることを隠すことなく、公表し、注意喚起していたのだ。
 当然ながら、間違ったデータを入力してもシステムはエラー表示することはないことも分かっていた。
 ただ、それについては事前公表はなかった。
 当然だ。
 「架空のデータを入れても予約できてしまうので、架空の入力をしないように」などという呼びかけは無意味だからだ。
 むしろ、こんなことを公表したら、「本当かどうかやってみよう」といういたずらを誘発するだけだ。

 予約システムの入力には、4つの情報を入力するようになっている。
 「氏名」「生年月日」「自治体コード」「接種券番号」
 もちろん、入力ミスは避けることができない。
 しかし、このうちの1つや2つに入力ミスがあったとしても、当日会場にやってきたお年寄りの本人確認ができなくなることはない。
 接種券番号に1桁番号違いがあったとしても、その他の情報が一致すれば、本人とみなして、接種をすることができる。
 だから、入力ミスを無理やりはじく必要はないのだ。

 自治体のワクチン接種の受付が始まっているが、その仕方は様々だ。
 ウェブ受付、電話受付、窓口の記名受付など。
 このうち、窓口の記名受付とは、かかりつけ医の予約窓口に予約記名用紙を用意しておき、希望者は窓口にやってきて、氏名を記入して帰るだけ。
 後日、氏名を記入した人に対して、接種の日時を連絡するという仕組み。
 予約用紙に記名をするときに、記入ミスをはじく仕組みはない。
 間違った名前を書いても、間違った番号を書いても、受付拒否はされない。
 わざとデタラメの名前と番号をかきこんで、「デタラメの情報でも予約できてしまった!!」と誰が騒ぐだろうか。
 「この予約システムには欠陥がある!!」と誰が批判するだろうか。
 手書きの記入用紙なのだから、そんなのは、当たり前だし、みんな気付いていることだ。
 少々の書き間違いがあったとしても、普段から来院している患者の本人確認ができなくなるわけはなく、なんら問題はない。
 ワクチン接種に支障を来すことも考えられない。
 むしろ、自分がいつも行っているかかりつけ医の窓口に行って、ペンで名前を書いてくるというのは、お年寄りにとって、最も実感として分かりやすく実行しやすいシステムとして優れモノだ。

 この窓口の記名受付をウェブ上に置き換えたのが、今回の防衛省が行なった事前予約だったと思えばいい。
 この予約システムは、ウェブ上ではあるが、ただの予約用紙に記入するだけの機能しか持たせていない。
 ここにわざとデタラメの情報を記入し、欠陥発見と大騒ぎするのは、予約用紙にデタラメの名前が書けてしまったことを騒いでいるのと同じで、まったくナンセンスとしか言いようがない。
 防衛省も、愚かな取材で勝ち誇ったような報道をするマスコミに対して、きっちり反論をすべきであった。
 「それは、欠陥ではない。意味があってそのようなシステムにしてあったのだ」と。

 「防衛省は分かっていながら隠していた」と報じるマスコミもある。
 その通り。
 だが、これは公表する意味がなかったからだし、公表することでいたずらを誘発することを恐れたからだ。
 「不備がありながら、見切り発車した」と報じるマスコミもある。
 その通り。
 ことはスピードを求められており、最低限の機能だけで走らせることを優先したからだ。
 むしろ、必要最小限の機能だけに限定して、そのほかの付随的な機能は思い切ってそぎ落としたという点で、防衛省の判断は正しかった。
 緊急時においては、巧遅よりも拙速を尊べと言われる。
 危機対応の要諦を理解する者がコントロールしていることが分かる。
 さすが防衛省は緊急時対応のプロフェッショナル集団だ。

 情けないのは、マスコミのレベルの低さだ。
 本質を捉えることができずに、表面的なあら捜しに堕してしまっている。
 「突貫工事で仕上げた予約システムなら、どこかに不備があるに違いない。欠陥を見つけてやろう」と、試みたところ、造作もなく不備が見つかった。
 記者も、いきなり「ビンゴ!」で驚いただろう。
 勝ち誇ったような論調の記事に、飛び上がらんばかりに喜んでいる姿が見える。
 「ワクチンテロを企てようとする者が、乱数表でデタラメの番号で入力しまくれば、全予約枠を架空の予約で占有できてしまう」と説教を垂れている記事もあった。
 まるで説教強盗だ。
 本当に、ワクチンテロで日本社会に混乱を引き起こしてやろうとするのであれば、デタラメ入力などという面倒なことをチマチマする前に、予約システム自体をシャットダウンさせてしまうほうが遥かに簡単で威力が大きい。
 となると、わざとデタラメな入力をしようとする者は、政府批判のためのあら捜しをしているマスコミぐらいしかいない。
 そのようなマスコミのいたずらを排除するために完璧なシステム構築を目指すのは、コストと時間の浪費だ。

 マスコミの報道は、システムの修正が行われる前になされたので、模倣犯のようないたずらによる予約が何件も入るようになってしまったのだそうだ。
 防衛省が事前に公表しなかったのは、これを恐れてのことだったのだ。
 それを、公益性を盾にしたマスコミによって、台無しにされた格好だ。
 公益に資するどころか、マスコミの政府批判を目的とした報道は、ワクチン接種の業務妨害にしかなっていない。

 更に情けないのは、野党だ。
 立憲民主党党首の枝野氏は、会合でこんなコメントを発したらしい。
 「システムの欠陥を指摘したメディアに『早い段階で気付かせてくれてありがとう』と言うのが本来の姿だ。意味不明な対応をしている」
 野党の堕落がはなはだしい。
 
  
posted by 平野喜久 at 18:11| 愛知 ☁| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年05月13日

日本人の他人の邪魔をする国民性

 ニューズウィーク日本版5月18日号に気になるコラム記事があった。
 経済評論家・加谷珪一氏による『経済ニュース超解説』。
 このコラムの中で、日本だけが消費を拡大できない理由として、ある研究が紹介されている。
 大阪大学社会経済研究所のグループによる研究。
 被験者に集団で公共財を作るゲームをしてもらったところ、日本人はアメリカ人や中国人と比較して他人の足を引っ張る行動が多いという結果が得られた。
 日本人は、他人を他人と割り切れず、互いに相手の行動を邪魔してしまうという。

 この研究内容の原典は確認できていないので、どのような実験を行なったのか、どこまで検証された研究かも不明。
 だが、この研究結果は、意外だ。
 元来、日本人は他人を気遣う国民性で、災害時の秩序正しい行動は世界的に称賛されることが多い。
 ところが、その一方で、他人の足を引っ張る行動が多いのだという。
 「他人を気遣うのに、他人の足を引っ張る」
 一見、相矛盾する特性のようだが、よく考えると、これは日本人の国民性の裏表なのかもしれない。

 他人を気遣うというのは、自分だけ突出しない、ということの裏返しでもある。
 このことは、他人が突出することも受け入れられないということにもなる。
 日本人は、他人を気遣うことにかけては世界一だが、その代わり、他人に気遣いのない人に対する風当たりはものすごく強い。
 コロナ禍にあって「自粛警察」「同調圧力」という言葉が聞かれるが、これはまさに日本社会特有だろう。
 他人のことを放っておけないのだ。

 新型コロナに感染するのは本人が悪いと考える人の割合が、中国やアメリカに比べて、日本人の比率が圧倒的に大きい。
 感染者がまるで犯罪者であるかのように非難される。
 地方では、感染者を出した家は、周りから白い目で見られ、そこに住めなくなってしまうこともあるという。
 職場でも、感染して長期休業することになった社員は「この忙しいときに何をやっとるんだ」と同僚や上司に責められる。

 スギ薬局の会長夫妻がワクチン接種で優先枠を要求したニュースが話題になり、会長夫妻への批判が高まるのも、ずるいことをして自分だけ得をしようという行動が許せないからだろう。
 有名人の言動に対して、ネット上で匿名の誹謗中傷が殺到することがあるのも、日本人の特性と言えるかもしれない。

 中国人やアメリカ人の場合は、他人は他人、自分は自分と割り切る傾向が強い。
 悪く言うと自己中心的だが、反面、他人の言動に寛容だ。
 自分が前に出ることにしか関心がなく、他人にかまっていられないという感じだ。
 このような社会では消費経済が活性化しやすいのだそうだ。

 日本は、コロナの感染状況は世界的にみても極端に低いレベルで抑えられているにもかかわらず、消費の低迷はどこよりも深刻だ。
 世界はコロナ後の経済再生に話題が移りつつあるが、日本経済はいち早く立ち上がれるだろうか。

 
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2021年05月11日

スギ薬局の印象の悪い謝罪文

 スギ薬局が謝罪文を公開した。

「会長杉浦広一および相談役昭子へのコロナワクチンの優先的接種を西尾市様に依頼したことにつきまして、ワクチン接種をお待ちの西尾市の方々はじめ、全国の皆さまにとって不快な行為であったこと、日夜尽力されている全国の行政の方々の努力に水を差す結果となってしまったことに深くおわび申し上げます」

 この後、背景事情の説明が続く。
 その要旨は以下の通り。

・秘書が会長を慮って市役所に問い合わせを入れた。
・使命感ゆえ何度も問い合わせを繰り返した。
・会長自身はアナフィラキシーショックを経験しており、ワクチン接種は希望していない。
・今後はこのようなことがないようにする。

 たぶん、全国報道でこのニュースが知られるところとなり、各方面からスギ薬局に批判が殺到したのだろう。
 慌てて謝罪コメントを出した感じだ。
 だが、謝罪文に続いて背景事情の説明がついているために、謝罪効果が減殺されてしまっている。
 しかも、その背景事情も不自然さを感じさせる。
 本人の意向を無視して、勝手にワクチン接種の優先枠を繰り返し要求する秘書の行動がまず不自然。
 ワクチンが必要なら、既に本人が自分で予約を入れているかもしれないし、家族が代わりに予約をしているかもしれない。
 それを確認せずに、秘書が勝手に市役所に強硬な働きかけを始めるなんてことは考えられない。
 正規の手続きではなかなか予約が取れないために、会長から秘書に何らかの指示があったのは間違いない。
 アナフィラキシーショックの経験があり、会長本人はワクチン接種をするつもりがなかったとは、無理な言い訳だ。
 別の報道では、「会長夫妻には、接種会場に向かっている途中に連絡を取って引き返してもらった」との西尾市側の説明があった。
 結局、会長の名誉を守るための無理なコメントになってしまっている。
 会社の気遣いが会長に向いており、消費者に向いていない。
 この謝罪文の印象は非常に悪い。
 少なくとも謝罪文は会長名で出すべきであった。

 謝罪文は一発でダメージ回復を狙わなくてはならない。
 絶好のチャンスを逃し、事態を更に悪化させてしまった。
 スギ薬局は株価を落とし、不買運動も引き起こしかねない事態に至っている。
posted by 平野喜久 at 21:36| 愛知 ☁| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

スギ薬局のダメージコントロール

 東京新聞その他の報道による。
 新型コロナウイルスワクチンの接種を巡り、愛知県西尾市の副市長が、スギ薬局を展開する「スギホールディングス」の会長夫妻の予約枠を優先確保するよう、市の担当部署に指示していたらしい。
 副市長は「夫妻は市への貢献度も大きく、忙しいお2人なので担当部署に依頼した」と説明。
 市は夫妻の予約を取り消した。
 会長夫妻は既に接種会場に向かう途中だったが、連絡して引き返してもらったという。
 
 4月初旬ごろ、スギHDの社員から市健康課に「夫妻がいち早くワクチンを打てないか」と相談があった。
 杉浦夫妻が薬剤師で医療従事者に当たると主張。
 しかし、市の担当者は拒否。
 その後も、何度も依頼が繰り返される中、副市長のところにまで話が届き、今回の予約枠の優先確保となったようだ。
 この話が、なぜか事前にマスコミに知られるところとなり、西尾市長の謝罪会見となった。
 スギ薬局側は、「市に問い合わせは何度かしたが、便宜を図ってもらうよう依頼したことは一切ない」とコメントしている。

 このニュースで、ダメージを受けたのは、西尾市ではなく、スギ薬局だ。
 スギ薬局の会長夫妻がどのような意図で市に問い合わせをしたのかは、容易に想像できる。
 会長夫妻は地元の有名な名士であり、地域経済にも多大な貢献をしている。
 市側が会長夫妻から依頼を受けて、形式上のルールを盾に拒否し続けるのは難しい。
 会長夫妻の方も、「自分らを、その他一般の年寄りと一緒の行列に並ばせるつもりか」との思いがあったかもしれない。
 このような会長夫妻の思い上がった心根が透けて見えてしまうために、非常に印象が悪い。 
 このニュースは、各局の全国放送で報道されており、スギ薬局側のイメージの棄損は甚だしい。

 不思議なのは、なぜこの話が事前に発覚したのか、だ。
 市役所内部からのリークであるのは間違いない。
 もしかしたら、市長自らが公表に踏み切ったのではないか。
 これが、接種が終わってから発覚した場合は、市側のダメージの方が大きくなる。
 一部の市民だけ特別扱いした事実は否定できず、取り返しのつかない事態になりかねない。
 事前に止めるにはどうするか。
 市長自らが会長夫妻に連絡して遠慮していただくしかない。
 だが、市長にとって、地元の名士を敵に回すほど怖いことはない。
 残る道は、事前に事実を公表し、謝罪会見を開くこと。
 市長はカメラの前で深々と頭を下げたが、ほとんどダメージを受けていない。
 便宜を図った副市長も、自らの愚かさを責めて謝罪したが、処分を受けることはないだろう。
 実は、市長と副市長は、自分らが頭を下げることで、会長夫妻の身勝手な行動を非難しているのだ。

 スギ薬局広報部のコメントは、まずい。
 批判の矛先が我が身に向いていることに気づいていない。
 スギ薬局は一般消費者相手の商売なのだから、一般の人々のイメージダウンは極力避けなければいけない。
 医薬を扱っている商売であれば、なおさらだ。
 コメントは、まずは「お騒がせして申し訳ない」という言葉から始まるべきだった。
 そのあと、「市に問い合わせを入れたことは事実だが、便宜を図ってもらう意図はなかった」と続ける。
 そして、「ワクチンが市民にいきわたり、1日でも早くコロナが終息することを願っている」と結べば完璧だった。
 
 
posted by 平野喜久 at 19:18| 愛知 ☁| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月30日

事業戦略にはBCPの発想がいる

 BCPは単なる防災対策ではなく、我が社の生き残り戦略を考えることだ。
 災害が起きたときのために作るものという認識では対応を間違ってしまう。
 BCPを作るということは、いまの事業戦略がどうあるべきか、ということにまで検討が及ぶということなのだ。
 このことをご理解いただくために、私のセミナーでは様々な事例を紹介しながら説明している。
 
 今回は、新たな事例をご紹介しよう。
 BCPでの事前対策として、「サプライヤーの複数化」ということがよく行われることだ。
 重要な原材料を1社からしか仕入れていない場合、その1社から入らなくなったら、我が社は稼働できなくなってしまう。
 そのためのリスク分散として、複数の業者から同じ原材料を仕入れるようにしよう、というのがサプライヤーの複数化だ。
 さて、これをサプライヤーの側からみるとどういうことになるか。
 従来は単独サプライヤーとして、取引の優位性が維持できていたが、取引先がサプライヤーを複数化してしまうと、我が社のライバルが登場するということになり、事業の優位性を失いかねない事態となる。
 これはサプライヤーにとっては、ゆゆしき事態だ。

 ある部品加工会社の事例。
 ここは、大手企業の特定の部品加工を単独受注していた。
 というのは、その部品は、通常の加工方法では不良の発生率があまりにも高く、歩留まりが非常に悪い。
 受注業者は、簡単に納期遅れを起こし、無理に対応しても高コストを強いられることになる。
 だが、その加工会社は、現場の試行錯誤により、不良率を劇的に減少させる技術を開発した。
 それで、その部品加工だけは、その会社しか受注できない状況が続いていたのだ。
 会社としては、その技術を特許申請しようかと検討したが、やめることにした。
 というのは、特許申請するということは、その技術を公開することになり、それはライバルにヒントを与えることにもなりかねない。
 それに、特許期間が過ぎたら、その技術は誰もが使い放題になる。
 幸いにも、この技術はできあがった部品を見ただけでは、どのように作っているのかは分からないようになっている。
 だったら、特許申請せず、我が社の秘匿技術として管理しようということになったのだ。

 ある時、親会社から連絡があった。
 親会社ではBCPに取り組んでおり、今回の役員会議で、すべての部品についてサプライヤーを複数化するという方針が決まったというのだ。
 当然ながら、この特殊加工の部品も複数化の対象となる。
 しかし、同じものを他社にやらせると、不良品だらけになってしまう。
 そこで、親会社の担当者がこんなことを言ってきた。
「他社にも同じ部品を作らせたいので、不良のでない作り方を、ちょっと教えてあげてくれませんかね」
 担当者は、簡単なことと思っていたのだろう。
 特殊な加工といっても、特許技術を提供しろといっているわけでもなく、やり方をアドバイスするだけ。
 親会社が頼めば簡単にやってもらえるとでも考えたのかもしれない。
 これは、加工会社にとっては、とんでもない話だ。
 この加工技術を開発するのに、どれほどの努力と時間とコストを費やしたことか。
 それを簡単に他社に教えられるはずがない。
 当然ながら、事情を説明してお断りする。
 すると、担当者はこう言った。
「でも、サプライヤーの複数化は、うちの方針として決まっちゃったんですよ。
 この部品加工の複数化ができないとなると、この部品を使っている製品を廃盤にするか、この部品を使わない仕様に設計変更するしかなくなります」
 明らかに脅しだ。
 加工会社に提示された選択肢は2つ。
 1つは、親会社の言う通り、同業他社に技術ノウハウを提供して、同じように加工できるようにする。
 1つは、提案を拒否し、親会社との取引終了を覚悟する。

 同業他社に技術ノウハウを提供したらどうなるか。
 とりあえず親会社との取引は継続できる。
 だが、我が社の取引の優位性は失われる。
 同業他社がシェア拡大を狙って値段競争を仕掛けてきたら、対抗手段はもはやない。
 いま一番の稼ぎ頭を失うことになる。

 親会社の提案を拒否したらどうなるか。
 たぶん、親会社の心証を悪くし、長期的な取引の継続は危うくなる。
 次の仕様変更のタイミングで、この部品は外されることになるだろう。
 そこで、取引終了だ。
 いずれの選択肢も、我が社にとって生き残れる道ではない。

 そこで、加工会社は、3つ目の選択肢を逆提案することにした。
 親会社がどうしてサプライヤーの複数化を行なうのかというと、重要部品のリスク分散をするためだ。
 だったら、そのリスク分散を我が社の中で行なうことができれば、同じことではないか。
 加工会社は、事業戦略を練った。
 遠方の加工工場と提携し、そこでも同じ部品の加工を行う。
 本社工場が停止した時には、遠方の工場から直ちに部品供給できる体制を構築。
 我が社の中でリスク分散の対応をする計画をBCPに落とし込み、親会社に提示した。
 担当者はびっくり。
 でも、担当者の本音としては、何社にも同じ部品を発注し、それぞれ管理するのは面倒だったので、1社丸投げでリスク分散できるこの提案はありがたい話だった。
 上層部に諮ったところ、これで我が社のリスク分散と同じ効果が見込めるとの判断になり、例外的に単独発注が認められることとなった。
 
 この加工会社のBCPは、災害が起きたときどうするか、というところに目的はない。
 現在のビジネスを守るためにどうしたらいいかというところに視点が置かれていることがお分かりいただけるだろう。
 このように、BCPは単なる防災対策ではない。
 現在の事業戦略のあり方を決める重要な取り組みなのだ。
 
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2020年06月27日

NHK受信料 記事2題

 本日付け日経新聞にNHK受信料関連の記事が2題載っていた。
 
 総務省がNHKの受信料などを見直す有識者会議を開き、経営改革に向けて取り組むべき提言をまとめた。
 衛星放送は、現在の4波から3波に削減する方針が決まっているが、受信料は最近値上げしている。
 経営体質の改善が行われないまま、ただ形式上の経営規模の削減を行ない、むしろ受信料を値上げする姿勢そのものへの厳しい指摘がある。
 受信料徴収にかかる営業経費が、なんと受信料収入の1割を超える不自然さも指摘されている。
 NHKの営業経費とは、受信料の集金業務や未契約世帯への契約業務のこと。
 主に外部業者にやらせているものだが、これが700億円以上もかかっている。
 受信料収入総額が約7000億円だから、その1割以上を集金業務についやしていることになる。
 これは、通常のビジネスの感覚で判断すると、異常にコストがかかりすぎている。
 イギリス、フランス、ドイツなど、他の先進国の公共放送の営業経費は、受信料収入の1〜2%程度だという。
 これが普通だ。
 NHKが集金業務にこれほどのコストをかけているのには理由がある。
 今のように、スタッフに1軒1軒戸別訪問をさせて、集金させ契約させた方が、受信料総額が多くなると試算しているからだ。
 NHKはデジタル放送への移行に伴って、WOWWOWやスカパーのように、契約者だけ視聴できるようなスクランブル方式に切り替えることを想定したという。
 そうすれば、受信料の未収はなくなり、営業コストがかからず、国民の不公平感も解消する。
 未契約のままではNHKが見られないので、むしろ、受信契約が増えるだろうと予想した。
 ところが、テレビ離れが進んでいる現在、スクランブル化すると契約者が減り、受信料収入が激減するという試算が出たらしい。
 それで、スクランブル化はNHKにとってタブーとなり、700億円もかけて戸別訪問をするという前時代的な方法を維持せざるを得ないのだという。
 今回の提言では、子会社との業務委託のあり方にもメスが入れられた。
 NHK本体の予算は国会審議を経ているが、子会社の内実は不透明。
 ここが、経営合理化が一向に進まない元凶だ。
 いまのところ、有識者会議の提言のレベルであり、具体的な改革につながるかどうかは不明。
 だが、これは1放送局の経営の問題では済まない。
 国民全体の生活に直結する重大テーマだ。
 岩盤にようやく穴が開けられようとしていることを歓迎したい。

 もう1つの記事は、NHK受信料をめぐる裁判。
 東京地裁で画期的な判決が出た。
 NHKを視聴できないテレビを自宅に設置した者には受信契約の義務がないことを裁判所が認めたのだ。
 原告の女性は、NHKの放送信号を弱めるフィルターを作っていた大学准教授からNHKの映らないテレビを3000円で購入したという。
 NHKの主張としては、テレビの構造上は放送を受信できる機能が保たれており、電波増幅のブースターを付ければ元に戻すことが簡単にできるので、契約義務がある、というもの。
 これに対する裁判所の判断は、新たな出費をして手を加えなければ受信できないテレビは、NHKを受信できる設備とは言えない、とした。
 この判決は、ごくごく常識的で当たり前の判断を示しただけのように感じる。
 だが、これまでの受信料をめぐる裁判に比べると、NHKが完全敗訴になった珍しい例なのだそうだ。
 現行の放送法に基づいた受信料制度そのものに無理がある。
 受信料制度そのものの見直しの気運が高まることを期待したい。
 
 
 
 
 
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2020年06月25日

アメリカで感染再拡大

 本日の日経新聞記事による。
 アメリカでは新型コロナウィルスの完成が再拡大期に入ったという。
 3月中旬から急激に感染拡大が広がり、4月にピークを迎え、5月で減少傾向がみられていたが、6月に入って再び感染が拡大している。
 今では、1日に28,000人もの感染者が出ている。
 
 一時期は感染拡大の中心地はニューヨークやワシントンDCなど東海岸の都市だったが、今まで感染拡大を経験してこなかった西部や南部で感染が広がっているらしい。
 西部アリゾナ州では、人口10万人当たりの新規感染者数が38人と、1か月前の5倍に増えた。
 このままいくと、4月に爆発的な感染拡大を起こしたニューヨーク州と同じルートをたどりそうだ。
 南部のフロリダ州も同じ期間に3倍に膨らんでおり、予断を許さない。
 
 ロックダウンによる景気悪化を懸念した政府は、十分な感染収束を見ないまま経済再開にかじを切った。
 その結果が如実に表れている。
 運悪く黒人差別に抗議するデモも全国で行なわれ、感染拡大を助長しているように見える。
 大統領選の真っただ中で、大規模な選挙集会が行われており、驚いたことに誰もマスクをせずに狭い会場に密集している。
 会場入り口では、検温や消毒を行い、入場者には全員にマスクを配っているのにもかかわらず、誰もマスクをしない。
 第一、候補者のトランプ氏自身がマスクを拒否し続けている。
 どうやら、マスクをつけるのは弱さの表れという見方があるらしい。
 強いリーダーを見せたかったら、マスクは不要というわけだ。

 いまやアメリカの累計感染者は230万人を超え、死者は12万人に達している。
 この数字は今なお増え続けており、第2波の到来で死者は20万人を超えるだろうと予想されている。
 パンデミックは1国だけの問題ではない。
 日本国内で感染が収まったとしても、終息には至らず、世界の別のところの流行が日本へ波状的に襲ってくる。
 世界の感染状況を見ると、パンデミックの終息は簡単ではないと覚悟せざるを得ない。

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2020年06月01日

第2波への備え:パンデミックBCP

 緊急事態宣言が全面解除されて1週間、新しい日常が動き始めた。
 事業者への休業要請は大幅に緩和され、学校も再開。
 元の日常に復帰したわけではなく、第2波の警戒をしながら、日常を取り戻していくステップに入った。
 街中の人出も少しずつ増えてきた。
 臨時休業だった飲食店も開き始めた。
 観光地には近隣の人たちが訪れるようになってきた。
 電車やバスなどの公共交通機関にも人が戻ってきている。
 ただ、北九州市のように、解除と同時に急に感染拡大を見せる地域もあり、緊張感は緩められない。
 
 この新型コロナウィルスがどの程度の季節性があるのかは不明な点が多い。
 だが、過去の感染症の事例から、夏場に一旦小康状態になるという希望的観測があった。
 いま、まさにその希望的観測通り、日本は小康期を迎えている。
 
 新型感染症の状況は刻々と変化する。
 その変化のフェーズごとに名前が付けられている。
 
海外発生期→国内発生早期→感染拡大期→蔓延期→回復期→小康期

 これは新型インフルエンザを想定したフェーズ設定なので、今回のコロナウィルスについては、公式に使われていない。
 しかし、このフェーズ設定は、日本国内における状況認識のために非常に分かりやすい。
 今回のコロナ感染をこのフェーズにあてはめると、次のようになる。
 
12月〜1月:海外発生期
2月〜3月:国内発生早期
4月:感染拡大期
5月:回復期
6月〜:小康期

 緊急事態宣言の発出中は、感染拡大期〜回復期に当てはまる。
 日本では幸いにも蔓延期がなかった。
 いま、小康期にあるが、これで終息に向かうのではなく、いつ第2波が来るか分からない状態だ。
 第2波が始まったとすると、再び感染拡大期に入ることになる。
 そして、蔓延期、回復期、小康期と進んでいく。
 感染拡大期から小康期のループを何度か繰り返しながら終息に向かうことになる。

 第1波はたまたま蔓延期がなく済んだ。
 第2波はどうなるか分からない。
 過去の経験からは、第1波よりも第2波が大きくなるケースがあった。
 また、第1波で感染ダメージの小さいところほど、第2波の被害が大きくなるというパターンも知られている。
 第1波の様子から、第2波も同じような対応で十分と判断するのは危険だ。
 新型コロナに、インフルエンザのような季節性があるとすると、これから夏場はしばらく小康状態が続き、秋から冬にかけて第2波が始まることが予想される。
 この小康期は、いままでの遅れを取り戻し、第2波への備えをする貴重な時間だ。

 企業としては、第2波で来るかもしれない蔓延期の備えがいる。
 この蔓延期というのは、日本国内で感染爆発が起きている状態だ。
 市中感染がいたるところで発生し、医療現場は崩壊し、実際に従業員の中に感染者や重症者が出始める状況と考える。
 この時、企業として考えるべきは、職場で集団感染を起こさないこと、重要業務を維持することだ。

 蔓延期に、我が社はどのように業務を行なっていくのかについて、いまのうちに検討しよう。
 従業員一人ひとりが守るべき行動ルールも、いまのうちに整備しておこう。
posted by 平野喜久 at 09:41| 愛知 ☁| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月27日

郵便局の営業時間短縮は妥当か:新型コロナ対策

 急ぎの書留郵便物があったので、16時過ぎに郵便局に出かけたら、なんと15時に閉店した後だった。
 しかたないので、翌日朝一番で出そうと思って、9時に出かけたら、営業開始は10時からとの張り紙。
 10時まで待つことはできず、先を急ぐ。
 結局この日も郵便を出せず、3日目にしてようやく出せた。

 新型コロナ対策として営業時間を短縮しているのだが、果たして郵便局の時短は意味があるのか。
 飲食店やパチンコ店が営業自粛したり、時間短縮したりするのは意味がある。
 店が開いていれば、どうしても客が来てしまい、そこで感染リスクが発生してしまうからだ。
 閉まっていれば、諦めようとなる。
 諦めたとしても、問題はない。

 ところが、郵便局は事情が違う。
 人びとは郵便局に暇つぶしに来ているわけではない。
 必要があるから来るのだ。
 郵便局が閉まっていたからといって、郵便を出すのを諦めるということはありえない。
 営業時間が短縮すると、その限られた時間に利用客が集中する。
 むしろ、3密状態をわざわざ作っていることになる。
 すると、利用客にとっても、郵便局職員によっても感染リスクを増大させていることになるのだ。

 基本的なインフラにかかわる事業者は、コロナ禍においても極力通常営業を維持する方向で対策すべきではないか。
 
 
posted by 平野喜久 at 10:24| 愛知 ☔| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月24日

不正受給:持続化給付金

FRIDAYデジタルの報道による。

 持続化給付金の受付・支給が実施されているが、当初から懸念されているのが不正受給の横行だ。
 迅速至急を優先させるために、申請方法は極力シンプルに複雑さを避けた仕組みになっている。
 善良な国民を想定して完全に性善説を前提に作られている。
 当然、ここには不正可能な穴がそこかしこにある。
 詐欺師がそれを放っておくはずがない。

 報道では、ある40代男性の事例が紹介されている。
 この男性は節税目的のペーパーカンパニーを2社持っている。
 前年度の売上はほぼゼロ。
 これでは、持続化給付金の対象にならないので、税務署に修正申告書を提出して200万円ほどの売り上げを粉飾。
 同時に経費も200万円分計上。
 利益はゼロで法人税もゼロ。
 今年度のある月の売上を前年度の半分以下になるように作成。
 これだけで、形式上は上限の200万円を受給できる。
 当然、コロナショックで収入が減ったわけでも、資金繰りに窮しているわけでもない。
 それでも、ペーパーカンパニー2社+個人事業主1人で3件、計500万円分の給付金を申請したという。
 この事例の男性はいまは申請した段階で、実際にこれで受給できるかどうかは分からない。

 実際には、もっと多くのペーパーカンパニーを持っている人もいるはずで、もっと多額の不正受給をしようとすれば同じ手法で簡単にできそうだ。
 これは明らかに粉飾決算であり虚偽申告だ。
 実際に受給したとなると詐欺罪が成立する。
 だが、現実にはこの混乱の中、1件ずつ細かく裏どりをしている余裕はない。
 単純作業的に支給が行われるだろう。

 この不正のポイントは、前年度確定申告の修正申告にある。
 これがないと、売上半減以下という条件をクリアできないからだ。
 修正申告後の給付金申請は不正の疑いが濃厚だ。
 しかし、経産省と税務署は情報共有できていないという問題がある。

 ここは不正受給を抑止するためにも、悪質なケースを摘発して、社名や個人名をさらすべきだ。
 不正疑いのケースを見つけるのは簡単。
 修正申告後の給付金申請がキーワードになる。
 複数のペーパーカンパニーの修正申告を一度に行い、直後に給付金申請しているようなケースはよく目立つ。
 何をしても簡単に受給できると分かれば、更に詐欺行為を助長する。
 このような雰囲気は、国民全体にモラルハザードを引き起こしかねない。
 すべての申請を細かく精査する余裕はない。
 目立ったケースをピックアップし、詐欺罪での摘発事例として公表する。
 一罰百戒で、モラルハザードを抑止する手立てが欲しい。
 

 

 
 
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2020年05月18日

申請支援で過大の手数料:持続化給付金の便乗商法

17日付中日新聞による。

 持続化給付金の受付が今月から行われており、8日からは実際に支給が始まった。
 売上が前年同月比で50%以上減少した中小企業に最大200万円、個人事業主に大100万円を支給する。
 この給付金の申請手続きを支援する業者が現れ、過大な手数料を請求しているという。

 ウェブサイトやツイッターで宣伝している。
 手数料は支給金額の10%〜20%が相場。
 例えば、最大金額200万円の給付を得られたとすると、そのうちの20〜40万円が手数料となる。
 目ざとい業者が給付金ビジネスに目を付けた。
 個人事業主の中には、こういう申請手続きが嫌いで、文字だらけの申請要領を読むのも苦手という人もいる。
 パソコンのスキルがなく、オンライン作業ができないという人もいる。
 そういう需要を狙ったものだろう。

 だが、この持続化給付金については、手続き支援をするほどの内容はまったくない。
 国も迅速に必要なところに緊急の資金を注入することに力点を置いているので、手続きは非常にシンプルだ。
 申請はオンラインですべて完了する。
 企業情報と売上数字を入力すると支給額が自動計算される。
 「確定申告書」「法人事業概況説明書」「該当月売上明細」を画像データで送る。
 入金先口座情報と通帳の写真を送れば申請完了だ。
 申請サイトもものすごく分かりやすくできており、専門家でなければ分からないようなところは1つもない。
 独立して事業を行なっている経営者や事業主であれば、これぐらいの作業は難しくもなんともないはず。
 どうしても分からなければ、地元の商工会か、なじみの税理士に相談すれば簡単に済む。

 この給付金は、売上が激減してキャッシュフローが逼迫している事業者を緊急支援するための支援策だ。
 その貴重な給付金から高額な手数料を中抜きしようとするのは、人の弱みに付け込んだ悪徳商法に近い。 
 こんな業者に無駄金を投げるのはもったいない。
 
 実際にこれでどれだけの受注を得ているのかは不明だ。
 たぶん、相談や問い合わせぐらいは来ているだろうが、実際に申請代行する受注にまでは至っていないのではないか。
 ウェブサイトで宣伝し、申請代行の依頼を受けたとしても、必要な帳票類の画像データを送ってもらう必要があり、そんなやり取りがオンラインでできるような事業主であれば、自分で直接にオンライン申請ができてしまうからだ。
 また、申請方法を電話やメールでアドバイスしてもらいながら、自分で申請するとすれば、それは、公的な相談窓口に問い合わせるのと違わない。

 支援業者に過大な手数料を払うような必要性は存在しないことになる。
 あるとすれば、パソコンもスマホもいじったことがない個人事業主が、すべての作業を依頼するケースだ。
 その場合、事業主のところに出向いて、帳票類をスキャンするところから作業を代行することになる。
 それでも、商工会とのつながりがない、税理士との付き合いがないという零細の個人事業主に限られる。
 となると、ウェブサイトやツイッターで宣伝していても、このような客がアクセスしてくるチャンスはない。
 こう考えると、この給付金ビジネスは成り立たないことになる。
 
 
 
  
 
 
 
posted by 平野喜久 at 09:24| 愛知 ☁| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月15日

小康期を経て第2波へ備える:新型コロナ

 14日、緊急事態宣言について39県で解除した。
 これらの地域では、新規感染者が非常に少ないレベルに抑えられており、感染爆発に至る恐れがなくなったからだ。
 この中に、愛知県が含まれていることは注目に値する。
 名古屋は、一時期、いくつかのクラスターが発見され、東京や大阪以上に感染拡大が広がっていた。
 ところが、クラスター潰しを徹底的に行うことで、経路不明の感染拡大を防ぐことができたようだ。
 人口の多い都市部では、感染拡大抑止は非常に難しいが、名古屋では初動がうまくいったらしい。
 宣言解除の対象から外れた8都道府県についても、明らかに感染は収束の方向に向かっており、宣言解除も近そうだ。
 
 2月には、中国武漢で医療崩壊が起き、感染者と死者が急増する様子を見て、明日は日本か、と恐れた。
 3月には、イタリアなどヨーロッパ諸国で爆発的な感染拡大が起き、2週間後の日本か、と心配した。
 4月には、アメリカのニューヨークで感染爆発が起き、次は東京だ、と恐怖した。
 ところが、日本が諸外国の後追いをする気配は少しもなく、まずは一旦小康状態に至りそうだ。
 5月6日現在での10万人当たりの死者数を比較すると、日本の少なさが際立つ。

 スペイン:55.3
 イタリア:49.12
 イギリス:45.35
 フランス:38.53
 アメリカ:22.44
 ドイツ:8.77
 日本:0.44

 日本が2月にクルーズ船の対応に苦労しているとき、ロンドン市長選の候補者が「2020年の五輪はロンドンで開催する用意がある」とコメントし話題になったが、このような油断と認識の甘さが、現状を招いた。
 いまや、イギリスの死者数は3万4千人。
 10万人当たり死者数では、イギリスは日本の100倍以上に達している。

 日本の対策が特別に優れているように見えないのに、なぜ感染爆発が起きず、死亡者も最小に抑えられているのか。
 これは、ジャパンミラクルとして、いまや世界の謎だ。
 ここに諸外国が学ぶべきとっておきの秘策でもあればいいが、それがなかなか見つからないところが悩ましい。
 それで、これをどう解釈すればいいのか、海外メディアも困っているようだ。

 たぶん、特別の対策が功を奏したというよりも、地味で目立たない活動が効果的だったのだろう。
 国内感染早期では、検査数を絞りクラスターをできる限り追跡して叩くという戦略が実行されていた。
 クラスター追跡の特別チームが編成され、見えないところで活動していたようだ。
 その片鱗は、NHKのスペシャル番組で紹介され、私たちの目に見える形で知らされた。
 このような見えないところで、優秀な頭脳集団が地道な活動をしていたのだ。
 不思議と、民放にはこの活動をしっかり取材報道するテレビ局がなかった。
 ただ表面的な情報を捉えて、いろんなコメンテーターに政府批判をさせているだけだった。
 「検査数が少ない」「全国一斉休校にしても無意味」「緊急事態宣言が遅い」
 民放の情報番組だけを見ていると、日本は世界一ダメな国に見える。
 
 この調子で進むと6月には緊急事態宣言は全面解除ということになりそうだ。
 解除といっても、元通りの生活に戻るわけではない。
 一旦、小康状態になるだけだ。
 ウィルスは終息に至っておらず、それがいつまた再燃するか分からない。
 「第2波は必ず来ると考えよ」と専門家が言うようになった。
 その第2波はいつ来るか分からない。
 警戒が緩むと同時に第2波が始まるのかもしれないし、夏場の間は小康状態が続き、秋口から感染が再燃し始めるのかもしれない。
 いずれにせよ、ここで小康期を向かえることになるわけだ。
 この小康期は、私たちにとって非常に貴重な時間となる。
 いままでの遅れを取り戻し、第2波への備えをする時間だからだ。
 
 今回の宣言解除をもって、私たちは元に戻るのではなく、新たなステージに進むことになる。



 
posted by 平野喜久 at 15:17| 愛知 ☁| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする