2021年08月30日

若者はコロナリスクに無頓着という先入観

 東京都では、渋谷で若者向けのワクチン接種会場を設けたところ、予想以上の人が集まってしまい、混乱を引き起こしていた。
 都の担当者が「こんなに集まるとは思っていなかった」と驚いているという。
 当初の目論見は、街中を出歩いている若者を接種センターに誘い込んで、少しでもワクチンを打ってもらおうということだった。
 渋谷の目立つところに設置することで、話題にもなり、その様子を見せることで、啓発活動にもなると思っていたようだ。
 この目論見の前提には、「若者はコロナなど気にしておらず、ワクチンにも消極的」とのイメージがあった。
 このイメージは、マスコミ報道で作られた虚構だった。
 テレビの報道番組では、街中の人出が減っていない報道とともに、渋谷の人込みを映し、ついでに出歩いている若者にインタビューを試みている。
 人込みを歩いている若者に聞いているので、その答えはたいていコロナに無頓着なものが多い。
 「若者は感染しても重症化しないみたいだから、大丈夫かな・・・」
 「緊急事態宣言が出ても、何も変わらないし・・・」
 「ワクチンはなんか怖いって話を聞くし・・・」
 こんな調子で、「無頓着な若者が不用意な行動をするために、感染が拡大している」という先入観に基づいて報道取材が行われており、報道内容はそのイメージに沿った内容になる。
 都の担当者は、マスコミ報道に引きずられ、無頓着な若者にワクチンを打たせるかと考えてしまったようだ。

 だが、実際は、若者の多くはコロナリスクを恐れており、一刻も早くワクチンを打ちたがっていた。
 ただ、中高年を優先に接種が進んでいるために、若者にまで順番が回ってきておらず、打ちたくても打てないのが実情だ。
 地元自治体で接種しようとしても、予約希望が殺到して、予約を取ることはおろか、ウェブサイトにアクセスすることすらできない日々が続いている。
 予約なしでも摂取できるという渋谷の接種センターに、ワクチン難民の若者が殺到するのは当たり前だった。

 テレビ報道では、街中の人出について取り上げるときに、渋谷のスクランブル交差点が映し出されることが多い。
 その意図は、緊急事態宣言なのに人出が減っていない、と言いたいのだ。
 だが、実際のデータを見てみると、渋谷スクランブル交差点の人出は、コロナ前に比べて半分以下に減っている。
 いまでもずいぶん人出が多いように見えるが、コロナ前はこの倍以上の人込みだったのだ。
 既に半分以下に抑えられているのに、更に人出を減らせとは無謀な要求だ。
 デルタ株に置き換わって、感染の現場は、街中や飲食店ではなく、家庭内や職場が主流になってきている。
 いまのコロナリスクは、従来とは違うステージにあることをまず認識する必要がある。
 
 
posted by 平野喜久 at 10:20| 愛知 ☀| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年08月26日

ワクチンパスポートは未接種者の差別ではない

 ワクチンパスポートの是非について議論が始まっている。
 既に海外では、ワクチン接種が済んだ人にイベント参加や施設入場の許可を与えるために、入り口での証明書の提示を求める政策が実行されている。
 ワクチン接種がある程度進んできても、まだ集団免疫に到達した国は存在しない。
 だが、いつまでも行動制限をかけたまま放置すると社会経済活動が停滞してしまい、そちらの方の影響が深刻になる。
 それにワクチン接種したのに従来と変わらぬ生活では、何のためのワクチンかということにもなりかねないし、未接種者への動機づけにもつながらない。
 それで、ワクチン接種が済んだ人については行動制限を解除し、積極的に活動を促し、社会を動かす側に回ってもらわなくてはいけない。
 「ワクチン接種が済んだ人から、まず社会活動を」というのが本来の趣旨だ。

 だが、ワクチンパスポートの議論で必ず出てくるのが、「未接種者への差別につながらないか」という意見だ。
 例えば、イベント会場の入り口で接種者は入れるが、未接種者はお帰りいただくことになる。
 これは未接種者を社会から排除することになるというわけだ。
 だが、これは未接種者を不当に排除しているわけではなく、むしろ、未接種者を感染リスクから守る取り組みと解釈すべきだ。

 いまのデルタ株はその感染力が格段に強いのが特徴だ。
 専門家の中には、水疱瘡並みの感染力があるのではないか、との見解もある。
 水疱瘡は空気感染を起こすことで知られ、場合によってはすれ違っただけで感染する。
 デルタ株は、それほどの強力な感染力を持っているということだ。
 いま、ワクチン接種が6割以上で完了している国においても、新たな感染拡大が進んでしまっているのは、このデルタ株が未接種者を中心に広がっているからだ。
 それほどデルタ株の感染力が強い。
 ということは、ワクチン未接種者は、いま従来以上に強い感染リスクに晒されているということになる。

 ワクチン接種が最も進んでいる国の1つイギリスでは、いままで強力なロックダウン政策を実施してきたが、7月から制限の全面解除に踏み切った。
 ワクチン接種がある程度進んできたこと、重症化率も下がってきたことを見て、政府が決断した。
 このせいで、未接種者を中心にデルタ株の感染拡大が急上昇することになった。
 それでも、医療逼迫が起きなければよし、との判断だ。
 これは、今後のコロナ政策のモデルケースとなる。
 ある程度の感染リスクは受け入れながら、日常活動に戻っていく。
 いま、世界はこのイギリスモデルがどれだけ成功するのかに注目している。

 さて、このイギリスモデルは、ワクチン未接種者を感染リスクに晒す政策であることにお気づきだろうか。
 世の中が行動制限解除により、通常活動に戻る。
 すると、接種者は感染しにくいし感染したとしても重症化せずに済む可能性が高いが、未接種者は簡単に感染してしまうことになる。
 周りに接種者が増えて従来通りの活動をする人ばかりになるほど、未接種者が感染するリスクだけが高まっていくことになる。
 従来の常識では、ワクチン接種が6割に至れば、集団免疫に至り収束に向かうだろうと見られていた。
 だが、イギリスのケースを見ると、6割程度では足らないことが分かる。
 それほどデルタ株の感染力が強力なのだ。

 このデルタ株は、ワクチン接種が進むインドで発生した変異株。
 皮肉なことだが、ワクチン接種が進んでいたから、未接種者への感染力を強めたデルタ株が天下を取ってしまったのだ。
 ウィルスの世界は、一党独裁で、多党連立はありえない。
 ある種のウィルスが天下を取ると、他のウィルスは駆逐されてしまう。
 いま、世界を支配しているのは、このような性質を持つデルタ株だ。

 ということは、ワクチン接種が進んで世の中の制限解除が進むと、未接種者の感染リスクだけが上昇し続けることになる。
 これを避ける政策がワクチンパスポートなのだ。
 ワクチン接種が済んだ人は、積極的に活動してもらうが、未接種者を同じ環境に置くと感染リスクが高まってしまうので、未接種者だけは従来通りの感染対策を継続する必要がある。
 それで、接種者と未接種者を区別する必要があるのだ。
 これは、未接種者を不当に差別するためではない。
 未接種者を、増大し続けている感染リスクから守るために行われるものだ。
 そこのところの理解を促す説明が政府に必要だが、いまの総理をはじめとする担当閣僚の説明力のなさには絶望せざるを得ない。

 今後の日本政府の姿勢が見えるようだ。
 ワクチンパスポートの政策が検討されるが、「差別だ」との批判にひるんで、実行できないまま、ずるずると緊急事態宣言を出し続けることになりそうだ。
 ワクチン接種がいくら進んでも、政策転換しなければ、いつまでたっても制限解除ができない。
 これからは、接種者と未接種者を区別する政策の転換が求められる。
 これがなければコロナ禍のトンネルは抜けられない。
 政府はいいことも一杯やっているのに評価されていないだけ、という側面があることも認めるが、説明力のなさによりできる政策が実行されずにいることも確かなのだ。 
 
<補足>
 ワクチンパスポートについて、「偽造防止をどうするのか」という意見がある。
 未接種なのに、ワクチンパスポートを偽造して入場しようとする者がいるのではと心配しているのだ。
 これは、「ワクチンパスポートは、未接種者を排除して、接種者を守ることが目的」と誤解しているために出てくる意見だ。
 この政策は、接種者を守るのではなく、未接種者を守るためのものなので、嘘をついて入場してしまったら、その本人が感染リスクに晒されるだけの話なのだ。
 ワクチンパスポート偽造は、本人の利益にならず意味がないことが分かる。
 そういう意味でも、この政策を実行するときには、「これは未接種者を守るためののものだ」という意味付けを十分国民に納得させる必要がある。  
posted by 平野喜久 at 10:02| 愛知 ☁| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年08月23日

ブレイクスルー感染:ワクチンは感染まで防げない

 ワクチン接種したのにもかかわらず新型コロナウィルスに感染してしまうケースがある。
 ワクチンでできたはずの免疫の壁をぶち破ってしまうことからブレイクスルー感染と言われる。
 今回のコロナワクチン、ファイザー製、モデルナ製のワクチンは、3つの効果が期待されている。
 1.感染防止、2.発症防止、3.重症化防止
 これらのワクチンは、95%という高い有効性があると言われ、接種の進んだ国でその効果が確認されている。
 だが、確認されているのは、発症防止と重症化防止であって、感染防止はどの程度の効果があるのかははっきり確認できていなかった。
 特に、今回の新型コロナは、もともと感染しても無症候のケースが多いウィルスであり、感染者は症状がないうちからウィルスを広げることが知られていた。

 イスラエルは世界でも最もワクチン接種の進んだ国の1つだ。
 6月にはほとんど感染者をなくすことができたために、ここで一気に行動制限を解除し、マスクの義務も外した。
 ところが、その直後から感染の再拡大が起きたのだ。
 今では1日の感染者数は6000人を超え、かつてのピーク時と同程度の感染状況に至ってしまっている。
 政府は慌てて、マスクを再義務化し、行動制限を呼び掛ける事態となった。

 現在、日本における重症患者のうち、ワクチン未接種の人の割合は99%だという。
 大阪府に限ると、その割合は100%らしい。
 いかに有効性の高いワクチンであるかが分かる。

 今回のワクチンは、発症や重症化を抑える効果は期待できるが、感染防止までは十分効果がないと見て対応せざるを得ないことが分かる。
 「ワクチンを打っても、マスクや手洗い消毒は欠かさないで」という呼びかけが行われている理由はここにある。
posted by 平野喜久 at 16:52| 愛知 ☁| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

菅総理の口下手

 菅内閣の支持率が低下し続けている。
 30%を下回る世論調査も出始めた。
 コロナが始まってから、感染状況と内閣支持率は逆相関になることが多い。
 感染が拡大すると支持率が下がり、感染が縮小すると支持率が上がる。
 いまは、感染拡大が止まらない状況にあり、支持率の低下も収まらない。

 与党内には、東京オリンピックが始まれば人々の気持ちも好転し、支持率も上がるだろうとの希望的観測があったらしいが、目算が外れた。
 
 支持率を下げている要因の一つが、総理のプレゼン能力だ。
 緊急事態宣言の発出の際は必ず記者会見を開き、総理自ら事情を説明し国民に理解と協力を仰ぐ。
 この記者会見がまことに評判が悪い。
 言っていることに間違いはないし、必要なことは簡潔に伝えている。
 話し方も、適度なスピードと声量で、つかえたり言いよどんだりということもなく滑らかだ。
 プロンプターを使っているので、手元の原稿を読んでいるだけという印象でもない。
 しかし、その言葉が一向に国民の心に響かないのだ。
 記者からの質問に対してもよどみなく答えているが、納得感のある回答になっていたためしがない。 
 質問にストレートに答えるのではなく、用意してきた問答集の中から近い文章を選んで読み上げているだけ。
 なので、常に内容がずれており、滑らかに答えているが、結果として何も回答していないことが多い。

 菅総理の口下手はもどかしいほどだ。
 彼自身もそれは自覚しているようだ。
 だから、彼なりに一生懸命国民に対して説明しようと努力している姿は見える。
 「これだけ丁寧に説明しているのに、どうして?」との思いかもしれない。

 菅氏は、7年間の長きにわたって官房長官を務めてきたが、その間、ノーミスで記者会見をやりこなす鉄壁のスポークスマンだった。
 だが、そのままのスタイルでは緊急時のリーダーは務まらない。
 彼は明らかに有事のリーダーには向いていない。

 有事における情報発信は、リスクコミュニケーションと呼ばれることもある。
 このリスクコミュニケーションは、必要な情報を淡々と語っているだけでは足らない。
 受け手の心をつかみ、信頼を得ることができるかどうかにポイントがある。
 そこには、理屈だけでは済まない感情の部分がある。

 プレゼン能力の低さは、何も菅総理に限ったことではなく、歴代総理を振り返った時に、いずれも同じようなレベルだったことに気づく。
 たぶん、プレゼン能力以外のところで人材の選抜が行われてきたせいだろう。

 大平正芳は、菅総理以上に口下手だった。
 言葉が滑らかに出てこない上に、我慢して最後まで聴いても何も印象に残らない。
 竹下登は、「言語明瞭、意味不明」と揶揄されていた。
 言葉ははっきり話すが、何を言おうとしているか分からないのだ。
 宮澤喜一は、分かりやすい言葉で国民に語り掛けることができない政治家だった。
 上から目線の物言いが国民との距離を感じさせた。
 その中にあって、田中角栄だけは突然変異的にプレゼン能力の高い政治家だった。
 彼は聴き手の心を鷲掴みにするのがうまかった。

 アメリカ大統領の選挙活動を見ると、候補者選考の段階から常に討論や意見表明の場があり、その姿が国民の選別に目にさらされ続ける。
 厳しい選抜に勝ち残ったものが大統領に上り詰める。
 アメリカの場合は、大統領はもちろん、主要なポジションを占める政治家は、たいていプレゼン能力も高いという印象を受ける。
 たぶん、口下手では政治家になれないのだろう。
 
 自民党の総裁選が近い。
 しばらくはコロナ禍の非常事態が続くことを前提に、リスクコミュニケーションの取れるリーダーの選出を願う。
posted by 平野喜久 at 14:11| 愛知 ☁| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年08月22日

今回の感染爆発がオリンピック開催と関係がない理由 その4

 私たちは日本の新型コロナにばかり注目しているが、これは日本だけの問題ではなく、世界中で起きていることだ。
 では、他の国々ではどんな状況なのだろうか。

 次の画像はロイターのウェブサイトにある世界各国の感染状況を表したページだ。

kansenkakudai4.png

 国名の隣に赤い三角印がついているのが感染拡大にある国を表している。
(緑の三角は減少傾向にあることを表す)
 太字の国名になっているところは、過去最大の感染規模になっているところを示している。

 全体を一目見て分かるのは、世界は圧倒的に感染拡大している国の方が多いということだ。
 特にアジア地域は、過去最大の感染規模になっている国が多い。
 当然、日本もその1つだ。
 新型コロナが流行し始めたころは、アジア地域はヨーロッパに比べて感染状況は落ち着いていた。
 これはアジア人特有の特性があるせいではないかと言われたが、いま流行しているウィルスはアジアでも容赦なく感染拡大していることが分かる。
 
 これから分かるのは、今の感染拡大は、日本特有の現象ではないということだ。
 いま世界各国で起きている感染拡大も、東京オリンピックを開催したために、世界中の人がお祭り気分で浮かれてしまったためとでもいうのか。
 そんなことはありえない。
 本当にオリンピックによって感染拡大が起きたのであれば、それは日本にだけ特徴的に表れる現象でなければおかしい。
 しかし、実態はそうではない。
 ということは、今回の感染拡大は、オリンピック以外の原因によって引き起こされていると考えるのが妥当だろう。

 では、その原因はなんなのか、ということになるが、それについては、また別の機会に。





posted by 平野喜久 at 17:44| 愛知 ☁| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今回の感染爆発がオリンピック開催と関係がない理由 その3

 オリンピックが今回の感染爆発に何らかの影響を及ぼしたのではないか、との主張の論拠はどこにあるのか。
 それは、オリンピックを開催することで、世の中にお祭り気分が広がり、人びとの警戒心が緩み、行動自粛をすることなく勝手に出歩く人が増え、そのことが感染拡大につながった、という筋立てになっている。
 では、オリンピック開催中に街の人出はどれぐらい増えていたのだろうか。

 次のグラフは、渋谷のスクランブル交差点の人出の推移を表したもの。

kansenkakudai2.png

 グラフの中に赤い水平ラインがあるが、これはコロナ前の土日祝日の人出平均値だ。
 (青い水平ラインは平日の平均値。)
 これを見てまず気づくのは、渋谷では既にコロナ前の半分以下に人出は減っているということだ。
 緊急事態宣言に人々が慣れっこになって、だれも自粛しなくなったと言われるが、実態はかなり自主的な行動制限が起きており、その状態が維持継続している。
 お願いレベルの行動自粛を呼び掛けているだけの日本で、これほど人出の減少が起きているのは、欧米の先進各国から見れば、驚異的だろう。

 さて、肝心のオリンピックによって人出がどのように変化したかを確認しよう。
 枠で囲った部分がオリンピックの開催期間だ。
 開催期間中、人出は劇的に増えたか。
 増えていない。
 オリンピックの影響はまったくないといった方がいい。
 むしろ増えるどころか、緊急事態宣言が出てから微減傾向にあるように見える。

 念のために、別の場所も見てみよう。
 これは横浜駅の人出のグラフだ。

kansenkakudai3.png

 この横浜駅でも、オリンピック開催中だからといって人出が劇的に増加している様子はない。
 むしろ減少傾向にあることがはっきり見て取れる。

 以上から分かることは、オリンピックの開催期間中に街の人出は増えておらず、むしろ減少傾向にあった、ということだ。
 オリンピックで世の中がお祭り気分になり、そのことで人々の警戒心が緩み、不用意な外出を招いて感染拡大につながったという仮説は否定される。

 以上で証明は十分だと思うが、念のために別の側面からもデータを確認してみよう。
 それは次回に。


 so
posted by 平野喜久 at 17:24| 愛知 ☁| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今回の感染爆発がオリンピック開催とは関係ない理由 その2

 新規陽性者数の推移とオリンピック開催期間との関係を見てみよう。

 kansenkakudai1.png

 枠で囲った部分がオリンピック開催期間。
 これを見ると、オリンピック開催と同時に感染拡大が始まっているように見える。
 やはり、ここには何らかの影響があったと見るのが妥当なのでは?
 いや違う。
 私たちは1年以上のコロナとの付き合いの中で、いろんなことを学んできた。
 それは、陽性者数の増減にはタイムラグがあるということだった。
 たとえば、長期連休があり人出が増えたとしても、それが陽性者数の増加として現れるのは2週間後だ。
 行動制限をかけて人出を減らしたとしても、その効果が表れるのは2週間後。
 つねにこのタイムラグの中で考えなくてはいけないはずだった。

 すると、陽性者数とオリンピックとの関係はどうだろう。
 本当にオリンピックが感染拡大に影響を及ぼしているのであれば、陽性者数の増加は2週間遅れでないとおかしい。
 このグラフを見る限り、開催と同時に感染拡大が起きており、このことはすなわち「感染拡大はオリンピックが引き起こしたのではない」ことを示していると言える。
 ということは、今回の感染拡大は、オリンピック以外に原因があると判断せざるを得ない。

 しかし、感染拡大のすべてがオリンピックに原因があるとは言えないにしても、オリンピックが感染拡大を加速させたことはあり得る。
 次回では、それについて検証してみよう。
posted by 平野喜久 at 16:59| 愛知 ☁| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今回の感染爆発がオリンピック開催とは関係ない理由 その1

 日本では過去最高の陽性者数を記録し続けており、収束の見通しが立っていない。
 この原因を論評するときに東京オリンピックの影響を指摘する人がいる。
 
「あれほどオリンピックは危ないと言ったのに、強行したために感染爆発になってしまった」
「総理は自らのメンツのために国民の命を犠牲にした」
「感染拡大がすべてオリンピックのせいとは言えないにしても、オリンピック開催が何らかの影響を及ぼしたのは間違いない」

 感染拡大はオリンピックのせいだと決めつけ、その責任を政府に求める。
 特徴的なのは、これらの主張をしている人が具体的なデータに基づいて議論しようとしていないことだ。 
 感染拡大とオリンピック開催が重なったことから、そこに因果関係を類推し、勝手に結論付けているだけだ。
 だから、今回の感染爆発の原因がオリンピックではない証拠を示せと言われれば、まずは「感染爆発がオリンピックが原因であることの根拠を示せている人がいない」ということで十分だろう。
 
 一般に「〜でないことを証明する」ことは難しい。
 考えられるあらゆるケースをすべて検証し尽くさないと証明できないからだ。
 逆に「〜であることを証明する」ことは容易だ。
 たった1例でも該当するケースを示せれば終わりだからだ。
 国会で野党議員が五輪担当大臣に対して「オリンピックが感染爆発に関係ない理由を示せ」と質問していたが、もともと証明しようのないことを証明させようとしている。
 野党議員がこんな質問をしているということは、オリンピックが感染拡大につながった明確な証拠が見つかっていないことを意味する。
 明確な根拠が見つかっていれば、それを元に責任追及をしているはずだからだ。
 このことだけでも、オリンピックが感染拡大の原因ではないと判断できる。
 
 しかし、今回の感染拡大が、オリンピックとまったく無縁というのも証明できないので、そこには何らかの影響があったのではと考えたくなる。
 では、実際のデータで、オリンピックが感染拡大に及ぼした影響の片鱗でもどこかに見つけることができないだろうか。
 それを次回以降で検証してみよう。

posted by 平野喜久 at 16:40| 愛知 ☁| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年06月19日

みずほ銀行システム障害調査報告書

 15日に、みずほ銀行のシステム障害に関する調査報告書が公表された。
 このシステム障害は、今年の2月28日から3月12日にかけて4回にわたって起きたATMをめぐるトラブルだ。
 みずほ銀行は過去にもシステム障害を起こしており、「またか」との印象が強い。
 過去のトラブルは、合併の際に複数の銀行系システムを統合する際のやむを得ぬ不具合があったのではと思われたが、今回のシステム障害は、過去の教訓を生かせず意識改革や事前対策がまったく進んでいなかった組織的な欠陥を露呈したようだ。

 今回のシステム障害のポイントは2つある。
 1つは、直接の原因であるシステムに不具合が起きたこと。
 もう1つは、システム障害による顧客への影響が多大であったこと。
 特に顧客への影響が広範で長時間にわたってしまったことが深刻な問題とされた。

 顧客への影響は次の3つ。
1.ATMの稼働停止
2.通帳やカードの取り込み
3.一部の取引不能

 この中で、深刻なのは通帳・カードの取り込みだ。
 ATMに通帳やカードを差し込むと、取り込んだままエラー状態になり動かなくなってしまう。
 利用客はここで困る。
 そのうち担当者が駆けつけてくれて復旧してくれるだろうと思って待つが、その様子がない。
 不用意にその場を離れ、その間にいきなり機械が動き出して、通帳やカードを排出したら、それを誰かに取られてしまう恐れがある。
 これで、ATMも前で待ち続ける客が続出することになる。
 みずほ銀のATM4300台で同じ現象が起きており、この通帳・カードの取り込み事案は5200件起きていた。
 被害客にとって、その日の行動計画はすべて台無し。
 中には7時間もの間、待ち続けた人もいたという。

 なぜこれほどまでの影響が起きてしまったのかというと、それはみずほ銀の顧客対応の遅れによる。
 初動から顧客対応の視点が完全に欠落しており、有効な対応が何もとれていなかった。
 被害客に対しては、いち早く状況説明を行ない、「取り込まれた通帳やカードは後日に責任をもって返却すること」「今日は現場を離れても構わないこと」を伝えなくてはいけない。
 だが、ウェブサイト上にメッセージが公開されたのが、障害発生から6時間たった午後4時。
 7時間も待ち続ける人が出てしまったのはこういう事情だ。
 
 なぜこのような緩慢な対応になってしまったのかについて、調査報告書では詳細に分析されていて、読みごたえがある。
 この種の調査報告書は、依頼主への忖度から、「落ち度はあるものの、やむを得ない面もあった」という分析でお茶を濁すケースが多いが、この報告書は違う。
 実態が弁護の余地のないほどの失態であるために、このような厳しい報告になったのだろう。

 この報告書を読んで感じたことは、銀行にとってATMを利用するような一般客は、主要顧客ではないのではないか、ということだ。
 いまや大規模都銀にとって、一般客は収益の源泉ではない。
 特にATMサービスは、コストばかりかかって利益を生み出さない余分な業務だ。
 金融機関の社会的責任としてやむを得ずサービス提供しているに過ぎない。
 いわばボランティア。
 ATMトラブルに迅速に対応し、一般客への影響を最小限に抑えようという意識がそもそも欠落しているように見える。
 「いつでもお金が出し入れできるサービスがあるだけでもありがたいと思え」というのが本音かもしれない。

 これが、システム障害の復旧が1分遅れるごとに数億円の損失が累積するのであれば、経営層は必死で対応するだろう。
 ところが、システム障害による経営への影響は、ほとんどない。
 現に、みずほ銀行の決算は絶好調で、前年比20.5%の増益だ。
 システム障害の影響はどこにもないどころか、V字回復で躍進中。
 システム障害の客対応が緩慢に失した背景は、ここにある。
 
 
posted by 平野喜久 at 10:25| 愛知 ☔| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年06月09日

コロナ終息はいつか

 世界中でワクチン接種が急ピッチで進められており、その効果が出始めている。
 ワクチン接種が順調に進んでいるのはイギリスだが、日によっては陽性者がゼロになるケースも出るレベルまで感染状況は落ち着いてきた。
 ワクチン効果の高さがうかがえる。
 それでも、1回のワクチン接種がようやく6割程度まで来たところで、集団免疫には道遠い。
 BBCのニュースによると、インド由来の変異株の感染拡大がイギリスの一部地域で起きており、予断を許さない状況だという。

 アメリカもワクチン接種のおかげで、感染状況はかなり落ち着いてきた。
 ところが、感染状況の落ち着きとともに、人びとの警戒が緩み、なし崩し的に感染防止策がうやむやになりつつあるようだ。
 既に人々はマスクを着けず、手洗い消毒も行わず、飲食店は通常営業、コンサートホールでは今までの遅れを取り戻そうと連日イベントのラッシュだそうだ。
 ワクチン接種も途中までは順調に進んだが、今ではワクチン接種しようという人がいなくなってしまった。
 やむなく、ご褒美を上げたり、ビールを飲ませたり、宝くじで大金が当たると誘って、ワクチン接種を無理やり進めている状況だ。
 もともと、アメリカでは政府の政策に反抗する勢力が常に存在しており、行動自粛の呼びかけもマスク着用の呼びかけも無視するような一定層がいた。
 ワクチン接種にも信念をもって拒否をする人々もある程度のボリュームで存在するのだそうだ。
 アメリカでは1日に何十万人もの陽性者が出ていたころに比べるとかなり落ち着いてきたが、それでも、1日に2万人もの陽性者が出ており、これ以上減る様子がない。
 アメリカは、完全終息は見込めず、今の状況が常態化するのかもしれない。

 さて、日本はどうか。
 先進国中では最もワクチン接種が立ち遅れている。
 だが、これは、先進国中で最も感染状況が小さいことの裏返しでもある。
 ワクチンも既に全人口を賄える分量を手配済みだが、これも、オリンピック開催を理由付けにした粘り強い交渉の成果であって、これほど感染状況が小さい国に優先的にワクチンを回すということは常識ではありえない話だ。
 医療従事者についてはほぼすべての人に1回目のワクチン接種が行われ、いま高齢者のワクチン接種が盛んにおこなわれている。
 この高齢者向けのワクチン接種も、開始当初は、希望者が殺到し、予約システムのトラブルや会場のオペレーションの不備が問題になることもあったが、軌道に乗り始め、いまでは大規模接種会場では予約枠が余るほどになってきた。
 意外に早く余裕が出始めたので、企業や大学向けの集団接種も今月中には開始することになった。
 企業単位の集団接種であれば、組織的な対応が可能で、混乱なくスムーズに進みそうだ。
 働いている人は職場で接種し、それ以外の人が地元の自治体の接種会場で、というようにすみわけをすることで、混乱と集中を避けることができる。
 中小企業の場合は、地域の商工会議所が主体となって集団接種を進めていくことになる。
 いままでは自治体のオペレーション能力が問われていたが、今後は、各企業の対応力が問われる段階になる。
 ワクチン接種は、誰から順番に進めるのか。
 社長からか、現場の作業員からか。
 今から検討しておくべきだ。
 また、同じ職場の従業員を同日に一斉に接種させてしまうと、翌日には職場が倦怠感を覚える人だらけになってしまう。
 副反応は、若い人ほど強く出やすい。
 このあたりも考慮しながら接種の順番を決めていくことになる。

 3月にイギリスの研究所が出した各国の集団免疫に達する予想時期を見ると、日本は来年の4月8日、となっていた。
 それほど日本のワクチン接種は遅れに遅れると予想していたのだ。
 ところが、ワクチンの集団接種のような単純なオペレーションは日本人の最も得意とするところだ。
 一度効率のいいシステムができれば、そのあとは猛スピードで進んでいくだろう。
 もしかしたら、秋口にはワクチン接種の効果が表れ始め、次の冬にはかなり感染状況が抑え込めるのではないだろうか。
 
 今後の課題は、3つ。
1.変異株の動向
2.ワクチンの有効性
3.日常復帰のタイミング

 コロナ終息はまだまだ先だが、状況は最終局面に差し掛かっている。
 私たちは、次を見据えた準備を進めていく段階にある。
posted by 平野喜久 at 11:14| 愛知 ☁| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする