2020年05月08日

持続化給付金の支給開始:新型コロナ支援策

 中小零細事業者向けの救済策として立ち上がった持続化給付金。
 早くも本日から実際の支給が始まるという。
 この持続化給付金というのは、新型コロナの影響により売上が激減した事業者に対して、当面の資金繰り支援の目的で設けられた。
 中小企業に最大200万円、個人事業主には最大100万円が支給される。
 支給条件としては、今年の1月以降で、去年の同月比で50%以上の売上減少月があれば対象となる。
 支給金額の計算式も提示されていて、「前事業年度総売上ー該当月売上×12」で算出できる。

 申請はオンラインですべて完了する。
 企業情報と売上数字を入力すると支給額が自動計算される。
 確定申告書、法人事業概況説明書、該当月売上明細を画像データで送る。
 入金先口座情報を入力すれば申請完了だ。
 ものすごく分かりやすくてシンプル。
 前例のないこれほどの仕組みをよく短時間に立ち上げたものだ。
 細かいチェックよりも、迅速な支給を優先していることが分かる。
 性善説に立って仕組みを作ったようだ。
 「濫救を恐れて、漏救を起こすなかれ」
 不正受給のリスクを恐れて支給条件を厳しくすると、本当に必要なところに資金が供給されなくなる、それを避けたかったのだろう。
 中小企業の場合は最大200万円という上限がある。
 これは、財務体力の弱い小規模零細事業者を優先に救うことを想定しているからだ。
 8日だけでも2万件以上、250億円以上の現金支給が行われるという。

 中小企業向けには他にも様々な支援策が立ち上がっている。
 無利子無担保融資、雇用調整助成金による100%給与保証も始まった。
 給与保証額の上限引き上げ、休業中の失業手当の特例措置、家賃支援も検討されているらしい。

 パンデミック時の中小企業の生き残りのポイントの1つに「資金繰り」がある。
 キャッシュインが急激に減少することで、資金繰り悪化を招く。
 BCPにおける資金対策の目安としては、事業が完全停止しても、3か月は耐えられるだけの手元資金が用意できることが理想だ。
 しかし、これは地震や風水害のような自然災害を想定した目安だ。
 パンデミックの場合は、影響が長期に及ぶ。
 2月に影響が始まり既に3か月が経とうとしている。
 手元資金が潤沢にある企業でも、いまから苦しい時期を迎える。
 持続化給付金の支給開始は、ベストタイミングだった。
 今後も様々な支援策が立ち上がってくるだろう。
 中小企業は、情報感度を上げ、利用できる支援は遠慮なく使っていくべきだ。



  
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2020年04月28日

生き残り戦略が問われている:パンデミックBCP

 コロナリスクが継続している。
 緊急事態宣言が発出されて以降、人々の行動は変わった。
 東京、名古屋、大阪などの都市部では、明らかに人出が減少した。
 新宿:81.9%減、名古屋:80.9%減、梅田:87.8%減。
 公共交通機関も、利用者の減少が目立つ。
 特に長距離の特急電車は、ほとんど空の車両を走らせているような状況だ。
 その甲斐あってか、感染者の減少傾向がみられるようになってきた。
 まだ、予断を許さないが、行動自粛の効果は確実で出始めている。

 さて、企業にとって、このコロナリスクは、深刻だ。
 リスクは2種類ある。
 1つは、従業員が感染し出社できなくなるリスク。
 もう1つは、経済停滞による需要減少のリスク。

 従来、パンデミックBCPは従業員の感染リスクだけを想定しているケースが多かった。
 だが、いまの日本では、欧米のように感染爆発には至っておらず、このリスクはそれほど大きくない。
 それよりも、深刻なのは、国民の行動自粛による経済の停滞だ。
 飲食業、観光業、宿泊業については、行動自粛が需要の消滅に直結しており、既に深刻な状況にある。
 国民の行動自粛が直撃しない業界でも、間接的にその影響は出始めており、事態長期化にともなって、その影響は大きくなる。

 新型感染症リスクは、簡単には終わらない。
 一般には、二冬超えないと終わらないと言われている。
 すると、夏場に一旦小康状態に至ったとしても、次の冬場に第2波がやってくることを覚悟しなければならない。
 過去の例では、第1波よりも第2波の方が被害が大きいということもあった。
 いま、日本では感染拡大が落ち着く方向にある。
 一旦小康状態になったら、その時が非常に重要な時間となる。
 今までの分を至急取り戻すと同時に、やがてやってくる第2波への備えを万全にする時間だからだ。
 
 パンデミックBCPでは、単なる感染予防の話だけでは終わらない。
 長期的経済停滞への備えの方が重要度が高い。
 従来通りの業務のやり方や事業内容では立ち行かなくなる。
 ならば、我が社はこの難局をどのように乗り越えていったらいいのか。
 これは、戦略的に考えていく必要がある。
 
 今回のコロナリスクに直面して、既に新たな試みを始めている企業は続々と出始めた。
 酒造会社が、高濃度アルコールの消毒剤を製造。
 老舗料亭が、サテライトオフィスの場所貸し。
 雨合羽メーカーが、医療用防護服の製造。
 ホワイトボードメーカーが、アクリル板による防護壁の製造。
 これらは、我が社の技術力をいまの需要に役立てようとする試みだ。

 飲食店が、テイクアウトのメニューを開発。
 野菜の卸業者が、新鮮野菜の通信販売。
 学習塾がオンライン指導。
 音楽アーティストが、コンサートのライブ配信。
 これらは、お客様へのアプローチの仕方を変える試みだ。

 昨日ウェブ会議である中小企業の社長と話をすることができた。
 その会社では、2009年の新型インフルエンザの時に、パンデミックBCPの準備を始めたという。
 マスクや消毒剤の備蓄は十分あった。
 感染症が始まった時の行動計画も既に作ってあった。
 在宅勤務の備えもしてきた。
 今回は、計画にのっとり、3月には一部社員を在宅勤務に切り替え、4月からは全社員を在宅勤務にした。
 事前の準備のおかげでスムーズに移行できたらしい。
 この社長は、前回の新型インフルエンザの時に、新型感染症は10年に1回起きるリスクだということを認識しており、まさに今回がその時だと捉えて迅速に行動したようだ。
 当初は、社員から「そこまで大げさにしなくても」という声もあったそうだが、結果として正しかった。
 
 この夏場の小康状態の時が非常に大事だ。
 いままで備えのなかった企業は、その遅れを取り戻し、第2波に備える貴重な時間となる。
 コロナリスクは、まだまだ始まったばかりだ。
 長期的な視野で生き残り戦略を準備していこう。


 

posted by 平野喜久 at 10:30| 愛知 ☁| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月17日

10万円は寄付の選択肢を設置せよ:全国民一律給付

 安倍総理は、新型コロナウイルスの感染者急増を受け、全47都道府県に緊急事態宣言を発令した。
 ゴールデンウィークに向けて、ヒトの移動を全国的に抑制することで、感染拡大を抑えようとする考えによる。
 また、今回、「特定警戒都道府県」という位置づけも新たに設けた。
 既に警戒宣言を発令済みだった7都府県と合わせ特に感染拡大のリスクが高まっている地域を指定した。
 新たに加わったのは、北海道、茨城、石川、岐阜、愛知、京都。
 これらの地域は、累計感染者が100人以上、感染者数の倍増が10日未満、感染経路不明者が半数という3条件を満たす。
 全国一律に緊急事態宣言をだすものの、その中でも特にリスクの大きい地域を明確にしている。
 宣言の期間は、これまで通り5月6日まで。
 
 これに合わせて、10万円の一律給付も決まった。
 今までは、所得制限を設け、ダメージの大きい世帯を優先的に手厚い補助を行なうという考え方で対処してきたが、不公平感のない線引きが難しいこと、準備に時間がかかりすぎることから、批判の声が上がっていた。
 特に、公明党からの強力な要請があり、所得制限の30万円給付を撤回し、国民一人ひとりへの一律給付となったようだ。
 全国民一律給付の前提を整えるための、緊急事態宣言の全国拡大という側面もあった。

 この全国民一律給付は、損失補填の要素はなく、緊急事態宣言で行動自粛に協力してくれた国民に対して、協力謝礼金のような意味がありそうだ。
 収入が激減し、この給付金を必要とする人もいるだろう。
 ところが、今回のコロナリスクで、収入がほとんど変わらない世帯もある。
 中には、普段よりも繁忙になり、給料や臨時ボーナスが増えている人もいる。
 また、十分な資産のある人は、10万円をもらう喜びよりも、手続きのわずらわしさを感じているだろう。
 この給付の仕組みは、自己申告になりそうだ。
 ならば、受給の他に、寄付の選択肢も設置したらどうか。
 例えば、「医療関係者への支援に」という項目があれば、喜んで寄付する人もいるに違いない。

 補償金や給付金の話は、国民を卑しくする。
 国からお金がもらえることをありがたく思うどころか、「遅すぎる」「少なすぎる」という意見ばかりが先行する。
 お金は、どんなにあっても満足するものではないので、もらい始めると、「もっと欲しい」となりがち。
 他の人がもらって、自分がもらえないとなると、見過ごせなくなる。
 東京都民が十分な給付金をもらっているのに、神奈川県民が少ないと不公平だと文句が出る。
 ある報道番組で、ある国民のこんなインタビューが紹介されていた。
 「いつまでこんな状態が続くのか分からないのに、10万円ではやっていけない。まぁ、もらえるものは、とりあえずもらっておきますけど」
 国民みんなが、カネをたかり始めるようになる。

 こんなムードにしてはいけない。
 なぜこんなことになってしまうのか。
 それは、国が助ける側、国民は助けられる側、と位置付けられてしまっているからだ。
 だから、国民はただ口を開けて待っているだけになってしまう。
 政府の対策に、「遅い」「少ない」「不公平」と、ただ文句を垂れるだけの存在になってしまう。
 そうではなくて、国民がコロナ対策の主役であることを自覚してもらう必要がある。
 そのためにも、給付金の自己申告に、寄付の選択肢を設けることに意義がある。
 給付金は、本当に困っている人に回そう。
 みんなで我慢し、助け合って難局を乗り越えよう。
 という意識を国民全体で共有できる。

 大地震や大雨洪水の災害があれば、全国から義捐金が集まる。
 日本人はもともと他人を思いやる優しい民族だ。
 昔から自然災害に幾度も襲われてきた日本。
 本当に困っている人をみんなで支え合って、難局を乗り越えていくのは、私たち日本人のDNAにしみついた国民性のはずではないか。
 日本人を、カネをたかる卑しい国民にしてはいけない。
 
 
posted by 平野喜久 at 11:06| 愛知 ☁| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月11日

地域ごとの警戒レベルの発信をせよ:緊急事態宣言

 愛知県、京都府、岐阜県が、国の緊急事態宣言の対象地域への追加を要請していたが、国からは現時点での追加の必要性はないとの見解が出された。
 今回の緊急事態宣言の対象地域の選定には専門家会議の判断によっている。
 その判断基準も明確だ。
 1つは、感染拡大スピードの変化。
 もう1つは、感染経路不明の感染者の増加傾向。
 この判断基準は非常に明確で、先日の総理記者会見の場で、専門家会議の尾身氏からも説明があった。
 愛知県、京都府、岐阜県については、感染拡大も落ち着いており、経路不明の感染者も限定的であることから、対象地域からは外された。
 ただ、対象外であるからといって、警戒を緩めていいわけではなく、行動自粛を呼び掛けながらも、今後の推移を見守っていくという位置づけだ。

 だが、愛知県などから国に対して対象追加の要請が出る事情も分かる。
 対象地域から外されたことで新たな不安が増幅しているのだ。
 愛知県は、警戒が緩んで感染拡大がひどくなるのではないか。
 医療現場に適切な手が打てずに手遅れになるのではないか。
 国から見捨てられているのではないか。
 コロナリスクに敏感な人ほど、国の慎重な姿勢に苛立ちを覚えるに違いない。

 緊急事態宣言の対象地域になるかならないかの2つしかないために、このようなことが起きる。
 緊急事態宣言は、最終段階であり、いきなりここに行ってしまうと、もうこれ以上のステージがない。
 早々と緊急事態宣言を出したとしても、更に事態が進行した時に、もう次のカードがないのだ。
 いま、警戒レベルは、地域によってまったく様子が違う。
 緊急事態宣言の出ていない地域でも、もう緊急事態目前の地域もあれば、ほとんど感染者が出ていない地域もある。
 なので、地域ごとの警戒レベルが判断できる指標を作るべきだ。
 
 気象情報の場合、注意報、警報、特別警報というように、警戒レベルが人々に正しく伝わる仕組みができている。
 状況が刻々と変化していく災害の場合、このような判断基準が必要だ。
 今回のコロナリスクも、緊急事態宣言に至る前段階の警戒レベルを提示するようにしたらどうか。
 例えば、「注意地域」「警戒地域」「特別警戒地域」そして最終が「緊急事態」だ。
 そうすれば、自分の地域がどのレベルにあるかが分かる。
 事業者の対応も、全面休業にするか、時間短縮にするか、業務縮小で対応するか、注意しながら平常業務とするかなど、判断がしやすくなるだろう。

posted by 平野喜久 at 09:28| 愛知 ☀| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月08日

タクシー会社の乗務員解雇:建前と本音のはざま

 朝日新聞の報道による。
 東京都内でタクシー事業を営むR社が、グループ会社を含む5社で約600人いる乗務員全員を解雇する方針であるという。
 同社グループは、新型コロナウイルスの感染拡大による外出自粛で業績が急激に悪化。
 緊急事態宣言で今後も回復が見込めないためだ。
 乗務員には「感染拡大が収束した段階で再雇用する。希望者は全員受け入れる」と説明したという。

 先の見えない中、雇用したまま丸抱えして経営が行き詰まり、休業手当すら払えなくなったら、従業員を路頭に迷わせることになる。
 それよりも、早々に解雇し、失業手当を受け取れるようにしてあげた方が、従業員のためだ。
 いきなり全員解雇というと非情な経営者というイメージだが、これは従業員の立場を慮っての行動だろう。

 このように、企業が突発的な非常事態に見舞われたとき、従業員を解雇してあげるということは実際によく行われる。
 ところが、今回のケースは大きな問題がある。
 それは、企業側が、「感染拡大が収束した段階で再雇用する」と約束してしまっていることだ。
 再雇用を約束した解雇では、一時帰休しているだけで、失業者にならない。
 それでは、失業手当をもらえないのだ。
 再雇用の約束を隠して失業手当をもらったら、それは不正受給ということになる。

 失業手当は、本当に失業してしまった人のためにある。
 突然に会社都合で解雇され、収入の道を断たれてしまった人に、次の職が見つかるまでの生活支援をするための制度だ。
 だから、失業中は、求職していることも条件となる。
 ハローワークに通い、職探しをしていなければならない。
 次の職が見つかるまでの生活支援なので、職を見つけようとしていない人に手当てが与えられるわけがない。
 更に、失業中は収入のある仕事をしていないことも条件だ。
 災害で会社が行き詰まり解雇された場合、元従業員が会社の後片付けや再開準備に呼び出されることがある。
 その時、ただ働きさせるわけにいかないので、いくらかの給金を出す。
 すると、収入があったということで、失業手当の受給資格を失う。
 収入があったのに、失業者を装い続けると失業手当の不正受給だ。
 これも当たり前の話だ。
 突然に収入の道を断たれてしまった人を救うための失業手当なのだから、収入のあった人に手当てが出るはずがない。

 失業手当の不正受給は公金の横領と同じなので、罰則は厳しい。
 給付金の返還を求められるのは当然だが、その2倍額の罰金が科される。
 つまり、不正受給は3倍返しなのだ。
 罰金が科されるのは、会社ではなく元従業員の方だ。

 企業が突発的な非常事態に見舞われたとき、解雇することで従業員を守るというのは、現実に行われることだ。
 だが、これは、見方によっては制度を悪用した不正になりかねず、公には推奨されていない。
 しかも、従業員に犯罪まがいの危ない橋を渡らせようとする一方、会社側はノーリスクである点も問題だ。
 ここには、本音と建前があり、そのはざまで有用されている手法ということになる。

 今回は、タクシー会社の側が、従業員をいきなり切り捨てる非情な経営者と思われないために、思わず口走ってしまったようだが、迂闊であったとしか言いようがない。


posted by 平野喜久 at 22:56| 愛知 ☀| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

緊急事態宣言:日本の戦略が明確になった

 緊急事態宣言が出された。
 対象となるのは、東京、神奈川、埼玉、千葉、大阪、兵庫、福岡。
 昨日、総理の記者会見が行われたが、今までと違うのが、専門家会議の尾身氏が同席したことだ。
 今回の判断の裏付けとなる考え方を尾身氏の口から聞くことができた。
 対象となるのがどうしてこの7都府県になったのかについても尾身氏から説明があったが、まことに明快で説得力のあるものだ。
 まず、感染拡大のスピードについて、感染者が倍増するのにどのぐらいの時間がかかっているかを見る。
 2,3日になると感染爆発の恐れありと判断したらしい。
 もう一つは、感染経路不明の割合の増加。
 これが増加してきているとリスクが高いと判断したようだ。

 特徴的なのは、福岡県が入っていること。
 いままであまり福岡県は話題にならなかった。
 ところが、感染拡大のスピードが急激に上がっていることと、感染経路不明の割合が全国で一番高い。
 これで対象に入った。

 逆に、北海道と愛知県が外れた。
 当初は、感染者や死者の多い順番に対象が選ばれるのではないかと言われ、北海道と愛知県も当然入るものと予想する人もいた。
 だが、北海道と愛知県は、一時感染拡大した時期があったものの、最近は落ち着いてきている。
 そして、これまでの感染も、ほとんどが感染経路をたどれるものだった。
 クラスターつぶしを徹底したことで、いま感染拡大を抑えることができているのだろう。

 ヒトとの接触を8割減らすことで確実に感染拡大を減らせるという説明もあった。
 2週間ぐらいで、状況が好転し、1か月で結果が出るという見通しだ。
 いま、日本がどのような戦略で対応しようとしているのかも明確だ。
 
 尾身氏が同席することで、総理会見の裏付けが明確になった。
 そして、日本がこのコロナ禍にどのように対処しようとしているかもはっきりした。
 リスクコミュニケーションとしては、申し分ない。

 
 
posted by 平野喜久 at 11:54| 愛知 ☀| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月02日

富士山大噴火被害想定:中央防災会議

 政府の中央防災会議の作業部会が富士山噴火の被害想定をまとめた。

 富士山の大規模噴火で首都圏周辺に降灰の被害が及ぶ。
 微量な降灰で鉄道が運行停止。
 乾燥時10p以上、降雨時3p以上で二輪車が通行不能。
 降雨時0.3p以上で絶縁低下(ショート)による停電発生。

 最悪のケースとして、西南西の風が強く、雨が降っていた場合、
 噴火後3時間で横浜市から千葉市にかけて鉄道の運行が停止し、都市の大部分で停電が発生。
 降灰が継続すると15日目には鉄道への影響は関東一円に拡大。
 停電は、東京と神奈川全域、千葉と埼玉の一部に拡大。

 政府は4月に関係省庁や事業者による検討会を設置し、具体的対策の策定に着手するという。
 コロナ禍の対応に追われる中ではあるが、従来からの災害リスクへの備えも着実に進んでいることは頼もしい。

 コロナ禍は長期化の様相を見せている。
 いまコロナ禍への対応が忙しいからといって、その間、別の災害が発生を控えてくれるわけではない。
 最悪の事態は最悪のタイミングでやってくる。
 いま一番起きてほしくないのは、大地震や大噴火だろう。
 起きてほしくないことは考えないようにするのではなく、起きてほしくないからこそ、いま敢えて検討する意味がある。
 日本は、先進国の中では新型コロナの被害は最小限に抑えることができているが、自然災害の多発国としては、いま最もリスクの高い状況に置かれていると言えるかのかもしれない。


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津波28m予測:千島海溝地震

 産経新聞の報道による。
 3月29日、内閣府の有識者会議「日本海溝・千島海溝沿いの巨大地震モデル検討会」が新たな検討結果を発表した。
 心配されている千島海溝地震が発生した場合、北海道東部の太平洋側で最大約28mの津波が襲来し、市街地で最大14.5mの深さで浸水する可能性があるという。

 えりも町:27.9m
 釧路町:27.3m
 広尾町:26.1m
 釧路市:20.7m
 択捉島:29m
 地震発生から最大波が到達するまでの時間は最短で29分。

 千島海溝地震は、今後30年以内に7〜40%という確率で予想されている。
 南海トラフ地震や首都直下地震ばかりが取りざたされるが、切迫性としては千島海溝地震も同列だ。
 北海道東部は、過疎地域であること、避難できる高台が少ないこと、寒冷地であることなど、条件としては対応が難しいエリアだ。
 内閣府としては、令和2年度から具体的な対策作りに着手するらしい。
 
 
posted by 平野喜久 at 09:41| 愛知 ☀| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月01日

パンデミックBCP:事業継続に必要なもう1つの視点

 新型コロナウィルスのリスクが拡大し続けている。
 いままで、新型感染症のリスクは何度も世界を襲ったが、幸いにも日本での被害はほとんどなかった。
 2003年のSARSの時には、中国に始まり、世界に感染が拡大したが、日本だけでは感染事例がほとんどなく、死者も出ずに終わった。
 この時、台湾や韓国では深刻な被害があり、その時の経験が今回の新型コロナの迅速な対応に生きているのだという。
 2009年の時には新型インフルエンザが世界を襲った。
 春先に日本にも感染が広がったが、夏場に一旦小康状態になり、秋ぐちになって再燃し始めた。
 インフルエンザの最盛期1月2月に最大の山が来るだろうと警戒したが、インフルシーズンが来る前にいつの間にか立ち消えになった。
 この時の経験から、「新型感染症といっても大したことないね」というのが日本での受け止め方だった。

 ところが、今回だけは様子が違う。
 武漢での謎の感染症発生直後から日本でもしきりに報道され、人々の関心を集めた。
 最も注目されたのは、クルーズ船が横浜港に寄港したことによる。
 日々、感染者や死者の数字が公表され、その深刻さを実感することになった。
 このクルーズ船がなかったら、日本でもそれほど報道されず、人々の関心も高まらなかったかもしれない。

 いま、コロナウィルスが日本社会に及ぼす影響は大きい。
 だが、感染拡大や死者の増加という点で深刻になっているのではない。
 諸外国に比べて、日本だけが極端に感染者や死者の数値が低く、そのことが世界の謎と言われている。
 いまのところ被害を最小限に抑えることができている日本も、いつイタリアやフランスのように感染爆発を起こすか分からない状況にあり、予断を許さない。

 さて、企業がパンデミックBCPを考えるとき、そのポイントは1つだった。
 それは、職場の集団感染を起こさないことだ。
 場合によっては、従業員に自宅待機を求めたり、一部の業務を縮小したりして、重要業務の継続に注力する。
 感染症の拡大レベルに合わせて、業務対応の仕方を柔軟に変え、最悪の時でも最低限の機能維持を続けながら、状況回復を待つ。
 感染が収束に向かってきたら、それに合わせ、少しずつ業務を復旧していき、通常業務に戻していく。
 常に、感染拡大の状況を見ながら対応を考えるというところがパンデミックBCPのポイントとなる。

 ところが、今回の場合、日本ではまだ感染爆発という状況にない。
 にも関わらず、既に業種によっては業務に深刻な影響が出ている。
 特に、観光業、宿泊業、飲食業、イベント業、旅客業などだ。
 国や自治体による各種の自粛要請によって、ヒトの活動が激減した。
 そのために、これらの業種については、売上が一気に消滅してしまった。
 ヒトやモノなど経営資源は何も傷ついていないにも関わらず、突然、事業継続不能の状態に陥っている。
 これは、従来のBCPでは想定してこなかったケースだ。

 普通、需要の減少により経営難に陥るケースは、BCPの対象リスクにならない。
 というのは、需要の増減は常に起こり得るものであり、それを想定しながら経営をするのが当たり前だからだ。
 日常業務の中で経営を脅かすリスクは「経営リスク」と呼ばれ、BCPの対象リスクから外されるのが通例だ。
 本来、BCPは、自然災害のように、我が社のコントロールではどうしようもないところで発生し、突然に我が社を非常事態に陥れるようなリスクを対象とする。
 今回のコロナ禍による需要減は、一部は経営リスクに入るものだが、それを超えるような影響が出ている。

 インバウンド狙いの観光業。
 中国や韓国の団体客をあてにした業者が、いま窮地に陥っている。
 これは、経営リスクに入る部分が大きい。
 コロナ禍とは関係なく、もともとリスクが大きかった。
 尖閣諸島で問題が起きただけで、中国の団体客が激減したことがあった。
 韓国旅行客は、最近の日韓関係の悪化の時から減少が始まっていた。
 京都では、ホテルの建設ラッシュが続いており、レンタル着物店が相次いで開店した。
 ところが、当てが外れ、ホテルの建設予定が中断したり、レンタル着物店が閉店したりしている。
 これらは、もともと不安定な需要に頼り切ったビジネスがリスクが大きいことの表れに過ぎない。

 一方、ほとんど想定外の売上消滅も起きている。
 飲食業、イベント業などがそうだ。
 これらの業種も、社会情勢の変化で需要の変動は常にあるが、突然に売上が消滅することはない。
 これは、明らかに世の中の自粛によるものだ。
 そして、このような全世界レベルの活動停止状況というのは、感染症災害でなければあり得ない。
 地震や風水害の場合は、被害が深刻だったとしても、対象エリアは限定的だ。
 東日本がダメなら、西日本で代替ができる。
 建屋や機械が傷ついたとしても、直ちに復旧すれば業務を立ち上げることができる。
 ところが、新型感染症の場合は、逃げ場がない。
 経営資源は何も傷ついておらず、復旧するすべがない。
 
 学習塾が、オンライン授業に切り替えている。
 老舗の旅館が、客間をサテライトオフィスとして貸し出そうとしている。
 突然の需要消滅の中でも、知恵を出し合って何とか新規の需要に対応できる道筋を模索が始まっている。
 今回のコロナ禍は、長期戦を覚悟する必要がある。
 事業者も、国の支援策を待っているだけではだめだ。
 この長期戦をいかに乗り越えていくかという生き残り戦略を考える段階にある。


 
 
posted by 平野喜久 at 20:20| 愛知 ☔| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月23日

K-1の開催強行:主催者のために中止命令すべきだった

 キックボクシング団体K-1のビッグイベント「ケイズフェスタ3」が22日、さいたまスーパーアリーナで開催された。
 開催前から、政府や県知事からは主催者側に自粛要請が繰り返されていたが、開催強行に至った。
 当日の観客は予定よりも少なかったが、それでも6500人もの人が集まった。
 主催者は、入場時に観客全員に住所、氏名、連絡先を書かせていた。
 このイベントは、クラシックコンサートのようなおとなしい催し物とは違って、大勢の観客が密集し、熱狂したファンが大声を上げながら応援するという。
 「閉鎖空間」「ヒトの密集」「大声」という感染拡大の条件をすべて網羅しているようなイベントだ。
 タイでは、この格闘技の試合開催が感染拡大の要因とされ、深刻な事態へとつながっているらしい。
 
 主催者側には、このイベントを中止できない事情があった。
 このイベントを主催者判断で中止したらどうなるか。
 主催者の自己都合の中止と同じ扱いとなり、チケットの払い戻しに応じることになる。
 ここで巨大な損失が発生し、たちまち運営会社は資金繰りに行き詰まる。

 逆に、開催を強行したらどうなるか。
 チケットの売り上げはそのまま収入になる。
 当日、自己判断で来ない観客もいるだろう。
 しかし、主催者に払い戻しの義務はない。
 当初の売上と利益を確保することができる。
 もちろん、このイベントをきっかけに感染拡大のリスクがある。
 だが、その責任を主催者が負うことはない。
 もしも、参加者の中で、感染拡大が認められた時には、損害賠償責任を負うような話が確定しているのであれば、主催者はそのリスクを重視する。
 ところが、そんな規定はどこにもない。
 このイベントが後の感染拡大のきっかけになったということが分かった時に、社会的な非難を受けることになるだろう。
 しかし、感染拡大が必ず起きると確定しているわけでもないし、感染拡大が起きたとしてもそれがこのイベントが原因だということを立証するのは難しい。
 立証できたとしても、かなり時間がたった後だし、それで主催者にどこまでの責任があるのかは不明だ。

 いま中止したら、直ちに莫大な資金流出で資金ショートを起こすのが確実。
 一方、中止しなかったときの損失は決まった話ではない。
 これでは、主催者側に中止しようというインセンティブが働かないのは当たり前だ。

 この問題の本質は、政府や県にイベント中止を命じる権限がないことだ。
 県の判断でイベント中止を命じたら、主催者は中止にせざるを得ない。
 そうなれば、主催者は損失が出たとしても、保険適用で対応可能だ。
 チケットの払い戻しも、主催者の責任は免除される。
 場合によっては、保険対応で払い戻しに応じることもできる。
 
 非常事態宣言を発して県に強制力を持たせる意味はここにある。
 非常事態宣言は、国や県が権力で人権を抑圧するかのようなイメージだけで語る人がいるが、実態は違う。
 このようなイベント主催者を守ることにもなるのだ。
 現状では、国や県に強制力がないがために、「要請」という形でお願いすることしかできない。
 だから、体力の弱い主催者は、簡単に自粛することができなくなってしまうのだ。
 それで、無理やりイベントを開催し、観客を感染リスクにさらすことになってしまう。
 観客の方も、感染リスクが怖いが、イベントが開催される以上、勝手なキャンセルで払い戻しはしてもらえないので、もったいないから行こうということになる。
 現状でリスクを負っているのは、国でも県でも主催者でもない。
 一般の観客にリスクを押し付けていることになってしまっているのだ。


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K-1の開催強行:主催者のために中止命令すべきだった

 キックボクシング団体K-1のビッグイベント「ケイズフェスタ3」が22日、さいたまスーパーアリーナで開催された。
 開催前から、政府や県知事からは主催者側に自粛要請が繰り返されていたが、開催強行に至った。
 当日の観客は予定よりも少なかったが、それでも6500人もの人が集まった。
 主催者は、入場時に観客全員に住所、氏名、連絡先を書かせていた。
 このイベントは、クラシックコンサートのようなおとなしい催し物とは違って、大勢の観客が密集し、熱狂したファンが大声を上げながら応援するという。
 「閉鎖空間」「ヒトの密集」「大声」という感染拡大の条件をすべて網羅しているようなイベントだ。
 タイでは、この格闘技の試合開催が感染拡大の要因とされ、深刻な事態へとつながっているらしい。
 
 主催者側には、このイベントを中止できない事情があった。
 このイベントを主催者判断で中止したらどうなるか。
 主催者の自己都合の中止と同じ扱いとなり、チケットの払い戻しに応じることになる。
 ここで巨大な損失が発生し、たちまち運営会社は資金繰りに行き詰まる。

 逆に、開催を強行したらどうなるか。
 チケットの売り上げはそのまま収入になる。
 当日、自己判断で来ない観客もいるだろう。
 しかし、主催者に払い戻しの義務はない。
 当初の売上と利益を確保することができる。
 もちろん、このイベントをきっかけに感染拡大のリスクがある。
 だが、その責任を主催者が負うことはない。
 もしも、参加者の中で、感染拡大が認められた時には、損害賠償責任を負うような話が確定しているのであれば、主催者はそのリスクを重視する。
 ところが、そんな規定はどこにもない。
 このイベントが後の感染拡大のきっかけになったということが分かった時に、社会的な非難を受けることになるだろう。
 しかし、感染拡大が必ず起きると確定しているわけでもないし、感染拡大が起きたとしてもそれがこのイベントが原因だということを立証するのは難しい。
 立証できたとしても、かなり時間がたった後だし、それで主催者にどこまでの責任があるのかは不明だ。

 いま中止したら、直ちに莫大な資金流出で資金ショートを起こすのが確実。
 一方、中止しなかったときの損失は決まった話ではない。
 これでは、主催者側に中止しようというインセンティブが働かないのは当たり前だ。

 この問題の本質は、政府や県にイベント中止を命じる権限がないことだ。
 県の判断でイベント中止を命じたら、主催者は中止にせざるを得ない。
 そうなれば、主催者は損失が出たとしても、保険適用で対応可能だ。
 チケットの払い戻しも、主催者の責任は免除される。
 場合によっては、保険対応で払い戻しに応じることもできる。
 
 非常事態宣言を発して県に強制力を持たせる意味はここにある。
 非常事態宣言は、国や県が権力で人権を抑圧するかのようなイメージだけで語る人がいるが、実態は違う。
 このようなイベント主催者を守ることにもなるのだ。
 現状では、国や県に強制力がないがために、「要請」という形でお願いすることしかできない。
 だから、体力の弱い主催者は、簡単に自粛することができなくなってしまうのだ。
 それで、無理やりイベントを開催し、観客を感染リスクにさらすことになってしまう。
 観客の方も、感染リスクが怖いが、イベントが開催される以上、勝手なキャンセルで払い戻しはしてもらえないので、もったいないから行こうということになる。
 現状でリスクを負っているのは、国でも県でも主催者でもない。
 一般の観客にリスクを押し付けていることになってしまっているのだ。


posted by 平野喜久 at 14:57| 愛知 ☀| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月14日

アメリカ:国家非常事態宣言

 トランプ米大統領は13日、新型コロナウイルスへの対応で国家非常事態を宣言。
 「状況は悪化する可能性がある。今後8週間が重大な局面となる」
 「連邦政府の全権を解き放つために、非常事態を宣言する」
 「新型コロナ対応に向け最大500億ドルの拠出に道を開く」

 ここまで、アメリカ大統領は楽観的な姿勢を見せていたが、国内感染が広がる中、無策を続けているわけにいかず、一気に非常態勢にかじを切った。
 これを受けて、株価は一気に上昇に転じたという。
 実にアメリカらしい。
 必要となれば大胆に行動を起こし、それを国民が評価をする。
 注目すべきは、「今後8週間が重大な局面」と宣言したことだ。
 約2か月は影響が及ぶと表明したことになる。
 これは、おそらく大統領個人の勝手な感想ではなく、専門家の知見が入っている。
 というのは、新型インフルエンザの場合は、感染拡大期の影響は8週間に及ぶのが1つの基準と考えられているからだ。

 日本では、「1〜2週間」「10日間」と、政府が警戒を呼び掛けるのにも細かく刻んでいる。
 いきなり8週間と言うと、国民の受ける衝撃が大きすぎるので、少しずつ瀬踏みをしている感じだ。
 だが、この新型コロナの影響は、長期に及ぶことを覚悟すべきだろう。
 政府は、その長期的な見通しをある程度提示してもいいのではないか。
 
 大阪府は13日、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため自粛してきた府主催イベントについて、21日から順次再開する方針を決めた。
 今回のコロナウィルスは、どのような環境で感染するのかが分かってきたからだ。
 その条件さえ回避すれば、イベント開催はできるとの判断だ。
 府としては思い切った決断だが、これ以上、世の中の活動を停止してしまうことの弊害を最小限にとどめようとする現実的な対応だ。
 影響が長期に及ぶことを前提に対応策を検討しているのが分かる。

 大阪府は、別途、感染拡大が進むことを想定して、感染者の症状別の対応スキームを決定した。
 国の方針が決まるのを待つことなく、先手先手の対策を講じている。
 いま、日本のフェースは感染拡大期に入ってきており、ここからは、各都道府県単位の対策に委ねられる。
 国の方針が決まってから、「唐突すぎる」と文句を垂れているような知事は、有事のリーダーとして失格だ。
 今後は、知事の感度の違いで、対応に違いが出てきそうだ。

 
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2020年03月12日

イタリアの感染爆発を世界の教訓にできないか

 イタリアの感染爆発が激しい。
 感染者は、新たに2313人感染で計で12462人に 死亡者も196人増え計827人に。
 重症者は計1028人。
 致死率は6.6%になる。

 イタリアで何が起きているのか不明だ。
 既に医療崩壊が起きているように見える。
 医療現場の対応が間に合わず、重症患者の手当てができないまま死に至らしめてしまっているのかもしれない。
 そうなると、新型コロナの肺炎患者だけではなく、その他の病気による緊急患者の対応もまともにできずに、死亡させてしまっているおそれがある。
 これは、新型コロナの死者にカウントされておらず、実態は表面化しない。

 イタリアでの感染爆発は、いろんな原因が指摘されている。
 PCR検査をやりすぎたために、多くの人が医療機関に殺到し、そこで感染拡大が起きた。
 クルーズ船の寄港を許し、隔離措置をせずに乗客を下船させた。
 ハグやキスなど他人との接触の多い生活文化。
 もともと、衛生観念が低い国民性。
 ウィルスが変異している。
 いずれも、勝手な憶測にすぎず、真因は不明だ。
 
 WHOはこういう現地こそ調査して、世界に警告を発する必要があるのではないか。
 
 
posted by 平野喜久 at 10:09| 愛知 ☀| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

WHOの存在意義がない

 世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長は11日、記者会見で、新型コロナウイルス感染症について「パンデミック(世界的大流行)だ」と述べた。
 今さらとの感じが強い。
 既に世界の報道で感染が世界的に広がっていることはみんなが知っており、それを後追いでWHOが確認しているだけだ。

 今回のWHOの対応については、不信感が広がっている。
 本来なら、各国の対応は、WHOの見解を判断基準に進められるはずが、そうなっていなかった。
 思い切った提言や、先手先手の注意喚起などはまったくない。
 むしろ、初めのころは、世界が騒ぎすぎないように控えめなメッセージを発しし続けていた。
 特に、今回の発祥地、中国に対する気遣いは甚だしく、中国のイメージ低下につながるようなコメントは極力避けていたように見えた。
 むしろ、中国はよく対応していると高い評価を与えていたぐらいだ。
 逆に、中国以外の国の状況については、容赦なく感染拡大の懸念を表明するなど、中国の問題から関心をそらせるような言動ばかりが目立つ。
 一時は、日本も感染拡大の懸念対象国の中に含まれていた。
 そのせいで、日本からの入国を拒否する国が出始めた。
 中国以外の国のイメージ低下には、ほとんど無頓着であることが分かる。

 今回のパンデミック表明も、中国での感染拡大が収まってきたのを待っていたように見える。
 いまや問題の中心は中国以外の国々に移っており、パンデミックは世界の問題と堂々と言えるようになったということだろう。

 本来は、WHOは、国の利害を超えた客観的な立場で、科学的な根拠に基づいて、いち早く世界に向けて情報発信を行ない、各国に同じ方向で行動を促す機関でなくてはならないはず。
 ところが、WHOはその信頼を失い、国の判断のよりどころにはならなくなっている。
 単に、各国の報道を見ながらコメントを発しているだけの、お茶の間の評論家レベルに堕している。
 
 日本も含め、各国の初動に遅れが見られたのは、このWHOの責任が大きい。
 
posted by 平野喜久 at 09:44| 愛知 ☀| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月08日

後知恵の講釈が多すぎる

 5日、安倍総理は、新型コロナウイルス感染症対策本部会合で、感染のさらなる拡大を阻止するため、中国、韓国からの入国者に指定場所で2週間待機し、国内の公共交通機関を使わないことを要請すると表明した。
 中国韓国からの入国規制をかけることとなった。
 この措置について、またも批判の声があがっている。
 「遅すぎる」「もはや水際対策は失敗しており、いまさら入国規制は意味がない」「いきなり韓国全土を対象にする根拠がない」
 
 遅すぎるというのであれば、どの段階で行なうのが適切だったのか。
 武漢からの入国規制をしたときに、中国全土に範囲を広げておくべきだったという意見がある。
 確かに、理想としてはその通りだ。
 もっと言えば、武漢で正体不明の感染症が広がっているらしいという情報を受けた段階で、ただちに鎖国するのが最善だった。
 そうすれば、もっと効果はあったはず。
 しかし、いきなりそんなことをすれば、ヒトやモノの行き来がストップしてしまい、経済活動が停止する。
 防疫に成功したとしても、他のダメージが大きすぎる。
 その影響は、海外にも及び、いきなりの鎖国措置は、独善的として国際的な非難を浴びることになっただろう。
 中国からの入国規制に限定したとしても、過剰反応として中国から非難されたに違いない。
 日本国内でも、中国人への差別につながりかねないと批判の声が上がっただろう。
 それで、中国が武漢閉鎖を決めたときに、最小限の入国規制として、武漢からの入国を阻止したのだ。

 今回の新型コロナに対する日本政府の一連の対応について、批判の声を上げたがる人が目立つ。
 どんな対策でも、どこかに批判の糸口は見つかるので、難癖をつけるのは簡単だ。
 特に、結果が分かってからなら、神の視点に立って何でも言える。
 自分だけは、初めからすべてを見通せていたかのように、「ああすべきだった」「こうすべきではなかった」と、ものを言うことができる。
 この神の視点に立った批判は、実に気分がいい。
 答えが明らかなので、悩む必要はなく、思いっきり批判することができるからだ。
 だが、これは後知恵の講釈というものだ。

 更に問題なのは、まだ、最終的な結果が出ていないので、後知恵にもなっていないということだ。
 「クルーズ船対応は歴史的な大失敗」と言う人がいるが、今の時点で何をもってそう評価しているのか分からない。
 感染者や死亡者が出たことをもって失敗と言っているのなら、評価の観点が違う。
 その対策が成功か失敗かは、その対策を行なったケースと行わなかったケースを比較することで、初めて分かる。
 それは、海外での対応の仕方と比較することで初めて検証できる。
 他の方法を取っていたら、もっと犠牲が大きかったかもしれない。
 その検証は、すべてが終わった時にじっくり行うべきで、今の段階で、あれこれ論評している場合ではない。

 もちろん、ここまでの対応の中で、新たに得られた知見があるので、それは、今からの対策にいかしていかなくてはいけないのは当然だ。
 
 タレントコメンテーターが素人の思い付きで批判するのは、番組上の演出として理解できるが、不可解なのが専門家としてマスコミに登場する人まで政府批判を繰り返している。
 まるで、批判をしなければ専門家としての権威を保てないとでも思っているようにさえ見える。
 専門家と言っても、いろんな分野に及ぶ。
 疫学の研究者、医科大学の教授、感染症の医者、医療ジャーナリストなど。
 それぞれの立場でものを言うので、政府批判でも人によって言うことが違ったりする。
 感染症対策は、単なる健康医療の話ではなく、国家の危機管理の問題だ。
 政府が考慮すべきは、多岐に及ぶ。
 当然、疫学や医療の専門家の意見は受け入れるが、それだけが判断材料になることはありえない。
 今回の中国韓国からの入国規制の措置を、すべて疫学医学の観点から評価しようとすることには無理がある。

 気になるのは、マスコミに登場するコメンテータに、危機管理の専門家がいないことだ。
 国家の危機管理の問題を疫学の研究者に語らせるのは、滑稽な見世物にしかなっていない。
 これは、繊維の研究者に、洋服のファッションアドバイスを求めるようなものだ。

 もう1つ気になるのは、政府のスポークスマンの中に、危機管理の視点から、国民に分かりやすく情報発信できる人材が見当たらないことだ。
 いま、日本はどういう状況に置かれていて、いま何をしようとしているのか、これがうまく伝わっていない。
 厚労大臣がその役割を担っているが、残念ながら、批判をかわすための言い訳めいた説明ばかりが目立つ。



 
posted by 平野喜久 at 09:25| 愛知 ☔| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月04日

新型肺炎:いまがなぜ一番大事なのか

 専門家会議が「この1〜2週間が瀬戸際だ」と声明を発してから1週間が経過した。
 小中高校の一斉休校が始まり、各種イベントの自粛、縮小が実行されるようになった。
 動きは、スポーツの無観客試合、集会の中止、美術館などの施設の閉鎖など、広範囲に及んでいる。
 街中に人出が少なくなってきた。
 レストランも混んでいない。
 観光地は明らかに人が減った。
 交通機関も心なしか混雑が緩和されているように感じる。

 全校一斉休校の措置は、「唐突すぎる」「科学的根拠がない」「現場の混乱を無視している」と批判が噴出したが、どうやら、いい効果が出ているようだ。
 もう1週間様子を見れば、その傾向ははっきりわかるようになるのではないだろうか。

 さて、2週間経過した時に、どうするのか。
 ただちに自粛解除で、通常通りの活動に戻れるのか。
 たぶん、そうならない。
 国内の感染拡大は緩やかながら進んでおり、いまよりも、感染者や死亡者は増えているだろう。
 感染者が増えていることをもって、「全校休校しても意味がなかった」などと批判の声が出ることを心配する。
 新型感染症対策のポイントは、感染拡大のスピードを緩やかにし、蔓延期のピークを低くすることにある。
 対策の成功は、感染拡大しないことではないし、死者が出ないことでもない。
 今回の対応の仕方が正しかったのか間違いだったのかの検証は、すべてが終わってからすべきであり、事態の進行中に良しあしを論じていても意味がない。
 むしろ、政府批判のための言動は、対策の効果を妨げかねず、害悪でしかない。

 この後、日本でも感染拡大は続く。
 いずれピークがやってくる。
 そのことは覚悟して準備していく必要がある。
 分からないのは、いつピークが来るのか、その時の山の高さはどの程度になっているのか、ということだ。
 分からないということは、逆に言うと、いまの対応次第で、十分変わり得るということでもある。
 だから、「この1〜2週間が瀬戸際だ」ということなのだ。

 問題は、3月の後半からどうするのかということだ。
 まだまだ感染拡大は継続している。 
 いきなり警戒を解くわけにはいかない。
 では、いまの警戒態勢をそのまま更に2週間延長するのか。
 すると、活動自粛に伴う弊害が看過できなくなる。
 たぶん、警戒は怠らないようにしながら、日常の活動は極力維持するという方向に切り替えていくことになるだろう。
 そのうち、有効な治療方法が開発され、医療体制も整い、重症患者の受け入れ態勢ができあがってくる。
 そうなれば、社会の不安感が一気に解消に向かう。
 そのうち、通常の感染症と同じように日常の中に紛れていき、話題が遠のいていく。
 WHOの終息宣言が出るのは1〜2年後になるだろうが、日本での脅威は早々になくなっていくかもしれない。

 その前に、私たちは必ずやってくるピークを乗り越えなければならない。
 少しでもピークを遅らせ、少しでも高さを低くするために、いまが一番大事な時期だということをあらためて認識する必要がある。

 
posted by 平野喜久 at 21:10| 愛知 ☔| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月01日

企業のパンデミック対策

 我が国の新型肺炎リスクは、いよいよ感染拡大期の入り口までやってきた。
 今後、どのようなカーブで山を登っていくかは、1〜2週間の国民の対応次第だ。
 3月中の全校休校が決まり、各種イベントも次々と中止、公共施設も閉鎖が決まってきた。
 国を挙げた非常態勢に切り替わりつつある。

 新型肺炎は、企業にとっても重大なリスクだ。
 当然ながら、BCPの対象となる。
 今後は、企業も態勢を切り替えていく必要がある。
 当面、企業が最優先で考えなくてはいけないのが次の2点だ。

・従業員が感染しないこと
・ウィルスを職場に持ち込ませないこと

 今回のウィルスは毒性はそれほど大きくないが、感染力が強い。
 免疫を持っている人が誰もいないので、ウィルスが職場に持ち込まれると、たちまち集団感染を起こす。
 すると、その職場はしばらく業務停止に追い込まれる恐れがある。
 このウィルスは厄介な特徴があって、発症までの時間が長く、発症後の進行も遅い。
 通常のインフルエンザであれば、1週間以内には自然に回復する。
 ところが、新型肺炎は、2〜3週間もかかって病状が進行していくケースが見られる。
 中には、症状が軽快して検査が陰性になったのにも関わらず、その後に症状がぶり返し、陽性に変わるという事例も報告されている。 
 致死率が季節性インフルと変わらないからといって、油断していいウィルスではない。
posted by 平野喜久 at 11:19| 愛知 ☁| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

危機意識を共有しよう

 総理の全国一斉休校の要請について、マスコミでは批判的な論調が多く取り上げられている。
 「唐突すぎる」「科学的根拠がない」「具体的対応は現場に丸投げ」
 だが、新型感染症対策とは、そもそもこういうものなのであり、そのことをあげつらって批判しても意味がない。
 そもそも、今回の措置が正しいのか間違っているのかを評価しようとすること自体が間違っている。
 正否は、すべてが終わってからでないと評価できないからだ。
 
 それよりも問題なのは、国民の間で危機意識がバラバラなことだ。
 ある人は深刻な事態だと捉えているし、ある人は大した事態ではないと捉えている。
 この両者が話し合って対策を決めようとしても、結論が出ない。
 前提となる認識が違うので、そこから話がかみ合わないのだ。
 延々と議論を繰り返すばかりで、時間を浪費することになる。
 今回の休校要請は、現在が重大局面にあることを全国民に認識させるのに十分なインパクトがあった。
 国民のベクトルが同じ方向を向くようになった。
 これだけでも、総理の決断には意味があったと言える。 

 知事や市長の中には、今回の措置に対して、批判的なコメントを発している人がいる。
 思いにもよらないことを突き付けられて驚いている様子が見える。
 自らの危機意識の欠如を披露しているようなものだ。
 危機のリーダーには、批評論評している暇はない。
 ただちに行動を起こすべき時だ。
 
 
 
 
posted by 平野喜久 at 10:54| 愛知 ☁| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月29日

新型感性症対策は常に過剰対応になる

 安倍総理が春休みまでの臨時休校を要請し、日本は新たな対応ステージに入った。
 今回の総理の判断は勇気ある決断と評価したい。
 当然ながら突然の要請に驚きの声が広がっている。
 「唐突すぎる」「準備が間に合わない」と批判の声も上がっている。
 だが、現在は既に非常事態であることを認識する必要がある。
 地震が起きたとき、「唐突すぎる」と文句を言っている場合ではなく、すぐに非常態勢に切り替えて行動を起こしていかなくてはならない。
 今回は、それと同じだ。

 非常時の鉄則がある。
 「拙速を旨とせよ」「誤断は不断に勝る」
 これは、あれこれじっくり検討していて行動のタイミングを逃すことを戒める言葉だ。
 ここまで、厚労大臣ばかりが前面に出て、総理の存在感がなかった。
 ようやく総理のリーダーシップが見えるようになってきた印象だ。
 
 今回の休校要請で、いろんなところに影響が懸念されている。
 共働き世帯の子どもの保護
 授業時間の確保など教育現場の運営
 子どもたちのストレス
 パート従業員や派遣社員が出勤できずに収入減少になるリスク
 医療スタッフが出勤できなくなって医療体制に支障が出ることを心配する声まである。

 そもそも、新型感染症の対策は、ヒトの行動を制限することだから、どこにも悪影響の及ぼさないものはありえない。
 その悪影響があることを取り上げて批判したところで意味はない。
 今回の措置が正しのか間違っているのかは、すべてが終わって検証して初めて明らかになる。
 いまは、その論評をしている場合ではなく、次のフェーズに向けて準備を進めていく時だ。

 新型感性症対策では、どこにも問題が起きない適切な対策というのは存在しない。
 どんなにベストな対策をしたとしても、必ず犠牲者は出るし、その対策のせいで我慢を強いられる人も必ず出る。
 「先手先手の対策をせよ」と簡単に言うが、この先手の対策というのは過剰対策をせよと言うことなのだ。
 「まだそこまでしなくても」と思えるようなことまでするから、被害を最小限に抑えることができる。
 終わってみたら、被害規模が小さく、「ここまでする必要はなかったね」と思ってしまうが、それは結果を見たから判断できることで、事態進行中にちょうどいいレベルを適切に判断するのは不可能だ。
 だから、「ここまでする必要なかったね」と言えるような対応をするのが正解と言うことになる。
 感染症対策は必ず過剰対応になると思った方がいい。

 逆の対応の仕方は、状況の変化を見ながら対策を小出にしていく方法だ。
 まず、1レベルの対策をやってみる。
 それで足らなければ2レベルの対策を追加する。
 この方法なら、過剰対応になることがない。
 だが、常に後手後手の対応になり、追いかけ続けるだけで、事態の進行を抑えることが永遠にできない。
 これは、「兵力の逐次投入」といって、失敗が確実の愚策と言われる。
 日本人は「最小限の対策をしてまずは様子を見る」ということをしてしまいがちだ。
 はじめから深刻なリスクを想定したくないという心理傾向があるからだ。
 今回の突然の休校要請に対する反発も、深刻なリスクを目の前に突き付けられたことの心理的な負担が大きいせいだろう。

 総理による休校要請は、教育現場にとどまらず、社会的なインパクトが大きい。
 この1〜2週間の対応がきわめて重要と専門家諮問会議に指摘される中、この危機意識を全国民が共有するのに、実に効果的なメッセージとなった。
 本日、総理自らの言葉で今回の措置に対するメッセージが国民に発せられるらしい。
 注目だ。
 
posted by 平野喜久 at 15:43| 愛知 ☔| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月25日

新型肺炎はBCPの対象リスクだ

 新型肺炎のリスクが高まっている。
 いま私たちは感染拡大期の入り口に立っており、今後の展開から目が離せない。
 この新型肺炎は間違いなくBCPの対象リスクだ。

 今後、日本は感染拡大期に入っていく。
 日本各地で散発的に感染拡大が始まる。
 ここで、企業も非常態勢に切り替えていかなくてはならない。
 新型感染症のリスクは、ヒトだけにダメージを及ぼす災害なので、ひたすらヒト対策を徹底するしかない。
 企業の対策のポイントは、

・職場で集団感染を起こさないこと

 ここに全力を挙げる必要がある。
 そのためには、

1.まず、従業員が感染しないこと
2.万が一、感染者が出たとしてもウィルスを職場に持ち込ませないこと

 これに尽きる。
 今回のウィルスは毒性が低く、重症化するのは高齢者か基礎疾患の持ち主だけという認識から、大げさに騒ぐ必要はないという人もいるが、そうではない。
 多くの人は重症化したり死亡したりしないとしても、発症者は、高熱、吐き気、頭痛、下痢、関節痛、倦怠感などに襲われ、一定期間働けなくなる。
 死ななければ感染しても構わないという人はいないだろう。

 特に、新型感染症については、免疫を持っている人が誰もいないので、職場にウィルスが持ち込まれると簡単に集団感染を起こす。
 すると、その職場の従業員が一斉に感染し、一度に全員が出社不能になりかねない。
 企業としては、この事態を避けなければいけないのだ。
 だから、これは、個人の健康の問題、病気の話と認識しないことだ。
 あくまでも企業の危機管理の問題と捉え、組織として対応する必要がある。

 この新型肺炎は、地震や風水害と同じように、企業の業務継続を脅かすBCPの対象リスクとして対応しなければならない。


 
posted by 平野喜久 at 09:17| 愛知 | Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする