2017年03月30日

雪崩事故:責任者のリスク認識

 8人もの若い命を失う重大な結果を招いた栃木県那須町の雪崩事故。
 この事故の論点は2つ。
 1つは、なぜ雪崩発生のリスクがあるのに雪山訓練を決行したのか。
 もう1つは、なぜ事故発生の通報が遅れたのか。

登山講習会責任者が会見を開いた。
 訓練決行の理由については、「絶対安全との認識があったため」と発言した。
 前日の報道で雪崩発生の可能性を認識していたが、雪崩の発生しそうな場所は分かっているので、そこを避ければ安全であると判断したようだ。
 「100%か」と問われ、「100%だ」と答えていた。
 世の中に「絶対」とか「100%」などということはめったにあるものではないが、この責任者は安易にこの言葉を使う。
 すべての間違いはこの「絶対安全」との認識から始まっている。
 リスクを認知していなければ、それに対する備えをすることはなくなってしまう。
 遭難時用のビーコンを生徒らに持たせなかったのも、遭難リスクを認知していなかったから。
 本部で緊急事態に備えた心構えができていなかったのも、遭難リスクを認知していなかったから。

 彼は、登山歴20年のベテランだ。
 どうしてそのような人物が雪山リスクを正しく認知できなかったのか。
 もしかしたら、自らの経験が判断を誤らせたのかもしれない。
 経験豊かな人が判断を間違うということは往々にしてある。
 むしろ、経験豊かだからこそ間違うということも起きる。
 その経験が偶然の成功体験しかなかったら、その経験則は、間違った判断しかもたらさない。
 
 彼は、同じ場所で過去に同じような訓練をした経験があるという。
 そして、その時には何も問題は起きなかった。
 この成功体験が判断を誤らせたのは間違いない。

 当日、早朝、天候が悪いために、通常登山は無理と判断し、「ラッセル訓練」に切り替えたという。
 前日の雪崩注意の報道、そして当日の荒天。
 そのために、登山を避けるべきというリスク判断をした。
 ここまではよかった。
 だが、ラッセルなら絶対安全という認識に至る経緯が理解不能だ。

 問題の2つ目は、通報が遅れたこと。
 この理由は、よくわからない。
 本部が遭難を知ったのは、最終班の教員が本部に駆けつけて通報したことによる。
 そのために、雪崩発生から警察への通報に50分もかかることになった。
 各班の教員は、それぞれ無線機を携帯し、何かあればただちに本部に連絡できる体制になっていた。
 なのに、なぜ、雪崩に巻き込まれた先頭班の教員らは、ただちに無線連絡しなかったのか。
 教員らも雪崩に巻き込まれ、無線連絡できる状態ではなかったとしても、2番班、3番班の教員たちは、ただちに無線連絡できたはず。
 今回、最終班の教員が本部に駆けつけたので、緊急事態を知ることができたが、もし、それがなかったら、さらに救助が遅れたはずだ。
 会見では、無線連絡がなかった理由はよくわからないとのことだった。
 ただ、無線機を車の中において、他の作業をしていた時間帯が10分ほどあったことを明かしていた。
 
 このあたりもあまりにも不自然な印象を受ける。
 たぶん、雪崩発生を受けて現場の教員らは直ちに本部へ無線連絡を試みたに違いない。
 雪崩に巻き込まれて、教員にそんな余裕がなかったとしても、離れた場所にいる教員は何が起きたかすぐにわかり、それをただちに無線連絡することは可能だ。
 1班から5班までのすべての引率教員が無線連絡を失念していたなどということはあり得ない。
 特に最終班の引率教員が本部に駆けつけて緊急事態を知らせたのは、無線が通じなかったからではないのか。
 もしかしたら、本部ではまったく無線が通じない状態にあったことを疑わせる。
 たとえば、無線機の近くに誰もいなかったとか、無線機の電源が切られていた、とか。
 「絶対安全」との認識だったのだから、そうなっていたとしても不思議ではない。
 すべての間違いは、責任者のリスク認識にあったと言わざるを得ない。

 最終班の教員が本部に駆けつけたのはせめてもの救いだった。
 この教員が、「どうせ誰かが本部に通報しているだろう」「無線が通じないのは既に本部で緊急対応が始まっているからだろう」などと憶測してしまっていたら、対応は更に遅れていた。

 最後に、責任者の記者会見について。
 たどたどしい語りだったが、まるで人ごとのように軽々しく話しているという印象を受けた。
 たぶん、彼自身、ことの重大さをまともに受け止め切れていない感じだ。
 「どうして、こんなことになってしまったのだろう」と訳が分かっていない様子に見えた。
 最後、隣にいる人に促されて、立ち上がって頭を下げていた。
 その姿が痛々しい。



 
 

 
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2017年03月26日

森友問題:本当に政権崩壊の恐れ

 籠池氏の証人喚問で、新たな人物名やFAX文書などの具体的な物証が明らかになり、騒動は拡大しつつある。
 本質の問題が拡大しているというより、周辺事情でいろいろな情報が取りざたされるために焦点が拡散してしまっている印象だ。
 メディアは、周辺事情の方が話題性があるため、「誰が嘘を言っているのか」という謎解きの面白さを強調しながら視聴率を稼いでいる。
 「総理や総理夫人が関与していることが判明したら総理退陣」という総理自身の発言があったために、この1点に野党と一部メディアの関心は集中している。
 テレビの情報番組では例外なくこの森友問題を取り上げるようになっているが、登場する識者が問題の本質に迫る発言をしても、そこに論点が移ることはまずない。
 あらかじめ用意されていたボードには、総理夫人と籠池氏とのやり取り、総理夫人と籠池夫人とのメールのやり取り、総理夫人付き秘書と籠池氏とのやり取りばかりが表示されており、話題はそこに集中する。
 司会者の「誰かが嘘を言っているはず。さて、真相はどこにあるのでしょうか」と大げさに煽る。

 総理夫人と籠池夫人との間で、メールのやり取りが頻繁に行われていて、証人喚問で籠池氏は「2月中は22回、3月に入ってからも15,6回行われている」と証言し、会場がどよめいた。
 籠池氏が「総理夫人から口止めともとれるメールをいただいた」と言ったことから、このメールに関心が集まることになる。
 そのメールを公開してもいいか、と籠池氏に質問したところ、「いい」という返答。
 総理も、総理夫人も公開を了承したため、公開されることとなった。
 ところが、直前になって、民進党から待ったがかかる。
 政府が公開したメール内容が、本物であるという確証がない、ということらしい。。
 このメールは国会には提出されなかったが、メディアには公開されたらしい。
 あるメディアが早々にネット上に全文をアップした。
 それを見ると、ほとんど籠池夫人からの一方的な愚痴と要求だった。
 内容が長文にわたっているので、何回にも分けでメールが送られており、それで、メール数があれほど大量になっていたのだ。。
 一方的なメールに、時々、総理夫人がメールを返信しているといった感じだ。
 その総理夫人の返信も、一方的な要求に戸惑いながらも、相手の感情を害さないように気遣いながら、なんとかやり過ごそうと苦慮する姿が見える文面だった。
 「口止め」を感じさせる文面はかけらも見られない。
 
 ところが、この公開されていたメール全文が、突然削除された。
 その後は、どのメディアも、全文から抜粋したやり取りだけを抜き出して紹介するというスタイルになる。
 メディアによってどの部分を抜粋するかが違うので、どのように報道するかでイメージが全然違って感じられる。
 これは、もはやメディアによる印象操作の域に達している。
 
 さて、一時、ネット上に全文公開していたメール全文は、いまでもネット上に画像データとして拡散している。
 そこには、民進党議員の実名が登場する。
 籠池夫人のメールの中で、呼び捨ての形で登場するのだ。
 民進党が公開に反対し始めた理由はこれだったことがここで分かった。
 民進党は一切、このメールについては、触れなくなった。
 メディアにも、このメールの内容はでたらめだから拡散しないように働きかけたようだ。
 それで、今では、一部抜粋の形での紹介になっているようだ。

 いまのところ、森友学園への国有地の払い下げについて、政治家の口利きがあったという根拠は1つも見つかっていない。
 ただ、籠池氏が「たぶん、口利きがあったのだろうと思う」と言っているだけ。
 まして、総理や総理夫人が口利きを行なったなどと本気で思っている人は、もはや誰もいないだろう。
 いま、野党側の焦点は「総理夫人が関与していた」という1点にある。
 関与といっても、積極的に働きかけたということではなく、最大に見積もっても、秘書に頼んで関係省庁に聞いてみただけ、というところが限界。
 当初は、「これほどの値引きが行われるのは不自然であり、何らかの働きかけが行われていたのに違いない」との見込みで、野党側の追及が行われたが、働きかけを行なった痕跡が見つからない。
 そこで、「積極的な関与」から「広義の関与」に切り替わった。
 「具体的に働きかけを行なっていなかったとしても、総理夫人と関係があったというだけで、国有地の払い下げ判断に影響を及ぼしたはず」という理屈になった。

 このフレームのずらし方は、慰安婦問題に酷似する。
 当初は、「日本軍が慰安婦を強制連行し、慰安所で働かせた」というフレームで話が始まった。。
 ところが、その根拠が1つも見つからない。
 ようやく見つかった唯一の証拠は、日本軍が出した慰安所の運営に関する通達文書だけ。
 この文書の内容は、慰安所の衛生管理と慰安所経営業者の不正を取り締まるという通達内容だった。
 唯一の証拠は、日本軍が少女を強制連行したとも、慰安所で働かせたとも言っていない。
 そこで、いつの間にか、「日本軍が関与していたことは事実」として、独り歩きすることとなった。
 実態は、日本軍が慰安所業者を取り締まっていたことを、「日本軍の関与」とし、まるで、日本軍が慰安婦を強制連行したかのようなイメージだけを拡大させることに成功した。

 今回の問題もそっくりな構図だ。
 総理夫人の積極的な関与を示す根拠が見当たらない。
 そこで、関与の解釈を拡大していった。
 秘書が関係部署に問い合わせたことをもって、「関与あり」と認定。
 そこからは、国民のイメージが勝手に拡散するに任せるだけでいい。
 「総理や総理夫人の影響で、国有地が不当に安く払い下げられた」というイメージが勝手に作られ、いつの間にか定着する。
 野党側は、これを狙っているように見える。
 いまのところ、野党側はせっかくつかんだ安倍政権への攻撃材料を簡単に手放すつもりはない。

 自民党側は、細かい事実関係を詳細に説明し、実態はそんなレベルの関与ではなかったことを主張しても、それはメディアに乗りにくい。
 ややこしい話は「受けが悪い」からだ。
 野党側のストーリーの方が単純で分かりやすい。
 メディアも単純ストーリーの方が説明しやすいし、興味深い演出ができる。
 「よく調べたら何も不正常な取引はありませんでした」では、収まりがつかなくなっている。
 この問題は、自然鎮静化することはない。
 中途半端に幕引きを図ろうとすると、あの慰安婦問題のように、長期に影響を及ぼす根の深い問題として定着してしまいかねない。
 慰安婦問題は、当初の日本政府は「いずれ真実は明らかになる」と軽く考え、安易な弥縫策を繰り返した。
 このことが、問題を深刻化させた。
 森友問題も、対応を間違えると、本当に政権崩壊につながりかねない根の深い問題になってしまいそうだ。

 
 
 

 

 
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2017年03月24日

籠池氏証人喚問:問題の本質は安倍夫人ではない

 昨日、籠池氏の証人喚問が行われた。
 いままで、籠池氏の参考人招致すら拒否し続けてきた自民党だったが、籠池氏がマスコミや野党議員の前で、不規則な発言を繰り返すようになり、その中に、安倍総理や総理夫人の関与を疑わせるような話が飛び出すようになったために、急遽、証人喚問ということになったようだ。
 自民党としては、放置しておくと、籠池氏はマスコミの前で言いたい放題になってしまうので、嘘をつけない証人喚問の場で発言させて、その真偽を正そうとしたのだろう。
 だが、結果として自民党の思わくは裏目に出た。
 籠池氏は、そんなやわな人物ではなかった。
 彼は国会の場で、ますます言いたい放題であった。

 この証人喚問で、籠池氏の思いがよくわかった。
 小学校設立に向けて、時間をかけて奔走してきた。
 その過程で、いろんな人に声をかけ、協力や支援を仰ぎ、理解をいただきながら進めてきた。
 そして、ほとんど完成し、4月開校を目前にして、その夢が瓦解した。
 いままで好意的に応援してくれていると思っていた人々が、掌を返すように離れていく。
 一番敬愛している安倍総理にまで「しつこい人」と言われ、その衝撃から、ついにスイッチが入れ替わった。
 我慢の限界を超えたようだ。
 自分一人が悪者にされ葬り去られてなるものかと、「怨念」ともいうべき情念を感じさせる答弁だった。

 各党の代表者による質疑は、いずれも迫力を欠いた。
 自民党の西田議員は、国会質問で、証拠を1つずつ出しながら相手を追い込んでいく手法を得意とする。
 だが、いつもと勝手が違う相手に本領を発揮できなかったようだ。
 100万円の受け渡し場面の証言が、安倍夫人の言っていることと違うことを指摘しようとするが、籠池氏は、その場面には自分と安倍夫人しかいなかったという設定をしており、本人の証言しか証拠が存在しない。
 矛盾を指摘しても、「私の言っていることが正しい」と堂々と断言させるだけで終わってしまった。
 籠池氏は、反証しようのない事項については、堂々と断言し、危ない事項については、答弁拒否という手段に出た。
 実に巧みであった。
 与党議員は、「籠池氏はでたらめな人物である」というイメージを浮き彫りにしようとし、野党議員は、「安倍夫人が深くこの問題に関与していた」というイメージを印象付けようとした。
 野党議員の関心は、安倍夫人の関与のところにしかない。

 そもそも、この問題を大きくしたのは、安倍総理の国会答弁がきっかけだった。
 「この問題に自分や妻が関与していたら、総理大臣も国会議員も辞める」
 これで、野党が浮足立った。
 安倍夫人が少しでも関与していた事実を1つでも見つけることができれば、安倍政権を倒せるのだ。
 いままで、圧倒的な強さを維持してきた安倍政権。
 攻撃材料がなく手詰まりだった野党の目の前に、いきなり黄金の斧が降ってきたのだ。
 これを使わない手はない。
 それで、この証人喚問でも、安倍夫人がいかにかかわっていたかに集中して発言を引き出していた。
 籠池氏も、安倍夫人といかに深い関係にあり、同じ思いで小学校設立に向けて取り組んできたかということを言いたいがため、野党質問への答弁は、ことのほか弁舌なめらかであった。
 今回の騒動は、安倍総理自身の失言が増幅したといってもいい。

 与野党議員の思わくがこんなところにあるため、問題の本質に迫れるはずがなかった。
 なぜ、国有地がこんなに安く払い下げられることになったのか。
 こんな怪しげな小学校設立に「認可適当」などという審査結果がでたのか。
 ここが本質のはずだが、これらは、行政側の問題であり、籠池氏をいくら追及しても、答えは得られるはずはない。
 証人喚問で、籠池氏は「驚いた。神風が吹いた」と言っていたが、この程度の理解しかなかった。

 だが、今回の証人喚問の中で、この本質に迫る場面がなかったわけではない。
 1つは、自民党・葉梨議員の質問。
 彼は、なぜ国有地払い下げがこれほど安く実行されたのかをボードを用意して説明していた。
 小学校予定地だけではなく、隣接する土地も別の団体に払い下げられており、その金額も同様に大幅に値引きされていた。
 それは、地中に廃棄物が埋設されておりその処理にどれほどのコストかわからない土地であることが原因で安く処分されていたらしい。
 森友学園にだけ不当に安く払い下げられたわけではないのだ。
 むしろ、森友学園の値引き幅は、他よりも少ないぐらいだったという。
 籠池氏は、金額の安さに驚いている場合ではなく、「なぜ、うちだけ値引き幅が少ないのか」と文句を言わなければいけない立場だったのだ。
 だが、葉梨氏は、この事情を説明するだけで、次の話題に移ってしまった。
 せっかくテレビ向けにボードまで用意し、最大の見せ場であったにもかかわらず、だ。
 ここは葉梨氏のミス。
 「この事情を知っていたか」と籠池氏に問いただすべきだった。
 そして、「これは、あなたに神風が吹いたわけではなく、順当な手続きでこうなっただけ」ということを認めさせればよかったのだ。
 この葉梨氏の重要な指摘は、質問の形になっていなかったため、籠池氏の答弁がなく、そのためにマスメディアでは取り上げられることがない。
 葉梨氏は惜しいことをした。

 だが、問題の本質はここにある。
 今後、行政側の人物の参考人招致が予定されているという。
 その中で、葉梨氏の挙げたような事情が明らかになってくれば、「政治家の関与で国有地が不当に安く売却された」という疑惑は一気に消滅する。
 今回の森友学園問題は、もともと問題といえるほどの内容すらない案件だったのではないか。




 
 
 
posted by 平野喜久 at 22:55| 愛知 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月25日

情けない繊維統計不正操作:経産省

 経産省の奇妙な不正が発覚した。
 繊維製品の在庫量などを調べる「繊維流通統計調査」で長年、実態と異なる数値を記載していたという。
 40超の品目ほぼ全てで改ざんがみられ、10年以上前の数値がそのまま記載され続け、実際の数値と最大で10倍程度の差が生じた例も。
 経産省から業務を請け負う業者の告発があり、不正が発覚した。

 なぜ、こんな不正が行われていたのかというと、統計データが十分集まらなかったため、適当に作ってしまったというのが実態らしい。
 調査は行われていたようだ。
 だが、調査票を配っても有効な回答数が限られ、統計として発表するほどのボリュームにならない。
 そこで、前年の数値をそのまま流用するというような操作が行われた。
 中には、10年以上も同じ数値で推移している項目もあるという。
 前年データの流用を繰り返すうちに、実態とかけ離れた統計データが毎年発表されるという事態に至った。
 あまりにも実態と乖離しすぎたことに担当者も気づいていたらしく、統計数値を毎年修正しながら、実態に近づけていく操作も行われていたという。
 突然、数値が激変すると、その部分が目立ってしまい、理由を問われるからだろう。
 ただただ、問題が表面化しないようにごまかし続けようという痕跡だけが見える。

 このデータ操作の不正が奇妙なのは、動機があまりにも低次元だからだ。
 データ不正は、いままでもいろんなケースが発覚した。
 自動車の燃費偽装、耐震ゴムの性能偽装、医薬品の臨床データ偽装など。
 だが、これらはすべて民間企業による不正であり、その目的は、自社製品の性能を実態よりもよく見せようとする偽装であった。
 ところが、経産省の統計データの偽装には、そのような目的は存在しない。
 統計データを実態よりよりよく見せる必要はまったくないからだ。
 ならば、なぜデータ不正が行われたのか。
 それは、ちゃんとデータ収集できなかったことをごまかすため、だ。
 本来なら、まともなデータ収集ができないことを問題として取り組まなくてはいけないはず。
 調査方法が悪いのか、それとも、繊維業者が減少傾向にあり統計データを収集する規模でなくなっているのか。
 この問題を解決しようとすると、さらに大きな課題を背負い込むことになり、経産省の役人としては、触りたくなかったのかもしれない。
 意味のない統計だったら、廃止すればいいが、それにも正当な理由付けが必要であり、役人としてはエネルギーがいる。
 一番楽なのは、前例踏襲。
 それは、前年のデータを流用し続けて、目先をやり過ごすというやり方だった。
 担当者は、数年ごとに配置転換になる。
 誰も、自分の任期中に面倒なことをしたくない。
 問題があると分かっていても、それを先送りした方が、自分としてはコストが少ない。
 それで、このような奇妙なデータ不正が起き、それが継続する。
 いったい、これにかかわった役人らは、何のために働いているのだろう。
 役人の情けない実態を垣間見るような不正事件であり、脱力することこの上ない。

 経産省は、データ操作にかかわった職員計7人に対する処分を決めた。
 課長級を含む管理職4人は内規で最も重い「訓告」。
 4人のほかに業務を担当していた職員3人が口頭で「厳重注意」を受けた。
 これでも、役人の処分としては、最大級の重い処罰なのだという。



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2017年02月22日

アスクル倉庫火災:社会的責任

アスクルの物流倉庫火災。
 6日たった今朝、ようやく鎮火となった。
 延べ床面積およそ7万2000平方メートルのうち、これまでに東京ドームとほぼ同じ広さの4万5000平方メートルが焼けたという。
 窓のほとんどない倉庫で、消火活動がままならず、壁の一部を壊しながらの放水だったが、効果は限定的だった。
 倉庫内の物資が燃え尽きたところでようやく鎮火に至ったといった印象がある。
 周辺住民へは避難勧告が出されており、それもようやく解除されることになる。

 今回の火災事故には疑問点がいくつかある。
1.なぜ出火したのか。
2.なぜ初期消火できなかったのか。
3.なぜ鎮火まで長期化してしまったのか。

 今回の火災は、アスクルの通販業務に影響を及ぼしたが、それよりも、長期化したことにより地域社会への影響が大きかった。
 社会的責任を果たすためにも、原因の究明と再発の防止が求められる。
 アスクルは本日午後に記者会見を開くらしい。
 疑問点に対して明確な回答ができるかどうかが注目される。




 
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2017年02月21日

レジリエンス認証の取得と目指すメリット

 内閣官房のウェブサイトに、レジリエンス認証を取得した企業が公開されている。

国土強靱化貢献団体認証 認証取得団体一覧表
http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/kokudo_kyoujinka/ninshou_dantaiichiran.html

 レジリエンス認証を取得した企業は、正式には「国土強靭化貢献団体」として認証されている。
 国の推し進めている「国土強靭化政策」に貢献している団体という位置づけだ。
 内閣官房のウェブサイトは、日本国内で最もページランクが高い。
 つまり、検索エンジンにとって、サイトの信頼性が最も高いと評価されているページだ。
 その内閣官房のウェブサイト上で、企業名が公表されているのは、企業PRの点で、非常に価値が高い。

 一覧表を見ると、あまりにも東京都に偏りすぎているきらいがある。
 第1回、第2回、合わせて現在までに64社の登録があるが、そのうち、愛知県の企業は、たった4社にとどまる。
 私が顧問をしている企業はこの内の1社だ。
 以前からBCPのお手伝いをさせていただいてきたが、取り組みの成果を形として残すために、レジリエンス認証への申請をご提案した。
 愛知県はBCPの取り組みが進んでいる地域ではあるが、その割にレジリエンス認証の広がりが遅い。
 本年度に始まったばかりの制度であることもあり、まだ、認知度が低いのかもしれない。
 しかし、国は、この制度を積極的に推し進めようとしており、初年度は100件ぐらいを目指し、今後は加速度的に認証団体を増やしていく意向だ。
 首都直下地震や南海トラフ巨大地震は目前に迫っており、国を挙げて災害への備えが求められる状況にあるからだ。

 従来は、災害対策と言ったら、行政が取り組むべきことという認識だった。
 だが、行政だけの努力でどうにかなるものではないことがあきらかなので、住民の自助も呼びかけかれるようになった。
 現実には、これだけではだめで、民間企業の果たす役割が大きいことが認識されるようになってきた。
 地域経済が復旧しなければ、住民の生活基盤が失われてしまい、地域の復興は成功しない。
 地域経済を守るのは、行政でも住民でもなく、民間企業なのだ。
 いざというときに民間企業が生き残り、いち早く復旧することが、その街の再生に欠かせない。
 それで、国が本腰を入れて「レジリエンス認証」を推し進めようとしているのだ。

 この認証制度は、今後は、国の強力なバックアップで、ますます認知度が高まっていくだろう。
 BCPの取り組みは、いまやどの企業でも避けて通れない重要課題となりつつあり、このレジリエンス認証は、まずは最低限クリアすべき目標として非常に使い勝手がいい。
 いままでは、BCPは各社が勝手なやり方で勝手なレベルで対策していたが、それに、ある程度客観的な基準ができたことになる。
 「レジリエンス認証」がその企業の信頼性を証明する指標になりうる。
 ISOのようなその企業の信頼性を表す指標として位置付けられれば、一気に広がっていくことが予想される。
 業界によっては、爆発的な広がりになっていくだろう。
 取り組むとしたら、いまが、トップランナーに加わる絶好のチャンスといえる。

 レジリエンス認証は、地道にBCPに取り組んでいる企業であれば容易に取得できる。
 しかし、今日取り組めば、明日には取得できるというほどいい加減なものではない。
 実質的な活動が行われているかどうかは厳しく審査される。
 それだけに、認証取得できたということは、中身のある取り組みが行われている証明でもある。
 逆に言うと、このレジリエンス認証の審査に合格するぐらいでなければ、そのBCPの取り組みは意味がないともいえる。
 まじめにBCPに取り組んできた企業、または、これから本格的にBCPに取り組もうとする企業は、ぜひ、このレジリエンス認証に挑戦してほしい。
 この認証には挑戦するだけの価値がある。



 
posted by 平野喜久 at 16:25| 愛知 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | リスクマネジメント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月26日

韓国の寺に所有権:韓国地方裁判所

 韓国の大田地方裁判所が不思議な判決を下した。
 長崎県の対馬市の観音寺から、韓国の窃盗団によって盗まれた仏像「観世音菩薩坐像」について、韓国の寺に所有権があることを認め、韓国政府に対して仏像を引き渡すように命じた。

 この仏像は、韓国の窃盗団が2012年に対馬から盗み出し、韓国に持ち込んだ。
 窃盗団は韓国で捕まったものの、この窃盗団が「日本が盗んだものを取り返しただけだ」と言ったことから韓国世論が沸騰。
 窃盗行為を正当化し、窃盗団を英雄視する声が出始めた。
 日本政府の返還要求で、2体のうちの1体は返還された。
 だが、もう1体がそのまま韓国政府預かりになり、日本に返還されないままになっていた。
 そうこうしているうち、韓国の地裁から、日本の観音寺が仏像を正当に取得したことが証明されるまで、日本側への返還を差し止める仮処分が出て、身動きが取れなくなっていた。
 膠着状態の中、韓国の浮石寺が新たに提訴。
 韓国政府に対して、早期引き渡しを要求し、裁判所がそれを認める判決を出したという次第。

 浮石寺の所有権を認める理由は、「仏像は贈与や売買など正常な方法ではなく、盗難や略奪で(対馬市の観音寺に)運ばれたとみるのが妥当だ」とのこと。
 なぜ、盗難や略奪によると判断されるかというと、14世紀の朝鮮半島では倭寇という海賊が略奪行為を繰り返していたから。
 仏像に焼け焦げた跡があるのも、倭寇による略奪の証拠らしい。
 また、仏像に贈与や売買の記録がないことも判断材料となったという。

 まことに不思議な判決だ。
 何かの冗談か。
 韓国の裁判所は、いつもこの程度の判決を下しているのか。
 それとも、日本に関係することになると冷静な判断ができなくなるのか。
 今の窃盗事件を、14世紀の海賊行為に比肩して正当化するとは、まともではない。
 対馬から盗まれた仏像であることは明確である以上、まずは、対馬の観音寺に戻すのが常識的な判断だろう。
 韓国から日本へ仏像が渡った経緯に問題があり、韓国へ戻すべきだと主張するのなら、仏像を対馬に戻したうえで、改めて日韓政府間で交渉するというステップになる。
 だが、韓国で作られたものが日本にあるというだけで、反日感情に火が付き、冷静な議論は吹き飛んでしまう。
 裁判所は、いろいろ根拠を挙げているが、この程度の根拠で、所有権は浮石寺にありと判定する理屈が理解不能だ。
 法と根拠による冷静な判決というより、韓国世論の反発を受けないように、無理やり理屈を作ったという感じだ。
 地裁レベルでは、強力な世論に抗うパワーはなく、上級審へ丸投げして逃げたのだろうか。

 今回の判決は、韓国政府が敗訴した形だが、はたして政府が控訴するかどうか。
 控訴すれば、韓国世論の反発が激しい。
 かといって、このまま放置すると、判決が確定してしまう。
 そうすると、外国から盗んだ仏像を韓国の寺の所有物にするという非常識極まりないことを韓国政府が認めることになる。
 これには国際世論がびっくりだろう。
 韓国政府は、常に、国内世論と国際世論の板挟みにあって苦しんでいるように見える。



 
 
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2017年01月25日

なんでも鑑定団の内容に異論:曜変天目茶碗

 テレビ東京の看板番組『開運!なんでも鑑定団』。
 20年以上も続く人気長寿番組だが、それに騒動が持ち上がった。
 昨年12月20日の放送で、「曜変天目茶碗」が出品され、それが本物と鑑定され、2500万円の値段が付いた。
 ところが、放送直後から、あちこちから疑問の声が上がることになる。
 世界に3点しか見つかっていない曜変天目茶碗の4点目が見つかったのであれば、国宝級であり、その価値がたったの2500万円なんて安いはずがない。
 既に国宝指定されている他の曜変手目茶碗に比べると、まったく似ていない。
 そもそも、これは本物なのか。

 専門家も黙っていない。
 曜変天目を長年研究してきた陶芸家からは、「どう見ても中国の商店街に売られているまがい物にしか見えない」と厳しい指摘。
 中国陶磁器の研究をしている大学教授も、「本物である可能性は低い」とにべもない。
 この騒動は、海外へも飛び火し、中国からも異論が出ているという。

 「開運!なんでも鑑定団」は、ただの娯楽番組に過ぎない。
 一般の人が、自慢のお宝を持ち寄って、鑑定士に値段をつけてもらい、思いのほか高値がついてびっくりしたり、まったくの偽物との鑑定で大笑いになったり。
 その場の、たわいもない喜怒哀楽を楽しむのが目的。
 その内容に、専門家がむきになって反論するほどのものではない。
 
 だが、今回はただの笑い話では終わらなくなった経緯がある。
 それは、番組の放送前に、テレビ局がプレスリリースを流していたのだ。
 「番組始まって以来の最大のお宝発見!」
 国宝級のお宝が出るということで、番組放送前から注目が集まっていた。
 専門家も関心を寄せるのは当たり前だ。
 そうなれば、さまざまなところからいろんな意見が出るのは予測できたこと。
 その結果、専門家からも厳しい異論が噴出することとなった。
 これは、テレビ局側が招いた騒動だといえる。

 だが、テレビ局側は、今回の騒動については書面での回答で終わっている。
「鑑定結果は番組独自の見解によるものです。番組の制作過程を含め、この件について特にお答えすることはありません」
 番組内で鑑定した中島氏もコメントを出していない。
 プレスリリースでは、「国宝級の発見」と煽っておいて、問題が起きると「ただの娯楽番組」というところに逃げ込もうとしているように見える。
 
 お宝を出品した所有者のところには、心無い誹謗中傷が押し寄せているという。
 このままでは、出品者が被害者になってしまいそうだ。
 テレビ局が無責任な対応をしているために、出品者が批判の矢面に立たされてしまっている。
 このままうやむやでは済まない状況。
 出品者を守るためにも、番組の信用を取り戻すためにも、きっちりした対応をすべきだろう。




 
posted by 平野喜久 at 10:54| 愛知 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | リスクマネジメント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月13日

国が禁煙強化案:施設内の全面禁煙へ

 厚労省は、飲食店やホテルなどの施設内を原則禁止にする方針を検討しているという。
 3年後の東京五輪を念頭に置いているらしい。
 禁煙対策はここまで来たかという印象だ。
 街中でタバコが吸える場所はどんどん減っている。
 愛煙家にとっては禁煙ファシズムともいえる一方的な強行に不満も大きいだろう。

 高度成長期の1960年代、日本の成人男性の喫煙率は85%もあった。
 健康な成人男性だったら、タバコを吸っていて当たり前と思われていた時代があったのだ。
 電車の客席には灰皿がついていた。
 窓の開けられない新幹線にはいつも煙が漂っていた。
 バスにもタクシーにも灰皿があったのだ。

 会社の会議室に、灰皿は必須の備品だった。
 会議はタバコを吸いながらするものというのが常識で、長引く会議室は常に煙が充満していた。
 応接室には、大理石の灰皿と煙草盆が用意してあった。
 その煙草盆には上等なシガレットと舶来の葉巻が入っている。
 上客が訪れたときは、応接室に招き入れ、お茶を出す前に、まず、「一服どうぞ」と煙草盆の蓋を取ってタバコをすすめるのがビジネスマナーとされた。
 客がタバコに手を出したときは、すかさず火をつけて差し上げる。
 このために、タバコを吸わない人でもライターを持ち歩く必要があった。
 このライターは、男性のステータスを表すグッズになっていた。
 自分のライターで火をつけた場合は、すぐにポケットにしまうのではなく、そのままテーブルの上に置く。
 その場に居合わせた男性のライターがテーブルの上に並ぶことになり、貧弱なライターを持っているものは肩身の狭い思いをする。

 街中での歩きタバコは当たり前。
 小さい子どもを連れ歩く親は、タバコの火が子どもの顔に当たるのではとひやひやした。
 歩きタバコの場合は、吸い殻は地面に捨て、足で揉み消すのが普通だった。
 路上にはあちこちに吸い殻が落ちていた。
 レストランでの喫煙も当たり前。
 タバコの煙が漂っていたのでは、せっかくの食材の香りや風味は台無しだが、喫煙者にとって食後の喫煙こそ至福の時であり、それを禁じるというのは思いにもよらないことだった。

 こんな状況が、80年代まで続いていたのだ。
 それが、いま施設内も全面禁煙を目指すところまで来た。
 この厚労省の方針に対して、外食産業の業界が反発している。
 これでは廃業に追い込まれる、と。
 たしかに、タバコが吸えることを売りにしている喫茶店もあり、そういうところは差別化が難しくなる。
 だが、施設内の禁煙はどんどん進んでおり、多くのレストランは分煙が当たり前になっている。
 高級レストランでは禁煙が当たり前だ。
 施設内が全面禁煙になったとしても、影響は少なそうだ。
 原則は全面禁煙とし、一部の飲食店舗だけ、認可制で喫煙可にすれば対応可能ではないだろうか。

 中国人の投稿動画で、電車の扉が開いた時に、自分の子どもに電車の中からホームに向かって放尿させている親の姿が話題になったことがある。
 日本では考えられない光景だ。
 オシッコをしたくなったら、必ずトイレを探してそこに行くというのが常識だからだ。
 今後、タバコはオシッコと同じになる。
 オシッコをしたくなったからと言って、所かまわずできるわけではない。
 同じように、タバコを吸いたくなったら、喫煙室を見つけ、そこに行くというのが常識になってくるだろう。





 
 

 


 
posted by 平野喜久 at 11:12| 愛知 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月11日

日韓併合前夜はこんな雰囲気だったのか:韓国政府が責任放棄

 今回の慰安婦像の設置は、民間団体が勝手にやっていることで、韓国政府が関与しているわけではない。
 しかし、総領事館前の公共の場所に民間団体が勝手な像を設置するという違法行為を放置しているとすれば、それは政府の責任となり、日韓合意違反となる。
 昨年末に総領事館前に慰安婦像が設置されたとき、一旦、行政措置として強制撤去された。
 ところが、市民団体からの猛烈な抗議に行政側が耐え切れず、一転、設置を黙認することになった。
 この市民団体の猛抗議で政治や行政の対応が動いてしまうところが韓国の実情だ。

 韓国政府は、「当該機関で判断すべき問題」として釜山市に責任を丸投げした。
 釜山市もだんまりを決め込んだため、世論の批判は釜山市東区長に集中した。
 釜山市東区長は、「慰安婦像の撤去は課長がかってにやったことで、私は一度も設置を拒否していない」と釈明した。
 東区長の釈明インタビューの場面が報道されているが、市民団体からの猛烈な抗議に怯えきっている様子が見える。
 政府が外交問題として責任ある対応をすることができず、地方行政に責任を丸投げ。
 釜山市長も東区長も責任を受け止めることができず、結果として、名も知らぬ課長の責任を押し付けるというところまで落ちてしまった。
 誰も責任を受け止める覚悟がないまま、重要案件が漂流し続けている。
 日本側の抗議と毅然とした報復措置によって、韓国政府も何らかの対応をせざるを得ないところに追い込まれている。
 大統領代行を務めるファン首相がようやく政府としての公式見解を発した。
「日韓両政府だけでなく、すべての当事者が、合意の精神を尊重して、関係発展のために努力することが必要だ」
 ほとんど効力のあるメッセージ性はないが、これが、韓国政府として意思表示できる限界のようだ。
 韓国外交部は、釜山市東区に慰安婦像を撤去するように働きかけているらしく、それに対して区長は反発をしている。
「いままで、責任を丸投げしておいて、いまになって撤去せよとは納得できない。撤去するなら自分でやってくれ」
 国内世論と日本との板挟みにあって、責任を押し付けあう姿が見える。
 10日には、韓国政府内で、少女像を設置した市民団体と日本政府が話し合って妥協点を模索することを求める声が出始めたという。
 もう韓国政府としては対処不能と投げ出した格好だ。
 日本政府が直接韓国世論に働きかけ、対処してもらうしか方法がないということだ。
 これは、日本政府に韓国の委任統治を願い出ているようなもので、事態は深刻だ。

 歴史を振り返ると、日韓併合前夜はこんな雰囲気だったのかと思わせる。
 日韓併合は、日本が無理やり韓国を植民地化したと思われがちだが、実態は、韓国側の要請と国際世論の後押しで日本が合邦に踏み切ったというのが実態らしい。
 この日韓併合は、当時の国際社会でも東アジアの安定に資すると受け入れられた。
 ちょうど、今と同じ状況だ。
 韓国政府が日本政府に韓国世論への対処を願い出る。
 アメリカが日本に対応を求め、日本政府が韓国の市民団体と協議の場を持つようなことがあれば、あの日韓併合の再来だ。
 日本は同じ轍を踏むことはないだろう。
 だが、韓国政府は同じ間違いに踏み込もうとしてしまっている。
 あの日韓併合は屈辱の歴史ではなかったのか。
 韓国内の市民団体との話し合いを日本政府に求めるなどというのは、屈辱以外の何物でもないはず。
 ここにこそ、韓国世論は猛反発しなければいけないのではないか。
 
 
 
posted by 平野喜久 at 14:57| 愛知 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 世事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする