2021年11月11日

ドイツの感染者数過去最大

 ドイツの保健当局は11日、新たに5万196人の新型コロナウイルス感染者が確認されたと発表した。
 これは1日の感染者数としては、過去最大だ。
 ワクチン接種が進んでいる今になって、過去最大の感染者数を出しているのが驚きだ。
 ドイツでは感染防止策は解除の方向だったが、今月に入り感染拡大を受けて、再び感染防止策を強める方向にあるようだ。
 マスコミでは、過去最大の感染状況がトップニュースになっているが、国民の意識はまったくかけ離れていて、コロナなんか気にしない雰囲気にあるらしい。
 ドイツのワクチン接種完了は66.66%になっている。
 国民の3分の2だ。
 ワクチン効果か、感染拡大が続いてはいるが、重症者や死亡者は一定レベルに抑えられているようだ。
 それで、国民は騒いでいないのかもしれない。
 
 いまや日本のワクチン接種率は74.68%にまで達している。
 これは先進国の中ではトップだ。
 日本に続いて、イタリア、フランス、イギリス、ドイツ、アメリカとなる。
 なんと、接種率が悪くなるほど、感染者数が多くなっている。

 日本の1日の感染者数は200人前後で、これは他の先進国に比べると、100分の1〜200分の1のレベルで、ほとんどゼロに近い。
 「なぜ日本だけ?」という疑問がここでも持ち上がる。
 この謎は分からないまま。
 もしかしたら、ここに新型コロナの本質があるかもしれないのだが、結論が出ない。

 欧米の感染拡大の状況を見て、日本でも油断すると同じ状況に陥る可能性を指摘する専門家もいる。
 このような指摘は去年にも見られた。
 欧米で感染爆発が起きているとき、「いまのニューヨークは2週間後の東京だ」などと警告とも脅しともとれるアドバイスをする専門家がいた。
 だが、そのアドバイスはことごとく的外れだった。
 今回も、同じ状況が再来しているのではないか。
 
 これだけ感染状況が収まってきているのにも関わらず、日本国民は全員マスクをしている。
 街中で、電車の中で、マスクをしていない人は一人もいない。
 これほど徹底している国はほかにない。
 国が強制しているわけでもないし、法律で縛られているわけでもない。
 国や自治体がマスク着用を呼び掛けてさえいない。
 それでも、全国民が自主的にマスクを着用しているのだ。
 日本が他の国と違うとしたら、この国民性だろう。
 やはり、ファクターXは日本人の国民性にあったということか。

 この冬の第6波が警戒されているが、日本ではそれほど深刻な状況にはなりそうにない。
 というのは、日本人の警戒感がなかなか緩まないからだ。
 ある程度の行動の自由は確保できるようになる。
 飲食の自由化やイベントの開催などは従来通りに戻っていくし、旅行客も戻ってくるが、マスク着用は続くだろう。
 手指の消毒も続く。
 年末年始だからといって、従来通りの大宴会や懇親会は行なわれない。
 そして、なにごともなく冬を乗り切って春を迎えたとき、いよいよマスクなしの生活に戻れる。
 これが希望的観測だ。


posted by 平野喜久 at 21:49| 愛知 ☔| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

漏救を招くなかれ

 コロナ関連の経済対策として、給付金構想が次々に明らかになってきている。
 18歳以下の子供への10万円給付、困窮学生への10万円給付、マイナポイント2万円付与。
 この経済対策の効果と意義については、議論が多い。
 どんな支援制度でも付きまとうのは、不公平感だ。
 対象を限定すれば、必ず給付対象から外れる人が出てくる。
 所得制限を設けた場合、ボーダーライン前後では僅かな違いで、給付金満額かゼロかに分かれ、極端な違いになる。
 前回の給付金では、この不公平感をなくすために(そして迅速給付のために)、全国民に一律10万円給付となった。
 国民は、経済対策の効果の有無や給付金の多寡よりも、不公平感に敏感だ。

 政府は、事業者へ持続化給付金の支援も検討している。
 新型コロナウイルス禍の影響で売り上げが減少した企業に対し、事業規模に応じて最大250万円を支給するというもの。
 前回の持続化給付金は最大200万円だったが、それが250万円になった。
 適応条件も、売上減少50%以上から30%以上に変更される。
 一方、個人事業主については、前回は最大100万円だったものが、50万円になる。
 (この個人事業主の支援額が減らされたのは、前回個人事業主を装った不正受給が横行したことの反省か)
 これはまだ検討段階で、具体的にどのようなスキームになるのかは不明。
 これも受給資格をどのように条件設定するかで不公平感が生じる。

 緊急事態宣言発出中は、営業自粛に協力する飲食店に対して給付金(協力金)が出された。
 これについても常に不公平感が指摘されていた。
 1日数万円の給付金ではまったく経営支援にならないと嘆く経営者がいる一方、零細飲食店の中には、普段の売上よりも多くの給付金を手に入れるケースもあったらしい。

 このように緊急時の給付金については、不公平感は免れない。
 不公平感のない仕組みを作ろうとすれば、時間がかかり手間がかかりコストがかかる。
 結局、そんな支援ならやらないほうがまし、となりかねない。
 
 緊急時の経済支援については、第1優先は迅速性だ。
 本当に困っている人に一刻も早く支援を届けること、これが求められる。
 そして第2優先は、十分な支援規模。
 わずかな支援では、手間とコストをかけただけで、困窮者の助けにならない。
 最悪の支援策は、「少なすぎ遅すぎ」だ。
 
 「濫救を恐れて漏救を招くなかれ」という言葉がある。
 これは、緊急時の支援策を実施するときの鉄則だ。
 「濫救」とは、野放図にカネをばらまいてしまうこと。
 「漏救」とは、本当に必要な人に支援が届かないこと。
 不必要な人にまで給付金が配られないようにするには、条件を厳しく設定し選別をしっかり行わなくてはならない。
 しかし、条件を厳しくすると、必ずその対象から外れてしまう人が出てくる。
 条件が厳しすぎるために、本当に困窮している人に支援が届かないとすると、この支援策の意味はない。
 それで、「少々無駄なバラマキになってしまったとしても、本当に困っている人にしっかり支援が届くことを優先しよう」という戒めとしてこの言葉がある。
posted by 平野喜久 at 09:28| 愛知 ☁| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年11月09日

コロナ新指標

 政府の新型コロナウィルス感染症対策分科会が、感染状況を評価するための新たな指標を策定。
 いままでは、新規感染者数などに基づく4段階のステージ分類だったが、それを見直し、医療体制の逼迫度合を重視した5段階のレベル分類に変更した。

レベル0:感染者ゼロレベル〜新規感染者がゼロ
レベル1:維持すべきレベル〜医療が対応できている
レベル2:警戒を強化すべきレベル〜医療に負荷が生じ始めている
レベル3:対策を強化すべきレベル〜一般医療を相当程度制限しなければ対応できない〜緊急事態宣言
レベル4:避けたいレベル〜一般医療を制限しても対応できない〜災害医療的対応

 9月30日に緊急事態宣言が全面解除され、1か月以上が経過した。
 当初は、解除すればリバウンドが起きると心配されたが、今のところその様子はない。
 昨日の新規陽性者数は、全国で107人。
 重傷者も死者も一貫して減少傾向にある。
 ワクチンの2回接種率は74%に達し、先進7か国の中で最も出遅れていた日本が、いまやトップレベルにある。
 抗体カクテル療法などの軽症者が重症化を防ぐ治療薬も登場。
 経口治療薬も年内に実用化の動き。
 この状況を受けて、実態に合った警戒指標を新たに設定したということだ。

 気になるのは、具体的な数値設定が消えたこと。
 従来は病床使用率など数種類の数値をもとにステージを判断していた。
 その数値による判断基準も暫定的なもので、明らかな状況変化の中、従来の数値に縛られ続けるのは問題が多い。
 それで、数値基準がすべてなくなったのだろう。
 その代わり、レベル判断は、分科会メンバーによる総合判断で行われることになる。
 国民に納得感のある判断ができるかどうかがポイントになる。

 日本では1日の新規陽性者数が100人程度になっているが、これほど感染状況が収束している国は他にない。
 イギリスでは1日の新規陽性者数は3万人。
 ドイツでも3万人もの新規陽性者数が記録されており、過去最高の感染レベルにある。
 アメリカでは最悪時期に比べれば収まってきているが、それでも新規陽性者数は8万人レベルだ。
 それらに比べると、日本はほとんどゼロに近い。
 日本のような人口密度の高い国で、これほど感染状況が抑えられているのは、世界のなぞ。
 しかも、他の国のように強権的なロックダウンも行われていない中での感染収束だ。
 「なぜ日本だけ」というのが率直な印象だ。
 その理由は、専門家でも説明がつかないでいる。

 日本だけ感染状況が抑えられているのは、今に始まったことではない。
 去年の早い段階から言われ続けていた。
 欧米で感染爆発が起きている中で、日本の感染状況だけが、10の1から20分の1程度に抑えられていた。
 日本にだけ存在するファクターXがあるのでは、と言われたが、ついにその本質はわからないままだ。
 同じ状況が今も起きている。
 やはり、ファクターXは存在し続けているのだ。

 これから冬を迎えるにあたり、何らかの感染の波があるのは避けられないだろう。
 その時、政府が緊急事態宣言を出さずに持ちこたえることができるかどうか。
 政府がきちんと情報発信をし、国民を安心させることができれば、宣言を出さずに乗り越えられる。
 だが、政府がリスクコミュニケーションに失敗し、国民の不安が増幅してしまった場合は、世論に押されて宣言を出さざるを得なくなる。
 ひとえに総理の発信力にかかっている。

 この冬、宣言を出さずに乗り越えることができれば、日本のコロナ対策完全解除の日は近い。
  
posted by 平野喜久 at 09:53| 愛知 ☔| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年10月29日

皇室のダメージコントロールはだれが?

 小室夫妻の結婚会見。
 眞子氏のマスコミや国民に対する強烈な敵意だけが際立った異様なものだった。
 自分のことで精いっぱいで、周りに気遣いを見せる余裕もなくなっている。
 過剰なストレスにさらされ続け、かなり心を病んでいる様子がうかがえた。
 急遽、質疑応答をなくし、文書での回答にしたのも、理解できる。
 質問は事前に提出させていており、想定外の質問を受けることはない。
 答えを用意し、それを読み上げるだけなのだが、それもできない心理状況なのだろう。
 特に疑惑追及型の質問については、考えるだけでまともな精神状態を維持できなくなっているのかもしれない。
 眞子氏の精神的な病状を、周りの人たちもなすすべがなく、本人の意に添うように対応するしかなくなっているように見えた。

 小室夫妻の結婚問題は、4年前の婚約発表の直後から継続していた。
 国民の心配や疑念が常に存在しており、消えることがなかった。
 むしろ、時間を経るにしたがって、それは増幅していった。
 そして、とどめは最後の結婚会見で、国民の心配は嫌悪感に変わり、それは皇室全体への不信感に発展しそうだ。

 なぜ、事態を悪化させ続け、ついに皇室の危機までもたらしてしまったのか。
 有名人のゴシップとしてではなく、危機管理の問題として考えてみたい。

 まず、この結婚問題に対する責任者はだれなのか。
 つまり、誰がこの問題のダメージコントロールをしていたのか、ということだ。
 実は、ここがわからない。
 宮内庁か。
 長官のコメントを見ると、傍観者的な姿勢で、この問題にまともに関与できていないのがわかる。
 長官は定期的に記者会見を行っているが、皇族方の様子を伝えたるだけだ。
 皇室内の問題に積極的に関与し、いい方向にもっていこうという意思も能力もなさそうに見える。
 宮内庁はそもそもそんな役割も権限も与えられていないのだろう。
 せいぜい、政府から派遣された皇族方のお世話係であり、皇族の問題になにがしかの働き掛けをするということ自体が出すぎた行いなのだ。
 宮内庁としてはただただ見守るしかなかったというのが実情だろう。

 では、ダメージコントロールの主はだれか。
 秋篠宮皇嗣殿下か。
 殿下もずいぶん心を悩ませておられた。
 家庭内では、眞子氏への説得も含めて努力をされたと思う。
 しかし、彼女の心を変えるまでには至らず、万策尽きて結婚を認めざるをえないことになった。
 国民の理解を得られていないことをもって、納采の儀など一連の儀式を行わない決断をされた。
 この儀式中止の決断に、殿下の苦悩と覚悟が見て取れる。
 これは、国民の理解が得られないまま結婚させることになってしまったことに対する、国民への謝罪に見えた。

 皇室内の問題としてとらえると、そのダメージコントロールの主は、天皇陛下または、上皇陛下か。
 両陛下も内々に働きかけを行っていただろう。
 強権的にご聖断を下せば、ことは抑え込めたかもしれないが、眞子氏の精神的ダメージは深刻な事態に至っており、とてもそのようなことで収まる状況ではない。
 結局、秋篠宮家内でもこじれて膠着してしまっている問題を、誰もどうすることもできなかったのが実情だったのだろう。
 誰もどうすることもできなくなった問題を、国民はハラハラしなかが見守り、心配し続けてきた、というのがこの問題の構図のようだ。

 では、実際はだれがダメージコントロールをしていたのかというと、眞子氏だったのだ。
 スキャンダル発覚後に、小室氏をアメリが留学に行くように仕向けたのも、留学中は何の行動も起こさず存在感を消すようにしたのも、今年4月になって6万文字にも及ぶ金銭トラブルの釈明文書を公表させたのも、眞子氏の差し金だったことを自ら明かした。
 眞子氏が複雑性PTSDに罹患していることを公表させたのも彼女の意思による。
 そして、このPTSDは国民の非難中傷が止めば寛解すること、PTSDであっても渡米の準備はできることを公表させたのも彼女の意思による。
 彼女なりに、どうしたらダメージを最小限に抑えられるかを必死で考えてきたことがわかる。
 しかし、事態は悪化の一途だった。
 何か手を打つたびに国民感情は悪化し続けた。
 つまり、対応がことごとく間違っていたことになる。

 たぶん、彼女は国民感情を読み間違えていたのではないか。
 実社会で暮らしていない彼女は、どのように国民の声を感じ取っていたのだろう。
 もしかしたら、彼女の情報源は、週刊誌報道とネット上の書き込み、そして小室氏とのウェブ会話。
 この偏った情報の中で、被害妄想を膨らませ、自分ひとり悩み、苦しんでいたのではないか。
 あの結婚会見での国民に向けた憎悪と敵意は、いままで蓄積された彼女の思いの発露だった。
 本人は必死に対応しようとしているが、はた目にはあまりにも幼稚で大人の知恵が少しも入っていないのがわかる。
 経験豊かな人の助けを得ることなく、ひとりでもがき苦しんでいるさまが痛々しく、お気の毒だ。

 よく、記者会見は小室氏が一人で対応し、自由質問が尽きるまで答えるということをすべきだった、という人がいる。
 確かに、そうすれば、小室氏の心意気を国民は肌で感じ、印象が好転したかもしれない。
 だが、それは眞子氏が許さなかった。
 小室氏が質問攻めにあい、窮地に立たされている姿を見ることすら、眞子氏には精神的に耐えられないことなのだ。
 
 複雑性PTSDという精神疾患は、一般には並大抵の病気ではなく、人格が崩壊するほどのかなり深刻な状態を言うらしい。
 記者会見の場で、神経に障る質問が出たときに、まともな精神状態を保てなくなる。
 会見会場には、妹の佳子様がひそかに駆けつけていたという。
 それほど心配な状態だったのだろう。
 深刻な病気を患っている眞子氏を、周りはどうすることもできず、ひたすら彼女の意に添うように進めるしかなくなっていたのかもしれない。
 彼女が一刻も早く苦しみから解放されることを願わずにはいられない。

 問題は、今回の結婚騒動が、皇室の危機に発展しかねないことだ。
 今ほど、国民の心が皇室から離れてしまったことはない。
 眞子氏の結婚に異を唱えた人は、もともと皇室に嫌悪感を持っていた人ではない。
 むしろ、皇室に敬愛の情を持っていた人ほど、今回の結婚に苦言を呈していた。
 それほど、眞子内親王殿下のことを心配していたのだ。
 ところが、眞子氏の言動は、皇室を支えている国民を敵に回してしまった。
 これが大問題なのだ。
 ダメージコントロールの失敗は、眞子氏が主導権を握ってしまって、他の人間が手出しできなくなったこと。
 そして、眞子氏自身が国民の真の声を理解できずに、ただ否定的な声を振り払うことしかできなかったこと。
 未熟なパイロットに乗っ取られた飛行機がダッチロールを繰り返して、ついに墜落してしまったという印象だ。

 だが、危機管理のポイントは、この先にある。
 それは、今回の結婚騒動を皇室の危機につながらないようにすること。
 これについては、また、別の機会に。 

 
posted by 平野喜久 at 13:51| 愛知 ☀| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年10月27日

眞子さん会見の目的

 26日、秋篠宮ご夫妻の長女、眞子さまが結婚された。
 午後には、小室眞子さんとして、都内のホテルで小室圭さんと記者会見に臨んだ。
 記者会見といっても、記者を前にメッセージを読み上げただけで、質疑応答に応じることもなく退場。
 事前に出されていた質問には文書での回答が報道陣に配布された。

 この会見は、何を目的に行われたのか不明だ。
 国民の理解を得ようとしたのか。
 これまでの誤った報道を正そうとしたのか。
 それとも、いままで国民に心配かけたことを謝罪しようとしたのか。

 いずれも違う。
 これまで、何も言えず溜まっていた鬱憤を一気に吐露した印象だ。
 いまさら、国民に理解してもらおうとしていないし、誤った報道を正そうともしていない。
 まして、国民に心配をかけたことを謝罪する気持ちは少しもない様子だった。

 この会見で一番感じたのは、眞子さんの恨みと怒りだ。
 恨みと怒りの対象は、間違った報道を繰り返したマスコミと、その間違った報道を鵜呑みにして誹謗中傷した国民だ。
 眞子さんが今まで、いかに報道と国民の声に心を苛まれてきたかがわかる。
 複雑性PTSDとはこのことか、と理解した。

 この会見で、もう1つ感じたのは、主導権が眞子さんにあることを強調していたことだ。
 それは会見全体の演出からそうなっていた。
 まず、屏風の陰から登場するときには、眞子さんから進み出て、続いて小室さんが従って出てきた。
 壇上に上がるときには、眞子さんからすたすたと上がり、小室さんがそれについていく。
 お辞儀をするときも、眞子さんのタイミングに小室さんが合わせている。
 会見のメッセージは、眞子さんが口火を切り、小室さんは途中の補足説明のような部分を読み上げ、最後は眞子さんの言葉で締めくくり。
 退席の時には、眞子さんからさっさと壇上を降りていく。
 皇族の習慣では、夫の前を妻が歩くというのは、あり得ないため、はっとさせられる光景だった。
 もしかしたら、眞子さんが皇室を毛嫌いする理由は、こういうところにあったのか。
 
 メッセージの中では、驚くべきこともさらりと触れられていた。
 「圭さんのお母様の元婚約者の方への対応は、私がお願いした方向で進めていただきました」
 「圭さんが将来計画していた留学を前倒しして、海外に拠点を作ってほしいと私がお願いしました」
 これまでの小室さんの言動は、すべて眞子さんの差配によるというのだ。
 
 いままで、マスコミ報道では、世間知らずの眞子さんが、狡猾な小室さんの言いなりになり、好きなように利用されている、との論調が見られた。
 こう思われていることが、ことのほか腹に据えかねたらしい。
 それを完全否定するために、今回の会見が設定されているかのようだ。

 さて、この会見は、どのような結果をもたらすのだろうか。
 目的のはっきりしない会見なので、その成果は評価しようがないが、少なくとも国民の理解を得られる方向には役立たなかったことは確かだ。
 むしろ、眞子さんの怒りを感じ、近寄りがたさを感じた人が多かったのではないか。
 
 眞子さんの結婚問題は、単に、有名人のゴシップネタで終わらない。
 これは、皇室存続の危機にもつながりかねない深刻な事態を招いている。
 というのは、明治以降、これほど皇室に対する国民の不信感を招いたことはなかったからだ。
 今回の結婚問題を、皇室の危機管理の問題としてとらえると、奥が深い。
 次回は、危機管理の視点から、この問題を考えてみたい。
posted by 平野喜久 at 15:20| 愛知 ☁| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年10月20日

新ドラマ「日本沈没〜希望のひと〜」

 10月10日から新しいドラマが始まった。
 「日本沈没〜希望のひと〜」(TBSテレビ)
 原作は、小松左京のSFで、1970年代に大ヒットし、映画化され、その後、ドラマ化され、高視聴率を取った。
 それが再び登場だ。
 ただ、原作通りではなく、コンセプトはそのままで、時代を現代に置き換え、新たにストーリーを構築したという印象だ。
 災害多発の時代に合って、このテーマがリバイバルされるのは、タイムリーと言え、今後、どのようなストーリー展開になるのか、楽しみだ。

 田所博士を香川照之が演じており、浮世離れしたマッドサイエンティストぶりを発揮している。
 主人公は、原作とは違い、環境省の若手官僚:天海啓示という設定だ。
 第2回までのドラマ展開では、当初は、田所の関東沈没説に反発していた天海が、田所を無理やりつぶそうとする政府や研究者の姿勢に反感を覚え始める様子が描かれている。
 ここまでは、官僚同士の話し合いや、閣僚らの動きが中心になっており、ドラマとしては見どころがない。
 伊豆半島沖にあるという日之島という島が突然沈没する様子が描かれていたのが、唯一の見どころだった。

 旧作ドラマの日本沈没では、CGが存在しない時代で、すべてがミニチュアモデルを使用しての演出だったが、ここが今回はリアルに描かれることになりそう。
 制作費に20億円をかけたらしい。
 今後のスペクタクル場面に期待が高まる。

 旧作ドラマは26回シリーズだった。
 1回ごとに必ず日本のどこかで異変が起き、地震が発生し、有名な観光地が破壊される場面が登場した。
 誰もが知っている観光地が被災する場面は、見る者がカタルシスを得られる見どころでもあった。
 印象に残っているのは、金閣の水没、清水寺の倒壊、鎌倉大仏の地盤沈下、東京タワーの水没。
 いま見直してみると、模型を作って壊しているだけというのがまるわかりだが、それでも、当時はその映像に目を見張った。
 新作ドラマではCGでどこまでスペクタクル場面を再現できるだろうか。
 
 さて、このSFの最初の見どころは、日本沈没説がどうして出てきたのか、というところだ。
 現実には日本列島が沈没するというのはありえない。
 これは、水に浮いている木切れが、突然沈み始めることはありえないのと同じように、日本列島が沈没することは原理的にありえない話だからだ。
 しかし、SFではそこを乗り越えないとストーリーが進まない。
 そこで、それをどのように乗り越えているのかというところが、注目ポイント。

 ドラマ中では、田所が関東沈没説の根拠を説明する場面がある。
 いきなり日本沈没ではなく、関東沈没から話が始まっているのが面白い。
 田所の説明では関東沈没の根拠はこうなっていた。
 関東地方は、太平洋プレート、フィリピン海プレート、北米プレートという3つのプレートがぶつかり合っている世界でも非常に珍しいところで、この3つのプレートが重なり合って微妙なバランスを保っている。
 ところが、最近の地球温暖化による海面上昇で、このバランスが不安定になってきた。
 そのことで、プレートの境目ではスロースリップ現象が起き始めており、なおかつ政府が行っているコムスという海底掘削事業により、海側プレートの沈下速度が速まっている。
 このことにより、関東の沈没が引き起こされる。
 
 「地球温暖化」「海面上昇」「スロースリップ」という最近のキーワードを混ぜ、海側プレートの沈下と陸側プレートの引きずり込まれという専門知識をベースにうまく沈没説を構成していた。
 専門家が見れば、「なんのこっちゃ」の説明にしかなっていないが、素人には十分リアリティのあるストーリーだろう。

 日本沈没は、結論が題名になってしまっている珍しい作品。
 結論がわかっていながら、どのようにそこまでのストーリーが展開していくのかについていろんなイマジネーションを掻き立て、期待感が大きい。
 現代版の日本沈没、今後の展開を楽しみたい。

 
posted by 平野喜久 at 14:25| 愛知 ☁| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年10月12日

韓国「日本は患者数改竄」

 日本のコロナ新規陽性者数が急減している。
 昨日は369人だった。
 全国で369人という数字は最近見たことがない。
 じわじわ下がってきたというより、ピークを越えた後、急に減少し始めたのが特徴だ。
 いろんな原因が指摘されているが、いずれも、これほどの急減を説明しきれていない。
 今回のウィルスは謎が多い。

 日本で感染縮小が起きているのに対して、韓国では感染拡大が止まらない。
 そのことで、韓国政府は批判にさらされているようだ。
 「日本では感染収束が実現しているのに、我が国政府は何をしているのか」
 政府批判には「日本では〜なのに」という批判が一番効果がある。
 この批判に対する反論がメディアを賑わせているらしい。

 10日付産経新聞による。
 左派系の評論家が、「自民党が衆院選で勝利するため、PCR検査数を減らして感染者数を抑制している」と持論を展開しているそうだ。
 「1か月で感染者が10分の1になるなってことはない。そんなやり方があれば世界はとっくにコロナを撃退している」
 「政府が詐欺行為を働いてはいけない」
 「日本メディアも日本政府の不正を指摘できずにいる」
 と言いたい放題。

 保守系の中央日報でも、日本の急激な感染者数減少は「専門家も明確な説明を出せずにいる」と指摘し、「検査の減少による錯視効果」の可能性を示唆している。

 「日本で感染者が少ないのはPCR検査が少ないからだ」という指摘は、去年の早いうちからあった。
 欧米の各国で感染拡大が急拡大しているときに、先進国で日本だけが感染状況が落ち着いていた。
 感染者数としては、10分の1〜20分の1というレベルにとどまっていたのだ。
 なぜ日本だけ感染状況が少ないのか、というのが世界の謎だった。
 そこで指摘されたのが、「PCR検査が少ないからだ」というもの。
 「PCR検査を絞って、感染者数が大きくならないようにしている」
 などという言いがかりのような指摘もあった。
 特に左派系の論者からはこの主張が強かった。
 日本だけが優れている、ということを認めたがらない人たちがいたのだ。
 検査を増やせば日本だって欧米並みに感染者数が増えるに違いないとの憶測があった。
 彼らは、「今のニューヨークは2週間後の東京だ」などと警告を発するふりをしながら、日本でもっともっと感染者が増えることを期待しているかのようだった。
 ところが、検査が少ないために、感染者を補足しきれていないとしたら、感染者以外の人びとの間で肺炎患者や重症患者が増加し、医療現場で異常事態が起きているはず。
 だが、医療現場でそのような不自然な現象は起きていなかった。
 また、医療現場でとらえきれない感染者が増えているようだったら、それは、死者数の増加として必ずカウントされるはず。
 ところが、そのような実態もないという報告があり、ただだちに否定された。
 それでも、納得しない人たちがいて、「ある葬儀屋から聞いたが、斎場は順番待ちでパンクしているらしい」などというデマのような情報を公共メディアで発信するものまで現れた。
 この情報は葬儀業者により否定された。
 いまでは、感染者数を抑えるために検査を渋っているなどという言いがかりを言う人は存在しなくなった。

 その言いがかりを、いま周回遅れで韓国メディアが取り上げ始めているというわけだ。
 韓国は去年、感染者数をいち早く抑え込むことに成功したことから、世界に誇るK防疫として大統領が自賛した。
 日本の失敗と韓国の成功は、韓国民にとって気持ちのいいことらしい。
 ところが、いまそれが逆転してしまっている。
 そのとき、韓国の感染拡大をいかに抑えるかという議論をするのではなく、日本の成功はまやかしだ、ということで精神的な安定をたもとうとしている。
 こと日本のことになると、まともな判断力を失う韓国。
 
 韓国では与党の次期大統領候補が決まった。
 イジェミョン氏。
 この人の持ち味は「サイダー発言」。
 国民がスカッとすることを言ってくれるからだ。
 日本に対して強硬的な発言をすると、韓国民がスカッとするのだそうだ。
 彼が大統領になった場合、日本はこのサイダー発言に付き合わされることになるのか。


  

 
 
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2021年10月07日

新規陽性者急減の理由が不明

 このところコロナの新規陽性者の数値が急減している。
 8月20日に25866人を記録したが、いまでは1000人前後で推移するようになった。
 さて、ここで疑問なのは、コロナ感染の波は何によって引き起こされているのか、ということだ。
 
 感染の波の形を見てみると、富士山型を示す。
 つまり、感染拡大が始まると一貫して上昇傾向を示し、ピークを打った後は、一貫して減少し続ける。
 なぜこのようなきれいな形になるのだろうか。
 これが、人為的な原因により引き起こされているのだとしたら、この富士山型と同じような動きをする人為的なデータが見つかるはずだ。
 街の人出のデータ、高速道路の交通量、交通機関の利用状況・・・
 だが、感染の増減と同じ動きをするデータが存在しないのだ。

 もう少し細かく陽性者数データを見ると、急減しているのは東京、大阪だけではない。
 日本全国で同じタイミング同じスピードで減少し続けているのだ。
 なぜこんな奇妙な現象が起きるのか。
 この現象は日本に限らない。
 海外諸国の中でも、日本と同じような感染状況になっている国がいくつも見つかる。
 アメリカ、ドイツ、フランス、カナダ、フィリピン、マレーシア、インドネシア、イスラエル・・・
 いずれも7月8月にピークを迎え、いま一貫して減少傾向にある。
 もしかしたら、ここにコロナウィルスの特性が隠されているのかもしれない。

 専門家は、いま感染が急減している理由をいくつも挙げている。

1.大きな感染拡大を見て、人々が行動を自粛するようになった。
2.ワクチン接種が進んだ効果が表れてきた。
3.天候気候の変化による。
4.などなど

 いろいろな解釈が提示されるが、いずれも思い付きレベルの仮説にすぎない。
 実データにより確証された原因はない。
 ここから導かれる結論は簡単だ。
 専門家にも原因がわからないのだ。

 2002年11月に始まったSARSもコロナウィルスだった。
 2003年に入ってから感染拡大が始まり、世界に飛び火していった。
 ところが、4月ぐらいから急に減り始め、6月中にはほとんどなくなり、7月にはWHOにより終息宣言が出た。
 ワクチンも特効薬もない中で、第1波だけで終わってしまった。
 これも、なぜ勝手に終息してしまったのか、原因は分からないままだ。

 専門家は今でも、これで行動が緩むとリバウンドにつながってしまう、と警戒を呼び掛け続けている。
 彼らの言っていることは昔から変わっていない。
 「行動を自粛せよ」
 本当にこれが専門家の見解なのか。
 国民にとって、これほど役に立たないアドバイスはない。
  
 行動自粛をいつまでも続けているわけにはいかない。
 どこかのタイミングで日常生活に戻していく必要がある。
 その最初のタイミングは11月に訪れるのではないか。
 「コロナ対策のための制限は全面解除し、完全日常活動に戻ろう!」
 コロナ感染がゼロではない中で、制限全面解除に踏み切るには大きな決断がいる。
 岸田総理は最大の試練を迎えることになる。
 この決断に踏み切れるかどうか注目だ。
posted by 平野喜久 at 19:32| 愛知 ☁| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年09月06日

ワクチン情報の怪

 毎日新聞の報道による。
 岡山県美咲町で4月下旬にあった新型コロナウイルスのワクチン接種のための予行演習の求人情報が、
8月下旬になって「ワクチン接種を促すための演出」といった誤った情報とともにSNS上で飛び交ったという。

 事の真相はこうだ。
 今年4月、美咲町でワクチン接種のシミュレーション訓練を行うにあたって、役所の職員だけでは足りず、協力者を募集した。
 会場で案内する人、接種を受ける人、問診をする人、接種をする人などの役を募集したのだ。
 求人票には「ワクチン接種デモンストレーションのエキストラ募集、時給1400円」とあった。
 これが、実施から4カ月たった8月28日ごろからSNSで拡散した。
 どのような文脈でこの求人票が拡散したのかというと、「渋谷の若者向け接種会場の大行列は仕組まれた演出」と言いたいわけだ。
 
 この情報は、明らかにワクチン反対派の仕業による。
 渋谷の接種会場が始まった時、大行列を作る若者の姿がニュースになった。
 若者はワクチンに消極的と思われていたが、実態はまったく違うということに皆が驚いた。
 だが、ワクチン反対派は、この様子が気に入らなかった。
 「みんながワクチンを打ちたがっているかのような様子を見せ、若者に接種させようとする陰謀だ」とばかりに、関係ない求人票をネタにデマを拡散した。

 デマの発信者の意図はどこにあるのか。

1.衝撃的な情報を投げかけ世間を騒がせたい。
2.ワクチン接種にブレーキをかけ、コロナ終息を妨害したい。
3.ワクチンの危険性を知らせ、騙されている人々を救いたい。

 3は悪意がないだけに厄介な存在だ。
 ワクチンが危険だと思い、自分が接種を拒否するだけでは収まらない。
 家族にも親戚にも知人にも危険情報を伝えたがる。
 更に、一般社会に向けて危険情報を拡散しようとする。
 デマは、発信されても拡散する人がいなければ立ち消えになる。
 このような悪意のない人がいる限り、拡散し続ける。
 デマ発信者は、このような善意の拡散者をいかにその気にさせるかに長けていて、今回の求人票のネタはうまくはまった。
posted by 平野喜久 at 10:15| 愛知 ☀| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年09月05日

菅総理:総理代行としては立派だった

 菅総理が総裁選不出馬を表明。
 これで任期限りの退陣が決まった。
 もともと菅氏は総理候補と目されていなかった人だ。
 昨年、安倍総理が病気のため辞任することになり、その直後の自民党内の派閥領袖の思わくで担ぎ上げられて菅総理が誕生した。
 官房長官だった菅氏が、突然の安倍総理退陣を受けて、総理代行を務めてきたという印象が強い。
 安倍総理の任期だった今月をもって退陣となるのは自然な流れだ。
 菅総理も、最後は続投へ向けて悪あがきをしてしまったために、無様な姿をさらすことになった。
 菅氏は総裁選への出馬意欲は早くから表明していたが、岸田氏が力強く出馬表明したことから様子が変わった。
 総裁選惨敗で退陣というみじめなことを避けるためには、総裁選前に解散総選挙に打って出るしかない。
 党内人事と組閣を一新して解散する道を模索するも、党内から猛反発を受け、手詰まりとなった。
 最後は、菅総理に寄り添いアドバイスができる相談相手も存在せず、孤独の中での決断だったようだ。

 菅総理の人気のなさは、気の毒であった。
 特別の失策があったわけではない。
 致命的な不祥事やスキャンダルがあったわけでもない。
 国民のコロナ対策への不満があったが、これは世界中のリーダーが直面している難題であり、菅総理特有の事情によるものではない。
 むしろ、携帯電話、不妊治療、デジタル庁、汚染水、ワクチン接種など、着実に実績を上げた政策は多い。
 それがまったく評価されないまま退陣に追い込まれたのは、本人も悔しい思いだろう。
 ただただ、コロナ禍における国民のフラストレーションのぶつけ先として矢面に立たされてきた。
 安倍退陣を受けての総理代行としては、見事に役割を果たした。
 一番大変な時期の政権運営を担ってくださってありがとうと感謝したい。

 彼の不人気は、ひとえに口下手によるものだ。
 緊急事態宣言の発出のたびに総理自ら記者会見を開いた。
 安倍総理の時のスタイルを踏襲してプロンプターを使っての会見。
 秋田訛りの聞き取りにくさはあるものの、はっきりとした口調で、詰まることなくスピーチができていた。
 話の内容も、過不足のないポイントを押さえたもの。
 なのに、彼の言葉が国民に響かないのだ。
 彼の言葉が伝わらないというのは、早くから指摘されており、本人もかなり気にしていたようだ。
 少しでもメリハリが出るように、少しでも思いが伝わるように、との努力の跡がうかがえた。
 だが、そこには限界があり、効果はなかった。
 本人にしたら、「こんなに丁寧に説明しているのに」「こんなに心を込めて話しているのに」という思いばかりが募ったことだろう。
 たぶん、支持率がこれほど低くなる理由が理解できなかったのではないだろうか。

 次は、単なる総理代行ではなく、本格的な政権確立を目指すリーダーを選ぶことになる。
 総裁選には、既に何人かが意欲を見せている。
 派閥領袖の思わくを排除し、立候補者による政策論争に期待したい。
 
 

 
posted by 平野喜久 at 10:08| 愛知 ☁| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする