2021年05月21日

ワクチン予約システムは欠陥ではない:マスコミのレベルの低さ

 東京、大阪で自衛隊によるワクチンの大規模接種が始まろうとしている。
 それに先駆け、ウェブによる事前予約が始まったが、その予約システムに欠陥があったとの報道で話題が盛り上がった。
 AERA.dot、毎日新聞の記者が、この予約システムにデタラメの氏名や接種番号などを入力したところ、予約ができてしまったことを確認し、それを「予約システムに致命的な欠陥あり」と報道したことがきっかけ。

 国のやっていることの杜撰さや記者の業務妨害的な取材手法などが話題になったが、その前に、指摘されている点は、予約システムの欠陥ではないのではないか、との問題提起をしたい。
 というのは、防衛省は厚労省や自治体とのデータベースの共有や照合ができておらず、入力段階で入力情報の適否を判断できるようにはなっていない・・・このことは初めから分かっていたことで、それを前提にシステムも作られていたからだ。

 何も、誰も気づいていない重大な欠陥が記者によって発見されたわけではない。
 政府がひた隠しにしていた重大な欠陥が記者によって暴かれたわけでもない。
 防衛省も、当初からデータベースの共有ができていないため、自治体への予約と大規模会場への予約を同時に行うと、2重になってしまうので、どちらか一方に限定するように呼び掛けていた。
 誤って2重の予約をしてしまった場合は、必ずどちらかをキャンセルするようにお願いしていた。
 このような不便なことになっていることを隠すことなく、公表し、注意喚起していたのだ。
 当然ながら、間違ったデータを入力してもシステムはエラー表示することはないことも分かっていた。
 ただ、それについては事前公表はなかった。
 当然だ。
 「架空のデータを入れても予約できてしまうので、架空の入力をしないように」などという呼びかけは無意味だからだ。
 むしろ、こんなことを公表したら、「本当かどうかやってみよう」といういたずらを誘発するだけだ。

 予約システムの入力には、4つの情報を入力するようになっている。
 「氏名」「生年月日」「自治体コード」「接種券番号」
 もちろん、入力ミスは避けることができない。
 しかし、このうちの1つや2つに入力ミスがあったとしても、当日会場にやってきたお年寄りの本人確認ができなくなることはない。
 接種券番号に1桁番号違いがあったとしても、その他の情報が一致すれば、本人とみなして、接種をすることができる。
 だから、入力ミスを無理やりはじく必要はないのだ。

 自治体のワクチン接種の受付が始まっているが、その仕方は様々だ。
 ウェブ受付、電話受付、窓口の記名受付など。
 このうち、窓口の記名受付とは、かかりつけ医の予約窓口に予約記名用紙を用意しておき、希望者は窓口にやってきて、氏名を記入して帰るだけ。
 後日、氏名を記入した人に対して、接種の日時を連絡するという仕組み。
 予約用紙に記名をするときに、記入ミスをはじく仕組みはない。
 間違った名前を書いても、間違った番号を書いても、受付拒否はされない。
 わざとデタラメの名前と番号をかきこんで、「デタラメの情報でも予約できてしまった!!」と誰が騒ぐだろうか。
 「この予約システムには欠陥がある!!」と誰が批判するだろうか。
 手書きの記入用紙なのだから、そんなのは、当たり前だし、みんな気付いていることだ。
 少々の書き間違いがあったとしても、普段から来院している患者の本人確認ができなくなるわけはなく、なんら問題はない。
 ワクチン接種に支障を来すことも考えられない。
 むしろ、自分がいつも行っているかかりつけ医の窓口に行って、ペンで名前を書いてくるというのは、お年寄りにとって、最も実感として分かりやすく実行しやすいシステムとして優れモノだ。

 この窓口の記名受付をウェブ上に置き換えたのが、今回の防衛省が行なった事前予約だったと思えばいい。
 この予約システムは、ウェブ上ではあるが、ただの予約用紙に記入するだけの機能しか持たせていない。
 ここにわざとデタラメの情報を記入し、欠陥発見と大騒ぎするのは、予約用紙にデタラメの名前が書けてしまったことを騒いでいるのと同じで、まったくナンセンスとしか言いようがない。
 防衛省も、愚かな取材で勝ち誇ったような報道をするマスコミに対して、きっちり反論をすべきであった。
 「それは、欠陥ではない。意味があってそのようなシステムにしてあったのだ」と。

 「防衛省は分かっていながら隠していた」と報じるマスコミもある。
 その通り。
 だが、これは公表する意味がなかったからだし、公表することでいたずらを誘発することを恐れたからだ。
 「不備がありながら、見切り発車した」と報じるマスコミもある。
 その通り。
 ことはスピードを求められており、最低限の機能だけで走らせることを優先したからだ。
 むしろ、必要最小限の機能だけに限定して、そのほかの付随的な機能は思い切ってそぎ落としたという点で、防衛省の判断は正しかった。
 緊急時においては、巧遅よりも拙速を尊べと言われる。
 危機対応の要諦を理解する者がコントロールしていることが分かる。
 さすが防衛省は緊急時対応のプロフェッショナル集団だ。

 情けないのは、マスコミのレベルの低さだ。
 本質を捉えることができずに、表面的なあら捜しに堕してしまっている。
 「突貫工事で仕上げた予約システムなら、どこかに不備があるに違いない。欠陥を見つけてやろう」と、試みたところ、造作もなく不備が見つかった。
 記者も、いきなり「ビンゴ!」で驚いただろう。
 勝ち誇ったような論調の記事に、飛び上がらんばかりに喜んでいる姿が見える。
 「ワクチンテロを企てようとする者が、乱数表でデタラメの番号で入力しまくれば、全予約枠を架空の予約で占有できてしまう」と説教を垂れている記事もあった。
 まるで説教強盗だ。
 本当に、ワクチンテロで日本社会に混乱を引き起こしてやろうとするのであれば、デタラメ入力などという面倒なことをチマチマする前に、予約システム自体をシャットダウンさせてしまうほうが遥かに簡単で威力が大きい。
 となると、わざとデタラメな入力をしようとする者は、政府批判のためのあら捜しをしているマスコミぐらいしかいない。
 そのようなマスコミのいたずらを排除するために完璧なシステム構築を目指すのは、コストと時間の浪費だ。

 マスコミの報道は、システムの修正が行われる前になされたので、模倣犯のようないたずらによる予約が何件も入るようになってしまったのだそうだ。
 防衛省が事前に公表しなかったのは、これを恐れてのことだったのだ。
 それを、公益性を盾にしたマスコミによって、台無しにされた格好だ。
 公益に資するどころか、マスコミの政府批判を目的とした報道は、ワクチン接種の業務妨害にしかなっていない。

 更に情けないのは、野党だ。
 立憲民主党党首の枝野氏は、会合でこんなコメントを発したらしい。
 「システムの欠陥を指摘したメディアに『早い段階で気付かせてくれてありがとう』と言うのが本来の姿だ。意味不明な対応をしている」
 野党の堕落がはなはだしい。
 
  
posted by 平野喜久 at 18:11| 愛知 ☁| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年05月13日

日本人の他人の邪魔をする国民性

 ニューズウィーク日本版5月18日号に気になるコラム記事があった。
 経済評論家・加谷珪一氏による『経済ニュース超解説』。
 このコラムの中で、日本だけが消費を拡大できない理由として、ある研究が紹介されている。
 大阪大学社会経済研究所のグループによる研究。
 被験者に集団で公共財を作るゲームをしてもらったところ、日本人はアメリカ人や中国人と比較して他人の足を引っ張る行動が多いという結果が得られた。
 日本人は、他人を他人と割り切れず、互いに相手の行動を邪魔してしまうという。

 この研究内容の原典は確認できていないので、どのような実験を行なったのか、どこまで検証された研究かも不明。
 だが、この研究結果は、意外だ。
 元来、日本人は他人を気遣う国民性で、災害時の秩序正しい行動は世界的に称賛されることが多い。
 ところが、その一方で、他人の足を引っ張る行動が多いのだという。
 「他人を気遣うのに、他人の足を引っ張る」
 一見、相矛盾する特性のようだが、よく考えると、これは日本人の国民性の裏表なのかもしれない。

 他人を気遣うというのは、自分だけ突出しない、ということの裏返しでもある。
 このことは、他人が突出することも受け入れられないということにもなる。
 日本人は、他人を気遣うことにかけては世界一だが、その代わり、他人に気遣いのない人に対する風当たりはものすごく強い。
 コロナ禍にあって「自粛警察」「同調圧力」という言葉が聞かれるが、これはまさに日本社会特有だろう。
 他人のことを放っておけないのだ。

 新型コロナに感染するのは本人が悪いと考える人の割合が、中国やアメリカに比べて、日本人の比率が圧倒的に大きい。
 感染者がまるで犯罪者であるかのように非難される。
 地方では、感染者を出した家は、周りから白い目で見られ、そこに住めなくなってしまうこともあるという。
 職場でも、感染して長期休業することになった社員は「この忙しいときに何をやっとるんだ」と同僚や上司に責められる。

 スギ薬局の会長夫妻がワクチン接種で優先枠を要求したニュースが話題になり、会長夫妻への批判が高まるのも、ずるいことをして自分だけ得をしようという行動が許せないからだろう。
 有名人の言動に対して、ネット上で匿名の誹謗中傷が殺到することがあるのも、日本人の特性と言えるかもしれない。

 中国人やアメリカ人の場合は、他人は他人、自分は自分と割り切る傾向が強い。
 悪く言うと自己中心的だが、反面、他人の言動に寛容だ。
 自分が前に出ることにしか関心がなく、他人にかまっていられないという感じだ。
 このような社会では消費経済が活性化しやすいのだそうだ。

 日本は、コロナの感染状況は世界的にみても極端に低いレベルで抑えられているにもかかわらず、消費の低迷はどこよりも深刻だ。
 世界はコロナ後の経済再生に話題が移りつつあるが、日本経済はいち早く立ち上がれるだろうか。

 
posted by 平野喜久 at 13:20| 愛知 ☔| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年05月11日

スギ薬局の印象の悪い謝罪文

 スギ薬局が謝罪文を公開した。

「会長杉浦広一および相談役昭子へのコロナワクチンの優先的接種を西尾市様に依頼したことにつきまして、ワクチン接種をお待ちの西尾市の方々はじめ、全国の皆さまにとって不快な行為であったこと、日夜尽力されている全国の行政の方々の努力に水を差す結果となってしまったことに深くおわび申し上げます」

 この後、背景事情の説明が続く。
 その要旨は以下の通り。

・秘書が会長を慮って市役所に問い合わせを入れた。
・使命感ゆえ何度も問い合わせを繰り返した。
・会長自身はアナフィラキシーショックを経験しており、ワクチン接種は希望していない。
・今後はこのようなことがないようにする。

 たぶん、全国報道でこのニュースが知られるところとなり、各方面からスギ薬局に批判が殺到したのだろう。
 慌てて謝罪コメントを出した感じだ。
 だが、謝罪文に続いて背景事情の説明がついているために、謝罪効果が減殺されてしまっている。
 しかも、その背景事情も不自然さを感じさせる。
 本人の意向を無視して、勝手にワクチン接種の優先枠を繰り返し要求する秘書の行動がまず不自然。
 ワクチンが必要なら、既に本人が自分で予約を入れているかもしれないし、家族が代わりに予約をしているかもしれない。
 それを確認せずに、秘書が勝手に市役所に強硬な働きかけを始めるなんてことは考えられない。
 正規の手続きではなかなか予約が取れないために、会長から秘書に何らかの指示があったのは間違いない。
 アナフィラキシーショックの経験があり、会長本人はワクチン接種をするつもりがなかったとは、無理な言い訳だ。
 別の報道では、「会長夫妻には、接種会場に向かっている途中に連絡を取って引き返してもらった」との西尾市側の説明があった。
 結局、会長の名誉を守るための無理なコメントになってしまっている。
 会社の気遣いが会長に向いており、消費者に向いていない。
 この謝罪文の印象は非常に悪い。
 少なくとも謝罪文は会長名で出すべきであった。

 謝罪文は一発でダメージ回復を狙わなくてはならない。
 絶好のチャンスを逃し、事態を更に悪化させてしまった。
 スギ薬局は株価を落とし、不買運動も引き起こしかねない事態に至っている。
posted by 平野喜久 at 21:36| 愛知 ☁| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

スギ薬局のダメージコントロール

 東京新聞その他の報道による。
 新型コロナウイルスワクチンの接種を巡り、愛知県西尾市の副市長が、スギ薬局を展開する「スギホールディングス」の会長夫妻の予約枠を優先確保するよう、市の担当部署に指示していたらしい。
 副市長は「夫妻は市への貢献度も大きく、忙しいお2人なので担当部署に依頼した」と説明。
 市は夫妻の予約を取り消した。
 会長夫妻は既に接種会場に向かう途中だったが、連絡して引き返してもらったという。
 
 4月初旬ごろ、スギHDの社員から市健康課に「夫妻がいち早くワクチンを打てないか」と相談があった。
 杉浦夫妻が薬剤師で医療従事者に当たると主張。
 しかし、市の担当者は拒否。
 その後も、何度も依頼が繰り返される中、副市長のところにまで話が届き、今回の予約枠の優先確保となったようだ。
 この話が、なぜか事前にマスコミに知られるところとなり、西尾市長の謝罪会見となった。
 スギ薬局側は、「市に問い合わせは何度かしたが、便宜を図ってもらうよう依頼したことは一切ない」とコメントしている。

 このニュースで、ダメージを受けたのは、西尾市ではなく、スギ薬局だ。
 スギ薬局の会長夫妻がどのような意図で市に問い合わせをしたのかは、容易に想像できる。
 会長夫妻は地元の有名な名士であり、地域経済にも多大な貢献をしている。
 市側が会長夫妻から依頼を受けて、形式上のルールを盾に拒否し続けるのは難しい。
 会長夫妻の方も、「自分らを、その他一般の年寄りと一緒の行列に並ばせるつもりか」との思いがあったかもしれない。
 このような会長夫妻の思い上がった心根が透けて見えてしまうために、非常に印象が悪い。 
 このニュースは、各局の全国放送で報道されており、スギ薬局側のイメージの棄損は甚だしい。

 不思議なのは、なぜこの話が事前に発覚したのか、だ。
 市役所内部からのリークであるのは間違いない。
 もしかしたら、市長自らが公表に踏み切ったのではないか。
 これが、接種が終わってから発覚した場合は、市側のダメージの方が大きくなる。
 一部の市民だけ特別扱いした事実は否定できず、取り返しのつかない事態になりかねない。
 事前に止めるにはどうするか。
 市長自らが会長夫妻に連絡して遠慮していただくしかない。
 だが、市長にとって、地元の名士を敵に回すほど怖いことはない。
 残る道は、事前に事実を公表し、謝罪会見を開くこと。
 市長はカメラの前で深々と頭を下げたが、ほとんどダメージを受けていない。
 便宜を図った副市長も、自らの愚かさを責めて謝罪したが、処分を受けることはないだろう。
 実は、市長と副市長は、自分らが頭を下げることで、会長夫妻の身勝手な行動を非難しているのだ。

 スギ薬局広報部のコメントは、まずい。
 批判の矛先が我が身に向いていることに気づいていない。
 スギ薬局は一般消費者相手の商売なのだから、一般の人々のイメージダウンは極力避けなければいけない。
 医薬を扱っている商売であれば、なおさらだ。
 コメントは、まずは「お騒がせして申し訳ない」という言葉から始まるべきだった。
 そのあと、「市に問い合わせを入れたことは事実だが、便宜を図ってもらう意図はなかった」と続ける。
 そして、「ワクチンが市民にいきわたり、1日でも早くコロナが終息することを願っている」と結べば完璧だった。
 
 
posted by 平野喜久 at 19:18| 愛知 ☁| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年11月02日

電子書籍ニューリリース『簡単モデルでパンデミックBCPを作ろう』

 電子書籍のBCPシリーズ第5弾をリリースした。
 『簡単モデルでパンデミックBCPを作ろう〜中小企業の新型感染症対策〜』

kantanmoderudepandemicbcp.jpg
https://www.amazon.co.jp/dp/B08MD4JMPW

 9月に滋賀経済同友会が中小企業BCPモデルのパンデミック版が公開されたが、その活用方法を説明した解説書だ。
 滋賀経済同友会では、7年前に「中小企業BCPモデル」を公開していた。
 このBCPモデルは、同友会の会員事業者の方々でプロジェクトチームを作り、私もその一員として参画して、ともに作り上げていったもの。
 以来、多くの事業者様にご利用いただいてきた。
 たが、今年に入って始まったコロナ禍については、従来のBCPでは対応しきれないことが分かり、改めて「パンデミック版」の制作についてご相談を受ける。
 2009年の新型インフルエンザの時に制作したフォーマットがあったので、それをベースにリニューアルして今回の公開に至ったという次第。

 このパンデミック版BCPは、新型感染症を企業の危機管理の問題として捉え、中小企業がどのような考え方で対応したらいいのかというところに重点を置いている。
 これはあくまでもBCPなので、単に「感染しないように気を付けましょう」などというレベルの話は含まれていない。
 企業がこの新型感染症リスクの中でいかに業務を継続し生き残っていくのかというところに焦点が当たっている。
 
 パンデミックBCPの2大テーマは、「職場の安全を守る」「重要業務を継続する」というところに重点がある。
 手洗い、消毒、マスク、3密回避などいう話題は、個人が感染しないために重要だが、BCPの主要テーマではない。
 あくまでもBCPの最終目的は「企業が生き残る」にある。

 新型感染症は、いかにしたら感染が防げるか、というところに話題が集中しがちで、企業のパンデミック対策も、感染防止対策に終始してしまっているケースがある。
 だが、個人の感染防止は完璧を目指すのは無理だ。
 どんなに気を付けて徹底した防止策を行なったとしても、目に見えないウィルスを完全シャットアウトすることはできない。
 誰でも運悪く感染してしまうことがあり得る。
 企業として考えなくてはいけないのは、従業員に感染者を出さないことではなく、運悪く従業員に感染者が出てしまったとしても、職場の集団感染だけは起こさないようにする、ということだ。
 職場で集団感染が起きると、その部署の従業員全員が自宅待機を強いられ、その時点で直ちに業務停止に追い込まれてしまう。
 こんなことになったら、会社の業務が回らなくなるので、職場の集団感染だけは絶対に避けなくてはいけないのだ。
 個人の感染リスクは完全になくすことはできないが、職場の集団感染は対応次第で防ぐことができる。
 だから、集団感染を起こさないルール作りが求められるということになる。
 2大テーマの1つ「職場の安全を守る」は「職場で集団感染を起こさない」と言い換えることができる。

 もう1つの重要テーマは、重要業務を継続するということだ。
 感染拡大が進行してきた状況でも、重要業務だけは簡単に止めることができない。
 ならば、感染リスクを回避しながらどのように業務を継続するのかという対策が必要になる。
 また、重要業務を継続するということは、重要ではない業務は早々に縮小または停止していくという判断も必要になる。
 ここでは、どうなったらどの業務から縮小していくのかという判断が求められる。
 パンデミックの対応の難しさは、状況変化に合わせて対応の仕方を随時切り替えていかなくてはならない点にある。
 ここが地震や風水害と違うところだ。
 この、どのような感染状況の時にどのような業務体制に切り替えるのかは、BCP発動フローとして決めておく必要がある。
 
 この2大テーマ、「職場の安全を守る」ためのルール作り、「重要業務を継続する」ためのBCP発動フロー作り。
 これがパンデミックBCPの中身だ。
 これを分かりやすくシンプルなフォーマットにまとめたものが、滋賀経済同友会の「中小企業BCPモデル<パンデミック版>」だ。
 私は、このフォーマットを使って、実際に中小企業のパンデミック対策の支援を行なっているが、なかなか使い勝手がいい。
 
 BCPモデル本体にも簡単な解説を載せてあるが、不足部分の詳しい解説をまとめたものが、今回の電子書籍だ。
 モデルフォーマットを手元で参照しながらお読みいただければ分かりやすい。
 フォーマットデータは滋賀経済同友会のウェブサイトから自由にダウンロードできる。
 

 
 



posted by 平野喜久 at 12:41| 愛知 ☁| Comment(0) | 電子書籍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月30日

事業戦略にはBCPの発想がいる

 BCPは単なる防災対策ではなく、我が社の生き残り戦略を考えることだ。
 災害が起きたときのために作るものという認識では対応を間違ってしまう。
 BCPを作るということは、いまの事業戦略がどうあるべきか、ということにまで検討が及ぶということなのだ。
 このことをご理解いただくために、私のセミナーでは様々な事例を紹介しながら説明している。
 
 今回は、新たな事例をご紹介しよう。
 BCPでの事前対策として、「サプライヤーの複数化」ということがよく行われることだ。
 重要な原材料を1社からしか仕入れていない場合、その1社から入らなくなったら、我が社は稼働できなくなってしまう。
 そのためのリスク分散として、複数の業者から同じ原材料を仕入れるようにしよう、というのがサプライヤーの複数化だ。
 さて、これをサプライヤーの側からみるとどういうことになるか。
 従来は単独サプライヤーとして、取引の優位性が維持できていたが、取引先がサプライヤーを複数化してしまうと、我が社のライバルが登場するということになり、事業の優位性を失いかねない事態となる。
 これはサプライヤーにとっては、ゆゆしき事態だ。

 ある部品加工会社の事例。
 ここは、大手企業の特定の部品加工を単独受注していた。
 というのは、その部品は、通常の加工方法では不良の発生率があまりにも高く、歩留まりが非常に悪い。
 受注業者は、簡単に納期遅れを起こし、無理に対応しても高コストを強いられることになる。
 だが、その加工会社は、現場の試行錯誤により、不良率を劇的に減少させる技術を開発した。
 それで、その部品加工だけは、その会社しか受注できない状況が続いていたのだ。
 会社としては、その技術を特許申請しようかと検討したが、やめることにした。
 というのは、特許申請するということは、その技術を公開することになり、それはライバルにヒントを与えることにもなりかねない。
 それに、特許期間が過ぎたら、その技術は誰もが使い放題になる。
 幸いにも、この技術はできあがった部品を見ただけでは、どのように作っているのかは分からないようになっている。
 だったら、特許申請せず、我が社の秘匿技術として管理しようということになったのだ。

 ある時、親会社から連絡があった。
 親会社ではBCPに取り組んでおり、今回の役員会議で、すべての部品についてサプライヤーを複数化するという方針が決まったというのだ。
 当然ながら、この特殊加工の部品も複数化の対象となる。
 しかし、同じものを他社にやらせると、不良品だらけになってしまう。
 そこで、親会社の担当者がこんなことを言ってきた。
「他社にも同じ部品を作らせたいので、不良のでない作り方を、ちょっと教えてあげてくれませんかね」
 担当者は、簡単なことと思っていたのだろう。
 特殊な加工といっても、特許技術を提供しろといっているわけでもなく、やり方をアドバイスするだけ。
 親会社が頼めば簡単にやってもらえるとでも考えたのかもしれない。
 これは、加工会社にとっては、とんでもない話だ。
 この加工技術を開発するのに、どれほどの努力と時間とコストを費やしたことか。
 それを簡単に他社に教えられるはずがない。
 当然ながら、事情を説明してお断りする。
 すると、担当者はこう言った。
「でも、サプライヤーの複数化は、うちの方針として決まっちゃったんですよ。
 この部品加工の複数化ができないとなると、この部品を使っている製品を廃盤にするか、この部品を使わない仕様に設計変更するしかなくなります」
 明らかに脅しだ。
 加工会社に提示された選択肢は2つ。
 1つは、親会社の言う通り、同業他社に技術ノウハウを提供して、同じように加工できるようにする。
 1つは、提案を拒否し、親会社との取引終了を覚悟する。

 同業他社に技術ノウハウを提供したらどうなるか。
 とりあえず親会社との取引は継続できる。
 だが、我が社の取引の優位性は失われる。
 同業他社がシェア拡大を狙って値段競争を仕掛けてきたら、対抗手段はもはやない。
 いま一番の稼ぎ頭を失うことになる。

 親会社の提案を拒否したらどうなるか。
 たぶん、親会社の心証を悪くし、長期的な取引の継続は危うくなる。
 次の仕様変更のタイミングで、この部品は外されることになるだろう。
 そこで、取引終了だ。
 いずれの選択肢も、我が社にとって生き残れる道ではない。

 そこで、加工会社は、3つ目の選択肢を逆提案することにした。
 親会社がどうしてサプライヤーの複数化を行なうのかというと、重要部品のリスク分散をするためだ。
 だったら、そのリスク分散を我が社の中で行なうことができれば、同じことではないか。
 加工会社は、事業戦略を練った。
 遠方の加工工場と提携し、そこでも同じ部品の加工を行う。
 本社工場が停止した時には、遠方の工場から直ちに部品供給できる体制を構築。
 我が社の中でリスク分散の対応をする計画をBCPに落とし込み、親会社に提示した。
 担当者はびっくり。
 でも、担当者の本音としては、何社にも同じ部品を発注し、それぞれ管理するのは面倒だったので、1社丸投げでリスク分散できるこの提案はありがたい話だった。
 上層部に諮ったところ、これで我が社のリスク分散と同じ効果が見込めるとの判断になり、例外的に単独発注が認められることとなった。
 
 この加工会社のBCPは、災害が起きたときどうするか、というところに目的はない。
 現在のビジネスを守るためにどうしたらいいかというところに視点が置かれていることがお分かりいただけるだろう。
 このように、BCPは単なる防災対策ではない。
 現在の事業戦略のあり方を決める重要な取り組みなのだ。
 
posted by 平野喜久 at 10:22| 愛知 ☔| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月27日

NHK受信料 記事2題

 本日付け日経新聞にNHK受信料関連の記事が2題載っていた。
 
 総務省がNHKの受信料などを見直す有識者会議を開き、経営改革に向けて取り組むべき提言をまとめた。
 衛星放送は、現在の4波から3波に削減する方針が決まっているが、受信料は最近値上げしている。
 経営体質の改善が行われないまま、ただ形式上の経営規模の削減を行ない、むしろ受信料を値上げする姿勢そのものへの厳しい指摘がある。
 受信料徴収にかかる営業経費が、なんと受信料収入の1割を超える不自然さも指摘されている。
 NHKの営業経費とは、受信料の集金業務や未契約世帯への契約業務のこと。
 主に外部業者にやらせているものだが、これが700億円以上もかかっている。
 受信料収入総額が約7000億円だから、その1割以上を集金業務についやしていることになる。
 これは、通常のビジネスの感覚で判断すると、異常にコストがかかりすぎている。
 イギリス、フランス、ドイツなど、他の先進国の公共放送の営業経費は、受信料収入の1〜2%程度だという。
 これが普通だ。
 NHKが集金業務にこれほどのコストをかけているのには理由がある。
 今のように、スタッフに1軒1軒戸別訪問をさせて、集金させ契約させた方が、受信料総額が多くなると試算しているからだ。
 NHKはデジタル放送への移行に伴って、WOWWOWやスカパーのように、契約者だけ視聴できるようなスクランブル方式に切り替えることを想定したという。
 そうすれば、受信料の未収はなくなり、営業コストがかからず、国民の不公平感も解消する。
 未契約のままではNHKが見られないので、むしろ、受信契約が増えるだろうと予想した。
 ところが、テレビ離れが進んでいる現在、スクランブル化すると契約者が減り、受信料収入が激減するという試算が出たらしい。
 それで、スクランブル化はNHKにとってタブーとなり、700億円もかけて戸別訪問をするという前時代的な方法を維持せざるを得ないのだという。
 今回の提言では、子会社との業務委託のあり方にもメスが入れられた。
 NHK本体の予算は国会審議を経ているが、子会社の内実は不透明。
 ここが、経営合理化が一向に進まない元凶だ。
 いまのところ、有識者会議の提言のレベルであり、具体的な改革につながるかどうかは不明。
 だが、これは1放送局の経営の問題では済まない。
 国民全体の生活に直結する重大テーマだ。
 岩盤にようやく穴が開けられようとしていることを歓迎したい。

 もう1つの記事は、NHK受信料をめぐる裁判。
 東京地裁で画期的な判決が出た。
 NHKを視聴できないテレビを自宅に設置した者には受信契約の義務がないことを裁判所が認めたのだ。
 原告の女性は、NHKの放送信号を弱めるフィルターを作っていた大学准教授からNHKの映らないテレビを3000円で購入したという。
 NHKの主張としては、テレビの構造上は放送を受信できる機能が保たれており、電波増幅のブースターを付ければ元に戻すことが簡単にできるので、契約義務がある、というもの。
 これに対する裁判所の判断は、新たな出費をして手を加えなければ受信できないテレビは、NHKを受信できる設備とは言えない、とした。
 この判決は、ごくごく常識的で当たり前の判断を示しただけのように感じる。
 だが、これまでの受信料をめぐる裁判に比べると、NHKが完全敗訴になった珍しい例なのだそうだ。
 現行の放送法に基づいた受信料制度そのものに無理がある。
 受信料制度そのものの見直しの気運が高まることを期待したい。
 
 
 
 
 
posted by 平野喜久 at 11:04| 愛知 ☀| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月25日

アメリカで感染再拡大

 本日の日経新聞記事による。
 アメリカでは新型コロナウィルスの完成が再拡大期に入ったという。
 3月中旬から急激に感染拡大が広がり、4月にピークを迎え、5月で減少傾向がみられていたが、6月に入って再び感染が拡大している。
 今では、1日に28,000人もの感染者が出ている。
 
 一時期は感染拡大の中心地はニューヨークやワシントンDCなど東海岸の都市だったが、今まで感染拡大を経験してこなかった西部や南部で感染が広がっているらしい。
 西部アリゾナ州では、人口10万人当たりの新規感染者数が38人と、1か月前の5倍に増えた。
 このままいくと、4月に爆発的な感染拡大を起こしたニューヨーク州と同じルートをたどりそうだ。
 南部のフロリダ州も同じ期間に3倍に膨らんでおり、予断を許さない。
 
 ロックダウンによる景気悪化を懸念した政府は、十分な感染収束を見ないまま経済再開にかじを切った。
 その結果が如実に表れている。
 運悪く黒人差別に抗議するデモも全国で行なわれ、感染拡大を助長しているように見える。
 大統領選の真っただ中で、大規模な選挙集会が行われており、驚いたことに誰もマスクをせずに狭い会場に密集している。
 会場入り口では、検温や消毒を行い、入場者には全員にマスクを配っているのにもかかわらず、誰もマスクをしない。
 第一、候補者のトランプ氏自身がマスクを拒否し続けている。
 どうやら、マスクをつけるのは弱さの表れという見方があるらしい。
 強いリーダーを見せたかったら、マスクは不要というわけだ。

 いまやアメリカの累計感染者は230万人を超え、死者は12万人に達している。
 この数字は今なお増え続けており、第2波の到来で死者は20万人を超えるだろうと予想されている。
 パンデミックは1国だけの問題ではない。
 日本国内で感染が収まったとしても、終息には至らず、世界の別のところの流行が日本へ波状的に襲ってくる。
 世界の感染状況を見ると、パンデミックの終息は簡単ではないと覚悟せざるを得ない。

posted by 平野喜久 at 15:36| 愛知 ☁| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月01日

第2波への備え:パンデミックBCP

 緊急事態宣言が全面解除されて1週間、新しい日常が動き始めた。
 事業者への休業要請は大幅に緩和され、学校も再開。
 元の日常に復帰したわけではなく、第2波の警戒をしながら、日常を取り戻していくステップに入った。
 街中の人出も少しずつ増えてきた。
 臨時休業だった飲食店も開き始めた。
 観光地には近隣の人たちが訪れるようになってきた。
 電車やバスなどの公共交通機関にも人が戻ってきている。
 ただ、北九州市のように、解除と同時に急に感染拡大を見せる地域もあり、緊張感は緩められない。
 
 この新型コロナウィルスがどの程度の季節性があるのかは不明な点が多い。
 だが、過去の感染症の事例から、夏場に一旦小康状態になるという希望的観測があった。
 いま、まさにその希望的観測通り、日本は小康期を迎えている。
 
 新型感染症の状況は刻々と変化する。
 その変化のフェーズごとに名前が付けられている。
 
海外発生期→国内発生早期→感染拡大期→蔓延期→回復期→小康期

 これは新型インフルエンザを想定したフェーズ設定なので、今回のコロナウィルスについては、公式に使われていない。
 しかし、このフェーズ設定は、日本国内における状況認識のために非常に分かりやすい。
 今回のコロナ感染をこのフェーズにあてはめると、次のようになる。
 
12月〜1月:海外発生期
2月〜3月:国内発生早期
4月:感染拡大期
5月:回復期
6月〜:小康期

 緊急事態宣言の発出中は、感染拡大期〜回復期に当てはまる。
 日本では幸いにも蔓延期がなかった。
 いま、小康期にあるが、これで終息に向かうのではなく、いつ第2波が来るか分からない状態だ。
 第2波が始まったとすると、再び感染拡大期に入ることになる。
 そして、蔓延期、回復期、小康期と進んでいく。
 感染拡大期から小康期のループを何度か繰り返しながら終息に向かうことになる。

 第1波はたまたま蔓延期がなく済んだ。
 第2波はどうなるか分からない。
 過去の経験からは、第1波よりも第2波が大きくなるケースがあった。
 また、第1波で感染ダメージの小さいところほど、第2波の被害が大きくなるというパターンも知られている。
 第1波の様子から、第2波も同じような対応で十分と判断するのは危険だ。
 新型コロナに、インフルエンザのような季節性があるとすると、これから夏場はしばらく小康状態が続き、秋から冬にかけて第2波が始まることが予想される。
 この小康期は、いままでの遅れを取り戻し、第2波への備えをする貴重な時間だ。

 企業としては、第2波で来るかもしれない蔓延期の備えがいる。
 この蔓延期というのは、日本国内で感染爆発が起きている状態だ。
 市中感染がいたるところで発生し、医療現場は崩壊し、実際に従業員の中に感染者や重症者が出始める状況と考える。
 この時、企業として考えるべきは、職場で集団感染を起こさないこと、重要業務を維持することだ。

 蔓延期に、我が社はどのように業務を行なっていくのかについて、いまのうちに検討しよう。
 従業員一人ひとりが守るべき行動ルールも、いまのうちに整備しておこう。
posted by 平野喜久 at 09:41| 愛知 ☁| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月27日

郵便局の営業時間短縮は妥当か:新型コロナ対策

 急ぎの書留郵便物があったので、16時過ぎに郵便局に出かけたら、なんと15時に閉店した後だった。
 しかたないので、翌日朝一番で出そうと思って、9時に出かけたら、営業開始は10時からとの張り紙。
 10時まで待つことはできず、先を急ぐ。
 結局この日も郵便を出せず、3日目にしてようやく出せた。

 新型コロナ対策として営業時間を短縮しているのだが、果たして郵便局の時短は意味があるのか。
 飲食店やパチンコ店が営業自粛したり、時間短縮したりするのは意味がある。
 店が開いていれば、どうしても客が来てしまい、そこで感染リスクが発生してしまうからだ。
 閉まっていれば、諦めようとなる。
 諦めたとしても、問題はない。

 ところが、郵便局は事情が違う。
 人びとは郵便局に暇つぶしに来ているわけではない。
 必要があるから来るのだ。
 郵便局が閉まっていたからといって、郵便を出すのを諦めるということはありえない。
 営業時間が短縮すると、その限られた時間に利用客が集中する。
 むしろ、3密状態をわざわざ作っていることになる。
 すると、利用客にとっても、郵便局職員によっても感染リスクを増大させていることになるのだ。

 基本的なインフラにかかわる事業者は、コロナ禍においても極力通常営業を維持する方向で対策すべきではないか。
 
 
posted by 平野喜久 at 10:24| 愛知 ☔| Comment(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする