2017年08月07日

モリカケ問題は一旦棚上げにしよう

 この半年間、国会はモリカケ問題一色だった印象が強い。
 モリカケ一色だったのは国会だけではない。
 マスコミ報道もモリカケ一色だった。
 その結果、国民の関心までモリカケ一色になってしまった。
 マスコミの報道が過熱するにつれて内閣支持率は急落。
 内閣改造をきっかけに支持率はやや持ち直した。
 これは、マスコミ報道がモリカケから離れて閣僚人事に集中したからだ。
 マスコミの報道内容によって内閣支持率が上下するのがはっきりわかる現象だ。

 不自然なのは、マスコミが報道し、その同じマスコミが世論調査をしていること。
 世論はマスコミ報道に影響されると考えると、これはおかしい。
 マスコミが自分で仕掛けた結果を自分で確認しているようなものだからだ。
 中には、自社の報道姿勢に沿う結果を出したいために、誘導尋問のような質問設定をしている世論調査もある。
 これでは、世論調査というより、客観的な調査を装って、さらに世論誘導をしているようなものだ。
 ここにきて、各社の世論調査の内閣支持率の数字がばらつき始めている。
 内閣改造後の内閣支持率は、30%台でほとんど横ばいのところから10ポイントも上昇して50%近くまで達したところまで、さまざま。
 これなど、客観的な世論調査が行われたというより、各社の思わくで数字はいかようにも作れることの現れだ。
 世論調査は、マスコミから独立した機関が行うべきだろう。
 
 国会論議やマスコミ報道がモリカケ一色になってしまった時間と労力のロスは大きい。
 このロスは、国会やマスコミのロスではない。
 国民のロスだ。
 国民が関心を向ける容量は限られている。
 その容量すべてがモリカケで埋められてしまった感がある。
 このおかげで、アベノミクスの論議はどこかに行ってしまった。
 北のミサイルの脅威は現実のものとして迫っているが、国民の関心は薄れてしまっている。

 閉会中審査まで行なって野党側が追及しても、決定的な結果は何も出てこない。
 野党は既に追及する材料を失っているが、すっきりした結果が出ないことを「さらに疑惑は深まった」と言い変えている。
 むしろ、すっきりと決着がついてしまわないように、わざと細かいややこしい質問をして混乱を引き延ばしているように見える。
 マスコミ報道も、客観的な報道とは程遠い。
 国会への参考人として、前川氏と一緒に、元愛媛県知事の加戸氏も招かれて質問に答えていたが、マスコミ報道では、加戸氏については存在しなかったかのような扱いだ。
 加戸氏の発言を聞くと、安倍総理が不当に介入して加計学園に便宜を働いたという印象は、いっぺんに吹き飛んでしまう。
 前川氏と加戸氏の発言を同等に扱うと、国民の印象は一気に変わってしまう恐れがあるので、わざと隠しているように見える。
 マスコミにも言い分がある。
 前川氏と加戸氏の発言は同等に扱うべき性質のものではない。
 むしろ、加戸氏の発言を大きくとりあげることで、問題の本質が見えづらくなる恐れがある。
 だから、両者の扱いが違うのだ、と。
 だが、これは国民をあまりにも馬鹿にした姿勢だ。
 何が問題の本質で、何が重要かは、国民が判断すべきもので、マスコミが勝手に判断して、その結果だけを国民に伝えようとするのは、驕りというものだ。
 マスコミの使命は政権のチェック機能にあるという前に、まずは事実をありのままに国民に伝えることにあるべきだ。

 一旦、モリカケ問題は棚上げにしよう。
 そして、国会では政策論議をしてもらいたい。
 
 
 
posted by 平野喜久 at 10:24| 愛知 ☔| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月03日

偽ニュース拡散実験:不思議な研究

 読売新聞の記事による。
 ドイツの研究者がフェイスブックに架空の情報を載せて、フェイクニュースが拡散する実験調査をしたという。
 その研究者は、シュツットガルトのホーエンハイム大学に所属。
 行なった実験とは次のようなもの。
 報道機関を装った4つのページを開設。
 「バート・オイレンでは難民申請者が町の予算で性的サービスを受けられる」という偽ニュースを流した。
 偽ニュースは、公開から4日で約1万1000人が閲覧。
 閲覧者が自分のページに取り込みシェアした回数は150回を超えた。
 偽ニュースのコメント欄には様々な書き込みが行われた。
 ニュースを信じ込み、難民に対する反感を募らせるもの。
 「バート・オイレン」という地名が存在しないなど、偽ニュースであることを見抜いたもの。
 調査は1か月続けられた後、調査のための架空の情報だったことが明かされた。
 この研究の結論は、「偽ニュースは大きな反響を生み出した。多くの人はフェイスブックの友人などを通じて知らされる情報をうのみにしており、審議の判断は極めて難しい」となったらしい。

 このニュースの注目点は、フェイクニュースの社会的影響度についてではない。
 こんな研究実験が堂々と行われたという点だ。
 日本では、こんな研究は、事前の倫理審査の段階ではねられる。
 無理に実施したとしても、故意に偽ニュースを流した行為そのものが猛烈な批判を浴びる。
 しかも、偽ニュースは、人種差別的偏見を刺激するような内容になっている。
 この偽ニュースの中の「難民」の部分を「在日外国人」に置き換えたらどうなるかを考えれば、その問題の大きさが分かる。
 たとえ研究のための実験だとしても、わざとこのような偽ニュースを流して、社会的影響を及ぼそうという行為そのものが反社会的行為として、避難されるだろう。

 ところが、ドイツでは、故意に偽ニュースを流した調査手法に対する批判は起きていないのだという。
 偽ニュースの内容は、難民への反感を煽るような内容であり、反応が拡散しやすい刺激的な内容を敢えて選んでいる。
 これでは、偽ニュースの社会的影響を研究した実験というより、国民の難民への偏見を確認した実験にしかなっていない。
 さらに、偽ニュースの社会に及ぼす影響は、過去に実例が山ほどあり、その実態を調べれば十分で、わざわざ同じような実験を行う必要性は低い。
 「偽ニュースは大きな反響を生み出した」という結論は、こんな実験をするまでもなく、誰もが知っていることで、ここに新しい知見はない。
 もしかしたら、これは研究というほどのものではないのかもしれない。
 無名の研究者が、悪ふざけでこんな遊びをしてみました、という程度ではないか。
 思いのほか反響があったので、それを社会的な実験という名目で結果を公表したように見える。
 
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2017年08月01日

北ミサイルのリスクに備えよう

 北朝鮮ミサイルのリスクが日に日に高まってきている。
 前回のミサイル発射は、異例の深夜に行われ、しかも、従来では考えられない山間部から発射されている。
 「いつでも、どこからでも」というところを見せつけようとしている。
 事前にミサイル発射の動きは察知されていたが、この時刻、この場所を予測した人はいなかった。
 北海道の奥尻島沖150qの日本海に着弾したらしい。
 NHKの屋外カメラが、火の玉になって落下していくミサイルを捉えていた。
 これほど、日本の領土に近いところに落下したのも初めてだ。 
 上空3500qまで打ち上げられ、自然落下で着弾する。
 僅かに軌道がずれただけで、落下地点は簡単に150qぐらいずれそうだ。
 海上では、航行している船舶もあるはずだが、被害がなかったのが不思議なぐらいだ。
 もはや、北ミサイルは、現実の脅威になっている。
 いつ海上の船舶に命中するか分からない。
 いつ日本領土に落下するか分からない。
 大気圏再突入の時の衝撃で、ミサイルが粉砕されたら、細かい破片となって降り注ぐ。
 被害範囲は、一気に広がる。

 次は、日本列島を超えて、太平洋に落下させるミサイル実験を実施しそうだという。
 いま、北ミサイルのリスクに最もさらされているのは、日本だ。
 次のミサイル発射時には、いよいよJアラートが作動するかもしれない。
 その時に向けて、日本政府はどのような対応を進めているのか不明だ。
 何らかの準備を進めているはずだが、外交戦略上の機密情報となっている。
 だが、実際には何もできないのではとの声が多い。
 そして、実被害が起きても、日本政府のできることは、北朝鮮に対して強く抗議することが精いっぱい。
 アメリカも手出しをできそうにない。
 「1発だけなら誤射かもしれない」ということで、うやむやにするのか。

 今回のミサイルは、発射から着弾まで約45分だった。
 ミサイル発射と同時にJアラートが発信されたら、着弾までに40分ぐらいの猶予があることになる。
 着弾場所ははっきり分からないものの、40分の時間があれば、最低限の安全行動を取る余裕は十分ある。
 Jアラートが鳴ったらどうするのか。
 これは、私たちが、常に意識しておかなくてはならないだろう。
posted by 平野喜久 at 17:28| 愛知 ☁| Comment(0) | リスクマネジメント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月20日

蓮舫氏の国籍記者会見:マスコミの甘やかしが民進党弱体化の原因

 18日、民進党党首の蓮舫氏が記者会見を開き、自身の国籍問題について説明をした。
 与党批判では舌鋒鋭く追及することを得意とする彼女らしからぬ生ぬるい会見だった。
 会見の内容については、目新しい情報は何もない。
 戸籍を開示するのしないのと大騒ぎだったが、去年の10月に国籍選択が行われたことが確認されただけだで、そんなことはみんな知っていたことだ。
 会見のポイントは、3つ。
1.現在は日本国籍単独であること。
2.去年10月までは二重国籍だったが、自分は18歳以降ずっと日本国籍単独と思っていた。
3.国籍公開は差別主義・排外主義に通じるもので、あってはならない。

 国民の聞きたいことに答えていない。
 一番のポイントは、二重国籍のまま立候補し政治家になっており、選挙公報の経歴に「帰化」とあるのは経歴詐称に当たるのではないかとの疑いが指摘されているのだ。
 ところが、自分はずっと日本国籍単独と思っており、結果として二重国籍だったとしても、故意ではない、ということで免責である、との主張だ。
 与党批判に厳しい蓮舫氏にしては、自分自身には信じられないほど「甘い」と言わざるを得ない。
 過去のマスコミインタビューでは、自分自身が二重国籍であったり、台湾籍であったり、中国籍であったりと、堂々と答えている。
 多国籍であることをアピールして、国際人であるかのようなキャラを売りにしていたのだ。
 ところが、記者会見でこのことを指摘された蓮舫氏は、「浅はかだった」と簡単に返した。
 つまり、自分は日本国籍単独であると思っていたが、キャラ立てのためにあえてあのような物言いをしていたのだという。
 去年は、過去のインタビュー内容は、「雑誌社の編集間違い」と言っていた。
 それが、いまや、過去インタビューは自分自身がわざとついた嘘だったと堂々と言っているのだ。

 ところが、去年まで二重国籍だったことが明確になったことから、結果として過去のインタビュー発言は正しかったことになる。
 普通に考えれば、国際人タレントとして売るためには、多重国籍の方がキャラ立てしやすいので、敢えてそれを放置し利用していた、と解釈できる。
 となると、嘘を言っているのは過去インタビューではなく、いまの記者会見ではないのか。
 
 過去インタビューでは、「中国籍」という言葉も出てくることから、台湾籍だけでなく、中国籍も含めた三重国籍だったのではないか、との憶測まで飛び出す始末だ。
 
 国籍公開は私で最後にしてもらいたい、とまるで自身が風評被害の被害者であるかのような物言いも気になる。
 風評の源は、すべて自分自身の発言に端を発している。
 安倍総理に対して、「ますます疑惑は深まった」「きっちり説明責任を果たせ」と迫っている蓮舫氏だが、同じ言葉がそのまま自身に跳ね返ってくる。

 実は、今回の記者会見で、いきなり代表辞任を発表するのではないかと思っていた。
 知りませんでしたで押し通すには無理があることは明らかなので、過ちを認め、謝罪し、その責任を取る形で、代表を辞任すると言えば、筋が通った。
 過去に二重国籍のまま3度の選挙に立候補していることから、公職選挙法違反の疑いも払拭できない。
 それを踏まえると、議員辞職まで踏み込めれば、最善の策だった。
 彼女の知名度なら、議員辞職したところで、次の衆院選で当選は間違いない。
 そうすれば、禊ぎと衆議院への鞍替えが同時にできて、申し分ないではないか。
 なぜ、党首にとどまってしまったのだろう。
 民進党は党勢回復のチャンスをみすみす失ったように見える。

 どうして民進党はここまで弱体化してしまったのか。
 それは、マスコミに甘やかされすぎたからだ。
 政権についていた時もマスコミには甘やかされていた。
 政権を失った後も、同じ。
 そのために、なぜ政権を失うことになったのかという厳しい反省が行われずに来てしまった。
 そのことが、党勢浮揚のきっかけを得られない元凶ではないだろうか。
 野党の中で、政権担当経験あり、というのは何物にもましてアドバンテージがあるはず。
 民進党議員の中には、元国務大臣がたくさんいる。
 このメリットがまったく生かせてない。
 
 蓮舫氏は代表になるときに、「政策提言のできる政党になる」と宣言した。
 この言葉に期待した。
 だが、やっていることは、共産党と共闘して安倍政権の足を引っ張ることだけ。
 マスコミもこれに同調する。
 マスコミ受けを狙ったら、「政策提言」よりも、「安倍やめろ」の方が手っ取り早い。
 それで、民進党は政権批判しかできない政党になってしまった。
 今回の二重国籍問題で、蓮舫氏がこの程度の記者会見で済まし、党首続投を宣言できるのも、マスコミの甘やかしによって、厳しく問われることもなく、このまま幕引きにしてくれることが分かっているからだ。
 マスコミは野党批判は与党を利することになるので、控えてしまう。
 だが、この甘やかしが野党をますます弱体化させ、結果として、政権交代不能にしてしまっていることに気づいているか。
 

 
 
 
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2017年07月15日

蓮舫代表の二重国籍問題:問題の根は深い

 民進党の蓮舫代表の国籍問題が再浮上している。
 都議選で自民党が歴史的な大敗を喫した。
 ところが、もう1つ大敗した政党があった。
 民進党だ。
 5議席と3分の1に激減。
 さらに、各メディアの世論調査では、自民党の支持率は急落しているが、同時に民進党の支持率も下落し続けているのだ。
 自民党のマイナスが民進党のプラスにつながっていない。
 このことに危機感を覚えた民進党議員から蓮舫代表に対する不満が噴出することとなったようだ。
 党内から「二重国籍問題が尾を引いている」との声が上がり、戸籍公開へと動き始めた。
 ところが、この戸籍公開についても、党内に異論がある。
 このことが、差別主義、排外主義の扇動に乗せられることになり、悪しき前例になることを恐れているらしい。
 蓮舫氏自身も記者会見で、次のように発言。
「特に我が国では、戸籍はすぐれて個人のプライバシーに属するものであり、これまで私も言ってきたが、積極的に、あるいは差別主義者・排外主義者の方に言われてそれを公開するようなことが絶対にあってはいけないと、今なお思っている」
 学者の中にも同調する者がある。
 「出自を明らかにしなければ、公的な言動ができなくなるのは恐ろしい全体主義だ」
 いつの間にか、問題の論点がずれてしまっている。
 18日に蓮舫氏は既に二重国籍が解消されていることを証明する証拠資料とともに説明をする予定だという。
 蓮舫氏の貴重な記者会見が、「差別主義、排外主義には屈しない」との意見表明の場で終わってしまったら、この問題は手が付けられなくなる。
 なぜなら、この問題の本質は、そこにはないからだ。

 この問題は、民進党の代表選の最中に出てきた。
 ある評論家が彼女の国籍に疑問を持ち、問題提起をしたことが発端。
 ネット上や週刊誌で取り上げられ、一部で話題になったものの、大手メディアを巻き込んでの大騒動にはならなかった。
 代表選の間にも記者から何度も質問を受けるが、常にあいまいな説明に終始した。
 途中から言っていることが変化しており、実際にどうなっているのか分からない状況だった。
 そのうち、ネット上では、彼女の過去のインタビュー記事などが発掘され、そこに、「台湾籍を持っている」「私は二重国籍なんです」という発言が次々と見つかり、自分自身、国籍の二重性を承知しており、むしろそれを売りにしていたことが分かってきた。
 代表選の終盤になって、ようやく台湾籍が残っていたことを認め、「台湾籍の除籍手続きを行ないましたので、これでこの問題は終了です」と勝手な幕引きをしてしまった。
 その後、投票が行われ、蓮舫氏が圧勝。
 民進党党首に選出された。
 ところが、その後、民進党の勢力は回復の兆しを見せることなく、むしろ最近は凋落の傾向を見せ始めたことから、党内で危機感が広がってきたといったところだろう。

 なぜ、彼女の国籍がこれほど問題になるのか。
 彼女の出自が問題なのではない。
 彼女の国籍がいままでかなりの異動があり、それがはっきりしないので、問題になっているのだ。

 問題の本質は、国会議員になった時、彼女の国籍はどうなっていたのかだ。
 その時、すでに日本国籍を取得済みで、同時に国籍選択も終わっており、さらに台湾籍の除籍も済んでいれば、何の問題も存在しない。
 だが、以下のケースで問題が生じる。

1.台湾籍の除籍手続きだけができていなかった
 日本国籍を取得し、国籍選択はできていても、それを台湾当局に連絡し、除籍申請をしなければ、台湾籍が残ってしまう。
 除籍申請したのが最近だとすると、その間、ずっと二重国籍のまま国会議員を務め、大臣までなっていたことになる。
 ただ、この場合は、日本国籍を持っているし、日本国籍を選択しているので、単に台湾籍除籍の手続きを怠けていた、という程度の話で終わってしまう。
 「うっかりしてました」ということで終わる。

2.国会議員立候補時点で、国籍選択ができていなかった
 このケースは問題がある。
 二重国籍のまま、どちらを選択するかの宣言が行われていないので、形式上、どちらの国籍でもないことになってしまう。
 彼女の選挙公報には、「85年に帰化」と明示してあったので、この経歴が嘘ということになる。

3.台湾籍の権利行使の事実が見つかった場合
 このケースが最悪の事態となる。
 日本国籍を取得したものの、国籍選択の意思表示をしなかったとしても、その後、台湾籍の権利行使を行なってしまうと、その時点で、台湾籍選択の意思表示をしたものとみなされ、自動的に日本国籍は消滅となる。
 この事実が判明した時点で、過去にさかのぼって、日本国籍の事実が取り消されることになる。
 この台湾籍の権利行使は国会議員以前でも同じ。
 この場合は、日本国籍を持たないものが国会議員になり、大臣職を務めていたということになり、国家レベルの一大事となる。
 過去に彼女が国務大臣としてかかわった公文書もすべて無効ということになってしまい、一議員の不祥事では済まなくなる。
 日本国籍取得後に、台湾パスポートを使ったとか、北京留学時に台湾人として優遇措置を受けていたとかいった事実が出てくると始末が悪い。

 
  
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2017年07月08日

NHKのネット配信にブレーキ:総務大臣の見解

 朝日新聞の報道による。
 高市早苗総務相は7日、テレビ番組のネット同時配信が実現した場合、NHKがネットだけで視聴する世帯からも受信料を取ることについて「多岐にわたる問題がある」と述べ、否定的な見解を示した。
 受信料の対象を広げようとするNHKの姿勢には、民放からも異論が相次いでいる。

 NHK会長の諮問機関が、テレビ番組のインターネットでの「常時同時配信」を実施すべきだとする答申案をまとめた。
 これが発端だ。
 このネット同時配信の話は以前からあったが、それが本格的に動き出しそうな気配を見せ始めた。

 テレビ番組のネット配信。
 これだけなら、何の問題もないように見える。
 テレビだけでなく、ネットでも番組が見られるようになるのなら視聴者にとっても結構なこと。
 だが、受信料の話が絡んでくると、問題の本質が変わってくる。
 現在の受信料は、受信設備を設置した者にNHKとの契約の義務が課されている。
 受信設備とはテレビのこと。
 テレビを持たなければ契約の必要はない。
 ところが、最近、テレビを持たない世帯が出てきた。
 単身の学生などは、スマホがあれば、テレビがなくても困らない。
 それで、テレビがないことを理由に契約を拒否する世帯が増えてきた。
 それでもNHKは引き下がらない。
 スマホでワンセグが見られるなら受信契約の必要あり、と勝手な解釈で、契約を迫るようになってきた。
 これについては、裁判でも争われるようになり、最終決着がついていない。
 このスマホを受信設備と解釈するかどうかという微妙な判断が問われている。
 一般常識では、スマホをテレビと同じ放送受信設備とみなすのには無理がある。
 
 そこで、出てきたのが、放送のネット配信だ。
 ネット配信を受信できるのであれば、受信契約の義務あり、ということにすれば、不透明な部分はなくなる。
 すべての世帯から受信料を徴収できるというわけだ。

 ネット受信については、受信料を通常よりも安価に設定してはどうか、という意見も出たらしいが、「そんなことをすると、ネット受信に切り替えようとする者が続出するからだめだ」と反対意見が出たという。
 もうこうなると、誰のための受信制度なのか分からない。
 少しでも国民から搾り取らなければ損だ、といった感覚だ。
 競争の存在しない特異な収入体系に胡坐をかいてきた組織の醜悪な姿勢しか見えない。

 いままで、NHKの勝手な解釈には及び腰だった総務省だったが、さすがに今回は大臣から異論が出た。
 高市大臣は閣議後会見で「放送法上、放送と通信(ネット)は全く別の概念。受信料を求める法律上の位置づけはない」と指摘。
 NHKがテレビを持たない世帯からも受信料やそれに近い費用負担を得るため、ネット配信を受信料で行う「本来業務」の一部と位置づけようとしていることに釘を刺した。
 NHKの目的は、ネット配信によるサービスの充実にあるのではなく、受信料の更なる徴収のために、ネット配信を行なおうとしていることが見抜かれているのだ。
 さすがに、これでは国民の理解が得られない。

 フジ・メディア・ホールディングス(HD)の金光修専務は7日の定例会見で「放送法の枠外のサービスを(受信料で行う)業務と規定するのは議論がずれている」と批判。
 TBSHDの武田信二社長も5日の定例会見で「大変違和感がある」と述べた。

 NHKの受信制度については、不透明なところが多すぎる。
 いままでは、NHK側の勝手な解釈がまかり通り、国民が疑問に思っても抵抗する手段を持たなかった。
 放送法自体が時代に合わなくなっている。
 受信制度の見直しから、根本的に議論されるべきだ。

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2017年07月06日

「こんな人たち」は誰のことか:安倍総理の街頭演説

 都議選での安倍総理の街頭演説。
 その中の一言が物議を広げている。
 演説の中で、「こんな人たちに負けるわけにはいかない」という発言があり、これが問題だというのだ。
 なぜ、問題かというと、自分と意見の違う人たちを見下し、敵とみなして打ち負かそうとする姿勢がよろしくないというのだ。
 共産党の小池書記局長は記者会見で「民主主義の根本を否定するもので、言語道断だ」と批判。
 朝日新聞は、「多様な世論に耳を傾け、意見をまとめ上げる立場の最高権力者が、有権者を敵と味方に分けるかのような発言」と決めつけた。
 民進党の蓮舫代表は、「看過しがたい。訂正、謝罪を求めていく」と述べた。
 テレビのコメンテーターは、「国民を2分して対立をことさら煽るような姿勢は問題」と難癖をつけた。

 安倍総理の街頭演説を映像で見たが、彼の発言のどこに問題があるのかまったく分からない。
 発言の中にある「こんな人たち」というのは、有権者のことを言っているのでもないし、自分の主張に反対する人たちのことを言っているのでもない。
 それは、彼の演説を聞けばはっきりわかる。
 「こんな人たち」の前に、彼はこんな発言をしていた。

「皆さん、あのように、人の主張の、訴える場所に来て、演説を邪魔するような行為を私たち自民党は絶対にしません!」
 
 この時、秋葉原の演説会場には、大勢の人たちが集まっていたが、その中に、「安倍やめろ」という大幕を広げて、大声で騒いでいる連中がいた。
 騒ぎはどんどん大きくなっていき、安倍総理の演説をかき消さんばかりだった。
 それにたまりかねた安倍総理が、演説を邪魔する人々を軽蔑して、「こんな人たちに負けるわけにはいかない」と言ったのだった。
 これは、彼の演説を聞いていれば、自然に理解できることだ。
 民主主義の根本を否定しようとしているのは、安倍総理ではなく、安倍総理の演説を大騒ぎで邪魔しようとする人たちの方ではないのか。

 ところが、安倍総理の「こんな人」というところだけ切り出し、問題発言化しようとした人がいる。
 それに乗っかって、批判の火の手を上げようとする人がいる。
 さらに風を送って大火災にまで広げようとする人がいる。
 とにかく、安倍総理のイメージダウンだけを狙ったような動きに嫌悪感を催す。
 
 安倍総理は、演説を邪魔する人たちを批判した後、こんなことも言っていた。
 「私たちはしっかりと政策を真面目に訴えていきたいんです!憎悪からは、何も生まれない。相手を誹謗中傷したって、皆さん、何も生まれないんです」
 ここに対立をことさら煽るような言動がどこにあるというのだろう。
 曲解もいいところだ。

 不思議なのは、その場にいて彼の演説をすべて聞いていたはずのマスコミまで、安倍総理の発言を一部だけ切り取り、同じ論調で批判していることだ。
 安倍総理の発言に、有権者を2分して敵対させるような意図はまったくないことは、その場にいた人たちなら分かっていたはず。
 分かっていながら、わざと誤解を拡散させるような報道を続けているように見える。
 事実を客観的に報道するという最低限の役割すら放棄している。



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2017年06月28日

稲田防衛大臣の軽率発言

 稲田防衛大臣の発言が問題になっている。
 27日、東京都板橋区で開かれた都議選の自民党候補の集会で、「防衛省、自衛隊、防衛大臣、自民党としてもお願いしたい」と発言したのだという。
 自衛隊法では、選挙権の行使を除く自衛隊員の政治的行為は制限されている。
 発言は自衛隊が組織的に特定の候補を応援すると受け取られかねない。
 稲田氏は発言の撤回は拒否していたが、批判の強さに、夜になって発言を撤回した。

 もちろん、現実に自衛隊が特定の候補者を応援するなんてことはありえない。
 稲田氏のリップサービスに過ぎないのは明らか。
 候補者を力強く応援する中で、自分の防衛大臣としての肩書を最大限利用したというところだろう。
 だが、のちにこのような批判を招くのは明らかで、あまりにも軽率だった。
 防衛大臣が特定の候補者の応援に出かけることだけでも正当性が危なっかしいのだから、そこでの発言は更に慎重であるべきだった。
 たぶん、稲田氏は候補者のことをよく知らなかったのだろう。
 語るべき情報が何もないとき、何を強調するかといったら、「防衛大臣がわざわざ応援に来た」ということだけ。
 そこを強調しすぎたあまり、問題発言となってしまった。

 稲田氏は弁護士出身。
 言葉の重要性には人一倍敏感のはずだが、どうしたことか。
 防衛大臣としての働きも、評価は芳しくない。
 次の内閣改造では、まず、交代となる。
 将来の女性首相との呼び声もあった彼女だったが、どうやらその目はなさそうだ。




 
 
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アマゾン流出版界翻弄

 本日付読売新聞の解説記事による。
 ネット書店の大手アマゾンが出版社との直接取引を拡大させる動きを見せているらしい。
 通常は、出版社の本を取次を通して仕入れている。
 一般の書店と同じだ。
 だが、取次に在庫がないと、取り寄せということになる。
 取り寄せも取次を通して発注するので、納期は8日から2週間かかる。
 ネット書店の注文は、翌日か、遅くても3日以内のお届けが普通だ。
 スピードが命のネットビジネスにおいて、取り寄せに2週間もかかっているようでは、話にならない。
 消費者の購買意欲もそがれる。
 そこで、バックオーダー発注については、取次を通さず、直接出版社から取り寄せることを検討し始めたという。
 こうすれば、出版社にとっても販売機会を逃さずに済むし、消費者にとっても読みたい本が読みたいときに手に入る。
 
 この動きに取次は警戒している。
 あきらかに取次の中抜きの動きだからだ。
 もともとネットビジネスは中間業者の排除に直結するものだった。
 それは出版業界でも同じ。
 いままでは、取次のパワーが強かったので、この構図に揺らぎはなかったが、ネット書店の台頭で、その力関係が揺らいできた。
 
 いま、出版物の販売額は97年をピークに一貫して減少している。
 書店の売上が減少しているためだが、一方で、ネット書店の売上だけは上昇傾向にある。
 といっても、ネット書店の売上は全体の10%も満たない。
 まだ、全体に影響を及ぼすほどの勢力にはなっていない。
 出版社としても、リアル書店を無視できないのだ。
 リアル書店に本を流すには、取次を通さなくてはならない。
 出版社としては、取次を中抜きするような行動を取りにくい。

 しかし、弱小出版社にとっては、取次を通さない直接取引にはメリットが多い。
 弱小出版社の出す本は、専門性が高く、対象読者が少ない。
 ネット書店でピンポイントで検索されて注文されるケースが多い。
 もともと、取次には重要視されておらず、リアル書店への配本も期待できない。
 ならば、Amazonと直接取引できた方がありがたい。
 しかも、直接取引なら、取次を介するよりも有利な条件で取引可能だ。
 すでに一部の出版社とは直接取引が始まっていて、全体の3割に上っているという。
 この傾向は今後、ますます強まっていくだろう。
 
 出版業界は、長期低落傾向に入っており、明らかに構造不況業種になった。
 出版不況という構造的な問題に加え、ネット書店の攻勢という新たな脅威にさらされている。
 この流れは、当面、変わらない。
 出版業界は、Amazonの積極攻勢に防戦一方で、先回りして先手を打つことができていないように見える。
 
 


 
posted by 平野喜久 at 09:30| 愛知 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月25日

官邸の危機管理の失敗:森友加計問題

 森友学園問題に続いて、加計学園問題が持ち上がり、沈静化しそうにない。
 いろんな内部文書が次々に外部流出し、その内容が実に思わせぶりなものばかりなので、憶測が憶測を呼んでいる。
 総理の不正な働きかけがあったことを確信させる情報はいまだに見つかっていない。
 なのに、なぜ、これほどこの問題が尾を引いているのか。
 それは、ひとえに官邸が危機管理に失敗したことによる。
 安倍政権は、過去に1度政権運営に失敗している。
 その経験から、ここまでは非常に慎重でうまい政権運営を行なってきた。
 少々問題が起きたとしても、先手先手で手を打つことで、初期消火に成功していた。
 例えば、大臣の不祥事が発覚しても、マスコミや野党がが騒ぎ出す前に先手を打って更迭した。
 初動の迅速さとメディアコントロールのうまさが際立っていた。
 この危機管理のうまさが、安倍政権の長期化をもたらした源泉になっている。
 
 ところが、今回は違う。
 明らかに初動を間違えた。
 森友学園問題が持ち上がった時、官邸は「取るに足らぬ問題」と簡単にはねのけるつもりだった。
 これが、その後、大火事になるなんて思っていなかったのだ
 総理も高圧的で強気の国会答弁に終始し、「関与があったら国会議員を辞める」とまで言い切ってしまった。
 これが、初動の失敗その1だ。
 組織の不祥事が発覚した時に犯してしまいがちな間違いは、「強気ではねのけて事態を強制終了させようとすること」だ。
 これは、事態を収拾させるどころか、さらに騒動を大きくさせる効果しかない。
 過去、企業不祥事においても同じミスで騒ぎを大きくし、のちに進退窮まって最悪の事態を迎えたケースは多い。

 総理の「関与があったら」の発言は、野党やマスコミの追及を勢いづかせ、官邸は、その追及をいちいち否定し続けなければならなくなった。
 ここで、厳しい追及から逃げ続ける官邸の姿だけがイメージされることとなった。

 森友問題に手詰まり感が出てきたところで、どこかからか加計学園問題が急浮上した。
 どうして、この問題が浮上したのかは不明。
 ただ、官僚の側から、野党やマスコミに情報がリークされ続けているのは確かだ。
 民進党のある議員のもとにも内部文書がリークされ、その内部文書に基づいて国会質問が展開した。
 その内部文書には「総理のご意向」という文言が入っていた。
 官房長官は、「出どころもはっきりしない怪文書だ」と全否定で切り捨てた。
 これが、失敗その2.
 この文書の内容は特に総理の不正を確定させるような情報は何もなかった。
 むしろ、総理が主導権を握って官僚側に働きかけ、規制緩和を進めていることを証明する内容だった。
 だが、官房長官が慌てて全否定したことで、却ってここに不都合な内容が含まれているのではを勘ぐらせることになった。
 文科省内でも調査を行なった結果、文科大臣が「そのような文書は確認できなかった」と言ってしまった。
 これが、前川前事務次官の記者会見につながり「あったものをなかったことにはできない」との発言を引き出した。
 文科大臣は再調査に追い込まれ、同内容の文書が存在したことを公表せざるを得なくなった。
 ここで公表された文書以外の関連文書がマスコミにリークされ、文科大臣は後追いでその存在を認めるという醜態を繰り返す。
 ここでは、文科大臣の力量不足が露呈している。
 大事な記者会見でも、準備されたペーパーを読んでいるだけ。
 主体的に取り組んでおらず、すべてが受け身。
 自分の果たすべき役割が分かっていないように見える。
 問題を明確にし早々に事態収拾に動けるはずの一番の当事者でありながら、その意志と能力が見られない。
 さらに文科副大臣までもが、国会答弁で官僚の用意したペーパーを朗読しているだけ。
 そのぶっきらぼうな答弁が批判の対象になったりした。
 文科省内部からリークが続くのは、トップの無能によるところが大きそうだ。 

 今回の官邸の危機管理は、常に後手の対応に追い込まれており、事態をコントロールできていない。
 森友も加計も冷静に問題の本質を眺めてみれば、これほど大騒ぎするほどの問題は存在していない。
 にもかかわらず一向に収束しないのは、官邸の対応のまずさによる。
 たぶん、この問題が持ち上がった時、官邸の側も何が問題なのか把握できていなかったのだろう。
 誰もこれが問題だと思っていなかった。
 総理自身も、自分が不正に何かを働きかけた覚えがないから、強く否定すれば終わる話だと思っていただろう。
 だが、絶好調の安倍政権への攻撃材料を失っていた野党にとっては、千載一遇の大チャンスだということを忘れていた。
 この大チャンスをみすみす逃すわけがない。
 簡単に消えないように、ちょっとした火種にひたすら風を送り続け、燃料を投下し続けた。
 それがいまや大火事にまで広がってしまった。

 今後、官邸ができることと言えば、内部リークの先手を打って情報公開をし、全容の説明責任を果たすことしかない。
 野党やマスコミに追及されてからそれに答えているだけでは、言い逃れに終始しているようなイメージしか醸成されない。
 野党やマスコミの行く手を先回りして、情報発信していくことができるかどうか。
 今回は、時が来れば沈静化することはない。
 野党がせっかくの火種を消すことはないからだ。
 内閣支持率の急降下をみて、野党もこのネタの効果を実感している。
 対応を誤ると、安倍政権に次はない。

 

posted by 平野喜久 at 11:02| 愛知 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする