2021年11月09日

コロナ新指標

 政府の新型コロナウィルス感染症対策分科会が、感染状況を評価するための新たな指標を策定。
 いままでは、新規感染者数などに基づく4段階のステージ分類だったが、それを見直し、医療体制の逼迫度合を重視した5段階のレベル分類に変更した。

レベル0:感染者ゼロレベル〜新規感染者がゼロ
レベル1:維持すべきレベル〜医療が対応できている
レベル2:警戒を強化すべきレベル〜医療に負荷が生じ始めている
レベル3:対策を強化すべきレベル〜一般医療を相当程度制限しなければ対応できない〜緊急事態宣言
レベル4:避けたいレベル〜一般医療を制限しても対応できない〜災害医療的対応

 9月30日に緊急事態宣言が全面解除され、1か月以上が経過した。
 当初は、解除すればリバウンドが起きると心配されたが、今のところその様子はない。
 昨日の新規陽性者数は、全国で107人。
 重傷者も死者も一貫して減少傾向にある。
 ワクチンの2回接種率は74%に達し、先進7か国の中で最も出遅れていた日本が、いまやトップレベルにある。
 抗体カクテル療法などの軽症者が重症化を防ぐ治療薬も登場。
 経口治療薬も年内に実用化の動き。
 この状況を受けて、実態に合った警戒指標を新たに設定したということだ。

 気になるのは、具体的な数値設定が消えたこと。
 従来は病床使用率など数種類の数値をもとにステージを判断していた。
 その数値による判断基準も暫定的なもので、明らかな状況変化の中、従来の数値に縛られ続けるのは問題が多い。
 それで、数値基準がすべてなくなったのだろう。
 その代わり、レベル判断は、分科会メンバーによる総合判断で行われることになる。
 国民に納得感のある判断ができるかどうかがポイントになる。

 日本では1日の新規陽性者数が100人程度になっているが、これほど感染状況が収束している国は他にない。
 イギリスでは1日の新規陽性者数は3万人。
 ドイツでも3万人もの新規陽性者数が記録されており、過去最高の感染レベルにある。
 アメリカでは最悪時期に比べれば収まってきているが、それでも新規陽性者数は8万人レベルだ。
 それらに比べると、日本はほとんどゼロに近い。
 日本のような人口密度の高い国で、これほど感染状況が抑えられているのは、世界のなぞ。
 しかも、他の国のように強権的なロックダウンも行われていない中での感染収束だ。
 「なぜ日本だけ」というのが率直な印象だ。
 その理由は、専門家でも説明がつかないでいる。

 日本だけ感染状況が抑えられているのは、今に始まったことではない。
 去年の早い段階から言われ続けていた。
 欧米で感染爆発が起きている中で、日本の感染状況だけが、10の1から20分の1程度に抑えられていた。
 日本にだけ存在するファクターXがあるのでは、と言われたが、ついにその本質はわからないままだ。
 同じ状況が今も起きている。
 やはり、ファクターXは存在し続けているのだ。

 これから冬を迎えるにあたり、何らかの感染の波があるのは避けられないだろう。
 その時、政府が緊急事態宣言を出さずに持ちこたえることができるかどうか。
 政府がきちんと情報発信をし、国民を安心させることができれば、宣言を出さずに乗り越えられる。
 だが、政府がリスクコミュニケーションに失敗し、国民の不安が増幅してしまった場合は、世論に押されて宣言を出さざるを得なくなる。
 ひとえに総理の発信力にかかっている。

 この冬、宣言を出さずに乗り越えることができれば、日本のコロナ対策完全解除の日は近い。
  
posted by 平野喜久 at 09:53| 愛知 ☔| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年10月29日

皇室のダメージコントロールはだれが?

 小室夫妻の結婚会見。
 眞子氏のマスコミや国民に対する強烈な敵意だけが際立った異様なものだった。
 自分のことで精いっぱいで、周りに気遣いを見せる余裕もなくなっている。
 過剰なストレスにさらされ続け、かなり心を病んでいる様子がうかがえた。
 急遽、質疑応答をなくし、文書での回答にしたのも、理解できる。
 質問は事前に提出させていており、想定外の質問を受けることはない。
 答えを用意し、それを読み上げるだけなのだが、それもできない心理状況なのだろう。
 特に疑惑追及型の質問については、考えるだけでまともな精神状態を維持できなくなっているのかもしれない。
 眞子氏の精神的な病状を、周りの人たちもなすすべがなく、本人の意に添うように対応するしかなくなっているように見えた。

 小室夫妻の結婚問題は、4年前の婚約発表の直後から継続していた。
 国民の心配や疑念が常に存在しており、消えることがなかった。
 むしろ、時間を経るにしたがって、それは増幅していった。
 そして、とどめは最後の結婚会見で、国民の心配は嫌悪感に変わり、それは皇室全体への不信感に発展しそうだ。

 なぜ、事態を悪化させ続け、ついに皇室の危機までもたらしてしまったのか。
 有名人のゴシップとしてではなく、危機管理の問題として考えてみたい。

 まず、この結婚問題に対する責任者はだれなのか。
 つまり、誰がこの問題のダメージコントロールをしていたのか、ということだ。
 実は、ここがわからない。
 宮内庁か。
 長官のコメントを見ると、傍観者的な姿勢で、この問題にまともに関与できていないのがわかる。
 長官は定期的に記者会見を行っているが、皇族方の様子を伝えたるだけだ。
 皇室内の問題に積極的に関与し、いい方向にもっていこうという意思も能力もなさそうに見える。
 宮内庁はそもそもそんな役割も権限も与えられていないのだろう。
 せいぜい、政府から派遣された皇族方のお世話係であり、皇族の問題になにがしかの働き掛けをするということ自体が出すぎた行いなのだ。
 宮内庁としてはただただ見守るしかなかったというのが実情だろう。

 では、ダメージコントロールの主はだれか。
 秋篠宮皇嗣殿下か。
 殿下もずいぶん心を悩ませておられた。
 家庭内では、眞子氏への説得も含めて努力をされたと思う。
 しかし、彼女の心を変えるまでには至らず、万策尽きて結婚を認めざるをえないことになった。
 国民の理解を得られていないことをもって、納采の儀など一連の儀式を行わない決断をされた。
 この儀式中止の決断に、殿下の苦悩と覚悟が見て取れる。
 これは、国民の理解が得られないまま結婚させることになってしまったことに対する、国民への謝罪に見えた。

 皇室内の問題としてとらえると、そのダメージコントロールの主は、天皇陛下または、上皇陛下か。
 両陛下も内々に働きかけを行っていただろう。
 強権的にご聖断を下せば、ことは抑え込めたかもしれないが、眞子氏の精神的ダメージは深刻な事態に至っており、とてもそのようなことで収まる状況ではない。
 結局、秋篠宮家内でもこじれて膠着してしまっている問題を、誰もどうすることもできなかったのが実情だったのだろう。
 誰もどうすることもできなくなった問題を、国民はハラハラしなかが見守り、心配し続けてきた、というのがこの問題の構図のようだ。

 では、実際はだれがダメージコントロールをしていたのかというと、眞子氏だったのだ。
 スキャンダル発覚後に、小室氏をアメリが留学に行くように仕向けたのも、留学中は何の行動も起こさず存在感を消すようにしたのも、今年4月になって6万文字にも及ぶ金銭トラブルの釈明文書を公表させたのも、眞子氏の差し金だったことを自ら明かした。
 眞子氏が複雑性PTSDに罹患していることを公表させたのも彼女の意思による。
 そして、このPTSDは国民の非難中傷が止めば寛解すること、PTSDであっても渡米の準備はできることを公表させたのも彼女の意思による。
 彼女なりに、どうしたらダメージを最小限に抑えられるかを必死で考えてきたことがわかる。
 しかし、事態は悪化の一途だった。
 何か手を打つたびに国民感情は悪化し続けた。
 つまり、対応がことごとく間違っていたことになる。

 たぶん、彼女は国民感情を読み間違えていたのではないか。
 実社会で暮らしていない彼女は、どのように国民の声を感じ取っていたのだろう。
 もしかしたら、彼女の情報源は、週刊誌報道とネット上の書き込み、そして小室氏とのウェブ会話。
 この偏った情報の中で、被害妄想を膨らませ、自分ひとり悩み、苦しんでいたのではないか。
 あの結婚会見での国民に向けた憎悪と敵意は、いままで蓄積された彼女の思いの発露だった。
 本人は必死に対応しようとしているが、はた目にはあまりにも幼稚で大人の知恵が少しも入っていないのがわかる。
 経験豊かな人の助けを得ることなく、ひとりでもがき苦しんでいるさまが痛々しく、お気の毒だ。

 よく、記者会見は小室氏が一人で対応し、自由質問が尽きるまで答えるということをすべきだった、という人がいる。
 確かに、そうすれば、小室氏の心意気を国民は肌で感じ、印象が好転したかもしれない。
 だが、それは眞子氏が許さなかった。
 小室氏が質問攻めにあい、窮地に立たされている姿を見ることすら、眞子氏には精神的に耐えられないことなのだ。
 
 複雑性PTSDという精神疾患は、一般には並大抵の病気ではなく、人格が崩壊するほどのかなり深刻な状態を言うらしい。
 記者会見の場で、神経に障る質問が出たときに、まともな精神状態を保てなくなる。
 会見会場には、妹の佳子様がひそかに駆けつけていたという。
 それほど心配な状態だったのだろう。
 深刻な病気を患っている眞子氏を、周りはどうすることもできず、ひたすら彼女の意に添うように進めるしかなくなっていたのかもしれない。
 彼女が一刻も早く苦しみから解放されることを願わずにはいられない。

 問題は、今回の結婚騒動が、皇室の危機に発展しかねないことだ。
 今ほど、国民の心が皇室から離れてしまったことはない。
 眞子氏の結婚に異を唱えた人は、もともと皇室に嫌悪感を持っていた人ではない。
 むしろ、皇室に敬愛の情を持っていた人ほど、今回の結婚に苦言を呈していた。
 それほど、眞子内親王殿下のことを心配していたのだ。
 ところが、眞子氏の言動は、皇室を支えている国民を敵に回してしまった。
 これが大問題なのだ。
 ダメージコントロールの失敗は、眞子氏が主導権を握ってしまって、他の人間が手出しできなくなったこと。
 そして、眞子氏自身が国民の真の声を理解できずに、ただ否定的な声を振り払うことしかできなかったこと。
 未熟なパイロットに乗っ取られた飛行機がダッチロールを繰り返して、ついに墜落してしまったという印象だ。

 だが、危機管理のポイントは、この先にある。
 それは、今回の結婚騒動を皇室の危機につながらないようにすること。
 これについては、また、別の機会に。 

 
posted by 平野喜久 at 13:51| 愛知 ☀| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年10月27日

眞子さん会見の目的

 26日、秋篠宮ご夫妻の長女、眞子さまが結婚された。
 午後には、小室眞子さんとして、都内のホテルで小室圭さんと記者会見に臨んだ。
 記者会見といっても、記者を前にメッセージを読み上げただけで、質疑応答に応じることもなく退場。
 事前に出されていた質問には文書での回答が報道陣に配布された。

 この会見は、何を目的に行われたのか不明だ。
 国民の理解を得ようとしたのか。
 これまでの誤った報道を正そうとしたのか。
 それとも、いままで国民に心配かけたことを謝罪しようとしたのか。

 いずれも違う。
 これまで、何も言えず溜まっていた鬱憤を一気に吐露した印象だ。
 いまさら、国民に理解してもらおうとしていないし、誤った報道を正そうともしていない。
 まして、国民に心配をかけたことを謝罪する気持ちは少しもない様子だった。

 この会見で一番感じたのは、眞子さんの恨みと怒りだ。
 恨みと怒りの対象は、間違った報道を繰り返したマスコミと、その間違った報道を鵜呑みにして誹謗中傷した国民だ。
 眞子さんが今まで、いかに報道と国民の声に心を苛まれてきたかがわかる。
 複雑性PTSDとはこのことか、と理解した。

 この会見で、もう1つ感じたのは、主導権が眞子さんにあることを強調していたことだ。
 それは会見全体の演出からそうなっていた。
 まず、屏風の陰から登場するときには、眞子さんから進み出て、続いて小室さんが従って出てきた。
 壇上に上がるときには、眞子さんからすたすたと上がり、小室さんがそれについていく。
 お辞儀をするときも、眞子さんのタイミングに小室さんが合わせている。
 会見のメッセージは、眞子さんが口火を切り、小室さんは途中の補足説明のような部分を読み上げ、最後は眞子さんの言葉で締めくくり。
 退席の時には、眞子さんからさっさと壇上を降りていく。
 皇族の習慣では、夫の前を妻が歩くというのは、あり得ないため、はっとさせられる光景だった。
 もしかしたら、眞子さんが皇室を毛嫌いする理由は、こういうところにあったのか。
 
 メッセージの中では、驚くべきこともさらりと触れられていた。
 「圭さんのお母様の元婚約者の方への対応は、私がお願いした方向で進めていただきました」
 「圭さんが将来計画していた留学を前倒しして、海外に拠点を作ってほしいと私がお願いしました」
 これまでの小室さんの言動は、すべて眞子さんの差配によるというのだ。
 
 いままで、マスコミ報道では、世間知らずの眞子さんが、狡猾な小室さんの言いなりになり、好きなように利用されている、との論調が見られた。
 こう思われていることが、ことのほか腹に据えかねたらしい。
 それを完全否定するために、今回の会見が設定されているかのようだ。

 さて、この会見は、どのような結果をもたらすのだろうか。
 目的のはっきりしない会見なので、その成果は評価しようがないが、少なくとも国民の理解を得られる方向には役立たなかったことは確かだ。
 むしろ、眞子さんの怒りを感じ、近寄りがたさを感じた人が多かったのではないか。
 
 眞子さんの結婚問題は、単に、有名人のゴシップネタで終わらない。
 これは、皇室存続の危機にもつながりかねない深刻な事態を招いている。
 というのは、明治以降、これほど皇室に対する国民の不信感を招いたことはなかったからだ。
 今回の結婚問題を、皇室の危機管理の問題としてとらえると、奥が深い。
 次回は、危機管理の視点から、この問題を考えてみたい。
posted by 平野喜久 at 15:20| 愛知 ☁| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年10月20日

新ドラマ「日本沈没〜希望のひと〜」

 10月10日から新しいドラマが始まった。
 「日本沈没〜希望のひと〜」(TBSテレビ)
 原作は、小松左京のSFで、1970年代に大ヒットし、映画化され、その後、ドラマ化され、高視聴率を取った。
 それが再び登場だ。
 ただ、原作通りではなく、コンセプトはそのままで、時代を現代に置き換え、新たにストーリーを構築したという印象だ。
 災害多発の時代に合って、このテーマがリバイバルされるのは、タイムリーと言え、今後、どのようなストーリー展開になるのか、楽しみだ。

 田所博士を香川照之が演じており、浮世離れしたマッドサイエンティストぶりを発揮している。
 主人公は、原作とは違い、環境省の若手官僚:天海啓示という設定だ。
 第2回までのドラマ展開では、当初は、田所の関東沈没説に反発していた天海が、田所を無理やりつぶそうとする政府や研究者の姿勢に反感を覚え始める様子が描かれている。
 ここまでは、官僚同士の話し合いや、閣僚らの動きが中心になっており、ドラマとしては見どころがない。
 伊豆半島沖にあるという日之島という島が突然沈没する様子が描かれていたのが、唯一の見どころだった。

 旧作ドラマの日本沈没では、CGが存在しない時代で、すべてがミニチュアモデルを使用しての演出だったが、ここが今回はリアルに描かれることになりそう。
 制作費に20億円をかけたらしい。
 今後のスペクタクル場面に期待が高まる。

 旧作ドラマは26回シリーズだった。
 1回ごとに必ず日本のどこかで異変が起き、地震が発生し、有名な観光地が破壊される場面が登場した。
 誰もが知っている観光地が被災する場面は、見る者がカタルシスを得られる見どころでもあった。
 印象に残っているのは、金閣の水没、清水寺の倒壊、鎌倉大仏の地盤沈下、東京タワーの水没。
 いま見直してみると、模型を作って壊しているだけというのがまるわかりだが、それでも、当時はその映像に目を見張った。
 新作ドラマではCGでどこまでスペクタクル場面を再現できるだろうか。
 
 さて、このSFの最初の見どころは、日本沈没説がどうして出てきたのか、というところだ。
 現実には日本列島が沈没するというのはありえない。
 これは、水に浮いている木切れが、突然沈み始めることはありえないのと同じように、日本列島が沈没することは原理的にありえない話だからだ。
 しかし、SFではそこを乗り越えないとストーリーが進まない。
 そこで、それをどのように乗り越えているのかというところが、注目ポイント。

 ドラマ中では、田所が関東沈没説の根拠を説明する場面がある。
 いきなり日本沈没ではなく、関東沈没から話が始まっているのが面白い。
 田所の説明では関東沈没の根拠はこうなっていた。
 関東地方は、太平洋プレート、フィリピン海プレート、北米プレートという3つのプレートがぶつかり合っている世界でも非常に珍しいところで、この3つのプレートが重なり合って微妙なバランスを保っている。
 ところが、最近の地球温暖化による海面上昇で、このバランスが不安定になってきた。
 そのことで、プレートの境目ではスロースリップ現象が起き始めており、なおかつ政府が行っているコムスという海底掘削事業により、海側プレートの沈下速度が速まっている。
 このことにより、関東の沈没が引き起こされる。
 
 「地球温暖化」「海面上昇」「スロースリップ」という最近のキーワードを混ぜ、海側プレートの沈下と陸側プレートの引きずり込まれという専門知識をベースにうまく沈没説を構成していた。
 専門家が見れば、「なんのこっちゃ」の説明にしかなっていないが、素人には十分リアリティのあるストーリーだろう。

 日本沈没は、結論が題名になってしまっている珍しい作品。
 結論がわかっていながら、どのようにそこまでのストーリーが展開していくのかについていろんなイマジネーションを掻き立て、期待感が大きい。
 現代版の日本沈没、今後の展開を楽しみたい。

 
posted by 平野喜久 at 14:25| 愛知 ☁| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年10月12日

韓国「日本は患者数改竄」

 日本のコロナ新規陽性者数が急減している。
 昨日は369人だった。
 全国で369人という数字は最近見たことがない。
 じわじわ下がってきたというより、ピークを越えた後、急に減少し始めたのが特徴だ。
 いろんな原因が指摘されているが、いずれも、これほどの急減を説明しきれていない。
 今回のウィルスは謎が多い。

 日本で感染縮小が起きているのに対して、韓国では感染拡大が止まらない。
 そのことで、韓国政府は批判にさらされているようだ。
 「日本では感染収束が実現しているのに、我が国政府は何をしているのか」
 政府批判には「日本では〜なのに」という批判が一番効果がある。
 この批判に対する反論がメディアを賑わせているらしい。

 10日付産経新聞による。
 左派系の評論家が、「自民党が衆院選で勝利するため、PCR検査数を減らして感染者数を抑制している」と持論を展開しているそうだ。
 「1か月で感染者が10分の1になるなってことはない。そんなやり方があれば世界はとっくにコロナを撃退している」
 「政府が詐欺行為を働いてはいけない」
 「日本メディアも日本政府の不正を指摘できずにいる」
 と言いたい放題。

 保守系の中央日報でも、日本の急激な感染者数減少は「専門家も明確な説明を出せずにいる」と指摘し、「検査の減少による錯視効果」の可能性を示唆している。

 「日本で感染者が少ないのはPCR検査が少ないからだ」という指摘は、去年の早いうちからあった。
 欧米の各国で感染拡大が急拡大しているときに、先進国で日本だけが感染状況が落ち着いていた。
 感染者数としては、10分の1〜20分の1というレベルにとどまっていたのだ。
 なぜ日本だけ感染状況が少ないのか、というのが世界の謎だった。
 そこで指摘されたのが、「PCR検査が少ないからだ」というもの。
 「PCR検査を絞って、感染者数が大きくならないようにしている」
 などという言いがかりのような指摘もあった。
 特に左派系の論者からはこの主張が強かった。
 日本だけが優れている、ということを認めたがらない人たちがいたのだ。
 検査を増やせば日本だって欧米並みに感染者数が増えるに違いないとの憶測があった。
 彼らは、「今のニューヨークは2週間後の東京だ」などと警告を発するふりをしながら、日本でもっともっと感染者が増えることを期待しているかのようだった。
 ところが、検査が少ないために、感染者を補足しきれていないとしたら、感染者以外の人びとの間で肺炎患者や重症患者が増加し、医療現場で異常事態が起きているはず。
 だが、医療現場でそのような不自然な現象は起きていなかった。
 また、医療現場でとらえきれない感染者が増えているようだったら、それは、死者数の増加として必ずカウントされるはず。
 ところが、そのような実態もないという報告があり、ただだちに否定された。
 それでも、納得しない人たちがいて、「ある葬儀屋から聞いたが、斎場は順番待ちでパンクしているらしい」などというデマのような情報を公共メディアで発信するものまで現れた。
 この情報は葬儀業者により否定された。
 いまでは、感染者数を抑えるために検査を渋っているなどという言いがかりを言う人は存在しなくなった。

 その言いがかりを、いま周回遅れで韓国メディアが取り上げ始めているというわけだ。
 韓国は去年、感染者数をいち早く抑え込むことに成功したことから、世界に誇るK防疫として大統領が自賛した。
 日本の失敗と韓国の成功は、韓国民にとって気持ちのいいことらしい。
 ところが、いまそれが逆転してしまっている。
 そのとき、韓国の感染拡大をいかに抑えるかという議論をするのではなく、日本の成功はまやかしだ、ということで精神的な安定をたもとうとしている。
 こと日本のことになると、まともな判断力を失う韓国。
 
 韓国では与党の次期大統領候補が決まった。
 イジェミョン氏。
 この人の持ち味は「サイダー発言」。
 国民がスカッとすることを言ってくれるからだ。
 日本に対して強硬的な発言をすると、韓国民がスカッとするのだそうだ。
 彼が大統領になった場合、日本はこのサイダー発言に付き合わされることになるのか。


  

 
 
posted by 平野喜久 at 18:43| 愛知 ☁| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年10月07日

新規陽性者急減の理由が不明

 このところコロナの新規陽性者の数値が急減している。
 8月20日に25866人を記録したが、いまでは1000人前後で推移するようになった。
 さて、ここで疑問なのは、コロナ感染の波は何によって引き起こされているのか、ということだ。
 
 感染の波の形を見てみると、富士山型を示す。
 つまり、感染拡大が始まると一貫して上昇傾向を示し、ピークを打った後は、一貫して減少し続ける。
 なぜこのようなきれいな形になるのだろうか。
 これが、人為的な原因により引き起こされているのだとしたら、この富士山型と同じような動きをする人為的なデータが見つかるはずだ。
 街の人出のデータ、高速道路の交通量、交通機関の利用状況・・・
 だが、感染の増減と同じ動きをするデータが存在しないのだ。

 もう少し細かく陽性者数データを見ると、急減しているのは東京、大阪だけではない。
 日本全国で同じタイミング同じスピードで減少し続けているのだ。
 なぜこんな奇妙な現象が起きるのか。
 この現象は日本に限らない。
 海外諸国の中でも、日本と同じような感染状況になっている国がいくつも見つかる。
 アメリカ、ドイツ、フランス、カナダ、フィリピン、マレーシア、インドネシア、イスラエル・・・
 いずれも7月8月にピークを迎え、いま一貫して減少傾向にある。
 もしかしたら、ここにコロナウィルスの特性が隠されているのかもしれない。

 専門家は、いま感染が急減している理由をいくつも挙げている。

1.大きな感染拡大を見て、人々が行動を自粛するようになった。
2.ワクチン接種が進んだ効果が表れてきた。
3.天候気候の変化による。
4.などなど

 いろいろな解釈が提示されるが、いずれも思い付きレベルの仮説にすぎない。
 実データにより確証された原因はない。
 ここから導かれる結論は簡単だ。
 専門家にも原因がわからないのだ。

 2002年11月に始まったSARSもコロナウィルスだった。
 2003年に入ってから感染拡大が始まり、世界に飛び火していった。
 ところが、4月ぐらいから急に減り始め、6月中にはほとんどなくなり、7月にはWHOにより終息宣言が出た。
 ワクチンも特効薬もない中で、第1波だけで終わってしまった。
 これも、なぜ勝手に終息してしまったのか、原因は分からないままだ。

 専門家は今でも、これで行動が緩むとリバウンドにつながってしまう、と警戒を呼び掛け続けている。
 彼らの言っていることは昔から変わっていない。
 「行動を自粛せよ」
 本当にこれが専門家の見解なのか。
 国民にとって、これほど役に立たないアドバイスはない。
  
 行動自粛をいつまでも続けているわけにはいかない。
 どこかのタイミングで日常生活に戻していく必要がある。
 その最初のタイミングは11月に訪れるのではないか。
 「コロナ対策のための制限は全面解除し、完全日常活動に戻ろう!」
 コロナ感染がゼロではない中で、制限全面解除に踏み切るには大きな決断がいる。
 岸田総理は最大の試練を迎えることになる。
 この決断に踏み切れるかどうか注目だ。
posted by 平野喜久 at 19:32| 愛知 ☁| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年09月06日

ワクチン情報の怪

 毎日新聞の報道による。
 岡山県美咲町で4月下旬にあった新型コロナウイルスのワクチン接種のための予行演習の求人情報が、
8月下旬になって「ワクチン接種を促すための演出」といった誤った情報とともにSNS上で飛び交ったという。

 事の真相はこうだ。
 今年4月、美咲町でワクチン接種のシミュレーション訓練を行うにあたって、役所の職員だけでは足りず、協力者を募集した。
 会場で案内する人、接種を受ける人、問診をする人、接種をする人などの役を募集したのだ。
 求人票には「ワクチン接種デモンストレーションのエキストラ募集、時給1400円」とあった。
 これが、実施から4カ月たった8月28日ごろからSNSで拡散した。
 どのような文脈でこの求人票が拡散したのかというと、「渋谷の若者向け接種会場の大行列は仕組まれた演出」と言いたいわけだ。
 
 この情報は、明らかにワクチン反対派の仕業による。
 渋谷の接種会場が始まった時、大行列を作る若者の姿がニュースになった。
 若者はワクチンに消極的と思われていたが、実態はまったく違うということに皆が驚いた。
 だが、ワクチン反対派は、この様子が気に入らなかった。
 「みんながワクチンを打ちたがっているかのような様子を見せ、若者に接種させようとする陰謀だ」とばかりに、関係ない求人票をネタにデマを拡散した。

 デマの発信者の意図はどこにあるのか。

1.衝撃的な情報を投げかけ世間を騒がせたい。
2.ワクチン接種にブレーキをかけ、コロナ終息を妨害したい。
3.ワクチンの危険性を知らせ、騙されている人々を救いたい。

 3は悪意がないだけに厄介な存在だ。
 ワクチンが危険だと思い、自分が接種を拒否するだけでは収まらない。
 家族にも親戚にも知人にも危険情報を伝えたがる。
 更に、一般社会に向けて危険情報を拡散しようとする。
 デマは、発信されても拡散する人がいなければ立ち消えになる。
 このような悪意のない人がいる限り、拡散し続ける。
 デマ発信者は、このような善意の拡散者をいかにその気にさせるかに長けていて、今回の求人票のネタはうまくはまった。
posted by 平野喜久 at 10:15| 愛知 ☀| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年09月05日

菅総理:総理代行としては立派だった

 菅総理が総裁選不出馬を表明。
 これで任期限りの退陣が決まった。
 もともと菅氏は総理候補と目されていなかった人だ。
 昨年、安倍総理が病気のため辞任することになり、その直後の自民党内の派閥領袖の思わくで担ぎ上げられて菅総理が誕生した。
 官房長官だった菅氏が、突然の安倍総理退陣を受けて、総理代行を務めてきたという印象が強い。
 安倍総理の任期だった今月をもって退陣となるのは自然な流れだ。
 菅総理も、最後は続投へ向けて悪あがきをしてしまったために、無様な姿をさらすことになった。
 菅氏は総裁選への出馬意欲は早くから表明していたが、岸田氏が力強く出馬表明したことから様子が変わった。
 総裁選惨敗で退陣というみじめなことを避けるためには、総裁選前に解散総選挙に打って出るしかない。
 党内人事と組閣を一新して解散する道を模索するも、党内から猛反発を受け、手詰まりとなった。
 最後は、菅総理に寄り添いアドバイスができる相談相手も存在せず、孤独の中での決断だったようだ。

 菅総理の人気のなさは、気の毒であった。
 特別の失策があったわけではない。
 致命的な不祥事やスキャンダルがあったわけでもない。
 国民のコロナ対策への不満があったが、これは世界中のリーダーが直面している難題であり、菅総理特有の事情によるものではない。
 むしろ、携帯電話、不妊治療、デジタル庁、汚染水、ワクチン接種など、着実に実績を上げた政策は多い。
 それがまったく評価されないまま退陣に追い込まれたのは、本人も悔しい思いだろう。
 ただただ、コロナ禍における国民のフラストレーションのぶつけ先として矢面に立たされてきた。
 安倍退陣を受けての総理代行としては、見事に役割を果たした。
 一番大変な時期の政権運営を担ってくださってありがとうと感謝したい。

 彼の不人気は、ひとえに口下手によるものだ。
 緊急事態宣言の発出のたびに総理自ら記者会見を開いた。
 安倍総理の時のスタイルを踏襲してプロンプターを使っての会見。
 秋田訛りの聞き取りにくさはあるものの、はっきりとした口調で、詰まることなくスピーチができていた。
 話の内容も、過不足のないポイントを押さえたもの。
 なのに、彼の言葉が国民に響かないのだ。
 彼の言葉が伝わらないというのは、早くから指摘されており、本人もかなり気にしていたようだ。
 少しでもメリハリが出るように、少しでも思いが伝わるように、との努力の跡がうかがえた。
 だが、そこには限界があり、効果はなかった。
 本人にしたら、「こんなに丁寧に説明しているのに」「こんなに心を込めて話しているのに」という思いばかりが募ったことだろう。
 たぶん、支持率がこれほど低くなる理由が理解できなかったのではないだろうか。

 次は、単なる総理代行ではなく、本格的な政権確立を目指すリーダーを選ぶことになる。
 総裁選には、既に何人かが意欲を見せている。
 派閥領袖の思わくを排除し、立候補者による政策論争に期待したい。
 
 

 
posted by 平野喜久 at 10:08| 愛知 ☁| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年08月30日

若者はコロナリスクに無頓着という先入観

 東京都では、渋谷で若者向けのワクチン接種会場を設けたところ、予想以上の人が集まってしまい、混乱を引き起こしていた。
 都の担当者が「こんなに集まるとは思っていなかった」と驚いているという。
 当初の目論見は、街中を出歩いている若者を接種センターに誘い込んで、少しでもワクチンを打ってもらおうということだった。
 渋谷の目立つところに設置することで、話題にもなり、その様子を見せることで、啓発活動にもなると思っていたようだ。
 この目論見の前提には、「若者はコロナなど気にしておらず、ワクチンにも消極的」とのイメージがあった。
 このイメージは、マスコミ報道で作られた虚構だった。
 テレビの報道番組では、街中の人出が減っていない報道とともに、渋谷の人込みを映し、ついでに出歩いている若者にインタビューを試みている。
 人込みを歩いている若者に聞いているので、その答えはたいていコロナに無頓着なものが多い。
 「若者は感染しても重症化しないみたいだから、大丈夫かな・・・」
 「緊急事態宣言が出ても、何も変わらないし・・・」
 「ワクチンはなんか怖いって話を聞くし・・・」
 こんな調子で、「無頓着な若者が不用意な行動をするために、感染が拡大している」という先入観に基づいて報道取材が行われており、報道内容はそのイメージに沿った内容になる。
 都の担当者は、マスコミ報道に引きずられ、無頓着な若者にワクチンを打たせるかと考えてしまったようだ。

 だが、実際は、若者の多くはコロナリスクを恐れており、一刻も早くワクチンを打ちたがっていた。
 ただ、中高年を優先に接種が進んでいるために、若者にまで順番が回ってきておらず、打ちたくても打てないのが実情だ。
 地元自治体で接種しようとしても、予約希望が殺到して、予約を取ることはおろか、ウェブサイトにアクセスすることすらできない日々が続いている。
 予約なしでも摂取できるという渋谷の接種センターに、ワクチン難民の若者が殺到するのは当たり前だった。

 テレビ報道では、街中の人出について取り上げるときに、渋谷のスクランブル交差点が映し出されることが多い。
 その意図は、緊急事態宣言なのに人出が減っていない、と言いたいのだ。
 だが、実際のデータを見てみると、渋谷スクランブル交差点の人出は、コロナ前に比べて半分以下に減っている。
 いまでもずいぶん人出が多いように見えるが、コロナ前はこの倍以上の人込みだったのだ。
 既に半分以下に抑えられているのに、更に人出を減らせとは無謀な要求だ。
 デルタ株に置き換わって、感染の現場は、街中や飲食店ではなく、家庭内や職場が主流になってきている。
 いまのコロナリスクは、従来とは違うステージにあることをまず認識する必要がある。
 
 
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2021年08月26日

ワクチンパスポートは未接種者の差別ではない

 ワクチンパスポートの是非について議論が始まっている。
 既に海外では、ワクチン接種が済んだ人にイベント参加や施設入場の許可を与えるために、入り口での証明書の提示を求める政策が実行されている。
 ワクチン接種がある程度進んできても、まだ集団免疫に到達した国は存在しない。
 だが、いつまでも行動制限をかけたまま放置すると社会経済活動が停滞してしまい、そちらの方の影響が深刻になる。
 それにワクチン接種したのに従来と変わらぬ生活では、何のためのワクチンかということにもなりかねないし、未接種者への動機づけにもつながらない。
 それで、ワクチン接種が済んだ人については行動制限を解除し、積極的に活動を促し、社会を動かす側に回ってもらわなくてはいけない。
 「ワクチン接種が済んだ人から、まず社会活動を」というのが本来の趣旨だ。

 だが、ワクチンパスポートの議論で必ず出てくるのが、「未接種者への差別につながらないか」という意見だ。
 例えば、イベント会場の入り口で接種者は入れるが、未接種者はお帰りいただくことになる。
 これは未接種者を社会から排除することになるというわけだ。
 だが、これは未接種者を不当に排除しているわけではなく、むしろ、未接種者を感染リスクから守る取り組みと解釈すべきだ。

 いまのデルタ株はその感染力が格段に強いのが特徴だ。
 専門家の中には、水疱瘡並みの感染力があるのではないか、との見解もある。
 水疱瘡は空気感染を起こすことで知られ、場合によってはすれ違っただけで感染する。
 デルタ株は、それほどの強力な感染力を持っているということだ。
 いま、ワクチン接種が6割以上で完了している国においても、新たな感染拡大が進んでしまっているのは、このデルタ株が未接種者を中心に広がっているからだ。
 それほどデルタ株の感染力が強い。
 ということは、ワクチン未接種者は、いま従来以上に強い感染リスクに晒されているということになる。

 ワクチン接種が最も進んでいる国の1つイギリスでは、いままで強力なロックダウン政策を実施してきたが、7月から制限の全面解除に踏み切った。
 ワクチン接種がある程度進んできたこと、重症化率も下がってきたことを見て、政府が決断した。
 このせいで、未接種者を中心にデルタ株の感染拡大が急上昇することになった。
 それでも、医療逼迫が起きなければよし、との判断だ。
 これは、今後のコロナ政策のモデルケースとなる。
 ある程度の感染リスクは受け入れながら、日常活動に戻っていく。
 いま、世界はこのイギリスモデルがどれだけ成功するのかに注目している。

 さて、このイギリスモデルは、ワクチン未接種者を感染リスクに晒す政策であることにお気づきだろうか。
 世の中が行動制限解除により、通常活動に戻る。
 すると、接種者は感染しにくいし感染したとしても重症化せずに済む可能性が高いが、未接種者は簡単に感染してしまうことになる。
 周りに接種者が増えて従来通りの活動をする人ばかりになるほど、未接種者が感染するリスクだけが高まっていくことになる。
 従来の常識では、ワクチン接種が6割に至れば、集団免疫に至り収束に向かうだろうと見られていた。
 だが、イギリスのケースを見ると、6割程度では足らないことが分かる。
 それほどデルタ株の感染力が強力なのだ。

 このデルタ株は、ワクチン接種が進むインドで発生した変異株。
 皮肉なことだが、ワクチン接種が進んでいたから、未接種者への感染力を強めたデルタ株が天下を取ってしまったのだ。
 ウィルスの世界は、一党独裁で、多党連立はありえない。
 ある種のウィルスが天下を取ると、他のウィルスは駆逐されてしまう。
 いま、世界を支配しているのは、このような性質を持つデルタ株だ。

 ということは、ワクチン接種が進んで世の中の制限解除が進むと、未接種者の感染リスクだけが上昇し続けることになる。
 これを避ける政策がワクチンパスポートなのだ。
 ワクチン接種が済んだ人は、積極的に活動してもらうが、未接種者を同じ環境に置くと感染リスクが高まってしまうので、未接種者だけは従来通りの感染対策を継続する必要がある。
 それで、接種者と未接種者を区別する必要があるのだ。
 これは、未接種者を不当に差別するためではない。
 未接種者を、増大し続けている感染リスクから守るために行われるものだ。
 そこのところの理解を促す説明が政府に必要だが、いまの総理をはじめとする担当閣僚の説明力のなさには絶望せざるを得ない。

 今後の日本政府の姿勢が見えるようだ。
 ワクチンパスポートの政策が検討されるが、「差別だ」との批判にひるんで、実行できないまま、ずるずると緊急事態宣言を出し続けることになりそうだ。
 ワクチン接種がいくら進んでも、政策転換しなければ、いつまでたっても制限解除ができない。
 これからは、接種者と未接種者を区別する政策の転換が求められる。
 これがなければコロナ禍のトンネルは抜けられない。
 政府はいいことも一杯やっているのに評価されていないだけ、という側面があることも認めるが、説明力のなさによりできる政策が実行されずにいることも確かなのだ。 
 
<補足>
 ワクチンパスポートについて、「偽造防止をどうするのか」という意見がある。
 未接種なのに、ワクチンパスポートを偽造して入場しようとする者がいるのではと心配しているのだ。
 これは、「ワクチンパスポートは、未接種者を排除して、接種者を守ることが目的」と誤解しているために出てくる意見だ。
 この政策は、接種者を守るのではなく、未接種者を守るためのものなので、嘘をついて入場してしまったら、その本人が感染リスクに晒されるだけの話なのだ。
 ワクチンパスポート偽造は、本人の利益にならず意味がないことが分かる。
 そういう意味でも、この政策を実行するときには、「これは未接種者を守るためののものだ」という意味付けを十分国民に納得させる必要がある。  
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2021年08月23日

ブレイクスルー感染:ワクチンは感染まで防げない

 ワクチン接種したのにもかかわらず新型コロナウィルスに感染してしまうケースがある。
 ワクチンでできたはずの免疫の壁をぶち破ってしまうことからブレイクスルー感染と言われる。
 今回のコロナワクチン、ファイザー製、モデルナ製のワクチンは、3つの効果が期待されている。
 1.感染防止、2.発症防止、3.重症化防止
 これらのワクチンは、95%という高い有効性があると言われ、接種の進んだ国でその効果が確認されている。
 だが、確認されているのは、発症防止と重症化防止であって、感染防止はどの程度の効果があるのかははっきり確認できていなかった。
 特に、今回の新型コロナは、もともと感染しても無症候のケースが多いウィルスであり、感染者は症状がないうちからウィルスを広げることが知られていた。

 イスラエルは世界でも最もワクチン接種の進んだ国の1つだ。
 6月にはほとんど感染者をなくすことができたために、ここで一気に行動制限を解除し、マスクの義務も外した。
 ところが、その直後から感染の再拡大が起きたのだ。
 今では1日の感染者数は6000人を超え、かつてのピーク時と同程度の感染状況に至ってしまっている。
 政府は慌てて、マスクを再義務化し、行動制限を呼び掛ける事態となった。

 現在、日本における重症患者のうち、ワクチン未接種の人の割合は99%だという。
 大阪府に限ると、その割合は100%らしい。
 いかに有効性の高いワクチンであるかが分かる。

 今回のワクチンは、発症や重症化を抑える効果は期待できるが、感染防止までは十分効果がないと見て対応せざるを得ないことが分かる。
 「ワクチンを打っても、マスクや手洗い消毒は欠かさないで」という呼びかけが行われている理由はここにある。
posted by 平野喜久 at 16:52| 愛知 ☁| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

菅総理の口下手

 菅内閣の支持率が低下し続けている。
 30%を下回る世論調査も出始めた。
 コロナが始まってから、感染状況と内閣支持率は逆相関になることが多い。
 感染が拡大すると支持率が下がり、感染が縮小すると支持率が上がる。
 いまは、感染拡大が止まらない状況にあり、支持率の低下も収まらない。

 与党内には、東京オリンピックが始まれば人々の気持ちも好転し、支持率も上がるだろうとの希望的観測があったらしいが、目算が外れた。
 
 支持率を下げている要因の一つが、総理のプレゼン能力だ。
 緊急事態宣言の発出の際は必ず記者会見を開き、総理自ら事情を説明し国民に理解と協力を仰ぐ。
 この記者会見がまことに評判が悪い。
 言っていることに間違いはないし、必要なことは簡潔に伝えている。
 話し方も、適度なスピードと声量で、つかえたり言いよどんだりということもなく滑らかだ。
 プロンプターを使っているので、手元の原稿を読んでいるだけという印象でもない。
 しかし、その言葉が一向に国民の心に響かないのだ。
 記者からの質問に対してもよどみなく答えているが、納得感のある回答になっていたためしがない。 
 質問にストレートに答えるのではなく、用意してきた問答集の中から近い文章を選んで読み上げているだけ。
 なので、常に内容がずれており、滑らかに答えているが、結果として何も回答していないことが多い。

 菅総理の口下手はもどかしいほどだ。
 彼自身もそれは自覚しているようだ。
 だから、彼なりに一生懸命国民に対して説明しようと努力している姿は見える。
 「これだけ丁寧に説明しているのに、どうして?」との思いかもしれない。

 菅氏は、7年間の長きにわたって官房長官を務めてきたが、その間、ノーミスで記者会見をやりこなす鉄壁のスポークスマンだった。
 だが、そのままのスタイルでは緊急時のリーダーは務まらない。
 彼は明らかに有事のリーダーには向いていない。

 有事における情報発信は、リスクコミュニケーションと呼ばれることもある。
 このリスクコミュニケーションは、必要な情報を淡々と語っているだけでは足らない。
 受け手の心をつかみ、信頼を得ることができるかどうかにポイントがある。
 そこには、理屈だけでは済まない感情の部分がある。

 プレゼン能力の低さは、何も菅総理に限ったことではなく、歴代総理を振り返った時に、いずれも同じようなレベルだったことに気づく。
 たぶん、プレゼン能力以外のところで人材の選抜が行われてきたせいだろう。

 大平正芳は、菅総理以上に口下手だった。
 言葉が滑らかに出てこない上に、我慢して最後まで聴いても何も印象に残らない。
 竹下登は、「言語明瞭、意味不明」と揶揄されていた。
 言葉ははっきり話すが、何を言おうとしているか分からないのだ。
 宮澤喜一は、分かりやすい言葉で国民に語り掛けることができない政治家だった。
 上から目線の物言いが国民との距離を感じさせた。
 その中にあって、田中角栄だけは突然変異的にプレゼン能力の高い政治家だった。
 彼は聴き手の心を鷲掴みにするのがうまかった。

 アメリカ大統領の選挙活動を見ると、候補者選考の段階から常に討論や意見表明の場があり、その姿が国民の選別に目にさらされ続ける。
 厳しい選抜に勝ち残ったものが大統領に上り詰める。
 アメリカの場合は、大統領はもちろん、主要なポジションを占める政治家は、たいていプレゼン能力も高いという印象を受ける。
 たぶん、口下手では政治家になれないのだろう。
 
 自民党の総裁選が近い。
 しばらくはコロナ禍の非常事態が続くことを前提に、リスクコミュニケーションの取れるリーダーの選出を願う。
posted by 平野喜久 at 14:11| 愛知 ☁| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年08月22日

今回の感染爆発がオリンピック開催と関係がない理由 その4

 私たちは日本の新型コロナにばかり注目しているが、これは日本だけの問題ではなく、世界中で起きていることだ。
 では、他の国々ではどんな状況なのだろうか。

 次の画像はロイターのウェブサイトにある世界各国の感染状況を表したページだ。

kansenkakudai4.png

 国名の隣に赤い三角印がついているのが感染拡大にある国を表している。
(緑の三角は減少傾向にあることを表す)
 太字の国名になっているところは、過去最大の感染規模になっているところを示している。

 全体を一目見て分かるのは、世界は圧倒的に感染拡大している国の方が多いということだ。
 特にアジア地域は、過去最大の感染規模になっている国が多い。
 当然、日本もその1つだ。
 新型コロナが流行し始めたころは、アジア地域はヨーロッパに比べて感染状況は落ち着いていた。
 これはアジア人特有の特性があるせいではないかと言われたが、いま流行しているウィルスはアジアでも容赦なく感染拡大していることが分かる。
 
 これから分かるのは、今の感染拡大は、日本特有の現象ではないということだ。
 いま世界各国で起きている感染拡大も、東京オリンピックを開催したために、世界中の人がお祭り気分で浮かれてしまったためとでもいうのか。
 そんなことはありえない。
 本当にオリンピックによって感染拡大が起きたのであれば、それは日本にだけ特徴的に表れる現象でなければおかしい。
 しかし、実態はそうではない。
 ということは、今回の感染拡大は、オリンピック以外の原因によって引き起こされていると考えるのが妥当だろう。

 では、その原因はなんなのか、ということになるが、それについては、また別の機会に。





posted by 平野喜久 at 17:44| 愛知 ☁| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今回の感染爆発がオリンピック開催と関係がない理由 その3

 オリンピックが今回の感染爆発に何らかの影響を及ぼしたのではないか、との主張の論拠はどこにあるのか。
 それは、オリンピックを開催することで、世の中にお祭り気分が広がり、人びとの警戒心が緩み、行動自粛をすることなく勝手に出歩く人が増え、そのことが感染拡大につながった、という筋立てになっている。
 では、オリンピック開催中に街の人出はどれぐらい増えていたのだろうか。

 次のグラフは、渋谷のスクランブル交差点の人出の推移を表したもの。

kansenkakudai2.png

 グラフの中に赤い水平ラインがあるが、これはコロナ前の土日祝日の人出平均値だ。
 (青い水平ラインは平日の平均値。)
 これを見てまず気づくのは、渋谷では既にコロナ前の半分以下に人出は減っているということだ。
 緊急事態宣言に人々が慣れっこになって、だれも自粛しなくなったと言われるが、実態はかなり自主的な行動制限が起きており、その状態が維持継続している。
 お願いレベルの行動自粛を呼び掛けているだけの日本で、これほど人出の減少が起きているのは、欧米の先進各国から見れば、驚異的だろう。

 さて、肝心のオリンピックによって人出がどのように変化したかを確認しよう。
 枠で囲った部分がオリンピックの開催期間だ。
 開催期間中、人出は劇的に増えたか。
 増えていない。
 オリンピックの影響はまったくないといった方がいい。
 むしろ増えるどころか、緊急事態宣言が出てから微減傾向にあるように見える。

 念のために、別の場所も見てみよう。
 これは横浜駅の人出のグラフだ。

kansenkakudai3.png

 この横浜駅でも、オリンピック開催中だからといって人出が劇的に増加している様子はない。
 むしろ減少傾向にあることがはっきり見て取れる。

 以上から分かることは、オリンピックの開催期間中に街の人出は増えておらず、むしろ減少傾向にあった、ということだ。
 オリンピックで世の中がお祭り気分になり、そのことで人々の警戒心が緩み、不用意な外出を招いて感染拡大につながったという仮説は否定される。

 以上で証明は十分だと思うが、念のために別の側面からもデータを確認してみよう。
 それは次回に。


 so
posted by 平野喜久 at 17:24| 愛知 ☁| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今回の感染爆発がオリンピック開催とは関係ない理由 その2

 新規陽性者数の推移とオリンピック開催期間との関係を見てみよう。

 kansenkakudai1.png

 枠で囲った部分がオリンピック開催期間。
 これを見ると、オリンピック開催と同時に感染拡大が始まっているように見える。
 やはり、ここには何らかの影響があったと見るのが妥当なのでは?
 いや違う。
 私たちは1年以上のコロナとの付き合いの中で、いろんなことを学んできた。
 それは、陽性者数の増減にはタイムラグがあるということだった。
 たとえば、長期連休があり人出が増えたとしても、それが陽性者数の増加として現れるのは2週間後だ。
 行動制限をかけて人出を減らしたとしても、その効果が表れるのは2週間後。
 つねにこのタイムラグの中で考えなくてはいけないはずだった。

 すると、陽性者数とオリンピックとの関係はどうだろう。
 本当にオリンピックが感染拡大に影響を及ぼしているのであれば、陽性者数の増加は2週間遅れでないとおかしい。
 このグラフを見る限り、開催と同時に感染拡大が起きており、このことはすなわち「感染拡大はオリンピックが引き起こしたのではない」ことを示していると言える。
 ということは、今回の感染拡大は、オリンピック以外に原因があると判断せざるを得ない。

 しかし、感染拡大のすべてがオリンピックに原因があるとは言えないにしても、オリンピックが感染拡大を加速させたことはあり得る。
 次回では、それについて検証してみよう。
posted by 平野喜久 at 16:59| 愛知 ☁| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今回の感染爆発がオリンピック開催とは関係ない理由 その1

 日本では過去最高の陽性者数を記録し続けており、収束の見通しが立っていない。
 この原因を論評するときに東京オリンピックの影響を指摘する人がいる。
 
「あれほどオリンピックは危ないと言ったのに、強行したために感染爆発になってしまった」
「総理は自らのメンツのために国民の命を犠牲にした」
「感染拡大がすべてオリンピックのせいとは言えないにしても、オリンピック開催が何らかの影響を及ぼしたのは間違いない」

 感染拡大はオリンピックのせいだと決めつけ、その責任を政府に求める。
 特徴的なのは、これらの主張をしている人が具体的なデータに基づいて議論しようとしていないことだ。 
 感染拡大とオリンピック開催が重なったことから、そこに因果関係を類推し、勝手に結論付けているだけだ。
 だから、今回の感染爆発の原因がオリンピックではない証拠を示せと言われれば、まずは「感染爆発がオリンピックが原因であることの根拠を示せている人がいない」ということで十分だろう。
 
 一般に「〜でないことを証明する」ことは難しい。
 考えられるあらゆるケースをすべて検証し尽くさないと証明できないからだ。
 逆に「〜であることを証明する」ことは容易だ。
 たった1例でも該当するケースを示せれば終わりだからだ。
 国会で野党議員が五輪担当大臣に対して「オリンピックが感染爆発に関係ない理由を示せ」と質問していたが、もともと証明しようのないことを証明させようとしている。
 野党議員がこんな質問をしているということは、オリンピックが感染拡大につながった明確な証拠が見つかっていないことを意味する。
 明確な根拠が見つかっていれば、それを元に責任追及をしているはずだからだ。
 このことだけでも、オリンピックが感染拡大の原因ではないと判断できる。
 
 しかし、今回の感染拡大が、オリンピックとまったく無縁というのも証明できないので、そこには何らかの影響があったのではと考えたくなる。
 では、実際のデータで、オリンピックが感染拡大に及ぼした影響の片鱗でもどこかに見つけることができないだろうか。
 それを次回以降で検証してみよう。

posted by 平野喜久 at 16:40| 愛知 ☁| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年06月19日

みずほ銀行システム障害調査報告書

 15日に、みずほ銀行のシステム障害に関する調査報告書が公表された。
 このシステム障害は、今年の2月28日から3月12日にかけて4回にわたって起きたATMをめぐるトラブルだ。
 みずほ銀行は過去にもシステム障害を起こしており、「またか」との印象が強い。
 過去のトラブルは、合併の際に複数の銀行系システムを統合する際のやむを得ぬ不具合があったのではと思われたが、今回のシステム障害は、過去の教訓を生かせず意識改革や事前対策がまったく進んでいなかった組織的な欠陥を露呈したようだ。

 今回のシステム障害のポイントは2つある。
 1つは、直接の原因であるシステムに不具合が起きたこと。
 もう1つは、システム障害による顧客への影響が多大であったこと。
 特に顧客への影響が広範で長時間にわたってしまったことが深刻な問題とされた。

 顧客への影響は次の3つ。
1.ATMの稼働停止
2.通帳やカードの取り込み
3.一部の取引不能

 この中で、深刻なのは通帳・カードの取り込みだ。
 ATMに通帳やカードを差し込むと、取り込んだままエラー状態になり動かなくなってしまう。
 利用客はここで困る。
 そのうち担当者が駆けつけてくれて復旧してくれるだろうと思って待つが、その様子がない。
 不用意にその場を離れ、その間にいきなり機械が動き出して、通帳やカードを排出したら、それを誰かに取られてしまう恐れがある。
 これで、ATMも前で待ち続ける客が続出することになる。
 みずほ銀のATM4300台で同じ現象が起きており、この通帳・カードの取り込み事案は5200件起きていた。
 被害客にとって、その日の行動計画はすべて台無し。
 中には7時間もの間、待ち続けた人もいたという。

 なぜこれほどまでの影響が起きてしまったのかというと、それはみずほ銀の顧客対応の遅れによる。
 初動から顧客対応の視点が完全に欠落しており、有効な対応が何もとれていなかった。
 被害客に対しては、いち早く状況説明を行ない、「取り込まれた通帳やカードは後日に責任をもって返却すること」「今日は現場を離れても構わないこと」を伝えなくてはいけない。
 だが、ウェブサイト上にメッセージが公開されたのが、障害発生から6時間たった午後4時。
 7時間も待ち続ける人が出てしまったのはこういう事情だ。
 
 なぜこのような緩慢な対応になってしまったのかについて、調査報告書では詳細に分析されていて、読みごたえがある。
 この種の調査報告書は、依頼主への忖度から、「落ち度はあるものの、やむを得ない面もあった」という分析でお茶を濁すケースが多いが、この報告書は違う。
 実態が弁護の余地のないほどの失態であるために、このような厳しい報告になったのだろう。

 この報告書を読んで感じたことは、銀行にとってATMを利用するような一般客は、主要顧客ではないのではないか、ということだ。
 いまや大規模都銀にとって、一般客は収益の源泉ではない。
 特にATMサービスは、コストばかりかかって利益を生み出さない余分な業務だ。
 金融機関の社会的責任としてやむを得ずサービス提供しているに過ぎない。
 いわばボランティア。
 ATMトラブルに迅速に対応し、一般客への影響を最小限に抑えようという意識がそもそも欠落しているように見える。
 「いつでもお金が出し入れできるサービスがあるだけでもありがたいと思え」というのが本音かもしれない。

 これが、システム障害の復旧が1分遅れるごとに数億円の損失が累積するのであれば、経営層は必死で対応するだろう。
 ところが、システム障害による経営への影響は、ほとんどない。
 現に、みずほ銀行の決算は絶好調で、前年比20.5%の増益だ。
 システム障害の影響はどこにもないどころか、V字回復で躍進中。
 システム障害の客対応が緩慢に失した背景は、ここにある。
 
 
posted by 平野喜久 at 10:25| 愛知 ☔| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年06月09日

コロナ終息はいつか

 世界中でワクチン接種が急ピッチで進められており、その効果が出始めている。
 ワクチン接種が順調に進んでいるのはイギリスだが、日によっては陽性者がゼロになるケースも出るレベルまで感染状況は落ち着いてきた。
 ワクチン効果の高さがうかがえる。
 それでも、1回のワクチン接種がようやく6割程度まで来たところで、集団免疫には道遠い。
 BBCのニュースによると、インド由来の変異株の感染拡大がイギリスの一部地域で起きており、予断を許さない状況だという。

 アメリカもワクチン接種のおかげで、感染状況はかなり落ち着いてきた。
 ところが、感染状況の落ち着きとともに、人びとの警戒が緩み、なし崩し的に感染防止策がうやむやになりつつあるようだ。
 既に人々はマスクを着けず、手洗い消毒も行わず、飲食店は通常営業、コンサートホールでは今までの遅れを取り戻そうと連日イベントのラッシュだそうだ。
 ワクチン接種も途中までは順調に進んだが、今ではワクチン接種しようという人がいなくなってしまった。
 やむなく、ご褒美を上げたり、ビールを飲ませたり、宝くじで大金が当たると誘って、ワクチン接種を無理やり進めている状況だ。
 もともと、アメリカでは政府の政策に反抗する勢力が常に存在しており、行動自粛の呼びかけもマスク着用の呼びかけも無視するような一定層がいた。
 ワクチン接種にも信念をもって拒否をする人々もある程度のボリュームで存在するのだそうだ。
 アメリカでは1日に何十万人もの陽性者が出ていたころに比べるとかなり落ち着いてきたが、それでも、1日に2万人もの陽性者が出ており、これ以上減る様子がない。
 アメリカは、完全終息は見込めず、今の状況が常態化するのかもしれない。

 さて、日本はどうか。
 先進国中では最もワクチン接種が立ち遅れている。
 だが、これは、先進国中で最も感染状況が小さいことの裏返しでもある。
 ワクチンも既に全人口を賄える分量を手配済みだが、これも、オリンピック開催を理由付けにした粘り強い交渉の成果であって、これほど感染状況が小さい国に優先的にワクチンを回すということは常識ではありえない話だ。
 医療従事者についてはほぼすべての人に1回目のワクチン接種が行われ、いま高齢者のワクチン接種が盛んにおこなわれている。
 この高齢者向けのワクチン接種も、開始当初は、希望者が殺到し、予約システムのトラブルや会場のオペレーションの不備が問題になることもあったが、軌道に乗り始め、いまでは大規模接種会場では予約枠が余るほどになってきた。
 意外に早く余裕が出始めたので、企業や大学向けの集団接種も今月中には開始することになった。
 企業単位の集団接種であれば、組織的な対応が可能で、混乱なくスムーズに進みそうだ。
 働いている人は職場で接種し、それ以外の人が地元の自治体の接種会場で、というようにすみわけをすることで、混乱と集中を避けることができる。
 中小企業の場合は、地域の商工会議所が主体となって集団接種を進めていくことになる。
 いままでは自治体のオペレーション能力が問われていたが、今後は、各企業の対応力が問われる段階になる。
 ワクチン接種は、誰から順番に進めるのか。
 社長からか、現場の作業員からか。
 今から検討しておくべきだ。
 また、同じ職場の従業員を同日に一斉に接種させてしまうと、翌日には職場が倦怠感を覚える人だらけになってしまう。
 副反応は、若い人ほど強く出やすい。
 このあたりも考慮しながら接種の順番を決めていくことになる。

 3月にイギリスの研究所が出した各国の集団免疫に達する予想時期を見ると、日本は来年の4月8日、となっていた。
 それほど日本のワクチン接種は遅れに遅れると予想していたのだ。
 ところが、ワクチンの集団接種のような単純なオペレーションは日本人の最も得意とするところだ。
 一度効率のいいシステムができれば、そのあとは猛スピードで進んでいくだろう。
 もしかしたら、秋口にはワクチン接種の効果が表れ始め、次の冬にはかなり感染状況が抑え込めるのではないだろうか。
 
 今後の課題は、3つ。
1.変異株の動向
2.ワクチンの有効性
3.日常復帰のタイミング

 コロナ終息はまだまだ先だが、状況は最終局面に差し掛かっている。
 私たちは、次を見据えた準備を進めていく段階にある。
posted by 平野喜久 at 11:14| 愛知 ☁| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年05月21日

ワクチン予約システムは欠陥ではない:マスコミのレベルの低さ

 東京、大阪で自衛隊によるワクチンの大規模接種が始まろうとしている。
 それに先駆け、ウェブによる事前予約が始まったが、その予約システムに欠陥があったとの報道で話題が盛り上がった。
 AERA.dot、毎日新聞の記者が、この予約システムにデタラメの氏名や接種番号などを入力したところ、予約ができてしまったことを確認し、それを「予約システムに致命的な欠陥あり」と報道したことがきっかけ。

 国のやっていることの杜撰さや記者の業務妨害的な取材手法などが話題になったが、その前に、指摘されている点は、予約システムの欠陥ではないのではないか、との問題提起をしたい。
 というのは、防衛省は厚労省や自治体とのデータベースの共有や照合ができておらず、入力段階で入力情報の適否を判断できるようにはなっていない・・・このことは初めから分かっていたことで、それを前提にシステムも作られていたからだ。

 何も、誰も気づいていない重大な欠陥が記者によって発見されたわけではない。
 政府がひた隠しにしていた重大な欠陥が記者によって暴かれたわけでもない。
 防衛省も、当初からデータベースの共有ができていないため、自治体への予約と大規模会場への予約を同時に行うと、2重になってしまうので、どちらか一方に限定するように呼び掛けていた。
 誤って2重の予約をしてしまった場合は、必ずどちらかをキャンセルするようにお願いしていた。
 このような不便なことになっていることを隠すことなく、公表し、注意喚起していたのだ。
 当然ながら、間違ったデータを入力してもシステムはエラー表示することはないことも分かっていた。
 ただ、それについては事前公表はなかった。
 当然だ。
 「架空のデータを入れても予約できてしまうので、架空の入力をしないように」などという呼びかけは無意味だからだ。
 むしろ、こんなことを公表したら、「本当かどうかやってみよう」といういたずらを誘発するだけだ。

 予約システムの入力には、4つの情報を入力するようになっている。
 「氏名」「生年月日」「自治体コード」「接種券番号」
 もちろん、入力ミスは避けることができない。
 しかし、このうちの1つや2つに入力ミスがあったとしても、当日会場にやってきたお年寄りの本人確認ができなくなることはない。
 接種券番号に1桁番号違いがあったとしても、その他の情報が一致すれば、本人とみなして、接種をすることができる。
 だから、入力ミスを無理やりはじく必要はないのだ。

 自治体のワクチン接種の受付が始まっているが、その仕方は様々だ。
 ウェブ受付、電話受付、窓口の記名受付など。
 このうち、窓口の記名受付とは、かかりつけ医の予約窓口に予約記名用紙を用意しておき、希望者は窓口にやってきて、氏名を記入して帰るだけ。
 後日、氏名を記入した人に対して、接種の日時を連絡するという仕組み。
 予約用紙に記名をするときに、記入ミスをはじく仕組みはない。
 間違った名前を書いても、間違った番号を書いても、受付拒否はされない。
 わざとデタラメの名前と番号をかきこんで、「デタラメの情報でも予約できてしまった!!」と誰が騒ぐだろうか。
 「この予約システムには欠陥がある!!」と誰が批判するだろうか。
 手書きの記入用紙なのだから、そんなのは、当たり前だし、みんな気付いていることだ。
 少々の書き間違いがあったとしても、普段から来院している患者の本人確認ができなくなるわけはなく、なんら問題はない。
 ワクチン接種に支障を来すことも考えられない。
 むしろ、自分がいつも行っているかかりつけ医の窓口に行って、ペンで名前を書いてくるというのは、お年寄りにとって、最も実感として分かりやすく実行しやすいシステムとして優れモノだ。

 この窓口の記名受付をウェブ上に置き換えたのが、今回の防衛省が行なった事前予約だったと思えばいい。
 この予約システムは、ウェブ上ではあるが、ただの予約用紙に記入するだけの機能しか持たせていない。
 ここにわざとデタラメの情報を記入し、欠陥発見と大騒ぎするのは、予約用紙にデタラメの名前が書けてしまったことを騒いでいるのと同じで、まったくナンセンスとしか言いようがない。
 防衛省も、愚かな取材で勝ち誇ったような報道をするマスコミに対して、きっちり反論をすべきであった。
 「それは、欠陥ではない。意味があってそのようなシステムにしてあったのだ」と。

 「防衛省は分かっていながら隠していた」と報じるマスコミもある。
 その通り。
 だが、これは公表する意味がなかったからだし、公表することでいたずらを誘発することを恐れたからだ。
 「不備がありながら、見切り発車した」と報じるマスコミもある。
 その通り。
 ことはスピードを求められており、最低限の機能だけで走らせることを優先したからだ。
 むしろ、必要最小限の機能だけに限定して、そのほかの付随的な機能は思い切ってそぎ落としたという点で、防衛省の判断は正しかった。
 緊急時においては、巧遅よりも拙速を尊べと言われる。
 危機対応の要諦を理解する者がコントロールしていることが分かる。
 さすが防衛省は緊急時対応のプロフェッショナル集団だ。

 情けないのは、マスコミのレベルの低さだ。
 本質を捉えることができずに、表面的なあら捜しに堕してしまっている。
 「突貫工事で仕上げた予約システムなら、どこかに不備があるに違いない。欠陥を見つけてやろう」と、試みたところ、造作もなく不備が見つかった。
 記者も、いきなり「ビンゴ!」で驚いただろう。
 勝ち誇ったような論調の記事に、飛び上がらんばかりに喜んでいる姿が見える。
 「ワクチンテロを企てようとする者が、乱数表でデタラメの番号で入力しまくれば、全予約枠を架空の予約で占有できてしまう」と説教を垂れている記事もあった。
 まるで説教強盗だ。
 本当に、ワクチンテロで日本社会に混乱を引き起こしてやろうとするのであれば、デタラメ入力などという面倒なことをチマチマする前に、予約システム自体をシャットダウンさせてしまうほうが遥かに簡単で威力が大きい。
 となると、わざとデタラメな入力をしようとする者は、政府批判のためのあら捜しをしているマスコミぐらいしかいない。
 そのようなマスコミのいたずらを排除するために完璧なシステム構築を目指すのは、コストと時間の浪費だ。

 マスコミの報道は、システムの修正が行われる前になされたので、模倣犯のようないたずらによる予約が何件も入るようになってしまったのだそうだ。
 防衛省が事前に公表しなかったのは、これを恐れてのことだったのだ。
 それを、公益性を盾にしたマスコミによって、台無しにされた格好だ。
 公益に資するどころか、マスコミの政府批判を目的とした報道は、ワクチン接種の業務妨害にしかなっていない。

 更に情けないのは、野党だ。
 立憲民主党党首の枝野氏は、会合でこんなコメントを発したらしい。
 「システムの欠陥を指摘したメディアに『早い段階で気付かせてくれてありがとう』と言うのが本来の姿だ。意味不明な対応をしている」
 野党の堕落がはなはだしい。
 
  
posted by 平野喜久 at 18:11| 愛知 ☁| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年05月13日

日本人の他人の邪魔をする国民性

 ニューズウィーク日本版5月18日号に気になるコラム記事があった。
 経済評論家・加谷珪一氏による『経済ニュース超解説』。
 このコラムの中で、日本だけが消費を拡大できない理由として、ある研究が紹介されている。
 大阪大学社会経済研究所のグループによる研究。
 被験者に集団で公共財を作るゲームをしてもらったところ、日本人はアメリカ人や中国人と比較して他人の足を引っ張る行動が多いという結果が得られた。
 日本人は、他人を他人と割り切れず、互いに相手の行動を邪魔してしまうという。

 この研究内容の原典は確認できていないので、どのような実験を行なったのか、どこまで検証された研究かも不明。
 だが、この研究結果は、意外だ。
 元来、日本人は他人を気遣う国民性で、災害時の秩序正しい行動は世界的に称賛されることが多い。
 ところが、その一方で、他人の足を引っ張る行動が多いのだという。
 「他人を気遣うのに、他人の足を引っ張る」
 一見、相矛盾する特性のようだが、よく考えると、これは日本人の国民性の裏表なのかもしれない。

 他人を気遣うというのは、自分だけ突出しない、ということの裏返しでもある。
 このことは、他人が突出することも受け入れられないということにもなる。
 日本人は、他人を気遣うことにかけては世界一だが、その代わり、他人に気遣いのない人に対する風当たりはものすごく強い。
 コロナ禍にあって「自粛警察」「同調圧力」という言葉が聞かれるが、これはまさに日本社会特有だろう。
 他人のことを放っておけないのだ。

 新型コロナに感染するのは本人が悪いと考える人の割合が、中国やアメリカに比べて、日本人の比率が圧倒的に大きい。
 感染者がまるで犯罪者であるかのように非難される。
 地方では、感染者を出した家は、周りから白い目で見られ、そこに住めなくなってしまうこともあるという。
 職場でも、感染して長期休業することになった社員は「この忙しいときに何をやっとるんだ」と同僚や上司に責められる。

 スギ薬局の会長夫妻がワクチン接種で優先枠を要求したニュースが話題になり、会長夫妻への批判が高まるのも、ずるいことをして自分だけ得をしようという行動が許せないからだろう。
 有名人の言動に対して、ネット上で匿名の誹謗中傷が殺到することがあるのも、日本人の特性と言えるかもしれない。

 中国人やアメリカ人の場合は、他人は他人、自分は自分と割り切る傾向が強い。
 悪く言うと自己中心的だが、反面、他人の言動に寛容だ。
 自分が前に出ることにしか関心がなく、他人にかまっていられないという感じだ。
 このような社会では消費経済が活性化しやすいのだそうだ。

 日本は、コロナの感染状況は世界的にみても極端に低いレベルで抑えられているにもかかわらず、消費の低迷はどこよりも深刻だ。
 世界はコロナ後の経済再生に話題が移りつつあるが、日本経済はいち早く立ち上がれるだろうか。

 
posted by 平野喜久 at 13:20| 愛知 ☔| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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